電気に魅せられて(Live at FUJI ROCK FESTIVAL ’06)

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ユニコーンの魅力は、5者5様の音楽性とキャラクターが各々を受け入れながらユルく共存していること、と書きました。それから、「いい年したおっさんが好きなことやってる」ということも(過去記事:ユニコーンが示すもの)。この、オッサン的魅力を醸し出しているいい具合なバンドがあります。

ぼくはもともと熱心なファンというほどでもなく、まあふつうに好きなバンドのひとつでした。音楽的にはカッコよくて、キャラ的にはバカやってる人たちだよなあ、という感じで。それが先日、『Live at FUJI ROCK FESTIVAL ’06』の映像を見たのをきっかけに、彼らに対する見方が変わりました。バカはバカなんですけど、めちゃめちゃカッコいいじゃないですか。すてきに「カッコいい大人」じゃないですか。


電気グルーヴ
キューンレコード
発売日:2007-10-24



電気グルーヴ。3万人の観衆を熱狂させた、2006年フジロックステージの模様を収録したDVDです。「N.O.」をはじめ、「Shangri-La」「虹」「かっこいいジャンパー」「あすなろサンシャイン」「富士山」などのヒット曲を惜しげもなく披露したセットリスト。ぼくは彼らのことをあまり詳しく知らないので、Amazonに寄せられたレビューを参考に見てみます。それは「一番求められている電気グルーヴ」を最大級に再現したセットリスト、だったそうです。

昔から電気を見ている人ならご存知だろうが、かつては基本的に 「N.O.」や「虹」、「Shangri-La」などの観客が求める曲はやらなかった。

例えやったとしても、絶妙にアレンジを変えて(時にはビックリするほど格好良く、 時にはウンザリするほどフザケきって)、ストレートにやる事は滅多に無かった。 しかし、それでも電気グルーヴのライブが素晴らしかったのは、 そのスカシ方が余りにも格好よかったし、ふざけ方が一流であり、 その丁度いいテンションは彼らにしか出せないものだったからだ。

しかし、あの日のフジロックでのライブは今までと違っていた。
二人は明らかに本気だった。

そこには、はじめて電気グルーヴというモノに正直に向かい合った二人がいた。

- Amazonカスタマーレビューより

すばらしいレビューだと思います。石野卓球とピエール瀧という人物をおぼろげながらも知っているならば、このレビューが言わんとしていることは、なんだかよくわかる気がします。だとしたら、これはちょっと感動的なライブだったのではないでしょうか。奇跡の一夜だったのではないでしょうか。こんなレビューもありました。

「ロッキング・オン・ジャパン」のインタビューで、卓球は「06年のフジロックで、何かが確実に終わった」と振り返っています。

- Amazonカスタマーレビューより




1曲目「N.O.」(試聴)から、ふっ切れたように熱唱する卓球。うろうろと歩き回ってサポートする瀧。腹の出たおっさんです。おっさんが、おっさんであること(トホホ感)を隠さずに、おっさんである自分(トホホ感)を受け入れて、少年のよう(キャハハ感)に歌う。その光景はやはりちょっと感動的です。

彼らがなぜ以前、観客が求める曲はやらなかったのか。単にひねくれ者なのか、意地悪なのか、職人としてのこだわりなのか、音楽性の問題なのか。道を究めてストイックになるほど、大衆受けのするポップソングを軽んじたくなる気持ちはわかります(それはぼくにもあるから)。でも彼らがなぜ以前、観客が求める曲はやらなかったのか、ほんとうのところは、ぼくにはわかりません。そして、なぜこのフジロックで解禁したのか。彼ら自身がやりたかったからなのか、観客が求めるということに応えたのか、それもぼくにはわかりません。

ただいずれにしても、ここでの電気が出した答えはこういうことだと思います。それは、「観客が求める自分」もぜんぶ含めて「自分」だということ。おっさんである自分を受け入れるのと同時に、観客が求める自分も受け入れるということ。それが、このライブでのふっ切れ具合につながっているのではないかと思うのです。

さらに言うと、卓球が自分で追求したいと思う音楽性よりも、観客が求める曲を重視したというのだとしたら、これはまたひとつの答えを示していると思います。どういうことかというと、自分が信じる音楽道も大切だけれども、ここでは、観客との「関係性」に重きを置いた、というよりも「関係性」の中によろこびを見いだした、ということではないかと思われるからです。はなしとびますが、釈徹宗さんが『おせっかい教育論』の中で、「大阪人の会話は適当に相手に合わせ、その場の流れがよければ内容はなんでもいいと思っているフシがある」と述べていました。それはいい加減であるけれども、「相手の話しに合わせて語ろうとするのは、語りの一貫性よりも関係性を優先させている証拠である。相手の流れに身をまかすことをよしとしている態度の表れである」と。つまり、自分の正論ばかりを主張していたら、多様な価値観の中では対立を生むだけです。相手を打ち負かして排除しようという閉鎖性につながります。多様性のなかでたのしく過ごすには、その多様な関係性をたのしむことにあるのではないかという気がします(ツイッターにもそういう面があるように感じます)。電気と観客の関係性がここではこんなに「たのしそう」に見えるから。

2曲目「Shangri-La」以降も、怒濤のヒットチューンをイカしたサウンドにのせて駆け抜けます。(サポートメンバーとして、いまは亡きKAGAMIが参加しているのも要因のひとつかもしれませんね。)ぼくははじめて聴いた「新幹線」「レアクティオーン」という曲もかっこよかった。

そして、9曲目「富士山」(試聴)は、瀧がいちばん輝く瞬間。
どう輝くかというと、こんなふうに。

/^o^\フッジッサーン

太鼓のように打ち鳴らされるパーカッションの嵐の中、富士山と化した瀧の頭からは煙が吹き出し、聴衆と一緒になって「フッジッサーン!フッジッサーン!」の連呼。とにもかくにも「フッジッサーン!フッジッサーン!」同じアホなら「フッジッサーン!フッジッサーン!」

これって「祭り」ですよね。
ハレとケの文化における、ハレとしての祭りのダイナミズムを感じます。糸井重里鼎談集『経験を盗め -文化を楽しむ編-』の中で、みうらじゅん氏は「祭りって、年に一度のパンクなのかな」と言っていました。森田三郎氏は「祭りは、いつもと違った状態にすることが大事な仕掛け」だと。以前ピエール瀧が出演していたNHKの番組「ようこそ先輩」で、彼が担当した授業もそんなテーマでした。このことは深い内容だと思うので、またじっくりとべつの記事で考えることにして、要約すると、たまにはハジけようぜ!ってことだと思います。年とともに腹が出てきたとしても。

ピエール瀧がこのバンドにいる理由もそこんところにあると思うんです。参考までに、ピエール瀧って電気グルーヴで何をしてる人なの?という記事の中に、彼の役割を端的に示した動画がありますのでお時間のある方は見てみてください。

ラスト、10曲目は「虹」(試聴)。
日本のテクノの中で、ぼくがいちばん好きな曲です。06年バージョンのアレンジが施され、グルーヴ感と美しさがとけ合ったこの曲は、この日のラストを飾るにふさわしいものになっています。これ現場にいたら泣くでしょうね。

そんなこんなで、ぼくは本気の電気グルーヴにやられてしまったのでした。


電気グルーヴ
キューンレコード
発売日:2007-10-24




ところで石野卓球は、震災後の3月24日に「電気グルーヴからのお知らせ。」というツイートともに新たなロゴを公開?しました(これ)。これって、卓球なりのメッセージなんでしょうか。社会的なメッセージ?節電の呼びかけ?電気を使う自分らへの皮肉?
いやいや、ただ単におもろいからやっただけだと、ぼくは思います。ええ、(分別のある)大人なのにです。そんな電気が、ぼくは好きです。

電気に魅せられて(Live at FUJI ROCK FESTIVAL ’06)

電気に魅せられて(Live at FUJI ROCK FESTIVAL ’06) 2011.06.16 Thursday [音楽・映像] comments(0)
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ユニコーン / Z(手島いさむ物語)

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試聴 試聴

いやあ、かっこいいっすわ。このオッサンたち。

16年ぶりの復活作『シャンブル』もよかったですが、この新作もまた期待を裏切らない内容です。サウンド的には前作『シャンブル』の延長線上で、よりギターロックっぽくなり、疾走感が増した感じ。作者別で見ると阿部Bの曲の比率が増えた気がします。

男のコ的には、阿部Bの曲ってきゅんきゅんしちゃいますね。とくに、前作における「WAO!」に匹敵するキラーソングとなりそうなのが6曲目「SAMURAI 5」。なんなんですかこの、男子中学生のような、向かうところ敵なしの、なんでもおもしろくなっちゃうマジックな季節の、蒼々しいストレートな、ロケンローは。オッサンたち、そんなにバンドが楽しいんですか。「あなたのスピード、 ヤバくなーーーい?」ってなんですか。音楽のたのしさ全開パワーに思わず頬がゆるんでしまいます。

民生の曲も相変わらずですし、EBIの曲も相変わらず(今回は1曲だけ)、川西さんの作曲が無いのは残念です。と見てみると、阿部Bと民生で8割方を占めてますね。じゃあこの二人だけでいいんじゃね、と言えるかというとそうじゃないんですね。有り体の言い方ですが、5人そろってユニコーンなんですね。さらに言うと、今回のアルバムの鍵を握るのは、圧倒的な楽曲を占める阿部Bと民生ではないように思います。

今回の主役は、テッシーこと手島いさむ氏なのではないでしょうか。ジャケットとイメージフォト(ジャック・スパロウ?)のセンター務めてるしね。って、いやいやそんなことじゃなく(それもあるけど)、今回のアルバム収録曲の「手島いさむ物語」(作詞・作曲/手島いさむ)ですよ。この曲の存在感がすばらしい。

存在感というか、脱力するようなオッサンの歌詞なんですけど。オッサンは、選挙も検査(たぶんメタボ検診でしょう)も「めーんどくさいんじゃ」なのです。結婚なんか「つーかれちゃうんじゃ」なのです。さっきまで「あなたのスピード、 ヤバくなーーーい?」だったのに、コレですもの。くそオッサンじゃないですか。べつの意味でヤバくなーい?じゃないですか。

ところが。
これが入ることで、俄然このアルバムが締まるんですね。
ぜんぶ阿部Bの曲だったら、たぶん寒いんです。いい年して…ってなっちゃう。
ぜんぶ民生の曲だったら、つまらないんです。民生のソロになっちゃう。
たった1曲なのに、作詞作曲テッシーのソングが入ることで、メガミックスされて、阿部Bの曲も民生の曲もより引き立つ。かといって単なる引き立て役かというと、そうじゃない。こっちもこっちで魅力的。そういう不思議なことが実際に起きている。つまり、これ前にも書きましたが(過去記事:ユニコーンが示すもの(身体性と多様性=新しい公共?))、5者5様のバラバラな楽曲を入れることで、もっと言うとクオリティを落とすことで、魅力を増すという不思議なことが起こる。こういうことが出来るバンドはおそらく他にいないと思います。だって、それって実はすごいことだからです。いくら技術や才能があっても、若い人ではこうはいかない。くそオッサンにならないと、なかなか出来ないことっていうのが、あるんですね。オッサンになったから、オッサンであることを受け入れ、と同時に永遠の男のコでもあるという…(そういう意味で、似た魅力を感じるバンドが思い浮かびますがそれはまたべつの機会に)。5人そろってユニコーンというのは、5者5様のキャラクターが有機的に絡み合う「バランス」のことを言うのだと思います。そのバランスの中に、どこかユルい桃源郷のような心地よさを感じるからです。

さとなおさんがブログでコンサートを絶賛されていましたが、その中の「中途半端に被災地に捧げるとかがんばろうとか言わない潔さも好きだった。ユニコーンっぽい。」という一文にはげしく同感です。眉間に皺を寄せてユニコーンのことをレビューする人はいません。彼らについて話すとき、だいたいの人は目尻が下がります。それってすごいことじゃないかな。キーワードは「寛容」です。


ユニコーン / Z(手島いさむ物語)

ユニコーン / Z(手島いさむ物語) 2011.06.11 Saturday [音楽・映像] comments(0)
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BEADY EYE (オアシスのリアムによる新バンド)

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バンドというのはつくづく不思議なものであるんだなあと思います。
ぼくはバンドをやったこともないし楽器も演奏できないので実際の現場はわからないのだけれども、カタチとして残されたいろいろなバンドの作品から、彼ら特有のマジックを感じる瞬間を共有することができます。元オアシスのリアム・ギャラガーによる新バンド『BEADY EYE(ビーディ・アイ)』は、意外にもそうしたマジックを色濃く感じさせてくれる瑞々しいバンドです。

こちらがファースト・アルバム『Different Gear, Still Speeding』。
ぼくの誕生日と同日に日本先行発売だったんですね(と、さりげなく誕生日をアピールしておいて)。いやあ、新譜への感度が低くなっているので、今日までぜんぜん知りませんでした(ちなみにニコニコニュースで彼らの存在を知りました)。



サイケデリックなジャケットのアートワークからも、60年代への憧憬をもろに感じさせるサウンドからも、目新しさはぜんぜん感じません。というよりも、あまりにも直球まるだしだったので、はじめに聴いたときは笑ってしまいました。リズム&ブルースを下敷きにした、古き良きロックンロール。2011年のいまとなっては、なんてことのないありふれた曲たちです。

まあ、このPVをご覧ください。



まんまビートルズじゃないですか。

いやあ、でもこれでいいんですね。ぼくはこのPVを観てちょっとうるうるしちゃいました。ロックンロールが生まれて間もない頃、まだその「熱」に多くの若者が酔っていた頃、そこには確かにマジックが存在していたと思います。それは、皆が共有できるマジックであり、各自が自分を投影できる物語でもありました。ビートルズには、世界をひとつにする奇跡があったかもしれません。21世紀に入り、情報の多様化がいまも進行中である中で、ロックンロールに限らず、そのようなカリスマ的な存在が出現することはもう無いでしょう。それと同時に、音楽が持つマジックも消えてしまったのか。ぼくが数年前にロックを聴かなくなったのはなぜか。

1991年に登場したオアシスは当時から、「おれたちはビートルズになりたいんだ」と公言していました。ビートルズへの愛と、憧憬を(もちろん音楽的にも)隠さずに掲げることで、彼らはまたたくまに国民的バンドになりました。もちろん楽曲も素晴らしかったし、キャラ的にも際立っていました。ブリット・ポップというブームの後押しもありましたね。しかしブリット・ポップのブームの中でも彼らの存在感は突出していたように思います。その要因は、ギャラガー兄弟の「我が道を行く」ぶりにあったのではないかと、いまになって思います。それが各地での暴言や破天荒なスキャンダルというかたちで表れることも多々ありましたが。

「ビートルズになりたい」と公言することで、我が道をすすんでいた彼らですが、アルバムはデビュー作から大ヒット、続く2ndアルバムも大ヒットと、あっというまに商業的成功を収めてしまいました。ビッグマウスだけでなく、実際にビートルズと同じくらいにビッグになったとき、さて、彼らはどこにすすむのか、その道しるべを失ってしまったように見えました。「ビートルズになりたい」ってどういうことだったのか。「ビートルズになること」自体が目的化してしまったとき、彼らが持っていたマジックは消え、楽曲は奮わず、セールス的にも苦戦を強いるようになってゆきました。ああオアシスも終わってしまったか、ぼくもそう思いました。

オアシスの後期作品群がオーバープロデュース気味になっていたことは事実です。ある意味で完璧主義者であったノエルの影響が大きかったのかもしれません。身体が感じた直感よりも、楽曲としての完成度をあたまで追求していった帰結なのかもしれません。「道」を追求するストイシズムは、彼らから開放感を奪いました。

しかし2008年のアルバム『Dig Out Your Soul』では、「らしさ」の呪縛から吹っ切れたかのような音を聴かせてくれ、2009年3月にミュージックステーションに出演。その放映を観たときは、ああオアシスが帰ってきた、そう思った矢先の8月、ノエルが脱退を表明。えええ、けっきょくは兄弟喧嘩かよとツッコミまくりでした。その後、リアムは残されたメンバーでレコーディングを行い、完成したのが本作であるわけです。

オアシスの楽曲の要はノエルであったことは間違いなく、リアムというと暴れん坊のイメージしか無かったので、ノエルがいなくなることでいったいどうなるのかと不安でしたが、なかなかどうして。オアシスという看板を離れることで、なんだか軽やかになった彼らがいます。その曲は驚くほど身体に心地よいものです。

「ビートルズになりたい」ってどういうことだったのか。
紆余曲折を経て、リアムが公言してきたことの意味がようやくわかったような気がします。ただ純粋にかっこいいと憧れていた若い頃の、自分もあんなふうに演りたいと目をきらきらと輝かせていた頃の、その質感(クオリア)がすべてなのではないかと。

気心の知れた仲間が揃って、「せーの」でジャーンとやる。
バンドという形態の醍醐味がそこにあるような気がします(くり返しますがぼくはバンドの経験がないので想像のはなしです)。今回のアルバムに収録された楽曲は、メンバー各自が曲を持ち寄り、セッションして出来上がったのだそうです。なんのことはない、音楽を楽しむという、いちばん基本的な「愉快さ」がここにはあるんです。オアシスらしさとか、マーケティングとか、そういったしがらみから離れて、ただやりたいことをやる。好きなことをやる。それは彼ら自身の身体が訴えるままに演奏した結果であり、だから、聴いている側のフィジカルに訴えてくる。

オアシスにおいてはギャラガー兄弟の引き立て役であり、黒子であった、他のメンバーがここでは「バンド」として有機的に機能しています。わがままであったはずのリアムが(各自が曲を持ち寄るという)民主的な方法で作ったこのアルバムは、だから、バンドとしてのマジックが復活しているのだと、思いました。楽曲としての出来よりも、有機体としてのつながりを、その空気を共有する楽しさを教えてくれる彼らの曲は、ちょっと感動的ですらあります。(先日のユニコーンの記事でも、作品の質を落とすことで魅力が増す不思議について書いたばかり。さいきんそんなロックンロール回帰が増えている気がします)。

ちなみにこれはインタビューもなにも読んでいない状態での、音源を聴いただけで感じたことから連想していったぼくの想像(というか妄想)ですので、本人たちの意図は違っているのかもしれません。リアムにしてみれば「は?なに言ってんだこのマスかき野郎が」といったところでしょうか。

BEADY EYE (オアシスのリアムによる新バンド)

BEADY EYE (オアシスのリアムによる新バンド) 2011.03.10 Thursday [音楽・映像] comments(0)
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ユニコーンが示すもの(身体性と多様性=新しい公共?)

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ユニコーン再結成アルバム『シャンブル』を久しぶりに聴いて感動したので書いときます。いやー、いいねえ。かっこいいわ、このおっさんたち。(リリース当時のレビューはこちら)ユニコーンらしさ。ぼくは当時熱心なファンだったわけでないので、それが何を指すのかは、よくわかりません。再結成後の評判を聞くと、ユニコーンはやっぱりユニコーンだった、という声が多かったような気がします。


ユニコーン
キューンレコード
発売日:2009-02-18



昨年リリースされたアルバムの中で、くるりやアンダーワールドの新譜をぼくは愛聴しました。気がつくと、ついつい手が伸びて聴いていた。子どもが生まれてからCDを買う機会も減り、エキセントリックなものやストイックなものよりも、ベタなものを好むようになったことと関連します。で、それはなんでだろうなと考えた時に、ユニコーンのこのアルバムのことを思い出しました。感覚が似ているなあと思ったんです。

ぼくがこれらの作品に惹かれた理由。それをわかりやすく言うと、「いい年したおっさんが好きなことやってる」ということ。ほぼそれに尽きます。いずれも一時代を築いてきたバンドです。であるから、ファンが望むような「らしさ」であるとか、マーケットを拓いていく戦略であるとか、あるいは時代をつくっていく革新性であるとか、外から求められる「見えない縛り」があるはずです。たいていは、それに合わせて、もしくはそのプレッシャーに潰されてつまらない作品をつくってしまうことが多い。ところが、彼らはそういった外からの声には全くおかまいなしだったんです。ユニコーンも、くるりも、アンダーワールドも、その新譜はダサかった。目新しいことも革新性も無かったし、時代をつくっていくようなわくわく感も無かった。でも、とっても気持ちよかった。過剰に自分「らしさ」に縛られることもなく。彼ら自身が好きなことをやっているということが伝わったから。だから、ダサかっこよかった。

話とびますが、受験生の動向やニーズに大学側が合わせるというおかしな風潮という対談の流れで、内田樹さんがこう言っています。
仕事なんて、自分で作るもんじゃない?マーケットがあって、それにどういうニーズがあるのかって探すんじゃなくてさ、「俺はこれがやりたい!」って言ってると、「もっとやって」って言うひとが出てきてさ。「じゃあちょっとお鳥目ちょうだいよ」「うん、払うよ」ってなって、続くってもんでさ。

SIGHT 2011WINTER号 内田樹×高橋源一郎対談より


内田さんも高橋さんも、世間をなめてた度合いからいうとすごいのだと。そんなことやってると絶対食えないぞ、と何度も言われたのだとか。でも、なんとかならあと思ってたそうで。「世の中甘くない」けども、でも「結構甘いぞ」っていうのも。

で、ユニコーンの話に戻りますが。おれたち、これが好きなんだからしょうがないよね、というある種の開き直りというか、自然体ですよね。メッセージを伝えたいとか、ファンの期待に応えたいとか、そういうんじゃなく。ただやりたいから、やってる。それって、自分のまるごとを引き受けていくと覚悟した人にしか得られない達観だと思うんです。そういう人たちが鳴らす音っていうのは、フィジカルに訴えてくる。

そう、キーワードは身体性。けっきょく身体性が担保する範囲でしか、つまり自分の身のほどの届く範囲のことしか、ぼくたちは語れないんですよね。たとえ語ったとしても、それは想像でしかない、ということを踏まえた上でないと語れない。(このことはまたべつの機会にじっくり考えたいです。)達観したおっさんは、大きなことを語らない。ただ自分の身の回りを誠実に(愉快に)生きる。それが成熟した大人のすがただと、ぼくはさいきん思います。そういうおっさんにぼくもなりたい、と。まるで、悪ガキたちがそのまま大人になって、相変わらず少年のようにバカやってるようなユニコーンのメンバーを見ると、こっちまで嬉しくなる。


で、そういったユニコーンの資質っていうのは主に阿部Bと民生によるところが大きいように感じます。特典のDVDに収録されているレコーディング風景の映像を見ると、なおさら。上に書いたような「おっさん」を体現しているのは、この二人(川西さんも入れてもいいかもしれない)。でも、やっぱりそれだけではユニコーンにはならないんです。ここがこのバンドのすごいところ。

あの、EBIさんの曲がぼくは好きではありません。おっさんになり切れない、ガラスの少年のような蒼さが(本人がどういう人かは知らないのであくまで曲がですよ)。アルバム聴いてても、何度かとばしちゃう。DVDの中で奥田民生は「EBIのあの暗い曲さぁ」と軽くdisってます。でも、ちゃんとアルバムに入ってるんです。5人全員の曲が、入ってるんです。作品としてのクオリティとかトータルイメージとかを考えたら、おそらくそうはしないでしょう。だって、単純に楽曲の出来でいえば民生のソロのほうがいいだろうし。つまりマーケティング的な要素ではない。等価交換の市場経済の論理から逸脱している。ところが、5者5様のバラバラな楽曲を入れることで、クオリティを落とすことで、魅力を増すという不思議なことが起こる。

これ、とっても大事なことを指し示しているように思います。すなわち、多様性を内包する共同体。多種多様な人たちが暮らす、ぼくたちのまわりのロールモデルなんじゃないかと。民生はEBIの曲をdisりながらも、受け入れるんです。これが、大人です。価値観が異なる人とも、まあしょうがないなあと、付き合っていく。そうしてそれっていうのは、課せられた重い苦役でもない。さらりと受け流したり、楽しんだり、それでいい。だって彼らの基本は「いい年したおっさんが好きなことやってる」なんだから。

労働が苦役であり、その苦労の対価として報酬を得る、という概念しか存在しなかったなら、おそらく人は多様性に対して寛容になれないでしょう。おれはこんなにがんばっているのに、なんでおれだけ、と他人を羨んだり、がんばってない人を糾弾したくなる。いま世間に瀰漫しているイライラはそういったものだと思います。だからまず「やりたい」が先にあること。自分がやりたいことをやっていれば、他人のことなんかどうでもよくなる。どうでもよくなる、っていうと言葉が悪いかもしれませんが、それがつまり寛容ということじゃないかと思うんです。過度の介入はせず、かといって無視するでもなく。

多様性を内包する共同体。ぼくはこの言葉から「新しい公共」という概念を連想します。ひとりひとりの「私」が「公」を担っていくという考え方ですが、それは決して滅私奉公的なマインドではありません。「やらなければいけない」苦役のようなものが「公」というわけじゃない。むしろ、ひとりひとりが「やりたい」ことをやることで、自然発生的につながりが生まれ、共同体をつくっていく(その中でSNSが大きな役割を果たす可能性は高いですよね)。だから、そのカタチは、このユニコーンのDVDのように、テキトーでゆるやかな、ダラダラっとした感じでぜんぜんいいと思います。ぼくはそういうほうが好きだな。


ユニコーンが示すもの(身体性と多様性=新しい公共?)

ユニコーンが示すもの(身体性と多様性=新しい公共?) 2011.03.02 Wednesday [音楽・映像] comments(2)
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KIMONOS / KIMONOS

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小難しい記事が続くと疲れちゃうので、単純にすきな音楽ネタを。
CDを買う機会も数年前に比べるとめっきり減ってしまいましたが、マソ山さん主催のecrnアワードに参加して2010年のベストを選んでみました。

2010年のマイベストは「KIMONOS」なるバンドのデビュー盤。くるりの「さよならアメリカ」や、Cocco「ニライカナイ」もすばらしかったですし、Underworldのアルバムもミーハー的に大好きですが、アルバム全体としてぼくの肌にフィットしたという点で、この作品に軍配を上げました。


EMIミュージックジャパン
発売日:2010-11-17


試聴 試聴

さて、このバンド実は、ZAZEN BOYSの向井秀徳とLEO今井によるユニット。『ZAZEN BOYS4』で見せた打込みシンセサウンドを昇華させたかのような感触は、ドラムマシーンとシンセの音色が80年代を感じさせる「ダサかっこよい」もの。これは2010年の肉体を持って鳴らされたYMOか?と思いきや「Sports Men」のカバーもあり。根っこがロック少年であるぼくにとって、このおセンチな感じは理屈ぬきに堪らないのです。

うーん、あとは特に書くことがないですが、今年は「ダサかっこいい」というのがぼくにとって音楽のキーワードだったような気がします。5〜6年くらいかけてぼくの音楽的嗜好はあっち行ったりこっち行ったりしました。テクノやハウス、ソウル、ブラジル、音響系、ジャズ、…めぐりめぐったけれども、根っこはやっぱりロックなんだと気づきました。子どもができてから自然にそっちに回帰してきた。やっぱり子どもがいるとムーディーマン聴きたいとか思わないですね。好きだけど。

KIMONOS / KIMONOS

KIMONOS / KIMONOS 2011.02.08 Tuesday [音楽・映像] comments(2)
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こっこちゃんとしげるくん「SING A SONG」

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年末になると一年をふり返りたくなります。ぼくは、好きな音楽で。
アンダーワールドやキース・ジャレットのアルバムもよかったですが、今年はめずらしく曲単位で、とても印象に残った曲が2つありました。

Cocco「ニライカナイ」 →感想はこちら
くるり「さよならアメリカ」 →感想はこちら

日本とアメリカという関係をバックグラウンドに育ってきたぼくらの世代。音楽の世界においても、アメリカという国はぼくらの前に大きくそびえる存在でした。しかし、まるで空気のように存在していたその関係についての理由が根元から揺らぎ始めたのが2010年でした。政権交代という出来事や、その後のごたごたを通して、ぼくらはいままで見えなかったことが見えはじめ、いままで考えなかったことを考えはじめました。

そんな今年を象徴するような2曲。
興味を持たれた方はそれぞれのリンク先をご覧ください。

ところで、この二人が組んだバンドがあったなあと昨晩思い出し、押入からひっぱり出して聴いてみました。Coccoと岸田繁(くるり)によるスペシャル・ユニット「Singer Songer」がにタワーレコード限定でリリースした『SING A SONG 〜NO MUSIC, NO LOVE LIFE〜』。タワーレコード25周年記念テーマソングとなったこの曲は、96年Cocco幻のインディーズ盤に収録されていた曲のリメイクなんだそうです。



2004年。ドライブしながら、妻(当時は彼女ですね)に聴かせてもらったこの曲。しげるくんのフィドルがほのぼのとして朗らかな音色を奏でる、優しくてほっとするうた。そうしていたら、フロントガラスの向こうの雨上がりの空に、絵に描いたような虹を見ました。眼前に拡がる七色のゲートに向かって車を走らせながら、ぼくは、今ここにいる幸せを感じました。…というようなことを当時のブログに書いていたことを、いま読み返しました。

最初に挙げた2曲はわりとシリアスな曲ですが、この曲は純粋に音楽のたのしさが伝わるたのしくてしあわせな曲です。ぼくは音楽がとても好きです(オタクといっていいかもしれない)。音楽はいつでも傍にありました。音楽は、その曲を聴いていたときの映像を、空気をフラッシュバックさせてくれます。音楽はいつでも傍にあります。それは、音楽がたのしいものだからです。

今年は子どもと遊ぶことが多くなったせいか、例年に比べてCDの購入枚数が激減し、趣味でやっていた音楽ブログもすっかり停滞してしまいました。「子育て>音楽」になったから。でもそれはストレスではないんです。子どもと遊ぶことが、いまは何よりも楽しいから。新譜をがしがしと漁るような聴きかたは無くなりましたが、旧譜を中心にした音楽はいまも生活のなかにあります。その基本はやっぱり音楽はたのしいものだからです。音楽がたのしく、いつも傍にあるために、ときにはシリアスな面も必要になります(それが最初に挙げた2曲です)。シリアスであることが目的なのではなく、あくまで過程であり、着地点はやっぱりあくまでも、たのしいこと。

いつか子どもが夫婦の手をはなれたときには、また趣味の世界をのんびりとたのしみたいと思っています。そのときには例の音楽ブログも再開しましょう。何年後かはわかりませんが。それでいい。だって音楽はいつもそばにあるんだから。そう思います。



あ、ちなみにマソ山さん主催の年間ベストecrn award 2010に参加してます。

こっこちゃんとしげるくん「SING A SONG」

こっこちゃんとしげるくん「SING A SONG」 2010.12.20 Monday [音楽・映像] comments(0)
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くるり「さよならアメリカ」

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今年リリースされたくるりの新譜。
40秒の「無題」が1曲目だけど、ほぼアルバムの冒頭を飾るといっていいのが2曲目「さよならアメリカ」。

くるりのことは、好きな曲もあるし、なんとなく気になる存在ではあるけれども、アルバムを通して聴くほどのファンでもありませんでした。しかし、2010年のこのタイミングで、このタイトル。さらに、歌詞の出だしを知ったとき、これは聴かねば!と思いました。

ろくでなしアメリカの 手のひらで泳ぎつかれたよ
干上がった生命線 ここはきれいな河でした

たくさんの置きみやげ ぼくらは使って暮らしていますよ
でもこれで十分よ 時代は変わり巡り巡る

さよならアメリカ さよなら さよなら
日の本 ここだよ さよなら

歌詞全文はこちら


2009年に起こった政権交代という事件やその後の動乱、フリージャーナリストによる情報、またツイッターなどを通して、ぼくが知ってしまったことのほぼすべてがここに集約されているように感じました。

なぜ、鳩山さんは沖縄問題でブレたのか。なぜ、小沢一郎は政治とカネの問題で追及されているのか。なぜ、検察審査会はあれほど不透明なのか。なぜ、尖閣問題が大騒ぎになったのか。なぜ、クロスオーナーシップの禁止を提言した原口さんは更迭されたのか。なぜ、代表選の時にあれほど言われた挙党一致という言葉が無視されているのか。なぜ記者会見のオープン化が頓挫しているのか。なぜ、政権交代時に国民が選挙で選んだ民主党と180度方向転換した現政権が仮にも議会制民主主義を標榜する日本という国で政権存続できるのか。そして、なぜ、これらのほぼすべてをマスメディアは検証して報じないのか。なぜ、ウィキリークスを黙殺するのか。

対米従属、あるいは対米隷属という言葉があります。
日本はアメリカの52番目の州、アメリカの植民地と言われることもあります。常にアメリカの顔色を伺い、「抑止力」を提供してもらうかわりに財源を提供する。アメリカの了承無しに、自分の意見などを言ったことなどない。アメリカの意に沿うことを明確に宣言した小泉純一郎氏は、アメリカから好意的に受け入れられました。あたりまえです。基本的に対米従属路線だった自民党から、民主党に政権が交代し、アメリカの了承も無しに何を言い出すかわからない「宇宙人」鳩山由紀夫氏が首相に就いた時、アメリカは警戒しました。あたりまえです。鳩山さんはそれまでタブーとされてきた沖縄という蓋を開けようとしました。宇宙人ですから。ところが、蓋の中は想像していた以上に腐乱が進み、臭かった。一緒に開けてくれると思っていた仲間も逃げ出してしまったようです。独りでどうにもならなくなった鳩山さんは開けかけた蓋をもう一度閉めてしまいました。蓋の中には「抑止力」があった、という言葉をのこして。

菅直人氏が首相に就いてから、民主党はあきらかにおかしくなりました。会見のオープン化を後退させ、財務省主導の事業仕分けでお茶を濁し、沖縄知事選では県外移設を訴える候補者への支援を禁じました。武器輸出3原則の見直しを言い出したり(ウィキリークスは、アメリカからの圧力があったことを暴露しています)。どうやら官僚やマスコミ、財界といったエスタブリッシュメントとすっかり仲良しになってしまった菅政権は、不思議なことにアメリカの意向と一致した方向ばかりを指向しています。かつての自民党以上にべったりと。ジャーナリストの岩上安身さんは、日本の首相は中間管理職で、親会社は米国と言っています。言い得て妙です。(いまの日本を考える上でとても重要な案件ですので、またじっくりと吟味したい問題です。)

知ることとは、信じることと同じだと思います。日本政府が対米従属だなんて、日本のマスコミでは報じられない(マスコミ自身が対米従属なんだからあたりまえです)。ぼくは、真実を知ったわけではなく、マスコミや雑誌、書籍、インターネットでの情報を見比べた上で、そう考えたほうがいろいろなことが腑に落ちると思うから、そう信じているにすぎません。


そこで、くるりのこの曲。
ぜんぶ言ってるじゃないですか。びっくりしました。

菅政権は、生き残る道はこれしかないと思ったのかもしれませんが、ぼくはもう、しっぽをふってわんわんとすり寄っていくのはごめんです。自分の足で立たないと。それは決して「反米」ではありません。アンチ・アメリカになろう、アメリカ大嫌い、というわけじゃない。だって、たくさんの置きみやげを使って暮らしているんだから。「夢と自由の国アメリカ」に憧れていたあの気持ちは嘘じゃないんだから。愛着はきっと今でもあるんだから。

今までありがとう。ぼくたちは卒業します。

永遠にさようならするわけじゃありません。これからも付き合っていこうと思うからこそ、互いの関係を常に見つめ直すことは必要だと思うんです。そこからが大人同士の付き合いのはじまりではないでしょうか。
それが、「さよならアメリカ」の意味だと、ぼくは思います。



「さよならアメリカ」収録の9thアルバムはこちら。
下記リンクより試聴も可能です。





くるり「さよならアメリカ」

くるり「さよならアメリカ」 2010.12.10 Friday [音楽・映像] comments(1)
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ジョン・レノン「Imagine」

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本日12月8日は、ジョン・レノンの命日だそうです。
享年40歳。

クーリエ・ジャポンTwitterより
今日の「ニューヨーク・タイムズ」にオノ・ヨーコさんが寄稿。「私たちがジョンから受け取った最大の贈り物は、彼の言葉ではなく彼の行動だ。真理を信じていた彼は遠慮なく声をあげた。それが権力を持つ一部の人々を苛立たせていたことはわかっていた。でも、あれがジョンなのだ。ああいう風でしかありえなかった。いま彼がここにいたら昔と同じように真実を叫び続けていると思う。真実なしには世界平和を実現する道はない。」


彼がうたった『イマジン』という曲は、とてもシンプル。

「想像してごらん…」

たったこれだけのメッセージ。
たったこれだけなのに、911テロ事件後にアメリカではこの曲が放送自粛されたそうです。ジョン・レノンは夢想家だったのでしょうか。それとも「想像してごらん…」こそが真実だったのでしょうか。なぜこの曲が放送自粛される必要があったのでしょうか。




半年前にこのブログに書いた短い日記を再録します。

想像力しだいでどこへでも行ける。
「世界を救う」のもまたぼくたちの想像力かもしれない。

なんだか小学生みたいな発言ですが、その思いが強くなっています。
息子には、想像力の豊かな子になって欲しいと思います。
社会には、想像力の豊かな子が行き交う社会になることを願います。
ぼくは、そのために、いろいろと想像することにします。


これはたしか、高橋源一郎さんの『悪と戦う』を読んだあとに書いたものだったと記憶します。そう、この本を読んだあと胸に去来したのは、子どもの無垢な想像力が紡ぎ出す世界。その多重世界は、現実的ではなかったかもしれない。それでも、それは抱きしめたくなるほど大切ななにか、のような気がしたのです。


古代ギリシアの民主制では、人は平等だということは誰も信じなかった。
地球が太陽のまわりを回っているなんて、誰も信じなかった。
ライト兄弟が空を飛ぶなんて、誰も信じなかった。
AppleがiPhoneで世界をつなぐなんて、たった10年まえには誰も信じなかった。

せかいを創造してきたのは、想像力です。
それはきっとこれからもそうだと思います。


12月8日は、太平洋戦争の開戦日でもあります。
戦争の記憶は世代を経てどんどんうすれていきます。伝え聞くことを止めたならば、その時点で想像すらもできなくなる。ぼくたちは、ぼくは、知らないことがたくさんある。いつも、いかなるときも、想像することだけは忘れないようにしたいと思います。


John Lennon
CAPITOL
発売日:2000-01-20



ジョン・レノン「Imagine」

ジョン・レノン「Imagine」 2010.12.08 Wednesday [音楽・映像] comments(2)
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SAKEROCK / ホニャララ

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ツイッターをやりはじめて、それから子どもができて、わかったことがあります。
それは、自分がほんとうになにもわかっていなかったということ。

わかっていなかったということがわかった。
それがほぼすべてだと思います。

じぶんが無知だと知ったときのきもちよさ。
それがいちばんの知なんじゃないかと。
この日記で、自分がバカだと告白してからの、知りたいという欲求が楽しくて。
なんでも「わかってる人」は、「学ぶ」必要もないですからね。


勝間和代さんが出演するBSジャパンの『デキビジ』という番組に、上杉隆さんがゲスト出演されました。その収録の様子をそのまま、USTREAMで生配信するということをツイッターで知り、視聴してみました。たいへんおもしろかった。その中で、上杉さんが言っていた言葉です(記憶によるので言い回し等は実際と異なります)。

「日本のマスコミ報道は空気が決める。事実よりも空気。空気によって事実を作り上げる。麻生内閣の場合。麻生氏は解散するとは言っていないのに、言ったという誤報を訂正できない彼らは、解散しないと『麻生がブレた』と。そうやって解散という事実を作り出していく。」
「日本では、メディアは間違えない事を前提にされている。少しでも誤報があればもう信じられない、と。」

間違えないということは、なんでもわかっているということです。
日本に於いて、マスメディアはなんでもわかっている。とされている。
わかってないこと、間違ったことを認めたくないから、常に「わかってる人」を演じなきゃいけない。そういうメディアに日常茶飯事に触れていると、ふつうの人たちも、なんとなく自分たちも「わかってる人」になったような気になります。わかってないことは恥ずかしいことなんだと。そして、「教養」なんていうことを言い出して、他人にもそれを強要しようとします。どちらがよりわかってるかを競うために論争します。論争は、勝つか負けるかです。勝った方が正しく、負けた方は間違い。
いま日本中に瀰漫してる息苦しさのは所以はたぶんここにあります。ぜんぶが自分と同じでなきゃ気がすまない(だから間違っている側は排除してしまえ)というマインドです。
これはこどもの論理です。大人はそんなこと言っちゃいけません。

にんげんは、間違うものです。
わかっていることよりも、わかっていないことのほうが圧倒的に多いんだから。
間違ったらあやまればいい。あやまられたら許せばいい。
ゆるやかにいきましょうよ。もっとてきとーでいいじゃないすか。いろいろ。
それが、大人の態度ってもんだと思います。

(こういうことを言うと、だいたい危機管理やセキュリティを理由に反論されます。でもぼくは、ドロボーに入られないように自分の家をフェンスでぐるぐる巻きにするくらいなら、少しぐらい盗まれても自分が住んでて気持ちのいい状態にしておきたいと思います。ぼくは、ね。)



SAKEROCK
3d system(DDD)(M)
発売日:2008-11-05



で、SAKEROCK。
3rdアルバムである『ホニャララ』を聴きました。

現在の音楽シーン(マーケット)から思いっきり外れてますね。
インストバンドなんですが、なによりもこの脱力感。泣けます。

YoutubeにアップされていたPVをぜひご覧ください。
SAKEROCK / 会社員と今の私



この、なんともいえない、愛すべき「トホホ感」。
あるいは、90年代のサブカル系がもっていた、わけのわからないエネルギー。少年のようなあそびごころ。マーケティングという、正しいか間違ってるか、勝つか負けるか、という(誰かから与えられた)2者択一型の思考からハミ出した世界。アンチではなくオルタナティヴ。ゆるやか、てきとー。

このゆるやかさがどこから生まれるのかというと、彼らは鍵をあけてるんですね。ドロボーに入られるのを覚悟のうえで。じぶんで選んだものだから、しょーがねえじゃん。おれたちこーいうのが好きなんだもん。みずからに内在する「トホホ感」を認め、ある意味であきらめるというか、共生していくという覚悟。それを確認する俯瞰的視点をもっていなければ、こういうPVは作れないと思います。センスいいです。

正解や教養の範疇からは生まれ得ないものがよのなかにはあります。
SAKEROCKのおんがくには、それが、ある。と思う。
会えて良かった。

SAKEROCK / ホニャララ

SAKEROCK / ホニャララ 2010.12.04 Saturday [音楽・映像] comments(0)
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Cocco / ニライカナイ

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Cocco
ビクターエンタテインメント
発売日:2010-06-09



むかし、ロックは反抗の音楽でした。
何に対して反抗していたのかというと、権力や体制といった、大きなものに対する反抗だったんです。ファッションとしてのロックよりも、反骨精神としてのロックが力をもつ時代があったんです。いまの若い人は、そんなロックを知らないかもしれませんね。だって、何に反抗したらいいのか、非常に判りづらい時代ですから。「ロックは死んだ」と歌った人もいましたが、ロックはいま、まさに息も絶え絶えの状態です。

ロックをはじめとする、音楽が世界を変えるという幻想が力を持った時代もありました。アメリカでは1969年にウッドストックという伝説的な野外コンサートが行われました。ウッドストックが実際に「愛と平和」の祭典を体現するものであったのかどうか、その実態はわかりません(ぼくがまだ生まれる前の出来事です)。ただ、音楽が世界を変えるという幻想が、大きなうねりとなって、特に若い人たちの心をとらえたことは確かなようです。

80年代に入り、音楽は商業的なものとなり、レコードのセールス数が増加するように、より多くの人が接するものになります。それでも、まだ音楽の持つ力に人々は希望を託すことができました。1985年にはアフリカの飢餓と貧困層解消のために、マイケル・ジャクソンやライオネル・リッチーをはじめとするビッグネームたちが集まり「We Are The World」という曲が作られます。

90年代は、ぼくがリアルタイムでロックに触れた青春の時代です。オアシスのことを書きましょう。彼らもまた、反抗者でした。常に社会に対してつばを吐く彼らのアイデンティティは、マンチェスターの労働者階級出身であるという点にあったのでしょう。彼らのやりたい放題な姿に、どこかマイノリティな自分(だと自分では思っていた)を重ね合わせるのが、痛快でもあったんです。繰り返します。ロックにはファッション性も確かにあります。でも、ぼくがロックを聴いていた理由はファッション性にはありません。ロックがロックたる理由を彼らは持っていたように思います。

近年、かつてロックを鳴らしていたミュージシャンの再結成がブームです。しかしその多くは、同窓会のノリで、それはもう完全に商業ベースに乗ったものです。懐メロ、ファッションでしかない。(そうではない、反抗の時期を過ぎて、ゆるやかな進化をしているミュージシャンもおりますが、それはまた別の話なのでまたの機会に。)

2008年。ニール・ヤングが自作のドキュメンタリー映画『CSNY Deja Vu』の記者会見でこう語った事が、ちょっとしたニュースになりました。

音楽で世界を変えることができた時代は過ぎ去った。今、この時代にそういう考えを持つのはあまりにも世間知らずだと思う。

この言葉をどう捉えたらよいのでしょうか。ただ単に年寄りの悲観的な発言なのでしょうか。40年にわたり反骨精神としてのロックを体現してきた人物(詳しくはこちら)だけに、その発言には重い響きがあります。
これはもちろん「ラブ&ピース」の否定ではありません。(ニールはその後このような声明を出したようです)ただ、「ラブ&ピース」の「気分」だけでは世界は変わらない、戦争は無くならないと云うことを、イラク戦争や各地の紛争が続発する近代史からぼくたちは学ぶことができます。


前置きが長くなりました。

Coccoの新曲『ニライカナイ』をくり返し、聴けば聴くほど、これはすごい曲だとの思いを強くしています。なんでしょうか、この気持ちは。「音楽の持つ力を信じられた」という次元でもありません。ただ、ただ、圧倒されるのです。曲中で鳴らされる琉球國祭り太鼓に合わせ、鼓動が高鳴るのを感じます。こんなにも、はげしく燃えるような音楽を、ぼくは久しく聴いていませんでした。ぜひ、PVをご覧ください。


(※Coccoが出演しているPVが非公開になってしまったので、琉球國祭り太鼓の演舞バージョンを掲載しておきます。)

Coccoは、まるでなにかの化身のよう、そう、「沖縄」の燃えさかる炎のようです。(Coccoと沖縄についてはこちらに記事を書きました。)彼女自身を取り囲む、すべてのものと、向き合うことを決意した、悲壮なまでの覚悟(女性はすごいと思います)が、歌声に、表情に表れているような気がします。

COCCO CHAnNELより
「沖縄人として被害者意識はない」とCoccoは言います。なぜなら「沖縄自身も沖縄を傷つけているから」。それでもCoccoが、目の前の現実や沢山の問題に対してさまざまな憤りを抱えているのは事実です。
「一度も東京を嫌いだと思ったことはない」とも、Coccoは言っています。それでも叫びたいことはあふれていると思います。
今回のPVでCoccoが表現したかったこと。
「本土を責める沖縄」
「沖縄人による沖縄への攻撃」
「本土人に支えられている沖縄」
「沖縄の声が届くことのない本土」
怒り、翻弄、矛盾、願い、祈り。
雷光と共に登場する獅子に抱かれたCoccoは、ひっそりと咲いた平和の赤花のように穏やかです。
そして、本土人の胸に眠りながらもCoccoが手にしているのは「ジーファー」という沖縄のかんざし(Coccoは幼い頃、ジーファを護身のために使っていた琉球芝居を観て以来、ジーファー=女が身を守る物、というイメージがあるそうです)。PVで実際に使われているジーファーは、Coccoの大親友である琉球金細工七代目の又吉健次郎氏から贈られた物です。


これ以上の解説は野暮でしょう。

ただ、彼女のうたを聴いて、ただ、感じて下さい。
音楽的に好きだとか嫌いだとか、という次元を越えた「なにか」が存在します。それはロックが置き忘れて来た「なにか」でもあるような気がするのです。


Cocco / ニライカナイ

Cocco / ニライカナイ 2010.06.15 Tuesday [音楽・映像] comments(0)
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