Coccoと沖縄

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先日(6月10日)、めざましテレビのインタビューにCoccoが出演していた。ぼくは、Coccoという歌手のことをあまり知らなかったし、曲もあまり聴いた事がなかったのだけれども、このインタビューには思わず惹き付けられた。

最近出版された自身初の小説、および新曲について。小説のほうは自伝的な内容で、思春期を迎えた小学生〜中学生の頃の剥き出しの感性を描いたものだそう。そして、新曲のほうは、「イーヤ、ハーイーヤー、スイ、スイサーサー」という掛け声ではじまり、琉球國祭り太鼓が打ち鳴らされる、今までになく「沖縄」に寄ったもの。これは聴いたほうが早い [→PV視聴Mステ]。ちなみに「ニライカナイ」とは沖縄や奄美大島の各地において理想郷を意味する言葉だそうです。


4344018354ポロメリア
幻冬舎
2010-05

by G-Tools


B003DRVH4Kニライカナイ
Cocco
ビクターエンタテインメント
2010-06-09

by G-Tools


Coccoが沖縄出身だということも何となくしか知らなかったし、今までの作品に於いては沖縄色を出してこなかったこと、しかもそれは「敢えて封印してきた」といってもよい程の思いがあったのだということを、はじめて知りました。以下、記憶を頼りにインタビューの内容を思い出しますので、異なる部分があるかもしれませんがご容赦下さい。

沖縄に殺される。

沖縄のことを考えると、苦しくて、苦しくて
毎日のニュースを見るだけで死にそうになる。


このように語る彼女の口調、表情からは、無垢な感性が溢れていて、ああ、この人はほんとうに生粋のアーティスト(表現者)なんだと感じました。ぼくは、このように剥き出しの感性で世界と対峙するアーティストに対して、畏敬の念を抱いています。こういう初期衝動がもたらす音楽に、ぼくは心が動かされることが多々あります。

話題は、基地問題へ。
昨年鳩山首相が明言した「最低でも県外」に、沖縄の人たちは希望を抱き、基地への反対運動がかつてないうねりに。普天間飛行場の周囲約13キロもの道を、基地に反対する人たちが手をつないで囲んだ「人間の鎖」の映像。

沖縄の人がこんなに一緒になったことはなかった

(繰り返しますが、ぼくの記憶による引用ですので、
 言い回し等が実際と異なっていることをご容赦下さい)

歌を歌う人はみんな、夢はきっと叶う、って歌う。
けど、夢が叶ったことなんていちどもなかった。

(基地という現実を、あきらめて、受け止めて)
なんくるないさあ、って、しょうがないよ、って
明るくウタを歌ってすごすしかなかった、
おじいとおばあに、
ああ、やっと見せてあげられる、
夢が叶うこともあるんだよ、って
やっとそう伝えることが出来るんだって


しかし、けっきょく「最低でも県外」が守られることは無かったわけです。
どのような気持ちでその現実を受け止めなければならないのか…。

それでも彼女は沖縄と向き合います。
新曲には、その強い思いが込められているのを感じます。



数年前、彼女は辺野古に現れたジュゴンに向けて「ジュゴンの見える丘」という歌を作っています。テレビでは、浜を仕切る米海兵隊キャンプ・シュワブの有刺鉄線に、メッセージを書いたリボン(詳しくはこちら)を結び付ける様子が流れていました。

1997年、辺野古の住民は「命を守る会」を立ち上げ、以来現在まで座り込みをして基地建設に反対しているそうです。このような活動に対して、これはジュゴンを隠れみのにした、環境運動家のエゴだという意見もあったようです。ジュゴンはいないのでは、という懐疑も。・・・こうなってくると話はいたちごっこ。沖縄県内でも基地に反対する人と賛成する人がいるという現実もあります。

Coccoが、「ジュゴンの見える丘」をうたったのは、2007年6月、その辺野古沖でジュゴンの姿が目撃されたというニュースが流れた直後だそうです。Coccoは「ジュゴンが帰ってきてくれた」と表現しています。Youtubeに彼女のメッセージと歌を収録した映像がアップされていました。
わたしは、何も守れなかったし、何もしてあげられなかったし、ぶち壊してきただけなのに、
それでも戻って来てくれたジュゴンに、
わたしは、一生かけて向き合っていかないといけないと思いました。
とても美しいジュゴンでした。



この映像を、ぼくは涙なしには見ることができません。
Coccoが全身をかけて表現する、この「思い」の何万分の一かでも、ぼくたちの心の奥底の中には同じものを見ることができる「思い」が少しでも残されているのだと思います。それが、この涙のわけなんだと。

悲しみは いらない

やさしい歌だけでいい

あなたに降り注ぐ全てが

正しい やさしいになれ -(Cocco / ジュゴンの見える丘 より)


なぜ、沖縄の人は「本土」「内地」と呼ぶのか。
なんてことはない方言だと言ってしまえばそれまでですが、そこには地理的な距離以上の、絶望的なまでの距離があるのかもしれません。ぼくは沖縄人にはなれません。でも、その意味を、同じ日本に住むぼくたちは(理解することは出来なくても、せめて)もう少し考える時間を持ちたいと思いました。そう、少なくとも普天間の問題が風化しないように。自分のために。

そういえば、妻がCoccoのファンで、CDを持っていたっけ。聴いてみよう。


追記:Cocco / ニライカナイ

Coccoと沖縄

Coccoと沖縄 2010.06.14 Monday [音楽・映像] comments(2)
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曽我部恵一 / Sings

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B002SYR1BWSings
曽我部恵一
ROSE RECORDS
2009-12-04

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<曽我部恵一ソロ・アコースティック・ツアー2008―2009>のライブ会場8カ所のみで販売されたレアな名盤がうれしいCD化。ビートルズからマドンナ、果てはストゥージーズやオジーオズボーンまでもアコースティック且つメロウにカバーした珠玉の1枚。


言霊(ことだま)ってありますよね。言葉には不思議な力が宿るっていうアレ。
言葉には、それが何を意味しているかという意味性、人と人がコミュニケートする上での言語伝達の役割がもちろんあります。その一方で、口から出た言葉(の音)それ自体に呪力が宿るという考え方があります。たとえば、お経なんかは正にそうで、さまざま宗派はあるでしょうが、お経の意味は(意識レベルでは)わからなくとも、それを唱えること自体に(無意識レベルでの)意味があるという。ふむふむ、なるほどと思います。

それと似たような感じで、声霊(こえだま?)ってのもあるんじゃないかと思うんです。

曽我部さんの歌声を聴くと、じんわりとします。
歌詞とか、歌われている内容以前に、声自体に癒されるような感覚。このアルバムで、それを強く感じました。ここで取り上げられているのは、有名どころの曲ばかりで、選曲の妙とか音楽的なおもしろさとかっていうのは殆どありません。拍子抜けするほど、ありふれたカバー集。であるからこそ、彼の持つ「声」のちからが引き立って感じられるのです。

もう少し具体的に言うと、「歌声」に、ひととなりが表れている。この人が、どういう生き方をして、どういう人と出会って、どういう考えをもって、どういう感じ方をして、、、もちろん詳しい事はわかりませんが、少なくとも、ぼく(たち夫婦)とあまり遠くない空気を吸っている気がする。ということを、彼の「歌声」から感じる、つまり共鳴するんです。だから、じんわりと心に沁みるんですね。

ということを考えながら、インタビューを読んだらこんな話が。
思わずにんやりとしてしまいました。

曽我部恵一インタビューより

曽:うーん、家族ねぇ…。食事とか変わりますね、家で作ったりするから。で、食事みんなで食べるとか大事だな、とか思ったりしますけどね。子どもが出来て何が変わったかというと、やはり性格が変わりましたね。あきらめがついたというか。いろんなことをあきらめましたよ。(笑)

テ:え?何を?

曽:ミュージシャンをやりながら世界中を旅したりとか、いろんなところでプレイしたりとか、いろんな女性と付き合ったりとか、いろんな夢がありましたけど、そういうの全部あきらめました。なんかあきらめが良くなりますね。夢がすぐに捨てれるっていう。それはいいことだなって。

テ:それは家族のためにってことですよね?

曽:子どもがいてそれは無理だろってことはいっぱいあるから。結婚したり子どもができたりするのってオススメですよ。そういう夢見がちな男子。



ぼくは、いまの曽我部さんの音楽に対するスタンスがとても好きです。

曽我部恵一 / Sings

曽我部恵一 / Sings 2010.06.12 Saturday [音楽・映像] comments(0)
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バナナマンのコント

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2〜3年前だったか、バナナマンのコントDVDを見て以来、彼らに対する見方が一変しました。


※4回に分けてアップされています。

こんなに練られていて、おもしろくて最後にほっこりするコントをやる人たちだったということ(特に、設楽さんのファンになりました。)。テレビ出演の短い尺の中ではその魅力が全く伝わっていなかったこと。

彼らのコントを知ったことは、テレビ番組というものがいかに刹那的なもので、表面的であるか、テレビの情報をかじった程度で知ったつもりになることの危険性を思い知ることになった一つのきっかけでもあります。いまも彼らが出てくるとニヤニヤしてしまいます。

バナナマンのコント

バナナマンのコント 2010.05.27 Thursday [音楽・映像] comments(0)
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Jun Miyake / Stolen from Strangers

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JUN MIYAKE
ビデオアーツ・ミュージック
発売日:2007-10-24

試聴 試聴

ゾクゾクした。。。三宅純。こんな日本人がいたとは。
ジャズもボッサもエレクトロニクスも現代音楽も飲み込む、素晴らしすぎるセンス。世界に誇れる音楽家ではないでしょうか。リーダー作としては7年ぶりという本作『Stolen from Strangers』は、制作に5年をかけ自ら立ち上げたレーベル“drApe”からリリース。

幕開けはアート・リンゼイがボーカルを執るボサノヴァ調のナンバー。しかしこの密度の濃さはどういうことだろう。音の鳴り方は至極さり気ないものなのだが、ひとつひとつの音がじりじりと絡み付くように妖しく、ひりひりと焼け付くような温度を孕んでいる。曲調はソフトなのに全くリラックスできない!そわそわする。この得体の知れない妖しさこそが本作の魅力の神髄にあると思う。この人は狂気を知っている。またそれを俯瞰する冷静な眼を持っている。すなわち優れた芸術家でありデザイナーであり演出家であり演者である。このアルバムが織りなす異様な緊張感は、狂気と紙一重の研ぎ澄まされた感性が成し得るものだ。だからこそひとつひとつの音が芸術的で、儚くも美しい。

前述したアート・リンゼイの他にもアルチュール・アッシュ、サンセヴェリーノ、ヴィニシウス・カントゥアリア、ピーター・シェラー、ブルガリアン・ヴォイスなど様々なゲストを迎えて、映画音楽のようなナンバーから昭和歌謡風のものまで、バラエティに富んだ曲が集まっている。フレンチの香りを軸に、一分の隙も無いハイブリッドな完成度は圧倒的なまでの緊張感を生み、そのどれもが妖しく魅力的であり、アルバムを聴き終えた時に残るのは濃密な余韻。

流麗なメロディに心を癒されたり、躍動するリズムに身を任せたり、歌詞に自分を投影させたりと、音楽の聴き方・楽しみ方には様々なアプローチがあると思うが、本作に於ける快感は“芸術に触れる喜び”だと思う。かと言って小難しい音楽にはなっていないのがすごいところでもある。

ところで僕は知らなかったのだけれども、三宅氏はこれまで数多くの(2500作を越えるとか)テレビCM曲を手がけたそうで、CM音楽界では有名な存在らしい。しかし、国内での認知度がどの程度なのかわからないが、少なくともアーティストとしての三宅純(Jun Miyake)が音楽好きの間できちんと評価されているとは言い難いのではないかと思う。こちらの記事で三宅氏自身が語っているように、日本の音楽業界(音楽に限らずだけど)が経済性だけを重視する退屈なものになっているという意見に烈しく同意する。アメリカ型の経済至上主義を見習うことで戦後の日本は発展してきたわけで、それはそれで在っていいと思うけれども、只それだけに一極化するのはどうかと。もっとこう、異なるモノが済み分けの出来得る社会でなければ、息苦しくてしょうがない。そういう意味ではヨーロッパの文化レベルの高さというものは、社会の許容量の広さ・懐の深さなんだなあと思う。

三宅氏のような優れた音楽家をきちんと評価できない国は先行きが不安だ。芸術を理解する土壌は文化の土壌であり生活の土壌となる。正解はひとつでは無いということに気づかない限りこの国に未来は無いと思う。劣化の著しいテレビに蔓延るただ喧しいだけの垂れ流しCMを三宅氏はどう見るだろうか。


Tracklist:
1. Alviverde
2. O FIM
3. tHe heRe aNd afTer
4. turn back
5. abandon sight
6. Le Voyageur Solitaire
7. Easturn
8. Le mec dans un train
9. est-ce que tu peux me voir?
10. Outros Escuros
11. Overture~but the rainbow is so far away
12. Niji wa Tohku

Profile:

三宅 純 [Jun MIYAKE]
作曲、編曲、演奏
Trumpet, Flugelhorn, Flumpet, Piano, Pianica, Programming
1957年1月7日生。日野皓正に見出され、バークリー音楽大学に学びジャズミュージシャンとして活動開始。時代の盲点をついたアーティスト活動の傍ら作曲家としても頭角を現し、CM、映画、ドキュメンタリー、舞台、コンテンポラリーダンス等多くの作品に関わる。2,500作を優に越えるCM作品の中にはカンヌ国際映画祭, デジタルメディア・グランプリ等での受賞作も多数。'96年にはオリバー・ストーンの推薦によりCreative Artists Agency(CAA)と作曲家として正式契約。異種交配を多用した個性的なサウンドは、ピナ・バウシュ、パトリス・ルコント、ロバート・ウィルソン、ジャン・ジャック・ベネックス、大友克洋、等から絶賛されている。
ジャンルを超越した活動を通じてハル・ウイルナー、ピーター・シェラー、アート・リンゼイ、エヴァン・ルーリー、アルチュール・H、ヴィニシウス・カントゥアーリア、等海外アーティストとの交流も深く、オリバー・ストーンの『Any Given Sunday』('99)への作品提供、パリ・シャイヨー宮におけるフィリップ・ドゥクフレとの即興セッション('00) ロバート・ウィルソンの『The White Town』の音楽監督('02)、北京での京劇俳優との即興セッション('02)、ベルリン・ジャズフェスティバルへの参加('03)、ピナ・バウシュ、フィリップ・ドゥクフレ、カトリーヌ・ウィードマンらの作品への楽曲提供('05、'06、'07)、などで国際的な評価を受けている。2005年秋よりパリにも拠点を設け、精力的に活動中。(オフィシャルより抜粋)

関連:
JUN MIYAKE / 三宅 純 official site
Myspace
“異種交配”が独創性つくる - 産経ニュース
パリを席巻するミュージシャン - VOGUE.com
突破する力 三宅純 「浮遊する異分子」でいたい。音で時代の盲点をつくために - 朝日新聞グローブ
レコード評抜粋 - VIDEOARTS MUSIC
この秋聴くべき大人の音楽 その3 - 松浦俊夫 OPENERS
「Stolen From Strangers」〜三宅純 - 小峰公子の脳内外旅行記ーkoko's blog
Jun MIYAKE "Stolen From Strangers" - NOUVELLE=NOUVELLE DE PARIS

三宅純
アゲント・コンシピオ
発売日:2000-12-08

Jun Miyake / Stolen from Strangers

Jun Miyake / Stolen from Strangers 2009.04.30 Thursday [音楽・映像] comments(0)
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Morphine / Good

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B00000INJ1グッド
モーフィン
ビデオアーツミュージック
1994-09-24

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試聴

かつてMorphine(モーフィン)というバンドが存在した。先日紹介したソウル・コフィングと共に、'90年代中期のロック・シーンに於いてひときわ異彩を放っていたバンドだ。しかし当時まだ若かった僕はソウル・コフィング以上にこのバンドはさっぱり理解出来なかった。でもずっと気にはなってた。

そして今になってこのバンドの異様な格好良さがわかるようになった。言うなれば大人のロック。モーフィンの音楽は夜にこそ似合う。夜の帳がおりる頃に彼らのステージは幕を開ける。闇の彼方から近づいてくるベースの音、パーカッシヴで軽快なドラムス、低音を奏でるバリトンサックス、絡みつくようにセクシーなボーカル。二弦スライドベース、ドラムス、バリトンサックスの三編成という形態もユニークながら、彼らの音楽性の特徴を一言で表すならばそれは「低音」の魅力だ。デビュー盤である本作にして既にそのスタイルは確立されている。

低音ボイスの紳士がダンディズムを感じさせるのと同じように、彼らが奏でる低音のグルーヴは男性的な色気に満ちている。ちょっと退廃的な雰囲気も感じさせつつ、憂いがあって知性的、なおかつフィジカルに訴えてくる、ってこんな色気のあるロック・バンドはなかなか居ない。今なお、彼らの二番煎じのようなバンドすら出て来ていない事を考えてもいかにユニークなバンドであったかがわかる。

モーフィンは99年、活動休止を余儀なくされる。ステージ上でマークが心臓発作を起こし急逝するというショッキングな最期だった。唯一無二の存在であっただけに残念でならない。

Morphine / Good

Morphine / Good 2009.04.23 Thursday [音楽・映像] comments(0)
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R.E.M. / Around the Sun

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B0002W4UVGAround the Sun (Dig)
REM
Warner Bros / Wea
2004-10-05

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試聴 試聴

前作『Reveal』での開放感に比べると、このアルバムは暗く重い。今だから断言できるが、間違い無く影響を与えているのは前作のリリース後に起こった”9.11”。未曾有の大事件の後、混迷を極めるアメリカの姿を反映するような作品になった。

リリースは2004年、大統領選イヤーである。彼らは政治色の強いバンドとしても人気であり、1988年の『GREEN』は大統領選挙日と同日に発売され「Two Things To Do November 8(11月8日にすべきふたつのこと──アルバム購入と選挙に行こう)」という宣伝文句を謳ったりしている。本作がリリースされる前年の2003年、ブッシュ政権は半ば強引にイラク戦争へと突き進んだ。これには国内から反対の声も多く、R.E.M.はエミネムやマイケル・ムーアらと並び反ブッシュを掲げ、民主党への投票を訴えた。

ただしこのアルバム自体は、マイケル・ムーアの作品のような直接的にブッシュ政権への怒りに満ちたアグレッシブな作品では無い。このアルバムから感じられるのは、圧倒的なまでの”哀しみ”だ。冒頭から、ちょっと切なくなる程につらく哀しい曲調が続く。ここでの彼らのまなざしは、政権そのものよりも現場の方を向いている。無謀な政策のツケを払わされるのは一般市民なのだ。戦争をけしかけるのは机の上の官僚で、実際に心の傷を負うのは現場の兵士なのだ。この捩じれた社会の中で生きる”哀しみ”がひしひしと伝わってくる。
でもこのアルバムは”哀しみ”だけでは終わらない。後半はあたたかな曲調へと展開していく。アメリカの”哀しみ”を受け止めて、それでも絶望しない彼らがここにある。威勢の良い言葉はどこにも無い。マイケル・スタイプのボーカルは優しくあたたかい。

  ・
  ・
  ・
結局04年はブッシュが再選。この時の彼らのやるせなさは推して知るべしであろう。再選後のブッシュ政権はイラク戦争の正当性を主張するも開戦の大きな理由だった大量破壊兵器の証拠は出てこないまま、世界の覇権を握るどころか自らの首を絞め、国内に於いても赤と青の二分化、富裕層と貧困層の経済格差など回復不能と思える程の深刻なダメージを負ったのは周知の通りだ。このアルバムが持つ”哀しみ”が、より深く感じられる世界になってしまった。

そういえば昨年ニール・ヤングが「音楽で世界を変えることができた時代は過ぎ去った。」という発言をして話題になった。多くの示唆を見いだすことが出来る、重い発言だと思う。
R.E.M.がシュワルツネッガーのように選挙に首を突っ込む事は無いと思うし、彼らの政治的メッセージというのは、特定の候補者に市民を煽動する類いのものでは無いと思うのだがどうだろうか。いずれにしても、そういった活動から読みとるべきは、もっとひとりひとりが賢くならないといけないという意識の変革にこそあると思う。アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らないとのことだが、市民が成熟しない限りは民主主義はあり得ないのだから。

アメリカはこの4年間で対外的にも対内的にもドン底までいった結果、普段選挙に行かないような層も政治への関心を持つようになり、またそこからの突き上げによって白人たちの意識も変わり始め、遂に黒人初の大統領が誕生した。2008年の大統領選はどんな映画よりもドラマチックで感動的だった。ブッシュ政権が残した負の遺産が山積みで前途多難なオバマ政権だが、アメリカ再生への一歩となるか。今後のR.E.M.の作品も楽しみだ。

R.E.M. / Around the Sun

R.E.M. / Around the Sun 2009.04.22 Wednesday [音楽・映像] comments(0)
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Mike Doughty / Golden Delicious

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B0012IWK3OGolden Delicious
Mike Doughty
Ato Records
2008-02-19

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試聴

ソウル・コフィングでボーカル&ギターを担当していたマイク・ドーティのソロ作。僕は最近まで彼がソロ活動をしていることを知らなかった。これが3枚目のアルバムになるらしい。

後期ソウル・コフィングでもロック寄りなサウンドを見せていたが、ここでは更に振れきった感じで、まあなんと清々しいロック。1曲目の泣きのメロディなんかはソウル・アサイラムを彷彿とさせるし、実際にデイヴ・マシューズとも親交があるらしく、いわゆるアメリカン・ロック的な乾いたバンド・サウンドを聞かせてくれる。もともとフォーク・シンガーとして活動していただけあって、こういう音がおそらく体の基本にあるんだろう。

その手のアメリカン・ロックをあまり聴かない僕でも、本作はけっこう繰り返し聴いてるのは、彼の声自体が好きということもあるし、後期ソウル・コフィングよりも良い具合に力が抜けていてリラックスした雰囲気が意外なほどに心地よいから。この記事を書くに当たって彼について検索したら、ソウル・コフィング解散の原因はドラッグだったらしく(意外!)、そこから復帰して現在の歌を歌っているのだと思うと非常に感慨深い。どこか復帰後のレッチリが醸し出す雰囲気に似たものがあると思ったのは、そういう経緯があったからかもしれない。

彼らしいチャーミングなセンスも健在で、大人が聴けるロック。良盤。

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Mike Doughty / Golden Delicious

Mike Doughty / Golden Delicious 2009.04.19 Sunday [音楽・映像] comments(0)
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Soul Coughing / Ruby Vroom

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B000064LCAルビー・ヴルーム
ソウル・コフィング
ポリドール
1995-02-01

by G-Tools

試聴

'90年代中期のロック・シーンにおいて、知る人ぞ知る的な存在ではあるけれども、独特のグルーヴで異彩を放っていたのがソウル・コフィング。Gラブ・アンド・スペシャルソースやベックあたりを引き合いにして紹介されることが多かった気がする。当時は”ヘンテコな音楽”があるものだなあと思っていましたが、時を経て俄然大好きになりました。3枚のオリジナル・アルバムの中でもこのデビュー盤がいちばん個性的=ユニーク。ジャズ、ブルース、ヒップホップ、ロックが自然に融合した「いかにも90年代」的な音で、ルーズなグルーヴ感というか、力のぬけ具合が最高です。

プロデューサーはチャド・ブレイク、NYの先鋭的ジャズクラブ「ニッティング・ファクトリー」絡み、といえばセンスの良さは折り紙付き。ドアの軋む音やカモメの鳴き声などがサンプリングされたサウンドは当時としてはかなり斬新なものだったと思います。いまやロックに於いてもサンプリングは当たり前になりましたが、いま聴いても今作のユニークさが衰えていないのは、単にサンプリングの目新しさだけに留まらない、楽曲そのもののクリティが高いからなのだと最近になって気付きました。

バックを固めるベースとドラムの2人はもともとジャズ・ミュージシャンとして名の知られた存在だったそうで、タイトでリズミカルな土台を支えており、これがとっても小気味良いのです。この軽やかさこそが、彼らが他のロック・バンドとは一線を画する要因となっているように思います。もちろん遊び心に溢れたサンプリング・センスや、M・ドーティのラップともポエトリーリーディングとも取れる独特のボーカル・スタイルも魅力であることは言うまでもありませんが。

ソウル・コフィングが90年代に示した、このジャンルを横断する感覚(特にジャズがベースにあることろ)は今で言うところのクロスオーヴァー・サウンドと共振するものがあるのでは。昨今のクロスオーヴァー・シーンがこぞって生音への回帰を見せている今だから、なおさら注目してほしいな、なんて。

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Soul Coughing / Ruby Vroom

Soul Coughing / Ruby Vroom 2009.04.13 Monday [音楽・映像] comments(0)
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primal scream / give out but don't give up

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B0018Q7I7Sギヴ・アウト・バット・ドント・ギヴ・アップ
プライマル・スクリーム
SMJ(SME)(M)
2009-01-14

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試聴

たまに思い出して聴き返す。僕にとってプライマル・スクリームといえば本作なのです。なぜなら初めて聴いた彼らのアルバムであり、僕の音楽人生に於いて、いわゆるオルタナティブな音楽を聴くようになるきっかけとなった思い入れの深い一枚なのです。

でもこのアルバムって、彼らのディスコグラフィの中では一般的に失敗作とされ、あまり評判が良くないのですね。ボビー自身も気に入っていないようで…。確かにこの頃の彼らはドラッグでヘロヘロ状態だったと聞きますし、あまり思い出したくない歴史なのかもしれませんが。それでも、当時まだヒットチャート周辺の音楽しか知らなかった僕にとってはこのアルバムは最高にファンキーでロッキンなものに映ったのです。「Jailbird」「Rocks」冒頭2曲の勢いにノックアウトされ、続く「(I'm Gonna) Cry Myself Blind」でセンチな気持ちに、「Funky Jam」でファンクを知り、「Struttin'」でエレクトリック・ジャムの洗礼を受けました。その他のどの曲も大好きで、ほんとうによく聴いた。そして今でもやっぱり好きです。

メンフィスにて録音された本作は、プロデュースにトム・ダウド、ミックスにジョージ・クリントンやジョージ・ドラクリアスを迎えたプライマル流アメリカン・ルーツ・ミュージック探訪の旅。イギリスで生まれ育った彼らにとって、ロックンロールの聖地・ブルース発祥の地は憧れであったということでしょうか。いずれにしても、彼ららしいフェイクっぷりが発揮された作品に仕上がっていると思います。

プライマルズといえば、作品ごとにコロコロと作風を変えるカメレオン体質が特徴でした。その核になっているのはもちろんボビー・ギレスピーの嗅覚。ボビー・ギレスピーって、ロックスターというタイプじゃないと思う。ロックファンなの。いち音楽ファンであるボビーが、次々に周りを巻き込んでおもしろい音楽を作っていく。常にメンバーが変遷するプライマル・スクリームとは、ボビーを中心とする音楽コミットなのであり、そのボビーの求心力がこのバンドの魅力なのではないかと。だから彼らの音楽的変遷って、流行とか戦略とか進化とは関係なくて、単に彼がその時に興味のあるもの、やりたいものをやってるだけなんですよね。アシッドハウスの洗礼を受けた『screamadelica』はもちろん、アメリカ南部への憧憬を描いた本作も、ダブに接近した『Vanishing Point』にしても。元来持っていた資質というよりも、今興味のあるものをその道のプロを巻き込んで一緒に作っちゃう、っていう。

そしてここが重要なんですが、僕は、このバンドが徹底してフェイクであることに魅力を感じていたんだと思う。次から次へとあちこちに興味が移り、手を伸ばさないと気が済まない。本物に対する憧れの気持ちと、決して本物にはなれないというやるせなさ。そういう情けないところにこそシンパシーを感じていたんだと思う。だから僕は、ボビーのへなへなした声で歌われる感傷的なバラッドが大好きだったんです。そして彼らのディスコグラフィの中でもひときわ“借りて来た”感の強い本作が好きなのもきっとそういう理由なんです。僕自身がそういうタイプだから。


ところで余談となりますが、『Xtrmntr』以降の彼らはちょっと雰囲気が変わります。いかにも本物のロックンロールバンド然としてくるのです。バキバキにビルドアップした『Xtrmntr』で自信を得たのか、それ以降は装備を外して、つまりフェイクを捨てて生身のストレートなロックを鳴らす道を選びました。それはそれで健全なんだけど、同時に彼らならではの魅力というものが薄くなっているような気が僕はしています。

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primal scream / give out but don't give up

primal scream / give out but don't give up 2009.03.21 Saturday [音楽・映像] comments(0)
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Milton Nascimento / TRAVESSIA

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ミルトン・ナシメント
オーマガトキ
発売日:2003-07-23

試聴

ブラジル音楽が好きな人ならば、このアルバムを聴かない手はない。ブラジル音楽に興味が無い人も、このアルバムをぜひいちど聴いてほしい。ジャンル云々の前に、音楽を愛する人ならば、本作が持つ奇跡的な豊かさが伝わるはずだ。

ブラジルでは親しみを込めて、”A Voz do Brasil”(ブラジルの声)と呼ばれているミルトン・ナシメント。67年にリリースしたデビュー・アルバムは長らくCD化されておらず幻の作品とされてきたが、ミルトンが60歳となる2002年にリマスタリングされてブラジル国内で初CD化、そして翌03年には日本でもリリースされた。

まずは冒頭いきなりの名曲「トラヴェシーア」。ミルトン本人がつま弾くギターのイントロが流れ出したその瞬間に感じる。音の波がひとつひとつ身体の細胞に沁み入るのを。そして、えも言われぬミルトンの声。静かにたゆたうように、そして力強くうたわれる歌声の前では、一切の邪念は取り払われ、ただ純粋に耳を傾ける幼子のように心が裸になる。ミルトンのうたから感じるのは、母性。全てをやさしく包み込む包容力だ。ミルトンを育んだミナスという地方は、母なる大地と呼ぶにふさわしい実に豊穣な土地なのだろうと思う。

音楽的にもボサノバ、ジャズ、ポップス、ソウル等、幅広い音楽性を内包しながらも、しっかりとまとまっている。MPB(Música Popular Brasileira/ブラジリアン・ポピュラー・ミュージック)と称されるこの時期のブラジル音楽がいかに勢いに乗っていたかを伺い知ることができる充実度だ。ちなみにリマスタリングされているといっても原盤が67年であるから、今時の音楽なんかと比べるとクリアな音ではない。しかしこの“ざらつき”も魅力のうちに入ってしまっていると思う。いい意味でのラフさが、精密な作品ばかりが溢れる現代に於いてはかえって心地よい。

なお、今回のCD化に際してミルトン本人による解説が添えられており、この作品に対する自身の思い入れの深さが伺える。その中のほんの一部を以下に抜粋。

「それはもういろいろと、エピソードがあった。アルバムが完成すると、僕自身信じられなくなってしまったほどだ。僕はずいぶん泣いた。アルバムを聴いては泣いた。作品に首っ丈になっていたのだ。レコードをかけていない時には、腕に抱いていた。そして、どこへでも、持っていった。それこそ映画館の中へも!」

ぼくは冒頭で、本作が持つ豊かさと書いた。それは音楽的な豊かさという意味でもあるが、音楽に限らず真の豊かさとはどういうものなのか、その答えのひとつがここにあるような気がする。

Tracklist:
1. Travessia
2. Tres Pontas
3. Cenca
4. Irmao De Fe
5. Cancao Do Sal
6. Catavento
7. Morro Velho
8. Gira Giro
9. Maria, Minha Fé
10. Outubro

Profile:

Milton Nascimento [ミルトン・ナシメント]
1942年リオデジャネイロ出身。幼い頃ミナスジェライス州トレス・ポンタスに移る。1963年より本格的に音楽活動を開始。1966年、ミルトンが作曲した「Canção do Sal(塩の歌)」が、エリス・レジーナの歌で大ヒット。1967年、インディーズのCodilからファースト・アルバム『TRAVESSIA(トラヴェシーア)』発表。1969年、A&Mレコードからメジャー・デビュー・アルバム『COURAGE(コーリッジ)』発表。1974年には、ウェイン・ショーターのアルバム『NATIVE DANCER』にゲスト参加し、幅広いファン層を得た。その後もジョージ・デュークやサラ・ヴォーンと共演し、MPBの枠にとどまらない活躍を続ける。

関連:
オフィシャル
ミルトン・ナシメントについて - 20世紀ポップカルチャー史
ミルトン・ナシメントについて - POKEBRAS ブラジル音楽情報
Disk No.157: MILTON NASCIMENTO / Travessia - YamaBlog

Milton Nascimento / Lo Borges
Blue Note Records
発売日:1995-02-07

Milton Nascimento / TRAVESSIA

Milton Nascimento / TRAVESSIA 2009.03.18 Wednesday [音楽・映像] comments(0)
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