論理的思考って何なのかを考えたらわからなくなった

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考えれば考えるほど「論理的」であることって何なのか、ぼくはよくわからなってしまうのだが、頭わるいんだろうか。たしかに学術書などの難しい文章を読むのは苦手だし、お役所の書面なんか何書いてあるのか本気で理解できないことが多々あるので、基本的に論理的思考には向いていないのだと自覚はしているのだが。

さいきん疑問に思っているのは、論理的に(科学的にでもいいけど)「正しい」とはいったいどういうことを指すのか、はたして多くの人は論理的に考えているんだろうかということ。論理的に正しいと(世間的に)されていることを、すなわち論理的に正しいことだとして無条件に受け入れることは論理的ではないよね。「考える」ということと、「答え」を求めるということは似ているようでぜんぜん違う。「答え」を急ぐあまりに、答えが先にありきの論理立てになってしまってはいないかということ。

若手数学者の森田真生さんのツイートより
数学を勉強してるとき、判断や意味を急ぐ呼吸の浅さが命取りになることがある。とりとめのないものをまえにして、どこまでそのとりとめなさと付き合いつづけられるか。意味を急ぐ「生産性」を、僕は信じない。


「答え」を求めると言ってもおそらく2パターンあって、ほんとうに純粋にわからずに答えを探している場合と、自分に都合のいい答えが与えられるのを待っている場合とがある。問いが大きければ大きいほど、とりとめがないものであるほど、「答え」は簡単には得られない。「考える」ということは、森田さんの言うように「とりとめなさと付き合いつづける」ということだ。

以前の記事(理解と判断の保留=気持ち悪さとの共生)にも書いたが、なかなか答えに辿り着かない自分の頭の悪さに「耐える」こと。グレーゾーンという釈然としない気持ち悪さに耐えて付き合い続けること。放射能とともに生きるってそういうことでもある。

誰だって気持ち悪いのはイヤだ。気持ち悪い要素はなるべく排除したいって思う。早くすっきりしたいと思う。でもお前自身はそんなにすっきりとした人間なのかと自分に問いかけてみる。よくわからない。わからなくて気持ち悪い。「考える」という作業においては、この気持ち悪さに対する耐性がとても重要になってくるのだと思う。

そりゃ、すぐに答えが出るような問いだってある。というか現在の日本の教育ではほとんどの問いに答えが用意されている。さらには、その「答え」に至るまでのプロセスさえも教えてくれる。与えられた数式を覚えることが学ぶこととされ、その技法を覚えさえすれば、世の中でうまく立ち振る舞うことができるように社会は設計されていた。ところが、その設計図は砂上の楼閣であることが明らかになってきている。「考える」ことをせずに、昔の設計図に頼りきりで刷新されずにきた社会制度は、これからどんどん機能せずに崩れ落ちて行く一方であろう。

なぜ、頭がよくて有能な官僚はたくさんいる(であろう)のにそうなってしまったのか。官僚たちの駆使する「論理」っていうのは、はじめに結論が決まっていて、その結論の正しさを担保するための論理なのである。はじめに予算があって、予算を使うために無駄な事業をつくり出すのが仕事なのであるからそのような手法が身に付くのも無理はない。

なにか革新的な、抜本的な提案がなされたときに、そんなこと出来る訳がない、現実を見なさいと言う人がいる。自分は知識をもっていると自負する人に多い。ほんとうは現実とはぼくたちの実生活であり、ひとりひとりの中にしかないはずであるが、現実主義者の言う現実とは彼の行き着きたい結論を指しているである。彼は、答えを指し示すだけの知識(論理)を持っているからだ。しかし、その論理は帳尻を合わせるために作られた論理ということはあるまいか。

たとえば放射能の問題について、判断の論拠となるのはベクレルやシーベルトといった数値である。その際、提示された数値はどのように測定されて検出された数値であるのかをも考慮しないといけない。さらには、そもそも安全の基準となる数値がどのようにして算出されたものであるかも考えていくと、訳がわからなくなってくる。それは文脈を読むという作業によって推測していくしかないのだけれども、そうすればするほど本当のところって何なのかわからなくなる(これはぼくが頭悪いからなのかもしれないが)。放射能を正しく怖がるって、どういうことなのかぜんぜんわからない。

どうも世間的に、ある式が「論理的」であると言う場合、その式が純粋な式なのか、帳尻を合わせるために作られた式なのかまでは考えない人が多いように思う。たぶんそこは無視しないと「答え」まで辿り着けないことが多いからなのであろう。だから「答え」をいかに早く得るかが重要視されるような「論理的」議論においては、クリアカットに物事を断じる語り口が推奨される。それにぼくは馴染めそうにない。

クリアカットに物事を断じる語り口は、その矛先が他人にも向きやすい。これだけクリアカットに、論理的に説明できるのだから、それ以外の意見は間違っているのだと。論理というものが、ただひとつの「答え」を導くためだけにあるのだとしたら、そう考えるのも筋が通っている。しかし、はじめに「答え」ありきで拵えられた論理というものもある。そこの罠に陥ってはいけない。

誰だって、自分の選択が間違っていないと信じたい。だから、自分の選択の正しさを担保するための根拠が欲しい。その一つが論理的(あるいは科学的)正しさなのであるが、自分が間違っていないという結論(あるいはそう思いたいという強い気持ち)が先にある場合、人は自分にとって都合の良い論理を拵えてしまうのだということを覚えておきたい。自分が間違っていないということを証明するために、他人が間違っていると断じる所作は、哀しい。結果として得られた答えがたとえ自分が期待するものではなかったとしても、それを受け入れる(あるいは受け流す)余裕をもちたい。みんな同じじゃなくていいじゃん。ぜったいに理解できない人がいたってべつにいいじゃん。交わったり、交わらなかったりで。たぶんそれが多様性のある社会で暮らす大人の所作なのではないかと思う。

これはぼくの感覚的なものであるので証明はできない。すなわちぼくが書いていることはぜんぜん論理的ではないのかもしれない。もし、論理というものが相手を打ち負かすための話術や道具なのだとしたら、ぼくはそういうのには興味がない。ただ自分の思考を整理するために使いたい。

わけのわからない話ですみません…。




追記(2/21)
放射能に関しては、もはや何を信じていいのか、何を基準にして考えたらいいのか、その論拠がわからなくなってしまった。だからこの記事もわけがわからない。
がれき受け入れ問題について、東浩紀氏がつぶやいていた。

がれき受け入れについて東浩紀氏のつぶやき - Togetter

悪魔の証明…なるほど。政府や行政、マスコミの発表が信じられないという点を出発点とするならば、どんな数値や論理などが提示されても、それが論拠だとは信じられないわけだ。堂々巡り。
「危険だか安全だかわからない」ということと、だからどう行動するのかということがつながってくるのかもしれない。自分の選択の正しさを担保するための根拠がないところで、どう行動するのか。それが自律ということだろうか。

論理的思考って何なのかを考えたらわからなくなった

論理的思考って何なのかを考えたらわからなくなった 2012.02.20 Monday [妄想] comments(0)
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理解と判断の保留=気持ち悪さとの共生

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小田嶋隆さんの書くコラムはほんとうにおもしろい。本質をするどく突きながらも、トホホな自分へのペーソスとユーモアが同居する、非常にセンスの高い文章だと思います。9月に書かれた原子力についてのコラムは、ぼくが震災後に読んだ記事の中でもっとも深く共感して納得する文章でした。
先日の大阪W選結果を受けて書かれたコラムもたいへん大事なことを指摘していました。<「維新」の成否は、十年待たないとわからない。>という大阪の件はここでは省略して(もちろん深く関連していますが)、コラム冒頭に書かれていた「書く」という行為について転載します。

大阪の「維新」とまだるっこしい民主主義 - 小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」2011年12月2日号より
「まとまりがない」「長い」「何を言いたいのかわからない」というコメントが、毎週、何通か届く。 ご指摘の通りだと思う。

 文章を「情報伝達のツール」であるとする考え方からすれば、私が本欄に書いている原稿は、かなり完成度の低いドキュメントということになる。でなくても、ビジネス文書の作文法としては失格だろう。

 しかしながら、文章は、情報を伝達する以前に、人間が思考を展開する際のベースになるものだ。

 自分の考えがはっきりしていないことがものを書く動機になるケースすらある。人は、文章を書くことによってはじめて、自分の精神と真に直面することができる生き物だからだ。その意味では、必ずしも一本道の論理だけが尊いわけではない。(中略)何が言いたいのかわからないのは、むしろ当然だ。私自身、自分が何を言いたいのかを知るために原稿を書いていたりするわけだし。


「自分が何を言いたいのかを知るために書いていたりする」という件に共感しました。というのは、ぼくがこうしてブログを書いている(書くようになった)いちばんの理由はここにあるからです。もちろん小田嶋さんのコラムの洗練さに比べれば足元にも及びませんが、とにかく思いついたことをぐだぐだと書きなぐっているうちになんだか自分自身の頭が少しずつ整理されていくのを実感しています。書き始めって、せーので書こうと身構えるとなかなか始まらないんですよね。だから上手く書こうと思わないでぐだぐだと書き散らかすようにしています。そうこうするうちに文章がどんどん長くなってしまうのですが、それって必要な長さなんですよね。自分の考えがあっち行ったりこっち行ったり、一見すると無駄なように思えるかもしれませんが、そこを経ないと、自分が何を言いたいのかを知ることができない。はじめから答えがわかっているなら、わざわざ書く必要もないわけだし。

でも、自分が何を言いたいのかを知るために書くっていうにであれば、なにも公開されたブログで書く必要もないじゃん、という見方もあると思います。それはそうなんですが、(辺境のブログなんでアクセス数はたかが知れてます)誰かに読んでもらうということを少しでも意識して書くことによって、より自身の思考が整理されてまとまっていくような気がします。コメントを頂いてさらにそこから思考が広がっていくということもありますし。単純にたのしい。

思考が広がるという点では「ツイッター以降」でぼくの思考回路は、というか思考のプロセスの在り方は大きく変容しました。これはほんとうに実感しています。ツイッターをやっていなかったらブログも書いていなかったかもしれない。いや、書いたとしても続かなかったと思うし、続いたとしても今とは異質なものになっていたのではないかと思います。ツイッターとブログは有機体のように互いに干渉し合っている。ぼくの場合、ツイッターで思いつきをつぶやいて、それを基にしてブログで展開するというパターンが多いですが、ブログで考えたことが思考のベースになっていくからそれは次のツイートにも影響してくる。で、そうして出てきたツイートやタイムラインを流れる他者のツイートからまた考える(これが不思議なことに、その時に自分が必要としているツイートが目に留まるんですね)。大きな同心円をまわっているというか。

東北芸術工科大学でキュレーターを務める宮本武典さんがこんなことを言っていました。宮本武典さんのツイートより
TwitterやFacebookが世界を席巻し「ブログは死んだ」と皆が言った。でもブログは死ななかった。ようは、ネット上の身体/活動を拡張するためのツールとして、SNSを僕たちは獲得したわけだけど、それによって人格が分裂気味になっている、というわけではない。

アメリカではむしろブログ回帰が進んでいるという。ネガティヴな意味での「ネット人格」とは異なる人格のありようが、複数のアプリケーションの併置から浮かび上がっている。荒木経惟が複数のカメラを持ち歩いているように。「他者にむけて演じられた自分のなかにしか、本当の自分はいない」

父、夫、キュレーター、大学教員、東北生活者、ボランティア… いくつもの顔・役割をふつうに受け入れ、それらの往復や調和に「自分らしさ」を見出すことで、僕はものすごく楽になった。憑き物が落ちたみたい。それはおそらく、SNSの出現と無縁ではない。


宮本さんの言うように、ツイッターをはじめとするソーシャルメディアはわりと身体的なツールです。140字という制限もよかったし、携帯やスマートフォンでいつでもどこでもつぶやける。これはじっくりと考えて書くというよりも、直感や身体感覚、感情なんかを書きとめておくのにふさわしい。対してブログはスマフォで書くにはちとしんどい。PCの前でじっくりと調べたり考えたりしながら書く、熟慮のツールです。

身体活動と熟慮。これらが循環することで、はじめてぼくらは「自分らしさ」を見いだすことができるのだと思います。身体を離れた思考は意味がないし(イデオロギーのためのイデオロギーには興味がありません)、思考のない身体活動もまた虚しい。ブログは、ソーシャルメディアの登場によってはじめて人格を持つようになったのだと思います。だからもう、言論界に対して持論をぶったり、自説の正しさを証明したりアピールしたり、アジテートしたり、イデオロギーで論争したり、そういうのはどうでもよろしい。見つめるのは自己であり、自分の身体がどう感じたか、自分の頭はどう考えたか、ただそれだけでよろしいんじゃないかと思います。ぼくはそういうブログが好きです。そういうブログは必ずしも有益ではないし、答えを提示してくれるわけでもない。威勢のいいスローガンのように心象を鼓舞してくれるものでもない。でもぼくは、これが答えだ!ってクリアカットに叫ぶ言説よりも、ぼくはこう思うんだけど…という個人の身体が見えるつぶやきのほうに信憑性を感じます。たとえ共感できなくても、その人の人となりが見える文章ならば、多様な意見を知る導入線になる。

内田樹さんのツイートより
僕は「これから世の中がどうなるか私にはわからない。とりあえず比較的蓋然性の高い未来予測をしている人たちと意見交換しようと思っている」という人の静かな声に選択的に耳を傾けたいとおもいます。


そう、これからどうなるかなんて誰にもわからないはず。したり顔でわかったようなことを言う人には注意したほうがいい。それは確信犯的にそうふるまっているか、あるいはわかっていないということをわかっていないかのどちらかです。

「これから世の中がどうなるか私にはわからない」状態で、「とりあえず比較的蓋然性の高い未来予測をする」ってどういうことなのかというと、冒頭の小田嶋さんの話に戻るのですが、「耐える」っていうことが重要な要素じゃないかと。あっち行ったりこっち行ったり、一見すると無駄なように思えるかもしれないけれども、まだるっこしく延々と書きなぐることの意味。なかなか答えに辿り着かない自分の頭の悪さに「耐える」こと。耐えて付き合い続けること。

大阪の「維新」とまだるっこしい民主主義 - 小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」2011年12月2日号より
民主主義は、そもそも「豊かさ」の結果であって、原因ではない。つまり、民主主義は豊かさをもたらすわけではないのだ。それがもたらすのは、まだるっこしい公正さと、非効率な安全と、一種官僚的なセーフティーネットで、言い方を変えるなら、市民社会に公正さと安全をもたらすためには、相応の時間と忍耐が必要だということになる。結局のところ、われわれは、全員が少しずつ我慢するという方法でしか、公正な社会を実現することはできないのだ。


まだるっこしさに耐えることとは、別の言い方をすると「気持ち悪さ」への耐性ということなのかもしれません。ぼくらが暮らす世界は白黒はっきりつくことなんてほとんど建前の話で、実際はグレーゾーンで占められています。だけど多くの場合それは善しとされません。
言ってることとやってることが違うのは日本人のお家芸で、それじゃだめだから口だけじゃなくしっかりしなきゃいけない、っていうことを学校なりマスコミなり伝聞なりで道徳的な見地から何となく教えられてきたような気がするんだけど、実はそうじゃなくて、世界はそもそもグレーだったのではないかと。白と黒のあいだにある無数のグラデーションの中にこそ、ぼくらの暮らしはあるんじゃないかと。だとすれば、思考をグレースケールに対応させたほうが合理的なんじゃね?と思うのです。グレーゾーンという釈然としない気持ち悪さに耐えて付き合い続けること。だって放射能とともに生きるってそういうことですよね。

ごめんなさい。原子力安全神話は僕たちが形成した - 森達也 リアル共同幻想論【第48回】

これ実話なのかフィクションなのかわからないけど、おもしろかった。森達也さんの書く文章っていうのは、いつも釈然としないままに終わる。明快な落としどころが抜け落ちている。なんとも気持ち悪いのですが、その気持ち悪さこそが彼の持ち味なのだと思います。彼の文章にはいつでも答えのない自問が見え隠れする。

誰だって気持ち悪いのはイヤです(例外的なヘンタイもいるかもしれないけど)。気持ち悪い要素はなるべく排除したいって思う。早くすっきりしたいと思う。でもほんとうにお前はそんなにすっきりとした人間なのかと自分に問いかけてみる。よくわからない。わからなくて気持ち悪い。
気持ち悪さを、気持ち悪いままに携えること。自己の気持ち悪さを受け止めることができたときに、はじめて、共感できない他者に対して受け止める(ないしは受け流す)ことができるようになるのではないかと思っています。多様性はそうすることでしか成り立たないのでは。

モーリー・ロバートソン氏のツイートより
最悪のシナリオから最善のシナリオまでありすぎて、どこまでが科学なのかどこからが陰謀なのか、科学をもってしてもわからないのか、ということで、混沌としています。「答えは白黒はっきりしている。私の意見や私の支持している学者・団体の意見こそが正しい」と断じるのはイデオロギーです。

これまでタブーで議論できなかったことを、3.11で決壊したかのように今度はイデオロギーにすがってしか主張できなくなるというのは、以前と同じぐらい想像力が呪縛されています。新たな言葉狩り、意見狩りをするだけでは、継続可能な未来はイメージできないでしょう。

見ることも感じることも出来ない放射能が降り注ぎ、海に流れて生態系に蔓延し、食卓にも届くという中で冷静を保つのはとても大変です。人類は鍛えられているのかも。そしてこの恐怖の中であっても、政府にできることは限られており、一個人にできることも限られている。闇と向き合わざるを得ない。

世の中をより良い方向に変えようとする、そのために実力行使をする、すぐに動くというのはとても大事です。アラブの春やオキュパイ運動を見ていても、そう思います。しかしどっちの方向を選択するにしろ、自分や「自分たち」だけが正しくて反対する人は愚か者、だと運動は自壊する。

自分と異なる意見を持っている人の視点を、その人の身になって感じたり考えたりする柔軟さが、次の時代へと進む鍵だと思っています。恐怖を感じたくないから、とにかくすっきりしたいという心理も理解できる。でもその恐怖から逃れるためにだけ動くと、ぐるっと回って元の所へ。


震災以降、さまざまな国難についての言説が日本人を分断しました。タイムラインは二分され、互いに聞く耳を持たなくなっています。なにがほんとうのことなのか誰も説明できないし誰にもわからない。政府の言うことを誰も信じられなくなり、首相の発言もテレビの報道も隣のおばさんの噂話もすべてが並列になってしまいました。なにを信じるのかは自分で決めるしかないということが、震災後の日本人が学んだ唯一のことです。

互いにそれぞれのタイムラインを生きる。それでいいんじゃねえかと思います。交わったり交わらなかったりでいい。問題なのは、自分とは異質なタイムラインに対する誹謗中傷といった攻撃や、異質なものを排除しようとする動きです。陰謀論という言葉は思考停止を招き、単純な二項対立の構図を生みます。原子力ムラというものが在ることは事実だと思いますが、原子力ムラさえなくなれば世界はよくなるのか(いや実際のところ原子力ムラの解体は重要だと思いますが)。森達也さんの言うように、何十年もの間原発のことを知ろうともせず、なんとなく放置していた原発容認という「陰謀」の中には、自分自身も含まれているはずです。

陰謀論と世界情勢、デマと真実を隔てるものは何か。トピックスの信憑性ではないと思います。主導者からしてみればビジネス戦略であっても、利権の相反する側からすれば陰謀に見えるのであって。市場での自由な競争が礼讃される新自由主義経済の中にあっては、競争(企業活動)と陰謀の境目なんてきわめて曖昧でグレーなものでしょう(モンサントのやり方なんかはその典型かと)。

では、なにをもって陰謀論というのか。それは、語る側の「耐性」にあるのだと思います。語る側が持つ、気持ち悪さへの耐性。
つまり、「闇」を自己の外に設定するのか、それとも自己を含んだものとして捉えるのかの違い。闇を自己の外に設定する人は、世界の(ここではない)どこかに存在する(自分たちではない)巨悪な一族さえいなくなれば世界はよくなると主張します。テロとの闘いはその典型ですが、フセインやビンラディンが亡くなっても世界はぜんぜんよくなっていません。かつてのサヨクもそういう「正義の人」たちでしたし、中国や韓国を敵視する人たちにも同種の高慢さを感じます。それってつまり、自己の闇に耐えられないから、外部に敵を設定しちゃうのではないかと。

平川克美さんは2008年に刊行された著書の中で、わたしたちが歴史を顧みるときに欠落しているのは「私」であり「あなた」であると指摘しています。とても大事な指摘なので長くなりますが引用します。

平川克美著『株式会社という病』P24〜29より
わかったつもりという思考停止

私はこう問うてみたいと思う。2008年は、どんな時代として回顧されることになるのだろうか。というのは、世界を震撼させた2001年9月11日のテロがそうであるように、この年に生起した様々な事象も、ひとつの時代の転換点として後々まで記憶され続けることになると思うからである。前者はテロとの戦争(それが何を意味するのかいまだによくわからない)が始まった年として、後者はマーガレット・サッチャー、ロナルド・レーガンの時代に始まった新自由主義(これもイデオロギーなのか経済政策なのかよくわからない)と言われる経済体制が終わった年として。だが、この記憶には何か重要なことが欠落している。欠落しているのは私であり、あなたである。記憶の中には自分自身が写りこんでいるはずなのに、無意識的に自分自身が消去された記憶を再構成している。それで、わかったつもりになっている。

何かがわかるということは、「ああだから、こうなった」といった事実の因果関係が解明されるということだけでは足りない。そこに自らが果たした役割を認識するということが必要だと私は思う。自分が生きている時代について理解するということは、その絵柄の中に自分自身を発見し、もう一度描き直すことが必要なのだ。安易にわかるということは、既知の鋳型にはめ込んでわかったつもりになっているに過ぎない。過去十年間、短絡的な競争に勝利するための効率的な思考が、政治、経済、ビジネス、教育などの分野で日本を席巻した。この効率的な思考とは、結局のところ、現下の問題を過去の成功事例に還元することであった。大学のMBAコースでは成功事例研究が行われ、ビジネスの分野では成功モデルであるアメリカの経営方式が模倣された。市場競争原理の下で規制緩和が進行し、国営企業が民営化され、終身雇用というシステムが崩れ、非正規社員数が増大し、社会的な格差が拡大した。覇権国であるアメリカのスタンダードに倣ったのである。これらの政策は、国際競争に勝つための利益の最大化、効率の最適化といった数値化可能な目標を実現するという名目で採用されていった。生産の現場から見えない非効率を排除するために、成果が数値化され、技術が標準化され、行動がマニュアル化されて、最適効率がはじき出される。要素還元的な思考を繰り返すことで、あらゆる問題が整理され、わかったつもりになる。しかし、その前提にあるものは経済成長への信憑であることは、ほとんど誰も注意を払おうとしてこなかった。何故成長が必要なのか、経済成長は永遠に継続され得るのかなどとは誰も深くは考えなかった。「経済成長はその恩恵によって全ての病を癒す」。トリクルダウン効果というらしいが、こんな根拠の怪しげな言説が流布され、誰もがなんだかわかったつもりになっていた。

(中略)

現実を見れば悠長なことは言っておれない。これは百年に一度の厄災なのであり、非常事態なのだと言われる。随分大雑把な言い方だ。しかし、ほんとうに百年に一度の厄災であるなら、百年の夢から覚めて、停止した思考を再開させる必要がある。安易な理解と処方によって、また同じことを繰り返すよりは、むしろ理解と判断の保留をしたいと私は思う。

理解と判断の保留とは、別の言い方をすれば自らの思考を開始せよということである。わかるとは、それを見る視座が確固たるものとして定まることだとすれば、現在のことはほとんどわからないと思ったほうがいい。現在はどこに動き出すのかわからない。しかし、現在進行中のことについてはそれが何故わからないのかと問うことはできる。ここから思考が始まるのだ。「考える」ことに要請されているのは、たとえば奇術の種を明かすことではなく、なぜ人は奇術にやすやすと騙されてしまうのかと問うことだと思う。かつてサルトルは、「手品師は毎晩三百人の加担者を持つ」と書いた。2008年がどんな年であったにせよ、私たちはその内部で生きていたのであり、加担者であったのだ。現場で生きている私たちに必要なことは、歴史を解釈することではなく、歴史の加担者である自分たちについて理解を深めることであると私は思う。


これはTPPを推進しようとしている方々にもぜひ考えていただきたい。TPPそのものが闇なのではありません。闇を抱えているのはわたしたちです。しかしわたしたちは自らの闇を総括できていないし、原発事故という事態を招いてもなお闇と向き合おうとしない人たちもたくさんいます。そんな状態で門戸を広げたならば、浮き足立った多くの人は自らが作り出す闇に呑み込まれてしまうのではないでしょうか。カオナシのように。人はそんなに強くはないですよ。

闇は自分の中にあります。いや、自分の中に「も」あります。世界をかたちづくっているのは自分「も」含めた、闇も光もある多様なグレーゾーンです。
闇「も」含めた自分の感情を可視化するソーシャルメディアは、思考の幅を広げてくれます。闇とも向き合ってともに付き合っていく覚悟があるならば。そうしてなされた熟慮があるならば、闇の中から光を見いだすこともできるでしょう。 いや、できると信じたい。

「王蟲のいたわりと友愛は虚無の深淵から生まれた」
「いのちは闇の中のまたたく光だ」

ナウシカのこの言葉の意味を、ぼくはいま考えています。

理解と判断の保留=気持ち悪さとの共生

理解と判断の保留=気持ち悪さとの共生 2011.12.06 Tuesday [妄想] comments(3)
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ヘンリー・ダーガーの孤独(なぜ作品をつくるのか)

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奈良美智さんのツイートで、ヘンリー・ダーガーという人の存在を知りました。さっそく画像検索してみたら、その絵の線のタッチや色彩の感覚、そしてなんとも言えないシュールでふしぎな世界観に、ぼくはひと目でファンになってしまったのですが、彼の生涯がまたすごい。衝撃です。そしてとても大事なことを示唆しているように思います。

奈良美智さんのツイートより
好きな作家のひとりにヘンリー・ダーガーという人がいるのだけど、彼は死ぬまで絵を発表したことはなく、亡くなった後に大家さんが部屋を整理した時に大量の絵を発見した。誰も彼が絵を描いていたことを知らなかった。真に好きなことをして生きるには、マイナーである覚悟が当たり前に必要なのだ。


世間に発表するわけでもなく個人的な趣味で絵を描いたり作品を作ったりしている方はたくさんいると思いますが、それにしても彼が絵を描いていたことを「誰も」知らなかったってすごいですよね。どんなに個人的に作品をつくっている人でも、なんかのコンペなりに応募してみたり、仲間内で展覧会を開いたり、個人のホームページで作品を公開したりしたくなるものですよね。あるいは完全に非公開であったとしても、家族や友だちぐらいは知っているだろうし。だから「誰も」知らなかった、それだけ徹底して孤独な状況で作品をつくるってすげえな、と。
彼はいったいその膨大な作品を、何のために描いて(書いて)いたのか。どんな気持ちで描いて(書いて)いたのか。そのことにぼくはとても興味をもちました。


ヘンリー・ダーガーの生涯について、Wikipediaに掲載されている情報で補足しておきます。

1892年シカゴで生まれたダーガーは、4歳になる直前に生母と死別、足の不自由な父に育てられますが、12歳の頃に感情障害の兆候が現れたという理由で知的障害児の施設に移されます。15歳で父が死去した事を施設で知り、16歳で施設を脱走し、260kmを歩いてシカゴに戻り、ジョゼフ病院の掃除人として働き始めます。そして19歳の時『非現実の王国で』の執筆を開始。執筆は約60年間に渡り、彼が亡くなる半年前に老人ホームに収容されるまで、誰に知られることもなく続けられました。ダーガーが暮らしたアパートの家主であり、芸術家でもあるネイサン・ラーナーがダーガーの持ち物を整理するために部屋を訪れたときに、300枚の挿絵と15,000ページ以上のテキストからなる物語が発見されたとのこと。
(ラーナーは作品を発表する際、挿絵の約100枚を画廊や個人愛好家に販売し、その残りをMoMAなどに寄贈。ダーガーの部屋は保存され、現在は移設された場所で博物館としてテキスト原文と共に公開されている。なお、その余りにも遠大なストーリーのためか、これまでこの作品は外国語版を含めてテキスト全文が刊行された事はない。)

※以上、「ヘンリー・ダーガー - Wikipedia」および「非現実の王国で - Wikipedia」より引用、適宜編集。


60年間誰にも知られることなく、ですよ。気が遠くなりそうです。

ぼくみたいな凡人が自分の作品なりをなんかのコンペなりに応募してみたり、仲間内で展覧会を開いたり、個人のホームページで作品を公開したりするのって、もちろん「認められたい」という思いもあるだろうし、そのことを通して人との「つながり」を求めているわけですよね。たぶん、自分の作品を社会に公開したいと思う理由は、それ以外にはないのでは。
そしてそのこと自体には良いも悪いもありません。作品を通して人と人がつながることはすてきなことだし、たのしいことです。「認められたい」という思いだってべつに不遜なわけじゃなく、それ自体が目的であったとしても、コミュニケーションのひとつの形としてアリだと思います。

しかしながら、ダーガーは徹底して孤独でした。


偶然ですが数日前の夜中、布団にもぐりこんだ後にふと、「芸術家はなぜ作品をつくるのか」に思いを馳せました。
備忘録:「なにか」とはなにか - yamachanblog

芸術家はなぜ作品をつくるのか。自己表現、自己実現のためでしょうか。「認められたい」とか「人に何かを与えたい」とか「社会にインパクトを与えたい」とか「メッセージを込めて何かを問いたい」とか、たしかにそういう側面も多分にあります。ときにそれらの作品は人と人とをつなげる媒体となります。須藤元気のWORLD ORDERなんかは、ダンスというパフォーマンスを通して、言語の壁を超えて人がコミュニケーションし得るという好例だと思います。だからたしかに人とつながることが大事な要素であることに違いはないけれど、でもそれがいわゆる芸術の本質ではないような気がします。

芸術家はなぜ作品をつくるのか。
「なにか」とつながるためじゃないでしょうか。そう考えると、ベクトルが外に向いているか内に向いているかの違いだけで、ダーガーのアウトサイダー・アートも須藤元気のダンス・パフォーマンスも「つながる」という意味においては大差ないのかもしれません。
作品を世に公開するのは、人との「つながり」を求めるからだと先ほど書きました。しかし、作品をつくるという行為そのものが、「なにか」とつながる行為なのだとしたら。この場合の「なにか」とはもちろん物理的な他人ではありません。「なにか」を言葉にするのは難しいですが(簡単に言葉で理解できるなら作品をつくる必要もありません)、自己の内面を見つめるという行程なしにはたどり着かないということは間違いありません。
ダーガーは徹底して孤独であり、他人とのコミュニケーションはありませんでした。人に見せるためではなく、ひたすら自分のためだけに描いていました。それはすなわち、作品をつくり続けることで徹底して自己の内面を見つめ「なにか」とつながろうとしていた(それは無意識かもしれません)のではないかと思います。

奈良美智さんのツイートより
僕は人々に力を与えたり、元気づけるため制作しているのではない。結果、そうなるのはとても嬉しいが、それが自分の進む道を霧の中に隠してしまったりする。やっぱ、人の事は気になるのだ・・・だからこそ、人を気にせずに自分と対峙するべし!自分は絶対に自分を裏切らないぜ。とことん対峙するべし!


ぼくらが芸術に触れたときに感じるなんとも言えない気持ち?感情?って何なんでしょう。
芸術家は、作品を作ることで「なにか」とつながる。そうして紡がれた作品には「なにか」のエッセンスが宿る。ぼくらが芸術作品を通して受け取るのはおそらくそのエッセンスなのではないかと思います。

ついでに言うと、<自己と対峙する>ということと<自己がゼロになる>ことは相反するようで実はとても近いものだと思います。ぼくが大きな影響を受けた土門拳の言葉を紹介します。20代半ばの時に、酒田市の土門拳記念館で出会った言葉で、氏のライフワークである「古寺巡礼」の展示冒頭に掲げられていたキャプションに掲載されていた言葉です。

土門拳記念館/土門拳についてより
『写真の立場』   土門拳

 実物がそこにあるから、実物をもう何度も見ているから、写真はいらないと云われる写真では、情けない。
 実物がそこにあっても、実物を何度見ていても、実物以上に実物であり、何度も見た以上に見せてくれる写真が、本物の写真というものである。
 写真は肉眼を越える。
 それは写真家個人の感覚とか、教養とかにかかわらない機械(メカニズム)というもっとも絶対的な、非情なものにかかわる。時に本質的なものをえぐり、時に瑣末的なものにかかずらおうとも、機械そのものとしては、無差別、平等なはたらきにすぎない。
 そこがおもしろいのである。
 写真家は、機械のうしろに、小さく小さくなっている。写真家が小さくなって、ついにゼロになることは、なかなかむずかしい。せいぜいシャッターを切るとき、あっちの方を眺めるぐらいなものだ。
 写真の中でも、ねらった通りにピッタリ撮れた写真は、一番つまらない。
 「なんて間がいいんでしょう」という写真になる。
 そこがむずかしいのである。


「写真家が小さくなって、ついにゼロになること」という言葉と、実際に展示されていた「古寺巡礼」の写真に触れたときの体験が、ぼくの芸術観、というか価値観を変えました。ぼくはそれまでお寺や仏像といったものに興味も持っていなかったのですが、土門拳が撮影した仏像の写真の前に立った時に、まるでほんとうの神社仏閣にいるような、いや、たぶん現実にお寺に行ったよりももっとずっと崇高な気持ちになったのです。それははじめての経験でした。

土門拳がカメラの前でゼロになると言ったのは、我欲であるとか自意識であるとかを超えたところにインスピレーションが降りてくるという意味だとぼくは思っています。キース・ジャレットは即興演奏の時にメロディが天から降りてくると言っていますね。「なにか」とつながるために重要なのは、インスピレーション=霊性であると思います。


最後に、奈良美智さんのブログより、自身の叫びをしたためたと思われる文章を引用します。これってなにも芸術に限ったはなしじゃないと思います。
写真や絵や音楽を通して「なにか」とつながるのが芸術だとしたら、神様を通してつながるのが宗教だし、数字を通してつながるのが数学だし、物理現象を通してつながるのが物理学、宇宙や素粒子を通してつながるのが理論物理学、言葉を通してつながるのが文学、論理を通してつながるのが哲学ですよね。
プロセスは異なるけれども、突き詰めると向かう先って同じなんじゃないかと思うんです。だからすぐれた科学者はすぐれた芸術家でもある。

わかってたまるか!でも、わかろうとするべし! - 奈良美智の日々より
少し制作に集中したら、何か芸術っぽいことを言ってみたり。
ちょっとライブに行くと、音楽についてしたり顔で語ったり。
映画をたくさん観たり、小説をたくさん読んだり、したようなふう。

まだまだ途中の人なのに、もう止めたりするわけじゃないのに。
わからないことは、まだまだたくさん山ほどあるのに。

わかったふうな事を言うなよ!自分!
自分に向けて言うだけでいいんだ!
いつまでも、わからない!って、呟け!自分!

『わかる』ために生きてるわけじゃないが。
『わかろう』とするために生きてる。

だから、一生わからないだろうけど(何が?www)
『わかる』より『わかろう』とすることのほうが、気持ちいい。

一生、気持ちよくありたい。


そう、「真実」とか「正しいこと」よりも「気持ちよさ」のほうがたぶんほんとうのことなんですよね。ぼくはいま特に芸術作品などをつくっているわけではありませんが、さまざまなことを通して奈良さんが言ってるようなことを感じる場面に出会います。子育てなんて、まさに自問の連続です。一生、気持ちよくありたいです、ぼくも。

ヘンリー・ダーガーの孤独(なぜ作品をつくるのか)

ヘンリー・ダーガーの孤独(なぜ作品をつくるのか) 2011.11.21 Monday [妄想] comments(5)
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備忘録:「なにか」とはなにか

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11月17日深夜のツイートより。あとでまとめます。


土門拳記念館/土門拳についてより

『写真の立場』   土門拳

 実物がそこにあるから、実物をもう何度も見ているから、写真はいらないと云われる写真では、情けない。
 実物がそこにあっても、実物を何度見ていても、実物以上に実物であり、何度も見た以上に見せてくれる写真が、本物の写真というものである。
 写真は肉眼を越える。
 それは写真家個人の感覚とか、教養とかにかかわらない機械(メカニズム)というもっとも絶対的な、非情なものにかかわる。時に本質的なものをえぐり、時に瑣末的なものにかかずらおうとも、機械そのものとしては、無差別、平等なはたらきにすぎない。
 そこがおもしろいのである。
 写真家は、機械のうしろに、小さく小さくなっている。写真家が小さくなって、ついにゼロになることは、なかなかむずかしい。せいぜいシャッターを切るとき、あっちの方を眺めるぐらいなものだ。
 写真の中でも、ねらった通りにピッタリ撮れた写真は、一番つまらない。
 「なんて間がいいんでしょう」という写真になる。
 そこがむずかしいのである。




ぼくが20代半ばの時に酒田市の土門拳記念館で出会った言葉です。当時は土門拳のこともよく知らずに観光気分で訪れたのですが、氏のライフワークである「古寺巡礼」の展示をやっていました。その冒頭に掲げられていたキャプションに掲載されていた上の言葉にものすごく衝撃を受けたんです。

「写真家が小さくなって、ついにゼロになること」という言葉と、実際に展示されていた「古寺巡礼」の写真に触れたときの体験が、ぼくの芸術観、というか価値観を変えました。

ぼくはそれまでお寺や仏像といったものに興味も持っていなかったのですが、土門拳が撮影した仏像の写真の前に立った時に、まるでほんとうの神社仏閣にいるような、いや、たぶん現実にお寺に行ったよりももっとずっと崇高な気持ちになったのです。それははじめての経験でした。

芸術家はなぜ作品をつくるのか。自己表現、自己実現?それもあるかもしれないけど本質ではないような気がします。

芸術家はなぜ作品をつくるのか。「なにか」とつながるためじゃないでしょうか。「なにか」を言葉にするのは難しいですが、その「なにか」とつながるために重要なのは、インスピレーション=霊性であると思います。

土門拳がカメラの前でゼロになると言ったのは、我欲であるとか自意識であるとかを超えたところにインスピレーションが降りてくるという意味だとぼくは思っています。キース・ジャレットは即興演奏の時にメロディが天から降りてくると言っていますね。

その瞬間、彼らは「なにか」とつながる。そうして紡がれた作品には「なにか」のエッセンスが宿る。ぼくらが芸術作品を通して受け取るのはそのエッセンスなのでしょう。だから「写真は肉眼を越える」んですね。

写真や絵や音楽を通して「なにか」とつながるのが芸術だとしたら、神様を通してつながるのが宗教だし、数字を通してつながるのが数学だし、物理現象を通してつながるのが物理学、宇宙や素粒子を通してつながるのが理論物理学、言葉を通してつながるのが文学、論理を通してつながるのが哲学ですよね。

プロセスは異なるけれども、行き着く先って同じなんじゃないかと思うんです。だからすぐれた科学者はすぐれた芸術家でもある。

っていうことはけっこう前から思ってたことなんだけど、じゃあその「なにか」って何だと言うとよくわかんなくて、なんとなく「神」とか「真実」みたいな絶対的な存在感をイメージしてたんだけど、最近それちがうかもしれないなあと思ってきて。

もっとこう流動的というか、不確定的というか、つまり東浩紀さんの言う「一般意志2.0」っていう概念に近いものなんじゃないかと。集合的無意識っていうのかな?

十分に informed された people が communication なしに deliberate すると、小さな difference が集まって生成するのが「一般意志」だそうです。全体意思とは異なります。

deliberateを東さんは「熟慮」と訳しています。別の言い方をすると「対話」だと思います。熟慮とは自己との対話。芸術も数学も宗教も文学も哲学も、それから仕事も、なにかと「対話」することです。育児もそうですね。

自らの身体を通してなにかと対話したときに生まれるのが一般意志だとするならば、それを顕在化させてつなげてしまったのがツイッターというツールなのかもしれません。

ツイッター×iPhone、これほど身体的なデバイスはいままでなかったですから。

これ布団の中で寝っ転がってつぶやいてるからいいんであって。息子の寝息ききながら。

パソコンをよいしょっと立ち上げてブラウザ開いて、っていうワンステップが入るとまたちょっと変わってくる。身構えが入るから。観念的というかイデオロギー的になる。

テクノロジーってのも霊性と近いところにあると思います。


日本にはやおよろずの神を信奉してきたように、「感性的霊感」が日常になじんでいる風土があります。戒律によって一神教を信奉する「理性的霊感」は、たぶん日本人には根本のところでそぐわない。

ツイッターが日本でウケているのは、感覚的だからだと思うんです。このように身体に近いところでつながるツールって無かったから。140字という制限のおかげで議論には向いてないし、パソコンの前だけじゃなくて携帯やスマートフォンで使えるってのがミソで、なにか直感的にひらめいたときにすぐつぶやける。これはやっぱり「感性的」ですよね。


備忘録:「なにか」とはなにか

備忘録:「なにか」とはなにか 2011.11.18 Friday [妄想] comments(0)
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一般意志2.0と新しい政治メディア(東浩紀と津田大介)

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東浩紀さんが4年ぶりとなる新刊のことをつぶやいていました。東氏の著書をぼくは読んだことがない(思想地図β vol.2は読みました)のですが、思想系の方なので本職の書籍はたぶん難しい本なんだろうなあ、自分には理解できないだろうなあ、と思いつつも「一般意志2.0」という語感が妙に気になりました。



試しにぐぐってみたら、「一般意志2.0」っていうのは数年前から東氏が提唱している概念のようでした。さまざまなメディア上で東氏が一般意志2.0について語ったことを拾っているサイトがいくつかありましたので、それらを読んでみました。




「一般意志」とは、もともとはルソーの『社会契約論』(もちろん読んだことも、どういう本なのかすら知りません)の中に出てくる言葉なのだそうです。18世紀に出てきたこの言葉を現代に読み解く、というかインターネットの登場によってはじめてルソーの言う「一般意志」というものが顕在化しはじめたのではないかという視点。これ、おもしろそうです。

以下、参考サイトからの引用文(東氏の発言だから引用の引用になりますが)を掲載して、東氏の言う「一般意志2.0」についての輪郭をおぼろげに想像してみます。

ぼくたちがいま直面しているのは、国民が望んでいることを政府により実行されないという問題ではない、むしろ、国民が本当になにを望んでいるのか、もはやだれにも(もしかしたら国民自身にも)さっぱりわからないという更に深刻な問題である。

全体意志と一般意志は違う.全ての意志・みんなの意志が全体意志.一般意志をどうやって作るかが近代民主制の根幹.

ルソーの社会契約論は、契約の当事者でさえ自覚していない願い、意識的で功利的な判断以前の欲望の存在を前提として記されている。

ぼくがいいたいのは「直接」民主主義というより「データベース」民主主義なんだよね。

そもそも現代社会では熟議の理想は成立しない。ハーバーマス的な公共圏の理想は端から成立不可能なのだから、いまの社会状況や技術的条件を前提として「公共圏らしきもの」をどうのように成立させるか、その場(アーキテクチャ)の設計について語るしかないのである。

肯定も否定も区別しなかったことがGoogleの良かったところ。精神分析ではpro/conは意識のレベルでしか区別できない。 RT(ReTweet)もそれに使える可能性がある。これは投票の概念を変えている。

一般意志2.0の話は本当は、文学2.0というか内面2.0みたいな話とセットでないと意味ないのです。

インターネット=マスメディア2.0では、「マスメディア」には質的な転換があって、それは、やはり「中心がない」こと。一般意志2.0における「集合知」のように、多数の人による、断片的な発言・言明が集積されていく場所として、インターネット=マスメディア2.0は了解される
(これは東氏の発言ではないですが)

ニコ動の疑似同期は,みんなが勝手にバラバラに喋っていると,それがなぜか時間を共有しているように感じられる.twitterもみんながひとりごとをバラバラ喋っているのだけれども,なんか議論しているみたいに感じられる.このフィクション感がルソーの一般意志と近い.フィクションとしての議論空間,フィクションとしての集合知.twitterとGoogleが2つでてきたときに,はじめて世界はルソー化した.みんなが勝手につぶやいていることはすごく重要.

ルソーははっきりと、十分に informed された people が communication なしに deliberate すると、小さな difference が集まって一般意志が生成すると述べている。ぼくの一般意志2.0論のエッセンスはすべてこの一文に含まれている。差異、情報、コミュニケーション、熟慮(deliberate)という単語がここまで集約されている文章が、2世紀半前に書かれていたことそのものが驚きではなかろうか。

じつはぼくはいま最大のミッションは、政府の政府2.0化では「なく」て、政府の外側に、一般意志を可視化し執行する別のシステムをのうのうと作ってしまうことだと考えている。


うーん、すごくおもしろい指摘だと思います。インターネットとくにツイッターをやっていて漠然と感じていたこと(*追記1)のエッセンスが「一般意志2.0」という視点にはあるような気がします。インターネットが単に既存のマスメディアに取って代わって主流メディアになるという話ではなく、インターネットというのは既存のメディアとは質的にまったく異なるものであるということ。これはまた後でじっくりと考えてみたい。


話かわりますが、メディアジャーナリストの津田大介さんは新しい政治メディアをつくるために有料メルマガで原資作りをしていると公言しています。津田さんが作る新しい政治メディアとはいったいどんなものになるのか、わかりませんが、彼がやろうとしていることは、東氏の言う「一般意志2.0」とかなり近いところにいるんじゃないかという気がしました。

メルマガの中で津田氏は新しい政治メディアをつくろうと思った理由を以下のように述べています。

津田大介の「メディアの現場」vol.10より
僕の知り合いにも官僚がいます。彼らはもちろんエリートで、能力も高いから、「俺が日本を中から変えてやるんだ」という意気込みを持って入ってくる人たちが結構多いんですよ。20代半ばから後半ぐらいの若い官僚と話しているとすごく楽しい。だけど、やっぱり27、8歳ぐらいになると、彼らも役所という組織の壁を前に「ああ、やっぱりどうやっても変わんない」と去勢されてしまったりする。そうじゃない人たちは、結局役所から出ちゃったりもするんだけど。
僕が政治メディアを作ろうと思った理由は、まず「新しい世論」を作りたいというのが一つ。「政策に興味のある人たちの世論はこれだよ」というカッコ書きの世論を作りたいんですね。そして、それを官僚の人たちに見てもらいたいんです。「日本を改革していきたい、中から変えたい」、そう思っている人たちに闘う材料を与えたいというのが政治メディアのウラの意図としてあるんです。だから質問に答えるのであれば、僕は行政官、公務員が内側から日本を変えていくことは難しいけど可能だと思うし、そのためにこそ僕は政治メディアを作りたいんですよね。

ぼくはこれを読んでちょっと感動したし、メルマガを購読することで津田氏の新しい政治メディア設立の一助になるなら大いに賛同しようと思った。そしてここで津田氏が言っていることって、東氏の言う「ぼくはいま最大のミッションは、政府の政府2.0化ではなくて、政府の外側に、一般意志を可視化し執行する別のシステムを作ってしまうことだと考えている。」ということとまったく同じベクトルですよね。


「なぜ若者たちはデモをしたり、政治的要求を掲げないのでしょうか?最近の若いやつらは覇気がないと40代50代の上司は言いますが、そうなんでしょうか?」という問いに対して、内田樹さんは断じて覇気の問題などではないとした上でこう述べています。

内田樹さんのツイートより
若者たちが政治的行動を取れないのは、自分たちがどういう政治的文脈の中に置かれているか、どうすればこの窮地を打破できるのか、それをクリアーカットに語れる政治の言葉を持っていないからです。誰もそれを提示していないからです。

僕たちの時代にはマルクスウェーバーもロックもホッブズもルソーもいない。それが現代の不幸の大きな原因だと僕は思います。マルクスが今生きていたら「僕たちの知っているマルクス主義」とはまったく違う経済と政治についての指南力のある物語を紡いでくれたでしょう。


これは全くその通りだと思いますが、最近ぼくは現代の若者たちだって捨てたもんじゃない、どころか先見を持った人たちがたくさんいるということを知りました。たしかに、僕たちの時代にはマルクスウェーバーもロックもホッブズもルソーもいません(というかそれらの先人のことすらぼくは知りません)が、僕たちの時代にはたとえば東浩紀や津田大介がいます。ましてやツイッターでフォローするだけでぼくは彼らの<現在進行形の>言葉に毎日触れることができます。

彼らはクリアカットに語れる政治の言葉を持っているわけではないかもしれませんが、新しい政治言語のプラットフォームを作ろうとしています。ましてや、ぼくらはそれに参加することが可能です。それは「僕たちの知っている政治談義」とはまったく違う政治のダイナミズムを紡いでくれるものであると期待しています。そこから「一般意志2.0」が生まれるのだと。そうして可視化された一般意思2.0が民主主義を作っていくのだと、ぼくは妄想することにします。願わくばその「一般意志2.0」が生成される過程に立ち会える、あるいはその一部となれるように。
そのためのプラットフォームが出来るまで、ぼくは家族3人のいまの暮らしをしっかりと見つめて、自分の「文学2.0というか内面2.0みたいな話」を考えていくことにしようと思います。






追記1(11/16):
「一般意志」を言語で説明しようとするのが思想であるならば、それを言語ではなく絵や音楽で表現するのが芸術なのかもしれないと思いました。
ぼくは20代の頃はほとんど本を読んでいなくて、その代わりに絵や音楽がとても好きだったのですが、そこで得た知見(というか感覚、直感)が、いまこうして活字でものを考えるときのベースになっています。だから、はじめに論理があるってケースはあまりなくて、なんとなくいいなとかなんとなく妙だなという「感じ」を、試行錯誤しながら言語に落とし込むっていうのがぼくのブログの書き方です。なんか、ぜんぶがつながっていく。

宮崎駿がこんなことを言っています。
宮崎駿botより
言葉で言えないから、映画作ってるんだよ。言葉で言えるものだったら、そうじゃなくて、“こうですよ”って言葉で言えるよ。


あるいはジョブズのこんな言葉。
スティーブ・ジョブズbotより
その他大勢の意見の雑音に自分の内なる声、心、直感を掻き消されないことです。自分の内なる声、心、直感というのは、どうしたわけか君が本当になりたいことが何か、もうとっくの昔に知っているんだ。だからそれ以外のことは全て、二の次でいい。

たとえば、iPhoneは極めて「2.0」的なプラットフォームで機能し得る製品だと思うのですが、もちろんスティーブ・ジョブズという奇才がいなければこの製品は生まれなかったのだろうけれども、ある意味ではジョブズは「一般意志」を代弁していただけであって、iPhoneというインターフェイスは「一般意志」が生み出したと言うこともできるのではないかと。


追記2(11/16):
愚樵さんがブログで「一般意志2.0」について考察されています。
たいへん興味深い記事で、「一般意志2.0」「民主主義2.0」を成り立たせるためには「貨幣2.0」が必要であるという指摘にも共感しました。
一般意志2.0と共感と仕事 - 愚樵空論
子育て世代にとっても、たかだか2000円でも本を買って読むというのは労力的にも経済的にも大変ですが、購入して読んでみたいなと思います。


追記3(11/25):
自分メモ用に書いたものが思いがけず多くの人にRTされてびびっています。
ここで書いたことは、東さんの『一般意志2.0』を読む前(というか発売前)に書いたことであり、ほとんどぼくの妄想ですので、もしこの記事で興味を持たれた方はぜひ本書を購入して読んでみてくださいね。


上記リンクからぽちって頂くと、ぼくにもお小遣い2.0が入るので嬉しい。

一般意志2.0と新しい政治メディア(東浩紀と津田大介)

一般意志2.0と新しい政治メディア(東浩紀と津田大介) 2011.11.15 Tuesday [妄想] comments(8)
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「どう生きるのか」という本当の問いに向き合うとき 宮台真司『マル激・原発篇』後書きより

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さいきん「共同体」とか「ローカル」というキーワードについて考えることが多く、津田大介さんのツイートで知った宮台真司さんのブログ記事(『マル激・原発篇』の後書きだそうです)が目に留まりました。よく見たら5月の記事でしたが、RTでまわってきて今日知りました。震災から8ヶ月近くが経過しようとしているいま読むと、共感できる部分が多々ありたいへん興味深い内容でした。「共同体」について書かれた部分もありましたので、かなり長くなりますが中略しながら引用します(元記事を読んでいただくのがいちばんいいんですが…太字はぼくによるものです)。

まもなくマル激・原発篇が上梓されます! - MIYADAI.com Blogより
 (前略)

 震災と原発事故で日本人の自明性に亀裂が生じる可能性を直感した。日本には平時を前提にした行政官僚制しか社会を動かすものがない。民衆も政治家も行政官僚制を掣肘できない。そのことを意識しないまま民衆も政治家も行政官僚制に依存する。キーワードは依存だ。

 (中略)

 「平時」にしか働かないシステムに依存したヘタレな国が稀代の震災と原発事故に対応できるはずがなかろう。震災と原発事故で日本人の自明性に亀裂が生じと思ったというのはそういう意味だ。日本社会がそれなりのものだといった信頼が木端微塵になるということである。
 「平時」にしか働かないシステムへの依存。あるいは「平時」への依存。こうした依存がいかにもろい前提に支えられているかを震災と原発事故が暴露した。多くの人は津波が何もかも押し流す映像に現実感覚が湧かなかったと言う。「平時」に依存した思考停止のなせる業だ。
 震災と原発事故を契機に思考停止が若い世代に継承されなくなってほしい。可能性は辛うじてあろう。僕のゼミにもやむにやまれずボランティアに出かけ、遺体の数々が木枝に串刺しになっているのを見た学生らがいた。彼らが新たな前提の上で社会を再建することを切に望む。

 (中略)

 ちなみに自宅近所の世田谷区や目黒区の幼稚園や小学校では終業式前後の段階で半数ほどが疎開した。疎開させた親はむろん政府・東電・マスコミの情報を信用していなかったことになる。ならば疎開させなかった親は政府・東電・マスコミの情報を信用していたのか。
 必ずしもそうではなかろう。僕や妻もそうだし知り合いの編集者(とその妻)らもそうだが、苦労して疎開先を見繕った。気を遣わせ過ぎたり遣い過ぎたりしない関係性で、なおかつ疎開先がそれなりの居心地を与えてくれること。ああでもない、こうでもないと話し合った。
 話し合いをしながら感じた。僕たちは日本社会ではラッキーな方だろう。相談できるくらいにはソーシャルキャピタル(人間関係資本)がある。でも若い夫婦の多くはそうではなかろう。かつてスワッピングの取材で「二人寂しい夫婦」が如何に多いのかを知って驚愕した。
 人間関係資本を持たない人々は、政府や東電やマスコミの「安全デマ」を信じるしかなかったのではないか。頼れる人間関係がなけれは、「放射能の危険があるとして、子供をどこに疎開させる?当てがない」という苦しい状態に陥る。ならば、宮台ツイートこそがデマなのだ。
 自分にとって回避できないもの––例えば自分自身の属性––に合わせて、整合するように他の事物を認知的に歪曲しがちだとするのが、フェスティンガーの認知的不協和理論やハイダーの認知的バランス理論だ。総じて認知的整合性理論congnitive consistency theoryと呼ぶ。
 ソーシャルキャピタルというと日本では上下水道の如きソーシャルインフラを意味するが、この言葉を最初に用いたハニファン(1916年)によると、メンバー相互の善意、友情、共感、社交を指す。金銭に還元できる資本とは異なる、金銭に還元できない資本という比喩である。
 巷間では格差社会というと経済の格差を含意するのが専らだ。だが今回の震災で露わになったことの一つは人間関係資本の格差だ。これは目に見えないぶん気付きにくい。

 (中略)

 人間関係資本の不足は被災地支援における末端ディストリビューションにおいて現れた。海江田経産相が不足物資を送れと号令をかけた結果トラックが列をなして現地に行った。でも末端でのディストリビュージョンができない。義援金は集まったけどなかなか配分されない。
 行政を糾弾する向きが多い。だが行政は所詮平時を前提とするシステム。問題は〈共同体自治〉と〈市民自治〉の脆弱さだ。これらが脆弱だと行政は被災者個人と向き合うことになる。でも行政は身分証明のない個人に被災証明を出せず、被災証明がないと金銭は分配できない。
 各国の例を見ても大災害時には地縁共同体や教会組織を介さねば末端ディストリビューションは無理だ。それを示す例が今回も見られた。実は創価学会の避難所が物質的にも精神的にも最も安定していた。信者仲間としての共通前提ゆえに数多のものをシェアできたからだ。
 一般の避難所では配給物資を手にする順番を巡って険悪な雰囲気になりがちだった。避難所の規模が大きい程そうなりがちだった。だから配給物資が少しずつ届いていても全員分揃うまで配給できない滑稽な事態が見られた。こうした事実の背景要因に対する指摘が少なすぎる。

 (中略)

 阪神大震災後の悲劇は金銭や住居があるだけでは人が生きていけないことを示す。経済的資本だけでなく人間関係的資本なくしては“生きる甲斐”がなくなる。それに関連するが、被災者は元の村ごと移転するのを望む。当然の希望だが、それでは移転先で分断と差別をもたらす。
 移転先に元々ある地域社会が移転者たちを包摂する新たな〈共同体自治〉を構築する動きに向かうべきだ。こうした動きを支援するための知的かつ経験的な議論が必要だ。移転先に元々ある地域社会もどのみち空洞化している。だから共同性再構築の絶好の契機にもなる。

 (中略)

 コンビニエント(便利)な街やアメニティ(快適さ)溢れる街はどこにでもある。そこでは場所と人の関係が入替可能になる。結果としてそこは住む人にとって便利で快適ではあっても幸福を欠いた実りのない場所になる。そうした事態を避けるための議論が少なすぎる。
 人々のニーズに応じた結果、人々が必ずしも望まない街作りがなされる。この逆説は古くから知られている。逆説を回避するには迂回路が大切だ。環境倫理学者キャリコットによれば、こうした逆説は、功利主義にせよ義務論にせよ、人間を主体として考えるから生じる。
 人間を主体として考えるのでなく、陸前高田という町を主体として考える。我々人間は、陸前高田という町に寄生する存在に過ぎない。陸前高田はそれではどんな生き物なのか。歴史を遡ることによってそれを精査し、陸前高田という生き物に相応しい将来を考えるのが良い…。

 (中略)

 この数年間僕がずっと言ってきたことは「任せる政治から、引き受ける政治へ」あるいは「(市場や国家など)システムへの過剰依存から、共同体自治へ」ということだ。システム過剰依存は思考停止をもたらす。思考停止は安全保障上重大な帰結をもたらす。
 「完璧な」安全策を講じた原子力発電所にせよ、「ギネス級の」高い堤防にせよ、今回の震災は、システム過剰依存が、システム機能不全の際、生活世界に如何に恐ろしい事態をもたらすのか、まざまざと見せつけた。
 システム過剰依存の危険は、事故対策や防災対策に限られない。既に様々な場所で記した通り、欧州では既に1980年代から、共同体が市場メカニズムや行政官僚制に過剰依存する危険を、スローフードやスローライフを通じて共通認識としてきた。
 システムへの反省的視座が一般化した契機は、1970年代の福祉国家政策の破綻を契機とした新自由主義--小さな国家&大きな社会--と、1986年のチェルノブイリで急加速した、食の共同体自治(スローフード)と、エネルギーの共同体自治(自然エネルギー)の動きだった。
 日本は、1970年代後半以降の製造業一人勝ちによる右肩上がりの継続が、新自由主義的方向へのシフトを妨げ、自民党的再配分政治を継続させた。チェルノブイリが他人事だったラッキーがアンラッキーにも1990年代以降の食とエネルギーの共同体自治を妨げた。
 加えて1980年代半ば以降の日本は、欧米とは対照的に、一方でコンビニ化&フェミレス化に象徴される市場依存が進み、他方で日米構造協議の末に日本政府が応じた430兆円の公共事業に象徴される行政官僚制依存が進み、共同体が空洞化し続けた。
 89年から91年にかけて冷戦体制が終わり、グローバル化と呼ばれる資本移動自由化が進んだ。その結果、バブル崩壊以降の日本では、社会の穴を辛うじて埋め合わせていた経済が回らなくなり、社会の穴が顕在化した。共同体の空洞化である。
 それが、英国の3倍、米国の2倍にも及ぶ高自殺率であり、超高齢者所在不明問題や乳幼児虐待放置問題であり、続発する孤独死や無縁死である。どれも恥晒しな事態だが、システムがうまく回る「平時」を自明視化する愚昧のツケである。

 (中略)

 今回、東北地方の相互扶助が美風として語られた。確かに高齢世代も残っているから、事があったときには「昔とった杵柄」でかつてあった相互扶助が再活性化することはあろう。でもそれはソルニットの言う一時的な「震災ユートピア」であることを忘れてはいけない。
 凶悪少年犯罪の取材でもう一つ分かったことがある。多くの地域が新住民と旧住民の対立を抱えていることだ。自殺をもたらすような激烈なイジメ事件の背後には多くの場合この対立がある。犠牲になるのが新住民の子の場合も旧住民の子の場合もある。原因は新旧住民にある。
 旧住民側の問題は閉鎖性で、新住民側の問題は入替可能性だ。旧住民の絆は多くの場合「消防団ネットワーク」で、これは「中学校OBネットワーク」と等しく、新参者は入れない。新住民は便益と快適ばかり追求して負担を負おうとしない。絆に必要な絆コストを払わない。

 そんな中、うまくいっている少数の地域には共通する原理がある。旧住民ネットワークが分厚くて包摂的なことだ。祭りや出産の機会を通じて新住民を旧住民ネットワークに包摂していく。かくして新住民の若い世代が知恵を持ち込んで、地域のリソースはより潤沢になる。
 旧住民ネットワークの包摂性は地域の人間関係資本を再活性化する。旧住民が閉鎖的であることは人間関係資本が細っていくことを意味する。そういう場所が開発で便利で快適になっても新来の新住民は旧住民と交わらない。この分断が地域と人間の入替可能化をもたらす。
 旧住民が新住民を包摂することで地域の共同性を刷新する。そうした刷新なくして〈悪い共同体〉を克服できない。「今さらやめられない」という制度的惰性や同調圧力が妥当性や合理性についての議論を失墜させるのが〈悪い共同体〉だ。

 (中略)

 原発にはコスト的にもリスク的にも環境的にも合理性や妥当性がないこと––は原子力ムラの専門家ならば全員すでに知っている。ならば、なぜ原発推進政策が止まらないのか。原子力ムラの元住民が教えてくれた。「今さらやめられない」からである。
 どこかで聞いた言葉だ。日米開戦の直前、陸海軍将校と若手官民エリートからなる総力戦研究所がシミュレーションした結果、開戦すれば日本が勝つ確率はゼロ%との結論が出た。陸軍参謀本部や海軍軍令部に上げられたが、開戦した。やはり「今さらやめられない」からだ。

 今さらやめられない。これは単なる権益への執着を意味するものではない。実存や関係性に関わる意識を含むと解するべきである。やめようと言ったら、自らに矜恃を与える役割、役割を与えてくれる組織行動を否定することになり、自らの立つ瀬がなくなると意識されるのだ。
 「マル激」にも何度も登場した小出裕章京都大学原子炉実験所助教が面白いことを言っていた。70年代から原発の合理性欠如を主張して、数知れぬ論争に負けたことは一度もないが、議論に負けた推進派研究者が最後に言う。「小出君、僕にも家族がいる。生活があるんだ」と。
 80年代から原発に距離をとった(フランスを除く)西ヨーロッパ各国にも当初は推進派研究者がいたし、彼らにも家族があり生活があったろう。だが、そうした〈内在〉的事情ゆえに何が真理かという〈超越〉的事情を曲げて恥じぬが如き研究者が溢れるかどうかは、別問題だ。
 オーソドックスな社会学者なら、ここに宗教社会学的な背景の差異を見出す。唯一絶対神的な信仰生活の伝統が欠如するために〈内在〉を前に〈超越〉はいつも頓挫すると。だが、だからといって御用学者を免責すれば、合理性や妥当性が頓挫する社会から永久に出られない。
 我が国が行政官僚制肥大を克服できない理由は、単に行政官僚が政治家よりも頭が良いからとか強いからという話でなく、我々自身に、関係性内部での立ち位置ばかり気にして真理性や合理性を優越させない〈悪い心の習慣〉があり、それによって〈悪い共同体〉を営むからだ

 (中略)

〈悪い心の習慣〉と〈悪い共同体〉、〈過剰依存〉と〈思考停止〉がキーワードになる。これらの悪病が社会の隅々にまではびこっている。これらを放置したまま、東電や経産省をやり玉に挙げるだけでは、悪病は根治できない。根治できなければ、また別の問題が噴出しよう。


 社会や人生の〈最終目的〉の話をしよう。〈過剰依存〉は様々な形を取る。国家(おカミ)への依存。市場への依存。所属組織への依存。「絶対安全」な堤防への依存。「絶対安全」な原発への依存。総じて「平時」にしか回らないシステムへの依存=非自明な自明性への依存。
 こうした非自明な自明性への依存は、社会や人生の〈最終目的〉を見失わせてしまう。原発を自然エネルギーに置き換えようという話は出てきても、北欧諸国のように将来的にはエネルギー消費を半分以下に減らそうという話が出てこないのは、自明性への依存癖によるだろう。
 十年前は世界2位だった個人別GDPが23位に落ちたと嘆かれるのもそうだ。そもそも世界2位だった時期でさえ、様々な幸福度調査で世界75位以上になったことがない。社会や人生の〈最終目的〉が、皆の・自分の幸いだとすれば、GDP低下を嘆く前にすることがある。

 (中略)

 原発という電源を自然エネルギーで置き換えるという話をする前に、あるいは、原発という電源を失うとエネルギー消費水準が下がるという話をする前に、僕らが何のためにエネルギー消費を維持し、それで経済水準を維持するのかを反省すべきだ。僕らの幸福のためにこそ。
 ツイッターやブログで「煽るのか」「不安にさせるのか」とイキり立つ遣り取りを見るたびに、自己維持のためのメタゲームの浅ましさ、陣営帰属&誹謗中傷の浅ましさ、人間関係資本の乏しさゆえの認知的整合化の浅ましさ、総じて不幸な人々の浅ましさを感じて悲しかった。
 こうした浅ましさは日本の変質と関連する。1980年になるころから日本では法化社会が進んだ。何かというと管理者や設置者の責任を問う構えが拡がり、小川は暗渠化され、屋上や放課後の校庭はロックアウトされ、公園から箱ブランコが撤去され、監視カメラ化されてきた。
 隙間や余剰やノイズが除かれ、クリーンで安全で平準化した社会が出来上がった。子供はノイズ耐性を失い、やがて、トラブル解決ができず、何かというとキレ、隣人騒音で警察を呼び、超高齢者所在不明や乳幼児虐待放置を行政のせいにするような、浅ましい大人が増えた。
 総じて僕らは、コンビニエンス(便利)やアメニティ(快適)をハピネス(幸福)と取り違えてきた。更に深い水準ではハピネス(幸福)とウェルビーイング(存在の取替不可能)を混同してきた。だからエネルギーを馬鹿食いする高GDP社会で、不幸な人々ばかりになった。
 非常時が訪れ、快適さも便利さも失われたとき、つまりシステムに依存できなくなって初めて、「幸せとはなにか」「どう生きるのが良いのか」という、幸福と存在の取替不可能に関わる本当の問いを僕らは突きつけられる。問いに答えるための議論の厚みを手にする段である。


今回はこの引用だけで終わりにして、余計なことは書かないほうがいいくらいですがちょっとだけ。

ぼくは震災以降、民放番組が見れなくなりました。ほんとうのことを言わないとか、偏向報道だとか、東電がスポンサーだとか、電波利権だとか、そういうことの前に、ほとんどの番組がぺらっぺらにしか感じなくなったからです。気味が悪くて仕方ない。取材とかインタビューを装って(やらせの是非はどうでもいい)スポンサーに媚びへつらう宣伝目的しかなく、本来それなりに芸を持っているはずの芸人たちが、誰にも当たり障りのないつるんつるんの言葉をくり返すバラエティの何がおもしろいのかぜんぜんわからない。その手の番組劣化は震災前からそうだったけれども、震災でぼくたちは自身の生活への問いを突きつけられました。しかし画面の中ではまったく以前と変わらない演劇が行われている。まるで震災など無かったかのように。ここには「平時への依存」を前提にした「暇つぶし」以外の何も無いようにしか感じられません。そしてぼくは震災以降、そんなに暇ではなくなりました。知りたいことは山のようにあります。考えることは無限に続くでしょう。

べつに震災のことばかりテレビでやってほしいとか、バラエティが不謹慎だとか言いたいわけではまったくありません。ただ番組をつくる上での前提があまりにも震災前の「平時への自明性」に基づいていることに、違和感を感じざるを得ないのです。それが気持ち悪いのです。

っと、テレビをdisりたいわけじゃなくて、なんでテレビのことを書いたのかというと、誰にも当たり障りのないつるんつるんの言葉をくり返す番組が〈悪い共同体〉の象徴的な存在のように思えたからです。そして、その〈悪い共同体〉を、多くの人が同じ画面を通して見ることで感覚(のようなもの)を共有し、さらに〈悪い共同体〉を形成しているように思えるからです。80年代半ばから進んだ実在の共同体の空洞化に伴って、ぼくたちはどこに共同体の幻想を求めたのか。テレビはその役割を大きく担ってきたのではないでしょうか。コンビニ化&フェミレス化に象徴される市場依存を前提にした「共同体のようなもの」をテレビは喧噪してきました。「みんなこうしてる」「みんなと同じだから安心」「みんなが使ってるから大丈夫」…空気を読むことで生まれる共同幻想です。そのアナウンスを共有することでぼくたちはまるで共同体の中にいるような幻想を抱きます。このことは過去記事(「共」と「個」)にも書きました。震災はそういった「共同体のようなもの」が幻想であったことを明らかにした。つるぴかな「がんばろう」の詭弁を示した。

前回の記事(グローバル産大量消費へのカウンターカルチャーとしての地産地消(消費者として何を望むか))の中で引用した内田樹さんの言葉を借りると、「資本主義は消費者の成熟を好まない」そうです。みなが同じ行動をとってくれたほうがマーケティングしやすいからです。であれば、コンビニ化&フェミレス化したテレビが視聴者の成熟を好まないのは当然です。「幸せとはなにか」「どう生きるのが良いのか」などという問いが生まれることはありません。彼らの中では、幸福とはコンビニエンス(便利)やアメニティ(快適)であることは「自明」なのだから。

「どう生きるのか」を自分の頭で考えて、自分たちの手でつくっていくこと。
そんな当たり前のことが当たり前であることを忘れてしまうくらいに、自明性への依存は考える力を奪っていきます。厄介なのは考える力を奪われていることになかなか気づかないことです。自明なことが実は自明でなかったと気づかされるには、今回の震災のように何か大きな力が外部から働かない限りは不可能なのかもしれません。人はほおっておくと惰性で動くもの。「今さらやめられない」ことがたくさんあるし。

さて、それではテレビが喧噪する自明性や共同幻想の呪縛から逃れたとして、宮台さんが指摘する「旧住民が新住民を包摂することで地域の共同性を刷新する」ことは可能なんでしょうか。というか、どういうことなんでしょうか。ぼくは今現在、地域の共同体的なものにほとんど関わりを持っていません。典型的な「新住民」です。前も書きましたが、転校をくり返して育ったので「消防団ネットワーク」や「中学校OBネットワーク」といった類いのネットワークも持っていないし、経験もしていません。ヘタレなので「旧住民」のネットワークにどうやって入っていったらいいのかもよくわからない。

そんな「新住民」側にいるぼくの希望的な観測も含めての見方ですが、インターネット特にソーシャルメディアの中には、包摂的なネットワークの萌芽があるような気がします。もちろんネット上には負の部分もありますが、コンビニ化&フェミレス化して誰にも当たり障りのないつるんつるんの言葉をくり返すテレビ新聞には無いものもあります。主語を持った個人が情報を発信した受け取ったりすることで見えてくるものがあります。そこに「人間関係資本」の醸成を見いだせないか。

インターネットやSNS等に対するステレオタイプなネガティブ意見がどうしていまだに散見されるのか、について考察された下記の記事を読んで、「新住民と旧住民の対立」に通じるものを感じました。
日本のインターネットの『ネットワーク』生成にあたって - 風観羽

この記事の中で筆者は、インターネットがもたらす『ネットワーク』の革命的な意味として、「『大衆=衆愚』という理解が覆される事態がありうる」と述べています。これはぼくもそう思うし、だからインターネットがもたらす『ネットワーク』は、「旧住民が新住民を包摂することで地域の共同性を刷新する」こと、津田大介さん流に言うと「ソーシャルメディアによるローカルコミュニティの再定義」の中で、重要な役割を担うのではないかという気がします。

ツイッターのタイムラインを流れる言葉には、ラディカルな問いがいくつも含まれています。なるほどそういう目の付けどころがあったのかと、ウロコが落ちることが多々あります。大学教授や有識者、新聞テレビといった「権威」に頼らずとも、人はこんなに賢いんじゃないかと思わされることが、毎日あります。これは、世界には人の数だけ立場があり人の数だけものの見方があるという多様性を受け入れるからこそ得られる感覚です。多様性を受け入れるということは、宮台さんの言うところの包摂的であるということであり、旧住民が共同性を刷新する上で必要なことです。

まずは受けとめること。
それが、新しい『ネットワーク』を形成していく上で、あるいは共同性を刷新する上で重要になってくる「成熟した大人」の「ふるまい」なのではないかなと思いました。他者の言動に寛容であることとは、つまり背後関係を想像することです。理解できない、受け入れがたい他者と接するのは苦痛です。でも、そういう他者の存在そのものを否定するのはちょっと違うんじゃないかと思います。いろんな人がいていい。交わったり交わらなかったりいろいろな機会がありますが、すべての機会で全力投球すべきだとも思わない。受け入れがたいと思うならば場を損ねない程度で受け流せばいいし、そもそも無理して交わらなければいい。そんなかるいノリでいいんじゃね?
そうすれば、おのずと類は友を呼んで自然にネットワークが形成されていくように思うんだけど。ぼくがいいなあと思う「カッコいい大人」って、なんかそういうユルさを持っているような。たぶんそれは、他者を受け止めるのと同じように、自分自身を受け入れることができるからなんじゃないかと思います。自分の中の嫌な感情とか、○○らしくないところ、理想とのギャップとか、そういうのを受けとめる。自分の心の状態にどのような要素と成り立ちがあって、それがによってどのように変化するか、ということをきちんと見つめる、つまり自己と対話できる。そういう大人になりたいです。

ちょっとだけじゃなくなっちったな…

「どう生きるのか」という本当の問いに向き合うとき 宮台真司『マル激・原発篇』後書きより

「どう生きるのか」という本当の問いに向き合うとき 宮台真司『マル激・原発篇』後書きより 2011.11.04 Friday [妄想] comments(5)
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「共」と「個」

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経済とは「国民経済」であるということを、こないだ発見しました(国益からみるTPP)。国民経済とは、日本国という「共同体」が存続していくためにどうやって食べどうやって生きて行くかという問題であると。じゃあその共同体ってなんぞやっていうと、町内会でも地方自治体でも国もなんでもいいんですが、「東に病気の子供あれば 行って看病してやり 西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い 南に死にそうな人あれば 行ってこわがらなくてもいいといい 北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめろといい」(宮沢賢治『雨ニモマケズ』より)っていう類いのものではないかと、同記事の中で書きました。このことに関して、「共同体」って何なんだろうということをもう少し掘り下げて考えてみたいと思います。

先日、雨模様の日曜日。蔵王みはらしの丘公園内にあるはらっぱ館に息子と二人であそびに行きました。雨の日って公園に行くわけにもいかず、小さな子どものいる家庭にとって行動範囲がぐっと限られてしまいます。市町村にひとつぐらい大型の屋内施設もありますが、雨の日はだいたい混雑しており2歳に満たない子を連れて行くにはちょっと…という感じ。はらっぱ館は子ども用の施設というわけではなくて、市民交流の場(公民館に近いのかな)なんですが、その一角にキッズ・スペースがあります。認知度もまだ高くないようで、あまり人が来ないのでぼくはよく利用しているのです。その日は先客が一組。うちの息子よりもすこし大きな男の子と、そのおじいちゃんが大きなブロックで秘密基地を作ってあそんでいました。「こんにちは」と声をかけ、じゃまにならないようにままごとセット(プラスチックの野菜をナイフでぶった切るのが息子のお気に入り)をいじり始めると、どこからともなく「一緒にあそぼ」というおじいちゃんの声。「ほら、一緒にあそんでもらいな」と息子をつっつきながら、徐々に交わってくるあそびの輪。息子は3歳のソウタくんに持参したミニカーを貸してあげ、ソウタくんはぶった切った野菜の半分を息子に「どうぞ」と渡してくれました。そうして秘密基地を巡ったり小さいブロックを出したりしているうちに、いつのまにか選手交代。息子はおじいちゃんとままごとあそび、ぼくはソウタくんと小さいブロックでサーキット場を作っていました。ふだん接している息子とはまた違う月齢の子と接するのはぼくにとっても新鮮でしたし(やさしくていい子でした)、なんというか、他者と交わる息子のすがたをあまり見たことがなかったので、とても胸がいっぱいになってしまいました。純粋に嬉しかった。



このときのソウタくんのおじいちゃんの距離感がとても心地よかったんです。無視するわけでもなく、かといってベタベタするわけでもなく、「一緒にあそぼ」っていうのがごく自然で。何をよく食べるのかとか、子どもを連れて外食なんてできないよねえとか、子育てトークで共感できたのもなんだかほっとして。そういうことがわかるのは、お孫さんのことを普段からよく見ているからなんですよね。なんだかそういう「やさしさ」が行動や言葉の端々に表れているなあと、感心してしまいました(もちろんダメなことはダメと言うけじめも含めて)。イクメンならぬイクジイ、かっこいいなあ。

なんでこんな話を書いたかというと、この体験を通して「共同体」ってこういうことだよなあとしみじみ思ったからです。「東に病気の子供あれば 行って看病してやり 西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い 南に死にそうな人あれば 行ってこわがらなくてもいいといい 北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめろといい」という詩が示すのは、助け合いです。相互扶助、おたがいさま。ただそれって、かわいそうな人がいるから「助けてあげる」という類いのボランティア精神とはちょっと違うと思うんです。

ソウタくんのおじいちゃんは、べつに父子で来ているぼくらをかわいそうだとか思って構ってあげたわけではないでしょう。もっと自然に、ふつうに、一緒にいるんだからあそぼうよっていう、それだけのことだと思います。もしかしたらぼくらのことはもう覚えていないかもしれない。でもそういう態度によって、いやたぶんそういう態度だからこそ、ぼくは嬉しかったし、偏狭になりがちな核家族での子育て生活の中でなんだか救われたような気持ちになりました。

助け合いって、こころの問題っていうよりも、ただそこに「在るもの」なんじゃないか。「共同体」って無理に作らなくてももともとそこに「在るもの」なんじゃないか。

いや、もともと「在ったもの」がなくなったのか。
戦後の経済成長の中で、あるいは失われた20年の中で、共同体は崩壊したのか。

・・・

宮台真司さんと小林武史さんの対談の中に「共同体自治」という話が出てきました。
(ぼくの世代的に小林武史といえば、飛ぶ鳥を落とすヒットメイカー/音楽プロデューサーでした(いまぐぐってはじめて知ったんだけど新庄市出身だったんだ、へえ)。ミスチル、マイラバ、スワロウテイル…。なんかニヒルな人っていうイメージでしたが、さいきんは、というか震災後はこんなことされてたんですね。)

宮台真司×小林武史「世界の手触りを失うな」 - エコレゾウェブより
宮台:
社会学者として言わせていただくと、脱原発・脱化石・自然エネルギーは、単なる電源種の話じゃなく、「エネルギーの共同体自治」の動きです。それが広がった契機は、1986年のチェルノブイリ原発事故で、〈システム〉への過剰依存の恐怖が主題化されました。それに先だって、ヨーロッパでは、1980年代に入るとスローフードの動きがありました。これもオーガニックやトレイサビリティの話じゃなく、「食の共同体自治」の話でした。それが広がった契機は、福祉国家体制の破綻で、やはり〈システム〉への過剰依存の恐怖が主題化されたわけです。

スローフードについて言えば、オーガニック&トレイサビリティは派生的な帰結で、本質は「顔が見える相手に作って売るから、悪いことをする気になれない」「顔が見える相手から買うから、多少安いからといってスーパーで買う気になれない」。難しくいうと「近接性による動機づけで自立的経済圏を回す」。

「食の共同体自治」も「エネルギーの共同体自治」も日本では別物に変形して、「安全な食べ物」や「安全な電源種」の話になる。「自治と共和」ならざる「統制と依存」の話に縮小してしまうわけ。「安全な食べ物」も「安全な電源種」も「もっとちゃんと統制しろ」という馬鹿話にしかなりません。


「共同体自治」っていうのはつまり「顔が見える」同士によるおつきあいっていうことなんですね。当たり前すぎるくらい当たり前のはなしなんだけど。でも現在の日本で共同体が機能しなくなってきているのは、その当たり前が当たり前じゃなくなってしまったからなのかもしれません。
宮台さんが言うには、「自治と共和」が「統制と依存」の話になっちゃう。たとえば、安全な環境を担保するために個人情報を保護するという観点が先に来るような発想からは、事件や犯罪が起こるのは規制が足りないからだという話になって、どんどんセキュリティを締める方向にはたらく。刑は厳罰化の方向に行き、間違いが許されない空気が醸成されていく。個人情報が保護されるから、互いに顔も見えない。そうやってどんどんシステムに依存する体質になり、結果としてとなり近所に誰が住んでいるのかもよくわからないような「共同体のようなもの」が出来上がる。というふうに考えると、そこまで保護して守っている「個人情報」って何なんでしょう。

たとえば、スウェーデンではすべての公文書が公開され世界中の人がアクセス可能であるほかに、個人の名前、住所、生年月日、所得情報なども公的なものとみなされ、公開されているそうです(参考:スウェーデンの情報開示 - ルンルンルンド日記)。フィンランドも個人情報の取り扱いはオープンなようです(参考:フィンランドとー日本の個人情報に関する考察 - かもめノート)。江戸時代の長屋には、どの程度のプライバシーがあったのかわかりませんが、共同生活をおくる上では個人情報保護という概念は生まれ得なかったのではないかと思います。まあ長屋はともかく、北欧の情報公開がなぜ徹底しているかというとそもそも情報は開示されているもので、それをどのように受け取りどのように使うかは個人の選択次第だというコンセンサスが浸透しているからだと思われます。逆になぜ隠す必要があるのかと。

ぼくらが何かを行動しようと思った時に、それに関する情報が必要になります。情報にアクセスしづらいということは、それだけ自分たちで何かを行動しづらいしくみだということです。堅くて丈夫なシステムがあるから大丈夫だろうという「日常の自明性」。原発の安全神話もそうでした。宮台さんは日本の根っこの問題は「自明性への依存」にあると指摘します。

自分たちの生活を自分たちでコントロールできるようにする。そうしないと、どんなにエネルギーやモノを消費できても、僕らの幸福度は上がりません。ギリシア時代から唱導されてきたように、依存ならざる自立の感覚がない限り、人は幸せになれないんです。


もうほんとうにその通りで、震災をきっかに露呈した日本の問題点はすべてこの点に集約されるといっても過言ではないと思います。

バブル崩壊後の「失われた20年」で、日本人の依存体質やきずなの崩壊というものが異様に浮かび上がってきています。それらを憂い、分析し、数えきれないほどの日本人論が語られました。どれもそれなりに説得力のあるものですが、繰り返される「日本人とはかくあるべし」型の言説に、ぼくはさいきん飽きてきたし、胡散臭ささえ感じるようになりました。すべてを自己責任で片付けようとするお説教型の言説では、よのなかはちっとも良くならないということがわかったてきたから。
かつて日本に存在した共同体はどのようにして機能を失ったのか。「失われた20年」のあいだに日本人はたいせつなものを失ったのでしょうか。ぼくは、これは戦後の経済成長に端を発する問題なのではないかと思います。欧米型の自由な競争による市場原理がもたらした帰結といってもいい。

経済成長を続けるためには、市場の拡大が必要です。昨日よりたくさん売ることが資本主義経済の発展だから。たくさん売るためには市場を開拓しないといけない。たくさん買ってもらうためにあの手この手を使うのは、資本主義経済の正当な要請です。日本で戦後に核家族化がすすんだのはなぜか。ライフスタイルの変化や人々の意識の変化が先にあったのではないように思います。日本人はそこまで主体的ではないし、自らの意思で選択した変化であるならばもっとうまくいってるはず。長屋や大家族といった共同体に代わるなんらかのかたちでの共同体が生まれていたはず。でもそうなっていない。

核家族化っていうのは、市場の拡大だと思うんです。「共」よりも「個」のほうが、たくさん売れるから。マイカーや洗濯機や冷蔵庫は一家に一台。テレビは一人に一台。単純な数の論理です。「個」をたいせつにするとか、自分だけの個性とかいう精神的なイメージ付けは、市場の開拓と相性がよかったということじゃないでしょうか。個人主義が蔓延するようになったのは、欧米型の競争原理が市場を席巻するようになったのとリンクしているのではないかと。

市場原理っていうのは数の論理ですし、明晰でわかりやすいものです。白黒はっきりしているし、すぐれたものが残り良くないものは淘汰される。論理的に考えていくと、かならず正しい。日本もその正しさに沿って経済成長を遂げてきました。ただ、その一方でわかりやすくないもの、たとえばぼくがソウタくんのおじいちゃんから受け取ったようなうまく言葉にできないギフトは勘定に入りづらい。ただそこに「在るもの」だなんて曖昧なものは電卓やホワイトボードには書けないから。「正しさ」を追い求めていくと、そういった曖昧なものは淘汰されていく。その結果が、能力主義や個人主義の台頭であり、共同体という機能の崩壊なのではないかと思います。

でもやっぱり人間って群れたがる生き物なんですよね。いくら個人主義だとか言ってもなにかに帰属しないと不安でしょうがない。それが新しいタイプの「共同体のようなもの」を生みます。市場原理(マーケティング)の帰結として、テレビは「みんなこうしてますよ(だからこれを買いましょうね)」と宣伝します。そのアナウンスを共有することでぼくたちはまるで共同体の中にいるような幻想を抱きます。「みんなこうしてる」「みんなと同じだから安心」「みんなが使ってるから大丈夫」…空気を読むことで生まれる共同幻想です。

「共同体」と「共同体のようなもの」を隔てるのは何か。「身体性」だと思います。テレビや雑誌、広告の中で展開される共同幻想は身体をもっていません。身体をもたないので、イデオロギーは際限なく肥大化していきます。マーケティグという名の下で、消費者の意向におもねることを重ねているうちに、発信される共同幻想は主語さえも失ってしまいました。誰のことばなのかぜんぜんわからない。わからないのにそういった「共同体のようなもの」にしかアイデンティティを見いだせなくなってしまった。それが宮台さんの言う「自明性への依存」なのかもしれません。

・・・

311震災後に日本中の至るところに溢れた「がんばろう日本」というキャッチフレーズに違和感を覚えた人が少なからずいると思います。「日本はひとつ」「信じてる」とか真顔で言うCMがぼくは気持ち悪くてしょうがなかった。被災地の当事者にしてみれば、遠いところから自分の手は汚さずにきれいごと言ってるようにしか聞こえないんじゃないか、言ってるほうも自分の善意をキャッチフレーズに投影して自己満足してるだけなんじゃないか、という薄気味悪さをずっと感じてて。そうこうしている間に原発問題が明らかになって日本中が放射能汚染の当事者になっちゃって、それとともに「がんばろう」もフェードアウトしちゃいましたが。

けっきょく「がんばろう」なんていうキャッチフレーズが必要だったのは、被災地以外に住む人たちだけです。それまで依存していた「自明性」や「日常」が、震災による非日常の中で効力を失ってしまったときに、それらに取って代わる共同幻想が必要だったんです。たぶん「ひとつになる」という類いの共同幻想にすがらなければ不安で仕方がなかった。ぼくはそう感じるし、ぼくの中にもそういう気持ちはあった。そのことを認めないと先にすすめないような気がします。身体活動を伴った共同体が助け合いや相互扶助の機能を果たした場では、身体(主語)をもたない共同幻想はウソにしか聞こえないでしょう。

実際の被災地では、ごく自然に助け合いや相互扶助が生まれたというはなしをよく聞きます。震災の直後においてはそういう空気が日本を包んでいました。山形もそうでした。避難所には純粋に善意によるボランティアや炊き出しや支援物資が届きました。被災地の現場では、身体性を担保したローカルなネットワークで、かつて日本にあったようなおらが村の共同体が自然に生まれたということです。

このことは、『思想地図β vol.2』に収録されている津田大介さんのルポタージュがとても参考になります。「ソーシャルメディアは東北を再生可能か」をテーマに、今回の震災において被災地でソーシャルメディアが果たした役割、これからの関わり方を考察されています。津田さんは震災以降、気仙沼、陸前高田、女川、荒浜、七ヶ浜、相馬などの被災地に足を運び、現地で多くの人々の声を聞いてきたそうです。

ぼくもそうでしたが、地震直後に電話が通じない状況の中、ツイッターで家族の安否確認ができた人もかなりいました。津田さんは「ソーシャルメディアが緊急時の連絡手段として有効に機能する十分に証明された」としています。また様々なデータを踏まえた上で、情報伝達のツールとしても「デマや誤情報の流通はあるものの、マスメディアとは違う情報を入手できる一時情報として、あるいはマスメディアの情報を補完する情報取得源として、ソーシャルメディアが一定の役割を果たしたことは疑いのない事実と言えそうだ」と述べています。

また、東北地方で復興速度が遅く、不満度が高いのは、総じて「平成の大合併」で巨大化した市や町だという津田さんの指摘はとても重要だと思います。合併により肥大化した行政が、被災地住民の細かいニーズをくみ取れず、機能不全を起こしている、と。これは震災前後に限らず、ぼくたちもいろいろな場面で少なからずそういう事態に遭遇したことがあり、実感としてわかるという人が多いのではないでしょうか。

そんな中、市などの行政区よりも小さな地区単位に存在するローカルコミュニティが中心となって、復興プランを作り具体的に動き出しているところもあるそうです。

伊里前地区では高台に山林を所有する住民らが10万平方メートルにも及ぶ土地を地域に提供し、山林を切り開いた高台地区を住宅地として再開発し、集落全体で移住する計画を立てている。この計画を作ったのは、行政ではなくこの地区で強い影響力を持つローカルコミュニティである「伊里前契約会」だ。
伊里前契約会の歴史は古い。元々は江戸時代の元禄六年、この伊里前地区に移り住んだ五人を中心として、お互いの生活を互助し合う「契約講」を作った。そもそも「講」とは、この単語が生まれた平安時代には、同一の信仰を持つ人々による結社・集団のことを指す単語で、この単語や概念が中世に民間に浸透する過程で、様々な信仰集団や相互扶助団体に転用されるようになる。伊里前の契約講もそうした相互扶助団体という位置付けだ。
(p66)

いわき市の豊間も伊里前地区と同様、高台を切り崩して住民ごと移住するという独自の復興プランを掲げ、進めている地域だ。(中略)この復興プランを中心となって進めているのは、豊間地区の鈴木区長だ。伊里前地区のような「講」ではなく、市よりも小さい、自治会的ローカルコミュニティからこの案が生まれた。(p68)


これらはかつての日本に存在した「講」や「消防団」のようにローカルの結びつきが強い共同体であり、震災の直後に生まれた(というか呼び起こされた)、助け合いや相互扶助を基盤とした共同体のかたちです。市民の中から自発的に生まれたローカルコミュニティが、自発的に行動をしようと計画を立てる。しかし、これらの計画を実現するには資金が必要になります。現在の日本では地方自治体、にも大した裁量権が与えられていないから、けっきょくは国の管轄になる。そういった中で行政の反応はやはり鈍いそうです。

行政にまったく頼ることなく、具体的な地域復興の青写真を示し、地権者や住民の了解も取り付ける。震災からわずか二ヶ月でそこまでこぎつけた伊前里地区だが、実際にこのプランが進められるかどうかは不透明な状況だという。(p67)


行政の反応が鈍い。市民の要望に応えてくれない。行政の機能不全は、そこに暮らす人たちのいのちに関わるレベルになってさえも改善されないということが今回の震災で多くの人のもとに明らかになりました。放射能に対する国の対応をみているとあきれるのを通り越して諦めの心境にしかなりません。国が何もしてくれないから地方自治体が独自に動かなきゃならないし、さらにきめ細やかな対応をしようと思ったらもっと小さな単位で動かなきゃならない。

今回の震災をきっかけに、最終的には自分の子どもを守るのは自分しかいないのだという結論に至った親御さんは多いでしょう。それは自分の子さえよければいいという個人主義とは異質のものだと思います。それは自分の選択や行動に責任を持つということです。持たなければならないということに気づくことです。宮台さんの言葉を借りれば「自分たちの生活を自分たちでコントロールできるようにする」ということで「依存ならざる自立の感覚」を持つということです。自立した個が集まることでしか、成熟した民主主義は成り立たちません。それは小沢一郎もずっと言っていることです。自立した個が集まることで、はじめて自立した共同体が生まれます。ソウタくんのおじいちゃんのさり気ないやさしさは、自立した個から生まれるた類いのものであるようにぼくには思えてなりませんでした。


行政に頼れない状況が続く限り、ローカルコミュニティに求められる役割は大きくなると津田さんは指摘します。ローカルコミュニティがローカルコミュニティのまま自立、復興していくためには資金や情報、知恵が必要です。津田さんは、これを実現して行くために、ローカルコミュニティにソーシャルメディアを組み合わせていくことを提唱しています。

物事が決まっていくプロセスがすべて公開されることで透明性が確保され、人々の興味が喚起されていくソーシャルメディアは、ローカルコミュニティを再定義する際に大きな力になる。筆者が東北取材を通して感じたのは、ローカルコミュニティの持つ従来の資産をオープン化した上で、その資産をソーシャルメディアを通じて最大化させることの重要性だ。ローカルコミュニティの再定義とソーシャルメディアを利用した広範囲な情報共有。それこそが、「情報」によって東北復興を実現するための唯一の道だと筆者は信じている。(p72)


身体活動を伴ったおらが村の共同体が解体し、情報流通が大手マスメディアに独占されている状態で、ぼくらが「ひとつになる」ためには、それら大手メディアから発信される共同幻想が必要でした。だから必死で情報を消費した。そうすることでしか、つながっているという安心感を得る術がなかった。ツイッターやフェイスブックといったSNS(ソーシャルメディア)が現れるまでは。

ぼくはフェイスブックをあまり使っていないのでツイッターに限って考えてみますが、タイムラインを流れてくる言葉は、他のメディアに比べるとかなり身体的です。だいたいの人は、その場で思いついたことをつぶやくから。はらへっただの疲れただの。おはようございますとかいう他愛のない挨拶でも、なんだか相手の顔が見える気がします。もちろん思考的なツイートもありますが、それにしても語り手の主語が見える。テレビや新聞のように主語のないツイートを個人がしても意味がないし淘汰されます。これはおもしろい。身体にちかい場所でつながるという感覚が、ツイッターでのつながりにはあるような気がします。これはいままでにはなかった種類のつながりです。

ぼくの場合、こうしてブログを書くようになったのもツイッターをはじめた時期と重なってます。ブログに書くという行為は、ある程度時間をかけて頭の中で考えるっていう行為なんですが、それは日常生活の中で感じたりふと思い浮かんだことをツイッターでつぶやいたり、タイムラインを流れてくることばだったりが起点になっています。つまり、出発点は身体に近いところにある。そうやってブログに書きなぐることで思考が整理され、それはまたつぶやきにフィードバックされる。巡っているなあと実感します。

ツイッターでは、発言主の社会的な権威やステータスはあまり関係ありません。誰をフォローして誰をフォローしないのか、どういった情報につながるか、すべて「わたし」の選択次第です。そこでは宮台さんの言う「依存ならざる自立の感覚」が必須です。あるいは北欧のように、情報をどのように受け取りどのように使うかは個人の選択次第だというコンセンサスが優先される。経済成長を自明のものとして設計された社会からは生まれることのなかった、いままでの日本にないタイプの「場」であると感じています。

津田さんの言う「ソーシャルメディアによるローカルコミュニティの再定義」がもたらすのはどのような共同体なのか、ぼくはまだうまく具体像がイメージできませんが、もしそういった共同体がうまく実現したとしたら、なんだかゆるやかで楽しそうな社会になるんじゃないかと思ってます。ただそこに「在るもの」を、引き出してくれるような…。直感です。

・・・

追記(10/27):
朝日新聞朝刊の論壇時評に掲載された高橋源一郎さんの記事に惹かれました。
祝島からNYへ 希望の共同体を求めて ・高橋源一郎 ほか/朝日新聞より

背負いきれなくなった市場や家族や国家から、高齢者や障害者を筆頭とした「弱者」たちは、ひとりで放り出される。彼らが人間として生きていける社会は、個人を基礎としたまったく新しい共同性の領域だろう、と上野はいう。
それは可能なのか。「希望を持ってよい」と上野はいう。震災の中で、人びとは支え合い、分かちあったではないか。
その共同性への萌芽(ほうが)を、ぼくは、「祝の島」とニューヨークの路上に感じた。ひとごとではない。やがて、ぼくたちもみな老いて「弱者」になるのだから。

「祝の島」とニューヨークの「Occupy Wall Street」デモの中に、源一郎さんが見たものとは。ぼくもその質感を、身体で知りたい。ひとごとではないから。

「共」と「個」

「共」と「個」 2011.10.25 Tuesday [妄想] comments(2)
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さようなら原発集会とエジプトのデモ 新しい市民のかたち

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2011年9月19日、東京・明治公園で脱原発を訴える「さようなら原発」デモが行われました。鎌田慧さん、大江健三郎さん、内橋克人さん、落合恵子さんらの呼びかけで実現し、主催者発表では約6万人が参加。原発の事故に関連した集会では最大規模となったそうです。

大江健三郎さんら脱原発訴え 都心で6万人参加デモ - asahi.com(朝日新聞社)
脱原発で最大規模集会 東京・明治公園に6万人 大江健三郎さんら訴え - MSN産経ニュース
さようなら原発集会:参加の市民「日本全体で考えて」 - 毎日jp(毎日新聞)

ここまで大きなデモが成されたならば、後はもう波状効果的にこの流れが広がっていくんじゃないでしょうか。同じようなデモが続出するかどうかはともかく(フランスみたいにデモが日常茶飯事になることは無いでしょうが)、もはや市民の意識としての脱原発の流れは無視できないでしょう。日本がシフトチェンジする転換点の象徴として、歴史的なデモになったと言っていいと思います。上空から撮影された写真がその規模の大きさを物語っています。


さようなら原発5万人集会 - 毎日jp(毎日新聞)より)

タクシーから顔を出してプラカードを掲げる大江健三郎氏の写真もチャーミングです。


ちなみに同日夜のNHKニュースで、このデモのことが報じられたのはわずか1分程度だったそうです。参加者人数も6万とか3万とか2万7千とか、媒介によって様々に報じられているとのこと。原発が絡んでいると、数字もウソを付くのだということをぼくは今年知りましたので、まあ参加者の人数が水増しされようが矮小化されようが別段気にならないのですが、にしても1分って…。その扱いは無いなあ。いままで日本人がこんなにデモに集まったことがあったでしょうか。このような歴史的な出来事を矮小化して伝えるのは、報道としての時代感覚とか嗅覚のセンスがあまりに無いし、意図的に矮小化していると思われても仕方ないと思うなあ。

もちろんその背景には原発利権の構造もあるでしょう。原発に関する報道、メディアの立ち位置や振る舞いというものを、ぼくたちは震災後に嫌というほど見てきましたから。原発が絡んでいると、数字ですら平気でウソを付くし、まわりくどい日本語での言葉あそびがはじまるという光景。だから今回のデモが正当に報道されなかったとしても、原発絡みなので不思議じゃないです。

と同時に、「デモ」というものに対するメディアの立ち位置もまた原発のそれと同じ構造であるということも言えるんじゃないかと思います。すなわち既得権益側からの立場、見え方で報じてしまうということ。だって、権力側からすればデモなんて「迷惑」で「やっかいな」ものですからね。あって欲しくないわけで。

いままで日本で「デモ」と言うと、近寄りがたい雰囲気がありました。いや、今でもあるかな。

ぼく自身も数年前までは、「デモ」なんて一部のアブない人たちがやるもんでしょくらいに思っていました。じゃあなんでそう思っていたかというと、なんとなくのイメージでしかなかったように思います。よく知らなかったし。ならばそういったイメージはどうやって醸成されていたのかというと、マスメディアによる影響が大きいと思うんです。実際にデモの現場に居合わせたことなんてあまり無いし。マスメディアは「デモ」というものをどのように報じるか、報じてきたか、それをふり返ると一定の方向性が見えてくるような気がします。

デモに限らずなんでもそうですが、報道の仕方、演出方法ひとつでイメージなんて簡単に形成されるわけで、テレビなんかはその最たる装置といえます。たとえばデモを撮った映像のバックにおどろおどろしいBGMやナレーションを付ければ、それを何気なく見た人はなんだかいかがわしい出来事に感じるし、コメンテーター(理性や権威の象徴として存在しているけれども実際には多様なものの見方のほんの一部にすぎないにもかかわらず)の発言ひとつで善にも悪にも印象操作できる。テレビ新聞なんていうものは、情報の提示の仕方が偏ってるのだということに思いを馳せて情報をかいつまんでいれば問題ないのですが、残念ながらメディアリテラシーの行き届いていないこの国では、マスメディアの報じる情報というものがまだまだ大きな影響力を持っているようです。

日本で大規模なデモが起こらないのは、おとなしい国民性だからとか、政治のことはお上にお任せという意識が強いからとか、いろいろな原因があると思いますが、「デモ」というものに対するアヤしげで物騒な「イメージ」があまりに浸透してしまっているからではないかと思います。自分のように理性的で倫理的で道徳的な人間には関係のないあっちの世界の出来事だと思っている人が多いんじゃないか。実際にぼく自身は、そういった「デモ報道」に触れることで、デモの内実をまったく理解することなく、「デモ」なんて一部のアブない人たちがやるもんでしょというイメージだけを受け取っていたわけです、ちょっと前まで。

なぜ日本のマスメディアは「デモ」を物騒なものとして報じるのか。フランスあたりじゃ、ちょっとお茶でも飲みにいく感覚でデモやってますよね(偏見かしら)。でも日本で報道されるデモは、国内に限らず海外のデモでも報じられ方はほぼ例外なく物騒です。これって、トラウマがあるからなんじゃないかとふと思いました。60年代の全共闘であるとか浅間山荘事件であるとか(よく知らないけど)、血なまぐさい過去の歴史をいまだに総括できていないからなんじゃないかと。それがいまだに根っこの部分にあるのではないかと。つまり、全共闘や浅間山荘事件の後、サヨクは完全にマイノリティになった。あれは間違いであった、正しくないものである、というレッテルを貼られた。無いもの、あってはならないものにされたんですね。そういう報じられ方をすることで、そういうものの見方が多数を占めるようになり、それは暗黙の了解という空気となり。そうすると必然的に、サヨク的な運動っていうのは非常にナイーブでどこかヒステリックなもの(であるという共通認識のもとで行われるもの)になってしまった。のではないかと(よく知らないけど)。

ぼくが、リベラル的なものの考え方をするクセがあるにも関わらず、いわゆる日本のサヨク的な言説にずっと馴染めなかったのもどこかに違和感があったからです。たとえば、地方の寂れた集落でたまに見かけるんですが、大きなベニヤ板にペンキで書かれた「○○反対」等の怒りの文字列。あれ、キタナいんですよね。残念ながら、自分たちの住む景観をも壊してしまっているように感じる。angryだけが前面に出ていてpresureが感じられないような、そのような場にぼくは住みたいと思わない。たぶんきっと、実際に意思表示をしている人たちはふだんは善良な人々なんだろうとは思うんです。ただ表現の仕方が、いただけないんじゃないかと。被害者であること自体をアイデンティティにしてしまっている(ように、傍から見ると感じてしまう)ところにぼくは違和感を感じていたんだと思います。

ところが、今回の「さようなら原発集会」は、いままでマスメディアが報じてきたような「物騒で」「いかがわしい」「やっかいな」デモとは違うように感じます。もちろん脱原発に、右も左も関係ありません。脱原発のデモは、自らのイデオロギー正しさを証明するためのものではありません。ふつうの市民が主役になっているという点で、これまでのデモとはまったくの異質であると捉えたほうがいいと思います。

このことは、池田信夫氏もツイートしてました。
今日のしょぼい反原発デモが昔の学生運動と違うのは、かつては知的エリートが闘士だったから社会的インパクトが(よくも悪くも)あったこと。今は老人と情報弱者の暇つぶしで、何の影響力もない。

今回のデモがこれまでと異質であるという点は同意しますが、「しょぼい」とか「暇つぶし」とか言うところに悪意を感じますね。池田センセ、それはぜんぜん違うでしょ。知的エリートが自分のイデオロギーを満足させるための言葉あそびや自己満足じゃなくて、ふだん政治活動にコミットしてこなかったような市井の人たちがデモの主役になったからこそ意味があるんじゃないでしょうか。政治とは生活である、という言葉の意味をぼくは震災以降はとくに身にしみて感じます。生活を守りたいから政治に訴える、というのが当たり前のことだったということを。

脱原発の市民運動には、子を持つ母親が数多く参加しています。子どものいのちを守りたいと思うのは、生き物として親の本能でしょう。蓋し当たり前のことです。にも関わらず、女性は感情的で困るとか、脱原発を叫ぶのはヒステリックな態度だとかいう意見をわりと目にします。まるで自分だけは常に冷静で理性的で中立で合理的で現実的でけっして間違えないとでも言わんばかりに高見に立って他人を見下ろしているような言説が、ぼくは大っ嫌いです。そういうことを言う男は、なんと偏狭なんでしょうか。

子どものいのちを守りたいとか、生活を守りたいとかいうのは、ごく当たり前の気持ちだとぼくは思います。そして、それこそが政治をカタチづくる礎になるのだと思います。生活から離れたイデオロギーの中に政治があるわけではありません。ぼくたちが日々すごす中で感じるひとつひとつの思いの中にこそ政治があるんです。そこから政策が生まれていくはずなんです、ほんとは。そう思いませんか。


震災前の話になりますが、ムバラク政権を倒すきっかけになったエジプトのデモがありましたよね。かの国で起きたデモは、インターネット等の情報が伝えるところによると、ぼくたち日本人が抱くデモに対するイメージとはちょっと違いました。そこにはユーモアがありました。どこか祝祭的ですらありました。

酒井啓子さんによるニューズウィーク日本版の総括がその空気感をとてもよく表現されているので、ちょっと長くなりますが引用します。この空気感に当時ぼくはたいへん惹かれたことを覚えています。

今後どのような変化が訪れるにせよ、今回民衆運動の勝利が、決定的にエジプト社会の政治意識を変えたことは間違いない。

 第一には、普通の人々が体制に挑戦することを恐れなくなったことだ。アラブの長期政権のほとんどが生き延びてきた理由は、現政権が倒れたときに訪れるであろう混乱と変動に、人々が恐怖を抱いたからである。慣れ親しんだコネ関係、暗黙のうちに了解される「超えてはいけない一線」――。長年のゲームルールがなくなったら無秩序に覆われるのでは、と考えて、人々は仕方なく制約を受けて入れてきた。その恐怖が、エジプト人たちの意識から、振り払われたのである。

 第二には、陰謀論的無力感が、消えたことである。国際社会はイスラーム主義台頭の脅威やイスラエルに対する不利益を口実にして、アラブの長期政権の存続を容認している、という陰謀論的な(いや、かなりの部分事実だが)無力感が、アラブ世界では蔓延してきた。だがムバーラクの生き延び口実が説得力を持たなかったことで、何もできないのは国際社会のせい、という諦念感を克服することができた。

 第三には、反体制デモは楽しく参加できる、という例を作ったことだ。退陣を求めてタハリール広場に集まった群衆の映像や動画を見ると、どんなに緊迫した状況でも歌ったり踊ったり、とても楽しそうである。まるで「20世紀少年」で群集が「グータララ、スーダララ」と歌い集うシーンのようだ。「ウィーアーザワールド」的な作りの画像の、歓喜の歌もある。

なによりも、参加者が非暴力に徹していた。トルコのMilliyet紙がデモ隊の笑えるシーンを特集していたが、ヘルメット代わりに頭にペットボトルを乗っけたり、ビール瓶を運ぶプラスチックケースを被ったり、果ては交通標識を盾に使ったり、身を守るのに武器ではなく知恵と工夫を駆使する様子が微笑ましい。

 そのことは、第四に、恨み辛みが運動の原動力にならなかったことにつながる。独裁体制が追い詰められたとき、多くの場合、反対者たちは過去の弾圧の記憶を総動員して、独裁者に報復を図ってきた。かつて最も弾圧されたものが最も報復の権利があるのだ、といった心理が、反政府運動のあいだに働く。このことは、その後の権力抗争を「旧体制下での被害自慢合戦」という不毛な戦いに陥らせやすい。だが、今のエジプトは、そうした「被害者の報復」感からは無縁である。

最後に、そして最も重要なことは、政府を追い詰めるために集まった人たちが、そのまま権力を目指そうとしていないことだ。冷戦時代の「革命」では、右も左もイデオロギーを掲げた人々が自らのイデオロギーを政治に実現しようと、政権を目指した。イスラームがすべての解決だと考える人々は、社会運動からイスラーム体制の実現を目指した。しかし、今回タハリール広場に集まった人々は、変化が確認できたら家に帰るだろう。大統領の椅子に座ることではなく、家族が待つ暖かい我が家に帰る。体制を転覆しても、新しい体制の権力を握ることには関心がない。

 つまり、人々は簡単に、楽しく政府批判をし、祭りが終わったら家に帰るけれども、「祭りの後」が夢見たものと違っていたら、また簡単に政治批判に立ち上がる―─。今後のエジプト政権が相手にするのは、そういうことを経験してしまった「新しい」市民である。暫定政権が現状維持、改革の先延ばしを選んで、「結局何も変わらなかった」ことにしたいと思ったとしても、祭りの楽しさに覚醒した人々を相手にしていかなければならないことを前提とすれば、やはり新しい政治にならざるを得ないはずである。

エジプト:祭りの後、でもまたいつでも祭りは起きる - 中東徒然日記 | ニューズウィーク日本版より


とくに感銘を受けたのはこの一節です。
「今回タハリール広場に集まった人々は、変化が確認できたら家に帰るだろう。大統領の椅子に座ることではなく、家族が待つ暖かい我が家に帰る。」

ぼくはここに今回の東京のデモと重なる部分を感じます。子どものいのちを守りたいとか、生活を守りたいとかいう、ごく当たり前の気持ちが原動力になっている。イデオロギーの対立ではなく、市民が市民としての権利を正当に行使するために立ち上がっている。繰り返しますが、生活から離れたイデオロギーの中に政治があるわけではありません。ぼくたちが日々すごす中で感じるひとつひとつの思いの中にこそ政治があるんです。ぼくにとって生活のベースは「家族が待つ暖かい我が家」です。それを守るために「違っていたら、また簡単に政治批判に立ち上がる」。それは本来当たり前のことですが、この国では長いこと当たり前でなかった。当たり前が当たり前でない社会に於いては「そういうことを経験してしまった「新しい」市民」となるのです。

デモというのは本来、市民の正当な権利のひとつです。日本はいちおう議会制民主主義というカタチを採っていますので、選挙での投票が市民としての意思を示す手段です。しかし、一昨年に実現した政権交代もドタバタ劇のどさくさに紛れて、正当な手続きを経ないでその内実(マニフェスト)を反故にされてしまっています。代議士による間接的な民主主義のしくみそのものが崩壊していると言っていいでしょう。じゃあいったい何が市民にとっての意思表明の手段となるのか。意思を示す手段が、いったいどれくらいあるっていうんでしょうか。世論調査?バカ言っちゃいけません。

「私らは想像力を持たない政党の幹部とか、経団連の幹部に思い知らせる必要があります。そのために私らに何ができるか。私らにはこの民主主義の集会、市民のデモしかないのであります。しっかりやりましょう」(大江健三郎/明治公園のスピーチより)

ぼくは、マスメディアが今回のデモをきちんと報じるかどうかはどうでもいいです(もはや何も期待してないから)。「新しい市民」を相手にするならば必然的に「新しい政治にならざるを得ないはず」です。マスメディアがどう報じるかはもう関係ありません。今回のアクションを「政治家」がどう受け止めるか、彼らのメディアリテラシーに期待するしかないんじゃないかと思います。

デモで全てが変わるわけはありません。市民の意思を表明する手段のひとつにすぎません。でも、大事なアクションのひとつに違いありません。「そういうことを経験してしまった「新しい」市民」なんだから。反対のための反対じゃなくて、未来をクリエイトするための意思表示なんだから。いちど目覚めた市民はあと戻りできません。

さようなら原発集会とエジプトのデモ 新しい市民のかたち

さようなら原発集会とエジプトのデモ 新しい市民のかたち 2011.09.20 Tuesday [妄想] comments(4)
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「はたらく」の語意を拡大解釈するってのどう?(いや、あの「働きたくない」ということではない…たぶん)

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はたらかざるもの食うべからず、って言葉があります。ある意味ではそうだし、ある意味ではちょっと違うと思いました。3.11以降とくに顕著になったことですが、ぼくたちは「はたらく」ということの意味をリセットして考えないといけないかもしれません。

「はたらく」ことは大事です。それを通じて社会とコミットするところに、はたらくよろこびがあるのだと思います。社会と何のコミットもせずに、食える人はいないでしょう。だから、はたらかざるもの食うべからず、というのはその通りだと思います。その一方で、日本には「働く」ことが美徳とされる素地があります。それこそ滅私奉公的に働く「おしん型」、とにかく勤勉で深夜残業や付き合いのお酒も厭わない「サラリーマン型」、いいことをすることで社会の役に立ちたい「ボランティア型」など、自分(あるいは家族)を犠牲にしてまでも「がんばって働く」ことが尊いことだという認識がわりと普通にあるように感じます。それはそれで立派なことなんですが、他人にまでそれを強要して値踏みするような陰湿さも同時に含まれていることが多いようにも感じます。「働いてない」人への視線がとても冷たいんですね。むかしは、何をしているのかよくわからないようなアヤしい人がそこら辺をふらふらしている光景ってわりとあったように記憶していますが、たぶんいまはそういうのは許されない。人は見た目じゃないと口では言いながらも、実際には名刺の肩書きが、その人の人格までを決めてしまう雰囲気があります。

気づいた方もいるかもしれませんが、前段落であえて「はたらく」と「働く」を分けて書きました。いままで(とくに戦後の日本を支えてきたメンタリティだと思いますが)は、自国の経済の発展に貢献することが「働く」こととされてきました。「経済」とは、市場経済を指していました。働かざるもの食うべからず、という言葉が使われるのはおもにそういった経済活動を通じた日本の発展のため、という文脈で語られることが多かったように思います。わりと政府寄りの言葉ですよね。欧米列強に追いつけ追い越せで。で、本来はそういう経済の問題なのに、働かざるもの食うべからずという標語によって「働く」ことが道徳とか精神論にすり替わって語られ始めたことで、「働いてない」人への蔑視が始まったのではないでしょうか。

たしかに市場経済は、ぼくたちの社会をかたちづくる上で重要な要素です。それの無い社会はちょっと想像できない。だけども、それが“全て”じゃなくて(行き過ぎた市場原理は、堤未果さんが伝えるアメリカの実態が示している通り)、「経済」ってほんとはもっと広い意味を含んでいるんだと、ぼくは最近ようやくわかりました。金を落とさなくても「はたらいて」いる人はたくさんいる。ある人が何かを行うことによって社会とコミットするならば、社会の形成に少しでも影響を与えるとするならば、かたちがどうあれ「はたらいて」いることになるのではないか。「はたらく」ことって、もっと許容範囲を広く考えたほうがいいんじゃないか。市場原理から逸脱したところで「はたらく」人たち【も】、保障するのが広い意味での「経済」にあたり、その「経済」をつくるのが政治であり、つまりはぼくたちの選択であるのだ。ということをいまなんとなく考えています。

だいたい、市場経済においても実務(実際の働きぶり)とその給与は必ずしも比例しないわけで、市場原理だけに頼っていると最終的にはいかに効率よく利益を上げるかという部分にしか行き着かないということは多々あります。閉じたムラの中で要領のいい奴ばかりが出世していくような日本企業体質からイノベーティブなものが生まれるはずもありません。ま、それはさておき。

「働かない」ものの例として、たとえば小さい子どもを挙げてみましょう。小さな子ども“それ自体”は、お金を稼がないし、経済活動もしない(親がするけど)し、電気も作らないし、どぶさらいもしません。でも、子ども“それ自体”は、めっちゃ「はたらく」のです。自分が親になって、ぼくはこのことを痛感しています。


うーん、ほんとはこれ以上説明するのは野暮なんだけど、子どもがめっちゃ「はたらく」ということの意味をもう少し補足しておきます。結論から言うと、子どもが側にいることで社会とコミットする機会が増えるし、社会とのコミットの仕方も変わってくる、ということです。

今までは近所に誰が住んでいるのかもよく知りませんでしたが、子どもと一緒に散歩をするようになってから、よく挨拶をされたり、声をかけられるようになりました。「おはよう」、「かわいいね」、通りすがりのおばさんも笑顔を向けてくれます。こちらまで嬉しい気持ちになります。なんだ世の中って言うほど殺伐としていないじゃん、と大げさかもしれませんが世界が明るく見えてきます。子どもが生まれる前は、駐車場でのトラブル等で関係がよくなかった近隣の夫婦とも、お互いに子どもが生まれたことで付き合いが生じ、関係が融和しました。親に対する気持ちも変わりました。親は親で、いままで見たことのないような笑顔を孫に向けてくれます。孫の顔を見せるだけで親孝行になるのだと身にしみています。世の中の親御さんたちへの視線も変わりました。いままでは街を歩く子どもを見ても別になんとも思わなかったし、たとえばレストランやデパートで泣き叫ぶ子どもに対しては「うるせーなあ」というぐらいにしか思っていなかった。ところが自分が子育てに携わるようになってからは、街を歩けば子どもにばかり目がいくし、泣いている子どもがいると「しょうがないよね」から「だいじょうぶかな」と心配する気持ちまで出てきました。人って、自分と関係がなくて興味の無いものには冷たいけれども、自分が経験したことにはやさしく見守る気持ちが出てくるものなんですね。親業をやっているというだけで共感するし、多少のことは「まあいいじゃないか」という気持ちになる。他者への寛容さが生まれる。自分たちもまわりに迷惑をかけざるを得ないんだから、多少の迷惑ぐらいは当たり前じゃないかと思える。つまり子どもは、大人と大人をつなぐ「橋渡し」の役目をしてくれる。笑顔の連鎖をはこんでくれる。そういうことを、ぼくは実際に子どもと一緒に生活するようになってから多く感じるようになったんです。

おいなんだそんなことか、と言われるかもしれません。たしかに、世界を股にかけてはたらく大企業から見れば屁みたいなものかもしれません。でも、家族をかたちづくって、町内をかたちづくって、地域社会をかたちづくって、つまりは「共同体」をかたちづくるのは、実はそういったひとつひとつのちいさな個人的な営みだと思うんです。かつてのウーマンリブ運動で「パーソナル・イズ・ポリティカル」という言葉が使われたそうですが、いまこそその言葉の意味を考えてみたいです。

子どもを育てるということは、ほんとうは個人的な営みであると同時に社会的な営みでもあるんですね。子は宝、というのは個人レベルでもそうだし、国のレベルでもそう。だから国はここにもっと財を投じてもいいはずだと思います。たとえばイクメンブームで育児休暇の取得率が上昇しているとの話を聞きますが、あれ休暇っていうけどのほほんとあそんでるわけじゃないですからね。ある意味では職場の仕事よりもしんどい「子育て」という仕事をしているわけです。子どもは国の財産になります。日本は子育てという仕事をしている人に対しての扱いが低いんですね。それは育児・教育に対する公的資金の投入額が先進国の中でもきわめて低いことにも表れています。そう考えると、育児休暇期間中に国からの補助金が支給されるのは大事なことだと思います。


ぼくはいま子育てをしている中で感じることが多いので子どもを例に挙げましたが、金を落とさなくても「はたらいて」いる人というのは、子どもに限ったことじゃありません。ある行為によって社会とコミットするのならば、それは「はたらいて」いると言ってもいいのでは。家事手伝いだって立派に「はたらいて」いることですよ。そういった、一見役に立たない、直接的にはお金を落とさない人たちも「はたらいて」いるんだから「食わして」あげる、つまりそういった人たちの生活を支えるのもまた「経済活動」なのだと理解されるようにならなければ、北欧のような高福祉社会は成り立たないでしょう。

でもこれは高所得世帯の人たちには理解され難いかもしれません。オレが稼いだ金をオレが使って何が悪い。なんでオレが稼いだ金を貧乏人に取られなきゃならないんだ。至極もっともな理屈です。市場経済の観点からすれば、それはごく当然の権利と言えるでしょう。でも実はそうやって富を独占することで得られる利益っていうのは、わずかな世代だけの打ち上げ花火みたいなもので、後には残りません。そうすることで自分の子どもが幸せになるのかどうかさえもわからない。執着心は、森羅万象の原理である「流れ」を滞らせ、澱みを生みます。

市場原理以外のところにも「経済」はあるのだということに“気づく”ことがない限りは、この観念からは逃れられないでしょう。つまりこれはひとりひとりの内面の問題で、どれだけ他者に対して寛容になれるかということなのだと思います。市場原理からドロップアウトした「落ちこぼれ」を、すくい上げるのではなくてそのまま許容すること。それが出来るかどうかっていうのが、その国の民主主義の成熟度に関わってくるのではないかと…まだはっきりとはわかりませんが。

資本主義国同士の競争社会から一足先に降りて、独自の道を歩き始めたオランダが、かつて「オランダ病」と揶揄された時期を経ていまは「オランダの奇跡」と呼ばれるほど「豊かな」国になったのは、ワークライフバランスを見直し、子どもたちの「育ち」を大切にしたところにあります。興味深い先例だと思います。


「はたらく」の語意を拡大解釈するってのどう?(いや、あの「働きたくない」ということではない…たぶん)

「はたらく」の語意を拡大解釈するってのどう?(いや、あの「働きたくない」ということではない…たぶん) 2011.08.09 Tuesday [妄想] comments(0)
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大人なのにそんなこと言って…

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タツラーって知ってますか? このブログにもしょっちゅう引用文が出てくるのでおわかりだと思いますが、ぼくは内田樹さんのファンです。で、「たいへん熱心なウチダ読者」のことを業界の一部では「タツラー」というそうです(参考)。ぼくはタツラーの域に達するほど著作を読んでいませんが、内田さんの文章には大きな影響を受けたといっていいでしょう。ちょうどツイッターをはじめた昨年の5月くらいに存在を知ったのですが、内田さんの文章に出会ったことで、ぼくは劇的に思考回路が変化したように思います。(確かめてないけど)その前後の自分の文章を見比べるとたぶん違ってると思う。

たとえば、内田樹さんのブログでの記事の数々や、高橋源一郎さんのツイッターでの小説ラジオなどが紡ぎだすことばに出会ったとき、ぼくは目から鱗が落ちるようでした。いままでそんなふうに社会のことを説明してくれる大人は知らなかったし、そういう言葉に出会わなかった(出会っていても気づかなかったのか)。ぼくはそれらのことばに触れることで、はじめて「自分のあたまで考える」ということの意味を知ったような気がします。

で、いまふり返ると、それらの言葉に出会ってぼくが影響を受けたいちばんの核となる部分っていうのは、「へえ、大人なのにこんなこと言ってもいいんだ。」という驚きだったと思います。

それまでの常識では、大人はかくあるべしみたいな像があって、これはこういうものだ、という「知識」とか、それについては言わないのが大人なんだという「暗黙の了解」とか、要は「知ったか」なことを言うのが大人、みたいな空気があって、ぼくも(居心地の悪さを感じていながらも)なんとなくその空気の一員であったように思います。ところが、内田さんや源一郎さんは、そういう「暗黙の了解」や「常識」をさらりと乗り越える術を見せてくれました。だからぼくはほんとうに感動した。いままでそんなふうに社会のことを説明してくれる言葉に出会ったことがなかったから。いままでブラックボックスであった部分やグレーゾーンであった領域を避けずに、正面から向き合った結果として出てきた言葉は、心底、腑に落ちるものだったから。そうか、こんなふうに考えてもいいんだ、と。「大人なのにこんなこと言ってもいいんだ。」とたいへん勇気づけられました。

だから、自分も「大人なのにこんなこと言っちゃう」大人でありたいと思っています。だって、ほんとうになんにも知らないから。で、それは別の言い方をするとどういうことかというと、こういうことだと思います。

増田聡さんTwitterより
オレはやっぱ「社会はけっこう甘い」ことを身体張って証明しようとする大人に惹かれるし自分もそうなりたいと思うけどなあ。「社会は甘くない」って若い人に言うことだけを生き甲斐にするような大人になりたいか?まあなりたくないわな普通


内田さんや源一郎さんはもちろん、さいきんこのブログで取り上げたユニコーン電気グルーヴにしろ、糸井さんや鶴瓶さんにしろ、かっこいい大人ってそういうことだよな、とさいきんとくに思います。フトコロが深いっていうか。オレこれしかできないから、たのしいことしかできないから、と言って本人たちがいちばんたのしんでる。そういう大人が集まれば、しぜんに他人に寛容で、「おたがいさま」な社会になると思うんだな。そういうのがいいな、ぼくは。

大人なのにそんなこと言って…

大人なのにそんなこと言って… 2011.06.29 Wednesday [妄想] comments(0)
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