村山談話

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海外から大批判を受けている橋下慰安婦発言。みんなの党をはじめ、維新の会との連携を見直す動きも続出しています。国内メディアもこぞって批判的な論調になってきましたので、内田樹さんも仰っていましたが、維新の会はもう終わりという予感がします。海外からの評価(外圧)によってしか国内世論が動かないというのは情けないですが、これも日本という国の政治のカタチを象徴する出来事だなあと思うばかりです。

自民党はどうするんでしょうね。以前は、維新の会と歩調を合わせるようなことも匂わせていましたけれども。というか、維新の会が第二自民党というか自民党をさらに先鋭化させた新自由主義右派路線であることはもうすでに衆知の事実だったわけで。体質としてマッチョイズムが根底にあるという点では、橋下氏の言う「本音」のところでは自民党も維新の会も同じ穴の狢だろうと、素人ながらに訝しげな目で見てしまいますが、そこはやはり自民党には長年政権与党を担ってきた知恵があります。なんだかんだで昨年末の衆院選を圧勝した実績もある。維新の会が政権運営の足を引っ張ることになると判断したならばあっさり切るんじゃないですかね。

内田樹さんのツイートより
NYTの社説、かなり長文の橋下批判でした。最後のパラグラフはこうでした。「火曜日に日本政府は橋下氏のコメントへの違和感を表明した。しかし、安倍氏と指導部はこのコメントを徹底的に糾弾する(condemn them outright)ところまで歩を進めるべきである。」

今安倍政権は「国内の右派層の支持を固めて次の選挙に備える」か「アメリカから『長期政権をまかせてもいい』という外交的な担保を受け取るか」の二者択一を前にしています。

僕の予測は、安倍総理は最終的には「アメリカの支持」の方が「国内右派の支持」よりたいせつだという政治判断を下すだろうというものです。選挙は一回負けても次があるけれど、アメリカから見捨てられたら、財界もメディアも二度と支持してはくれない(それは鳩山政権で学習したはずです)。


「安倍総理は最終的には「アメリカの支持」の方が「国内右派の支持」よりたいせつだという政治判断を下す」という内田さんの予測には同感です。でも、「国内右派の支持」を失ったとしても、それが参院選の敗北に繋がるとも思えないんです。昨年末の衆院選で自民党が圧勝したのは「国内右派の支持」が原因だとは思えない。Facebookで熱狂するような「右派」の方々が、安倍は裏切り者だ!売国奴!となったとしても、70%の支持率を誇る内閣にしてみれば大したダメージでは無いはず。それどころか穏健右派や無党派層、とくにおそらく最大多数派である「なんとなく自民」で投票した人々にしてみれば、安倍首相が「マッチョな歴史認識」を修正し「良識的な見解」を示すことでかえって信頼感が増すのでは。維新の支持層がどこに流れるかだけど、それにしても自民党の優位は変わらないと思います。

参院選でも自民党はたぶん勝つ。それを覆すような要素は見当たらない。つまり参院選後も自民党が多勢であることに変わりはない。けれども、安倍政権は今までよりもアメリカからの外圧を気にしながらの運営(安全運転)を余儀なくされる、といった感じじゃないでしょうか。


ところで最近よく耳にする「村山談話」。その談話が意味する方向性はなんとなく認識していましたが、実際に本文を読んだことがぜんぜん無かったのでこの機会に転載します。

「戦後50周年の終戦記念日にあたって」(いわゆる村山談話) - 外務省

以下引用。
 先の大戦が終わりを告げてから、50年の歳月が流れました。今、あらためて、あの戦争によって犠牲となられた内外の多くの人々に思いを馳せるとき、万感胸に迫るものがあります。

 敗戦後、日本は、あの焼け野原から、幾多の困難を乗りこえて、今日の平和と繁栄を築いてまいりました。このことは私たちの誇りであり、そのために注がれた国民の皆様1人1人の英知とたゆみない努力に、私は心から敬意の念を表わすものであります。ここに至るまで、米国をはじめ、世界の国々から寄せられた支援と協力に対し、あらためて深甚な謝意を表明いたします。また、アジア太平洋近隣諸国、米国、さらには欧州諸国との間に今日のような友好関係を築き上げるに至ったことを、心から喜びたいと思います。

 平和で豊かな日本となった今日、私たちはややもすればこの平和の尊さ、有難さを忘れがちになります。私たちは過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。とくに近隣諸国の人々と手を携えて、アジア太平洋地域ひいては世界の平和を確かなものとしていくためには、なによりも、これらの諸国との間に深い理解と信頼にもとづいた関係を培っていくことが不可欠と考えます。政府は、この考えにもとづき、特に近現代における日本と近隣アジア諸国との関係にかかわる歴史研究を支援し、各国との交流の飛躍的な拡大をはかるために、この2つを柱とした平和友好交流事業を展開しております。また、現在取り組んでいる戦後処理問題についても、わが国とこれらの国々との信頼関係を一層強化するため、私は、ひき続き誠実に対応してまいります。

 いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。

 わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。

 敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。同時に、わが国は、唯一の被爆国としての体験を踏まえて、核兵器の究極の廃絶を目指し、核不拡散体制の強化など、国際的な軍縮を積極的に推進していくことが肝要であります。これこそ、過去に対するつぐないとなり、犠牲となられた方々の御霊を鎮めるゆえんとなると、私は信じております。

 「杖るは信に如くは莫し」と申します。この記念すべき時に当たり、信義を施政の根幹とすることを内外に表明し、私の誓いの言葉といたします。

平成七年八月十五日
内閣総理大臣 村山富市



とくに重要なのは、この一節ですね。

わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。


橋下氏の一連の発言を見ていると、この村山談話を踏襲するつもりが無いということだけは如実に伝わってきます。戦争への道という国策を選んだのが誤りだったのではなく、戦争に負けたことが誤りだったという態度なのだから。

安倍首相は4月22日の国会答弁で、村山談話を「そのまま継承しているわけではない」としていましたが、5月10日に菅官房長官が「(談話)全体を歴代内閣と同じように引き継ぐと申し上げる」と軌道修正しました(参考)。さらに5月15日の参院予算委員会で、安倍首相自身が「村山談話」について「政権としては全体を受け継いでいく」という考え方を明らかにしました(参考)。

ちょっと前には首相自身が侵略の定義がどうのこうのと言い出したり、閣僚の中には村山談話や河野談話を見直すべきだという意見も存在するなど、現在の自民党執行部の方々がおよそ村山談話に沿った歴史認識を共有しているとは思えないし、事実、海外からは「Japan Moves Right」という警戒の目で見られているということは、この政権を選んだのが日本人自身であるということも含めて、事実として受け止めなければならないと思います。

その上で繰り返しますが、安倍さんは村山談話を踏襲すると明言しました。安倍さんや自民党の閣僚たちが一個人としてどのような信条や歴史認識をお持ちであるのかはいろいろと憶測の及ぶところではあります。ですが、それはそれとして、安倍首相は「村山談話を踏襲する」という見解は「内閣の考え方」であると言っています(参考)。つまり国の見解としては「村山談話」を引き継ぐということ。首相の個人的見解がどうであれ、一国の長という立場で公的に「我が国は、かつて多くの国々、特にアジアの人々に対しては多大な損害と苦痛を与えた、その認識としては安倍内閣としても同じ」と発言した。このことはよく覚えておく必要があります。

安倍首相がこう言わざるを得なかったのは、外圧によるものであり、それに逆らわないという判断こそが、長年政権与党を担ってきた自民党の知恵でしょう。もともと対米従属を地で行く安倍政権ですが、「歴史認識」とやらでちょっと調子に乗りすぎてアメリカからお咎めを受けたというのはなんとも皮肉な話。皮肉な話だけど、それが政権の暴走に対するストッパーになり得るいちばん現実的な可能性なのかもしれません。

だけど、アメリカは決して日本の「お仲間」ではありません。不況だなんだといっても世界有数の個人資産を誇る国を放っておく手は無いというだけの話で、搾れるうちは徹底的に寄ってくるでしょうが、用済みになったら簡単に捨てられる可能性は否定できない。いつまでも「外圧」だけをあてにはできません。改憲やTPPの問題ではアメリカも自民党も利害は一致しているように見受けられるわけですし。


1996年当時、「戦後五十年問題プロジェクト」の事務局を担当していた田村重信氏(現自民党政務調査会調査役)によれば、村山談話には上記の「いわゆる村山談話」の他に、その一年前に発表された談話があるそうです。こちらの談話はもう少し具体的に踏み込んでいます。従軍慰安婦問題についても「女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である」とし、女性の地位向上や女性の福祉等の分野における経済協力にも言及している。
村山談話について - たむたむの自民党VS民主党

「村山談話」とは、歴史認識を対外的にどうエクスキューズするかという際の物差しです。田村氏は記事の中で、歴史認識問題を決着させて現実の政治を動かしていくための「ガイドライン」が村山談話であると述べています。村山談話を踏襲すれば歴史認識問題で辞めることがないという防波堤を作ったのだと。「村山談話は、「村山富市という社会党の総理だから、駄目なんだ」という主張もありますが、これは、自・社・さ連立政権の時にできたのです。これは、従来の自民党の総理大臣の見解など政府の考え方を踏まえて「村山総理談話」という形にまとめたものなのです。」と。なるほど。

そういう「建前」としての「ガイドライン」の役割が村山談話にあるということは事実でしょう。また歴代の内閣がこれを踏襲してきたのも、そういうことなのでしょう。それと同時に、ぼくは「もうひとつの村山談話」を読んでみて、これは他国に対する防波堤であると同時に、自国がどのような方向に向かって舵取りしていくのかという指針でもあると感じました。

ぼくは「いわゆる村山談話」を読んで、率直に悪くない文章だと思いました。そして現政権からはひっくり返っても出てこないような文章だと思った。だから「踏襲」するだけでもまあよしなのかなと。

安倍さんは首相として、歴史認識を軌道修正せざるを得ませんでした。これをひとつの根拠として、これから内閣が「独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進」していくのかどうか、国内のジャーナリズムは追求していく必要があります。有権者のひとりひとりが見極めていく必要があります。それが政権の暴走に対するストッパーとなり、政治を動かす力となるのが、「普通の国」であると思います。参院選の結果、たとえ自民党が多勢であったとしても、それは可能であるはずです。


村山談話

村山談話 2013.05.17 Friday [政治・メディア] comments(0)
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対米追従とは、誰に対する追従?

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たぶん誤解している人も割と多いような気がするので、「対米追従」という言葉についてふと思ったことを。

日本の外交政策(あるいは内政さえも)というものが、自民党時代から「アメリカに忖度する」という価値軸で動いてきたことは、もう衆知の事実と言っていいですよね。ベストセラーとなっている孫崎享氏の『戦後史の正体』を読んでみるとそのことが頷ける逸話ばかりです。民主党による政権交代が果たした唯一の成果とは、そのことを明らかにした点にあります。慣れない政権運営による迷走ぶりのおかげで、逆説的にその事実を如実に物語った(当の民主党自身ですら、その総括ができていないという有り様ですけれども)。

年次改革要望書を廃止するなど、「対米自主」路線を打ち出した鳩山由起夫元首相が「最低でも県外」という言葉を守れずに辞任したことは、まさにその象徴であって。普天間をめぐる鳩山氏の態度がアメリカを怒らせたのだ、という見方はある程度当たっていると思います。けれども、アメリカが直接的に介入してきたのかどうかはちょっと分からないとも思う。普天間の移設に関しては、アメリカそのものが抵抗したというよりも「アメリカに忖度する」日本の人々が抵抗勢力となったと考えたほうが自然です。鳩山氏自身や米メディアは「普天間移設問題で、官僚からの激しい抵抗があった」と語っています(参考)。
アメリカに楯突いたことで鳩山氏が孤立し辞任に追い込まれていく様子を横で見ていた菅直人氏が「何をやっちゃいけないのかを学習した」ことは想像に難くありません。彼が首相になってからの民主党は「アメリカに忖度する」政党へと変貌してしまいました。そういえば、唐突にTPPへの交渉参加を持ち出したのも菅氏でしたね。「国民の生活が第一」という民主党の党是はこのとき捨て去られてしまったわけです。その後も子ども手当をはじめとするマニフェストは次々と後退、野田首相にいたっては財務省の傀儡と化しマニフェストにも無い消費税増税に政治生命をかけると言い出しました。

「国民の生活が第一」という政権交代時の姿とはまったくの別人になってしまったことが、民主党の最大の裏切りなのです。いつまで経ってもそのことが総括できない民主党にはもはや存在意義がありません。(だから生活の党は分離したわけであって、かつての民主党を受け継ぐのは生活の党であるにも関わらず、そのことは全く衆知されていないようで、先の衆院選での大敗という結果には愕然としてしまいます。)


というわけで、前置きが長くなりましたけれども、日本の外交問題とは「アメリカに忖度する」という態度に帰結されると、ぼくは考えています。大手マスコミはそんな説明をしてくれませんけれども、ツイッター等ではそれは当たり前の事実としてある程度の人に認識されているはずです。共産党もそうですね。

そうすると、「アメリカに媚び諂うのはおかしい」「対米自立だ」「独立だ」ってなるじゃないですか、ふつう。対米自立だ大事だというのは、それはその通りだと思うんですが、一方でなんか引っかかる違和感もあって。アメリカはけしからん、ってアメリカだってそんな単純じゃないだろうというか。

アメリカの大統領っていまオバマですよね。



オバマと安倍首相が会談をすることは、アメリカという国と日本という国が話し合うということを意味する。それはそうですよね。それと同時に、安倍首相が日本の多数派の意見を代表しているとは限らない。TPPに関する共同声明はけっきょくのところ曖昧で意味不明でした(参考:舟山やすえ議員による質疑書き起こし)。勝手に国の行く末が決められていくという感覚がものすごくあります。
そして、それはアメリカ側だってそうだろうと思うんです。一国の長が財界に支配されるという構図はたぶんどこの国でもそんなに変わらない。オバマは、TPPに関しての決定権を持っていないという話まであります(参考)。オバマがTPPについてよく分かっていない、あるいはそこまでいかなくともオバマにとって日本という存在がそれほど大きなプライオリティを占めていないであろうということは想像できます。先日の日米首脳会談では、野田氏のときですらあった共同会見も夕食会も無く、安倍首相は冷遇されていたといいますがタカ派の安倍氏とオバマは馬が合わないということなのかどうか。日本にかまっているほど暇じゃないってのが本音じゃないでしょうか。

もともと民主党選出のオバマは黒人初の大統領であり、マイノリティを体現する存在であるように感じます。それまでアメリカを支配してきたWASPの力が以前よりも弱くなっているということなのか、あるいは単に人口比率的に移民層がマジョリティを占めるようになったからなのか、分かりませんが、昨年末にオバマが再選を果たしたということは、アメリカの多数派は「リベラル」を選択したということ。
国民皆保険を訴え医療制度改革を果たそうとしているオバマは、(象徴的な意味での)マイノリティ側の人間であり、であるがゆえに多方面からの抵抗に遭っていることは想像に難くありません。そう考えると、オバマは国内の抵抗勢力から圧力を受けながらそこそこがんばっているのではないかと。雇用改善の兆しもあるそうで(参考)、すぐに辞めてしまった鳩山氏とは対照的です。国のしくみを変えようと思うならば、長いスパンで見ないといけない。


さて、日本はまた自民党政権に戻りました。十八番である「対米追従」路線を突っ走っています。それはもう衆知の事実であると考えます。

それでは「対米追従」とは、誰に対する追従なのでしょうか?
「アメリカに忖度する」って、いったい誰に「忖度」しているのでしょうか?
オバマ?そうかなあ。
アメリカを代表する者って誰なんでしょうか。民主党?共和党?悪徳ペンタゴン?軍産複合体?WASP?ヒスパニック?

日本の対外姿勢を批判する際に「対米従属」とか「対米追従」ってよく言います(ぼくもよく使います)が、これも安易な使い方を続けるうちに意味の無いレッテルと化してしまわないように注意したいのです。

「対米追従」=「対オバマ追従」ではないと、ぼくには思われます。敢えて言うならば「対アーミテージとかマイケル・グリーン追従」のことじゃないでしょうか。岩上安身さん主宰のIWJが「第3次アーミテージレポート」全文翻訳を掲載しており、日本の政官財各界がこのレポートに書かれた米国からのアジェンダを忠実に遂行しようとしていると指摘しています。安倍さんの対外姿勢って「知日派(知日派ってなんだよと思いますが)」マイケル・グリーンの言うままですし(参考)。

つまり日本が「忖度」しているのは、アメリカ大統領でもなく、アメリカ全体を代表する誰かでもなく、対日本担当のアメリカ人ってこと。その担当者にどのようなバックグラウンドがあり、アメリカの「どの部分」を代表しているかは、とても重要ですよね。ぼくみたいな一般人が裏を取ることは不可能なので眉に唾をつけつつ読むとしても、この記事などはたいへん興味深いです。

これも想像にすぎませんが、オバマは没落しつつある極東の一国にかまっているほど暇じゃないので、対日戦略に関してはアーミテージやマイケル・グリーンら「知日派」の面々に任せきりになっているのでは。その結果、ジャパン・ハンドラーたちが好き勝手しまくっているのでは。

孫崎享氏によれば、「ジャパンハンドラーという人々は必ずしも米国政治の主流の人々でない」「日本の重要性が相対的に後退し、産軍協同体のみが強い関心を持つ異例な中でこの人々が力を持っている」とのこと。「鳩山追い落としが進行した中、(アメリカ側で)擁護に回った人々もいた。これらの人々と連携を組めなかったのが残念であった」とも。
日米同盟、ジャパンハンドラー、アーミテージ 孫崎 享氏 - Togetter

「アメリカ」という括りで、あの国を一緒くたにしないほうがいいと思うんです。アメリカの政治=大統領というイメージがあまりに傑出しているため、そのようなイメージを抱いてしまいがちだけども。そうでないと、対立する相手と共闘する相手、自立する箇所と忖度する箇所を取り違えてしまう恐れがある。オバマがどこまで信頼できる人物なのか未だよく分からないけれども、悪い人には見えないんだよなあ。


蛇足になりますが、これと同じことが、対アジアについても言えるわけで。新大久保などで行われている嫌韓デモの何が問題かというと、あれは韓国に対する抗議活動というよりも単なるヘイトスピーチのまき散らしであり、その罵声が、長年日本で暮らしている焼肉屋のおばちゃんであったり日本で生まれ育った在日二世や三世に対して向けられているという点にあります。「朝鮮人」という括りで一緒くたにして、韓国政府に対する抗議と、市井の在日コリアンへの鬱憤晴らしをごっちゃにしている。そんなものはデモでも何でもなく、ただの差別です。

世界は国境によって分断しているわけではない。ぼくらの間に埋め難い溝をつくっているものは何なのか。前のエントリーにも通じることですが、安易な二項対立というレッテルに騙されずに、辛抱強く考えていく必要があると思います。ま、あくまでも極東の国から見た個人の妄想にすぎませんけれども。





追記(3/13)

大統領になる前のオバマは「500万人の失業者をもたらしたNAFTAのような自由貿易協定では雇用を守れない」として保護貿易寄りのスタンスを強調していました。その彼がいまTPPに対しては、どういう立ち位置であるのかはよく分かりません。現地ではどのようにふるまっているのか。アメリカと日本を行き来するジャーナリスト堤未果さんが、ぼくの疑問に答えてくれました。

堤未果さんのツイートより
確かに上院議員時代と選挙キャンペーン期間はNAFTA批判の急先鋒でしたが、大統領に就任して最初の仕事はウォール街救済(TARP)、その後は公約を次々に翻しています。TPPは一般教書演説でもわかるように強力に推進の立場ですね。@singstyro #TPP


うーむ。オバマがいい人であるという印象は変わりませんが、それと大統領としての仕事ぶりはまた別問題です。勝手な幻想を抱くのも、ちょっと置いておくことにします。


対米追従とは、誰に対する追従?

対米追従とは、誰に対する追従? 2013.03.06 Wednesday [政治・メディア] comments(0)
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アメリカ市民も知らない・反対するTPP(デモクラシー・ナウ「TPPは貿易協定の衣を着た企業による世界支配の道具」書き起こし)

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アメリカ国内でも極秘に進められているというTPP交渉。その内容に気づき始めた市民からも反対の狼煙が上がりつつあるようです。アメリカでも市民によるTPP反対のデモが起きているようで、たとえばこの動画によると、デモに参加する若者らは「労働者の低賃金化とアウトソーシング化が加速し、労働環境が悪化する」と訴えているそうです。日本の現状あるいは数年後の姿と重なります。『ルポ 貧困大国アメリカ』が伝えるアメリカの姿は、日本が向かう先の末路であり、TPPによってそれが加速するのではないかという懸念が拭えません。

TPPの危険性とは、それが秘密裏に進行していることにあります。TPPとはいったい“誰が”主導しているものなのか。このブログには何度も書いていることですが、TPPの主題とは「アメリカ」対「日本」ではなく、「グローバル企業の利益によって潤う1%の富裕層」対「99%の庶民」です。

前記事に、アメリカの市民団体がTPPへの危機感を伝えている動画を掲載しました。
元外交官の天木直人氏も、3月2日付のメルマガでこの動画を取りあげています。
米国市民団体がTPP秘密交渉を告発した驚愕の報道内容 (続)

この動画は2012年6月に、ニューヨークの独立放送局『Democracy Now!』が放送したものだそうです。現在ツイッターやフェイスブックなどで拡散しつつあるようで、ぼくが知ったのもその流れによるものです。ニューヨーク在住の映画作家である想田和弘氏もこの動画について言及しています。

想田和弘氏のツイートより
重要なので再掲。デモクラシー・ナウ「米国市民団体がTPP協定に警鐘を鳴らす」。この番組のアンカーであるエイミー・グッドマンは信頼できる素晴らしいジャーナリスト。実は以前、僕は彼女のドキュメンタリーを作ったことがあります。


えーと重要なので、書き起こしてみます。



以下、書き起こし(というか字幕の書き写し)。

アナウンサー:密室で進む米国と環太平洋諸国の貿易協定草案がリークされました。環太平洋経済連携協定(TPP)です。リーク草案によると、米国で営業する外国企業は、重要な規制について国際法廷に持ち込むことができます。その裁定は国内法に優先され、違反には罰則を課すこともできます。交渉担当はオバマ大統領が任命した米国通商代表のカーク氏です。しかしリークされた草案は、オバマ氏の選挙公約に反しています。2008年の選挙公約は「環境や食の安全や国民の健康が守れなかったり、外国の投資家を優先する貿易交渉はしない」。

エイミー・グッドマン:リークされたTPP草案には、著作権の保護を強化したり、医薬品コストを押し上げる規定もあります。通商代表部は出演を断り、声明を送ってきました。「TPPの投資関連の提案には公益保護のための正当で非差別的な政府規制を妨げるものはない。」
市民団体パブリック・シチズンのロリ・ウォラックさんです。
リーク文書は同団体のウェブサイトで公開されました。リーク草案でわかったTPPの正体とは?

ロリ・ウォラック:表向きは「貿易協定」ですが、実質は企業による世界統治です。加盟国には例外なく全ての規定が適用され、国内の法も規制も行政手続きもTPPに合わせなければなりません。全26章のうち貿易関連は2章のみ。他はみな企業に多大な特権を与え、各国政府の権限を奪うものです。私たちのサイトに掲載したTPP投資条項によれば、外国の投資家がTPP条項を盾に米国政府に民事訴訟を起こし、国内規制が原因で生じた損害の賠償を請求できるのです。米国の企業はみな同じ規制を守っているのに、これでは国庫の略奪です。

アナウンサー:極秘に進行するTPP交渉には議会も不満を申し立てています。約600人の企業顧問はTPP情報にアクセスできるのに、米国の議員はできないのですね?

ロリ:ええ。こんなひどい内容を、それもリークで知るとは驚きです。内容がひどいだけでなく、これは「1%」が私たちの生存権を奪うツールです。交渉は極秘で行われました。暴露されるまで2年半も水面下で交渉していた。600人の企業顧問には草案へのアクセス権を与えながら、上院貿易委員会のワイデン委員長はカヤの外です。TPPを監督する立場なのに、草案にアクセスできない。たまりかねた委員長が監督責任のある協定の内容を知る権利があるとする法案を提出したありさまです。ワイデン氏は情報委員ですよ。核関連の機密も知る立場なのに、貿易協定という名の「企業の権利章典」は見られない。じつに見事な「トロイの木馬」です。通りのいい看板の裏に、表に出せない内容を仕込む。製薬大手の特許権を拡大する条項も入手しました。医薬品価格を急騰させます。TPP情報の分析や行動への誘いが私たちのサイトにあります。TPPはいわばドラキュラです。陽に当てれば退治できる。米国や全ての交渉国で市民の反対運動が起きます。企業の権利の世界的な強制なんて私たちは許さない。民主主義と説明責任に反します。

エイミー:米国通商代表部から届いたコメントを読みます。「TPPの交渉経過には高い透明性を確保してきた。議員たちと協力し関係者を毎回の交渉に招き、説明会や個別交渉によって透明性と市民参加を高めてきた。」これについては?

ロリ:透明性といっても、市民には「映らない鏡」です。説明会で意見を言うことはできる。でも公益団体の意見はなにも草案には反映されていない。環境から消費者、労働者まで公益はなにひとつ反映されない。国民をまったく無視した過激なまでの強硬策です。金融制度の安定のため各国が施行する金融規制にすら米国は反対しています。そこには米国民の意見がない。
でも間に合います。歴史的な観点で見てみましょう。1990年代のFTAA(米州自由貿易協定)は、2年かけて34ヵ国が協議し、全草案が各国で公開されました。TPP交渉は3年目ですが一行たりとも公開しない。おまけに締結後4年間は非公開という密約もあった。秘密をさらに隠すのです。カーク通商代表に聞きました、なぜ公開しないのか。お世辞にも透明といえないWTOさえ草案を公開したのに、彼の答えは「FTAA交渉は公開したら暗礁に乗り上げた」それってどういう意味ですか?密室でこそこそやる理由は、国民や議会に知られるだけで危うくなるような内容だから? しっかり押さえてください。TPPの狙いは貿易ではなくセメントのような作用です。一度固まったらおしまい。全員が同意しないと変更できない。リーク草案が示唆するのは、司法の二重構造です。国民は国内法や司法を使って権利を護り要求を推し進めますが、企業は別だての司法制度を持ち、利益相反お構いなしのお抱え弁護士たちがいんちき国際法廷に加盟国の政府を引きずり出し、勝手に集めた3人の弁護士が政府に無制限の賠償を命じるのです。規制のおかげで生じた費用を弁済しろとか、不当な扱いを受けたとか言って。国内の企業には同じ規制が一律に適用されているというのに。NAFTAにも似たような制度があり、有害物質規制や都市計画法の補償として3億5千万ドルが企業に支払われた。こういう悪だくみは明るみに出せば阻止できます。

アナウンサー:交渉に関わっている8ヵ国の国名は?交渉方法の問題や参加国が急増する可能性は?

ロリ:リークが重要な意味をもつのは、これが最後の交渉になる恐れがあるからです。NAFTA以来、大企業は貿易協定を姑息に使って規制を押さえ込み、底辺への競争を煽りました。交渉のたびに規制が緩和され企業の権限は拡大した。今回がとどめです。いったん固まれば、門戸を開き広く参加国を募ります。企業の特権化を保証する世界的な協定になりかねません。為替と貿易制裁が強制手段です。TPPは強制力のある世界統治体制に発展する恐れがあります。世界的なオキュパイ運動に対する企業側の反撃です。旧来の悪弊が一層ひどくなる。さらに交渉のゆくえによっては、既存の国内法が改変され進歩的な良法が無くなるばかりか、新法の制定さえもできなくなる。
交渉国は米国、豪州、ブルネイ、シンガポール、ニュージーランド、チリ、ペルー、ベトナムでマレーシアも加わります。NAFTAと同じく企業の海外移転をうながす特権があり、新たな特権も付与されます。医薬品や種子の独占権が強化され、医薬品価格つり上げのため後発医薬品を阻止する案まである。オバマ政権が医療制度改革法案に入れた医薬品についても他国が使用する権利を奪おうと密談がされています。各国の金融規制も緩和させられ高リスク金融商品も禁止できない。米国政府が金融制度改革で規制強化を進めている時にです。TPPは地方財政にまで干渉します。全国で搾取労働の撤廃や生活賃金を求める運動が広がる中で、TPPは地域産業の優先を禁じます。地産地消や国産品愛好は許されないのです。環境や人権に配慮する商品も提訴されかねません。TPPは企業に凄まじい権力を与えます。密室だから過激になった。どの国の人々もこんなものは御免です。過激な条項を推進するのは米国政府です。だから陽の目にさらして分析することが重要です。何が起きているか人々に知ってほしい。

エイミー:ダラスで説明会が行われた際、カーク通商代表が演説しましたが、「イエスマン」が元市長になりすましニセの受賞式を行いました。

(受賞式の映像)司会者:ご参集ありがとうございます。テキサス企業協会からお知らせです。2012年パワーツール賞の受賞者は米国通商代表部です! 通商代表部のたゆまぬ努力に感謝します。とくに力を入れているTPP交渉は市民の意見にはおかまいなく企業利益を最大にするためです。

エイミー:次回のTPP交渉は7月4日の週末です。いかがですか?オバマ大統領はどう対処するのでしょう? サラ・パーカー邸で資金集めパーティをするようですが、金融業界の献金額はロムニー候補に約4千万ドル、オバマ陣営へは480万ドルでウォール街もオバマ離れしています。金融業界にはロムニー氏以上に良くしているつもりでしょうけど。

ロリ:オバマ大統領については2通り考えられます。1つはTPPが密室交渉だったので把握していなかったケース。だからリークが重要でした。国民や議会に警告した。大統領は通商代表部の監督が甘かった。クリントン時代にNAFTAを通過させた連中が好きにやった。もう1つは結局お金です。「1%」を喜ばせる協定なのです。「1%」の夢なのです。ありったけの金とロビイング力をつぎ込んで未来永劫に力を振るうのです。

エイミー:「パブリック・シチズン」のウォラックさんでした。


くり返しますが、TPPの対立軸は「アメリカ」対「日本」ではないということがよく分かります。アメリカ人の多くはTPPについて知らされていないし、庶民がその内容を知ったらとても賛成できるものではないと。TPP以前に、FTAなどの自由貿易そのものに対する不信感がアメリカ国内では強くなっているといいます。NAFTAをはじめとする自由貿易協定はアメリカの庶民にとって何一つプラスにならならず、69%のアメリカ人が「米国と他国のFTAは米国の雇用を犠牲にしている」と答えたそうです(出典)。

TPPのほんとうの対立軸は、「グローバル企業」対「庶民」なのです。輸出で経済がどうのこうの言っていると問題の本質を見誤ることになります。きっとそういうことだと思います。

企業が政府を訴えるという「企業による世界統治」の根拠となるのがISD条項です。自民党は衆院選時の公約で「国の主権を損なうようなISD条項は合意しない。」と言っていますので、そこは特に注目していく必要があります。だって、いくら「国民皆保険制度を守る」とか「食の安全安心の基準を守る」という努力目標を掲げたって、ひとたびISD条項が発動すれば政府ですら自国民を守れない仕組みだっていうんだから。ああ訴訟大国アメリカ。

そして実際にISD条項が発動された(参考)という米韓FTAの現状を知ることは、TPPを考える上で参考になると思われます。
韓米FTAについての報告 第45回TPPを慎重に考える会より 岩上安身氏 - Togetter
TPPを慎重に考える会 資料
韓米FTAに見る主権制約 - しんぶん赤旗
米国丸儲けの米韓FTAからなぜ日本は学ばないのか - 中野剛志

世界規模でいま何が起きているのか。インターネットはそれを想像するための情報の断片であり、編集権は自分にあります。ぼくは、ぼくなりの編集の結果として、(それを陰謀と呼ぶかどうかはともかくとして)世界がそのような対立軸の構図で動いているように見える。たとえばモンサント社は、特許侵害を盾に自国の農家だろうが他国の農家だろうが訴えます。それが遺伝子組み換え種子による彼らの世界戦略だからです(参考)。彼らに「国益」という概念はない。新自由主義が行き着いた先は、国境の無いグローバル世界であり、そこではグローバル企業の論理が何よりも大きな力を持つ。と同時にローカルな規模のものは駆逐されていく(地方都市に住んでいるとそれを実感することが多くあります)。そういう視点で追っていくと、Occupy Wall Street(ウォール街を占拠せよ)という運動の意味も見えてきます。


TPPで儲かると目されているのは大企業、とりわけ、海外(人件費の安い途上国)の工場で部品や製品を作り、それを海外に輸出するグローバル企業(多国籍企業)です。グローバル企業にとって、国境という概念はあまり意味をなしません。経営者が日本人であるか、あるいはアメリカ人であるかという違いがあっても、営利を追求する彼らが、自国の富を循環する役割を担うとは限らない。というか、自国内だけでは思うように利潤が上げられなくなったからこそ、国境を無くそうとしているわけで。

TPPによって日本のグローバル企業が儲かったとしても、日本にお金を落としてくれるわけではありません。むしろ、その可能性は低いと思う。実際のところ大企業は、大幅なリストラで人件費を削減したり、下請け企業に単価の切り捨てを迫る一方で、莫大な内部留保を抱えています(参考:内部留保をめぐるいくつかの議論について)。

「儲かるところが儲かれば庶民にも金がまわってくる」というのは、TPPに限った話ではなく、安倍首相が提唱するアベノミクスの基本的な考え方です。それは自民党が長年やってきた、公共事業をはじめとする大企業優遇バラマキの手法でもあります。それによって、一億総中流という日本の隆盛がもたらされたのは事実です。しかし時代は変わりました。2013年の現代においては「儲かるところが儲かれば庶民にも金がまわってくる」という前提自体が、お花畑的な幻想、或いは庶民を欺く方便にすぎないとぼくは思います。


先日の日米首脳会談を経て、安倍首相はTPP交渉参加に前向きな態度を表明しました。しかし日米の共同声明によって、どこがどのように「聖域なき関税撤廃ではない」となったのかは不透明なままです(参考:舟山やすえ議員の質疑書き起こし)。はじめから結論ありきの茶番であった感は否めない。

天木氏によれば、アメリカの大手メディアはDemocracy Now!の映像を一切流さなかったばかりではなく、この映像は早々と削除されたらしいです。既政者にとって都合の悪い情報は大手マスコミでは報道されないという構造は、日本もアメリカも変わらないのですね。情報が統制されているということは、逆にいえば、TPPのほんとうの姿が市民に知れ渡ったならば、ロリ・ウォラック氏の言うように「米国や全ての交渉国で市民の反対運動が起きる」かもしれません。

アメリカ市民も知らない・反対するTPP(デモクラシー・ナウ「TPPは貿易協定の衣を着た企業による世界支配の道具」書き起こし)

アメリカ市民も知らない・反対するTPP(デモクラシー・ナウ「TPPは貿易協定の衣を着た企業による世界支配の道具」書き起こし) 2013.03.04 Monday [政治・メディア] comments(0)
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TPPの対立軸

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ニューヨーク在住の映画作家である想田和弘さんが、アメリカの医療保険制度の酷さをツイートしていました。堤未果さんの『ルポ貧困大国アメリカ』でも、格差が拡大化するアメリカの現状は伝えられていましたが、他国の国民がどのような環境に置かれどのような生活を送っているか(政府と庶民の関係)を知っておくことは、現代のようなグローバル時代において大事なことだと思います。

TPPに参加することで、日本の国民皆保険制度が崩れる可能性も否定できないという想田氏の指摘には、ぼくも同感だったので同氏のツイートをまとめました。

TPPによる国民皆保険制度崩壊の危険性 想田和弘氏 - Togetter

これらのツイートが注目されるとともに、想田氏のもとには「根拠のないことを言うな!米国陰謀論だ!」という反応もあったそうです(参考)。

WEB上のコメント欄に首を突っ込むような「政治的」な方々の間では、この手の反応はよくありますし、そのほとんどが“定型的”な批判です。実際にTPPが米国(を牛耳る悪の某)の陰謀なのかどうかはともかくとして、ここで想田さんが危惧している内容に対して陰謀論であるという批判は、批判として的をズレていると思います。とかくアメリカ対日本という構図で語られるTPPですが、ほんとうの対立軸はそうじゃないからです。そもそもTPPへのアプローチを始めたのは日本政府であるという指摘もあります(参考)。

アメリカ国内でも、TPPの認知度は決して高くありません。交渉は極秘に進められているというし、内容を把握しているのはひと握りの資産家だけで、政治家さえもよく分かっていない。約600人の企業顧問はTPP情報にアクセスできるのに、米国の議員はできないとか。“誰が”主導しているものなのか、そこが問題です。陰謀論云々じゃなくて。

詳しい出典はよく分かりませんが、アメリカの市民団体が、TPP草案のリークをもとにその不透明さと理不尽さに対する危機感を伝えている動画を見ました。想田氏をはじめ、日本で指摘されているTPPの危険性とまったく同じベクトルのことを、アメリカの市民団体が指摘しています。(※追記:ニューヨークの独立放送局Democracy Now! の映像だそうです。)



TPPの対立軸は「アメリカ」対「日本」ではない、ということがよく分かります。アメリカ人の多くはTPPについて知らされていないし、庶民がその内容を知ったらとても賛成できるものではないと。
TPPのほんとうの対立軸は、「グローバル企業の利益によって潤う1%の富裕層」対「99%の庶民」なのです。輸出で経済がどうのこうの言っていると問題の本質を見誤ることになります。きっとそうだと思います。

世界規模でいま何が起きているのか。インターネットはそれを想像するための情報の断片であり、編集権は自分にあります。ぼくは、ぼくなりの編集の結果として、世界がそのように見える。たとえばモンサント社は、特許侵害を盾に自国の農家だろうが他国の農家だろうが訴えます。それが遺伝子組み換え種子による彼らの世界戦略だからです(参考)。彼らに「国益」という概念はない。そういう視点で追っていくと、Occupy Wall Street(ウォール街を占拠せよ)という運動の意味も見えてきます。


TPPで儲かると目されているのは大企業、とりわけ、海外(人件費の安い途上国)の工場で部品や製品を作り、それを海外に輸出するグローバル企業(多国籍企業)です。グローバル企業にとって、国境という概念はあまり意味をなしません。経営者が日本人であるか、あるいはアメリカ人であるかという違いがあっても、営利を追求する彼らが、自国の富を循環する役割を担うとは限らない。というか、自国内だけでは思うように利潤が上げられなくなったからこそ、国境を無くそうとしているわけで。

TPPによって日本のグローバル企業が儲かったとしても、日本にお金を落としてくれるわけではありません。むしろ、その可能性は低いと思う。実際のところ大企業は、大幅なリストラで人件費を削減したり、下請け企業に単価の切り捨てを迫る一方で、莫大な内部留保を抱えています(参考:内部留保をめぐるいくつかの議論について)。

「儲かるところが儲かれば庶民にも金がまわってくる」というのは、TPPに限った話ではなく、安倍首相が提唱するアベノミクスの基本的な考え方です。それは自民党が長年やってきた、公共事業をはじめとする大企業優遇バラマキの手法でもあります。それによって、一億総中流という日本の隆盛がもたらされたのは事実です。しかし時代は変わりました。2013年の現代においては「儲かるところが儲かれば庶民にも金がまわってくる」という前提自体が、お花畑的な幻想、或いは庶民を欺く方便にすぎないとぼくは思います。


TPPの対立軸

TPPの対立軸 2013.03.04 Monday [政治・メディア] comments(0)
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TPPに関する日米協議がどのように進展しているかについて 舟山やすえ議員質疑書き起こし

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安倍首相とオバマ大統領の日米首脳会談によって、交渉参加に向けて大きく動いた感のあるTPP問題。マスメディアでの報じられ方によると、まるで安倍首相がアメリカから何かを「勝ち取った」というような印象を受けますが(これとか)、実際のところはどうなんでしょうか。

政権交代した2009年から約1年間農水省大臣政務官を務めた舟山やすえ議員(現在はみどりの風所属。山形選挙区なので個人的に注目しています。)は、当時からTPPの問題点について言及していました。その時に読んだインタビューをもとに、このブログでも2年前にTPPに関する記事を書いています。(過去記事:TPPとまいにちの食べもの

2月27日の参議院予算委員会にて、舟山議員が今回発表された共同声明について質問をしています。先日その動画を見ました。首相が交渉参加へと舵を切る要因となったと言われている今回の日米首脳会談が、ほんとうに何らかの進展を意味するものであったのか、「聖域なき関税撤廃を前提とするものではない」なのか、その疑問点を分かりやすく指摘されていると思ったので、下記にて書き起こします。



参議院予算委員会(集中審議):舟山政調会長より書き起こし
舟山:TPPについて総理にお伺いします。
日米首脳会談におきまして、民主党政権下で得られた情報、状況と何が変わり、どのように事態が進展したのか、つまり今回新しく得られた追加情報と、今までとの状況変化についてお答えください。

岸田外務大臣:今回の首脳会談では、共同声明の内容3点を明示的に確認して、共同声明という文書を発行した。従来もさまざまな二国間交渉、情報収集に務めてきたわけですが、今回は対外的に文書という形で日米の首脳間が確認をした。こういった点が大きな前進であると我々は考えております。

舟山:いまご説明いただきましたけれども、内容は変わっておりません。明示的に文書で確認したと、いうことが大きく違うのだと思っております。
パネル(編注:日米共同声明の全文を記したパネル)をご覧いただきたいと思います。この文書をよく読みますと、赤で色を入れたところがポイントだと思っておりますけれども、(編注:日米共同声明の全文を以下に掲載。パネルの赤色部分は下線にて表記。)
両政府は、日本が環太平洋パートナーシップ(TPP)交渉に参加する場合には、全ての物品が交渉の対象とされること、及び、日本が他の交渉参加国とともに、2011年11月12日にTPP首脳によって表明された「TPPの輪郭(アウトライン)」において示された包括的で高い水準の協定を達成していくことになることを確認する。
 日本には一定の農産品、米国には一定の工業製品というように、両国ともに二国間貿易上のセンシティビティーが存在することを認識しつつ、両政府は、最終的な結果は交渉の中で決まっていくものであることから、TPP交渉参加に際し、一方的に全ての関税を撤廃することをあらかじめ約束することを求められるものではないことを確認する。
 両政府は、TPP参加への日本のあり得べき関心についての二国間協議を継続する。これらの協議は進展を見せているが、自動車部門や保険部門に関する残された懸案事項に対処し、その他の非関税措置に対処し、及びTPPの高い水準を満たすことについて作業を完了することを含め、なされるべき更なる作業が残されている。


舟山:まず、「全ての物品が交渉の対象とされる」ということ、それから「TPPの輪郭」これは当時の参加9カ国で合意したものでありますけれども、「そこで示された包括的で高水準の協定を達成していくこと」、これも以前と変わっておりません。その中身は、「関税ならびに物品・サービスの貿易及び投資に対するその他の障壁を撤廃する」ということであります(編注:TPPの輪郭より)。つまり、関税撤廃と書いてあります。先ほども指摘がありましたけれども、あくまで原則、前提は「聖域なき関税撤廃」なんです。その上で、交渉次第で、最終的な結果は交渉の中で決まっていくものであると。前提は「聖域なき関税撤廃」、その上で、交渉次第で何かが取れるかもしれない、そういったレベルのものでありますので、「聖域なき関税撤廃を前提とするものではない」ということにはならないと思っておりますけれども、何を根拠に聖域が取れたと、「聖域なき関税撤廃が前提ではない」と感じたのでしょうか。

安倍首相:わが党の公約は「聖域なき関税撤廃を前提条件とする以上、交渉参加には反対する」ということでありました。そのことについては、先ず冒頭オバマ大統領に、わが党はそれを公約として選挙を戦い政権をとったという話をしました。そして国民の皆さまとの公約は違えることはできないということもお話をし、6項目について話をしたわけであります。さらに、共同声明における第2パラグラフについてお話をいたしまして、それを文書化していこうということになったのでありますが、そこで出てきたのがこの共同声明でありますが、この共同声明の中において、一定の農産品そして米国には一定の工業製品というように、両国ともに二国間貿易上のセンシティビティが存在するということを認識するということが書き込まれておりますので、これは「一方的に全ての関税を撤廃することをあらかじめ約束することを求められていない」ということでありますから、聖域なき関税撤廃を前提とはしていないと判断したわけであります。

舟山:センシティビティが存在するということを認識するということと、センシティビティを認めますということとは違うと思います。例外品目を認めますとは、ここには一言も書かれておりません。その存在をお互いに認識しましょう、主張はしてもいいです、ということでありまして、それが認められるということは何も書いてありません。総理は、「日本は例外が認められなければ交渉には参加しません」とはっきり表明したのでしょうか。

安倍:要するにですね、交渉の中において、例外となる品目を勝ち取ることができないとなっていれば、それは当然交渉には参加できないわけであります。しかしそれは交渉次第ですよ、ということになれば、参加できるという判断になるわけであります。つまり聖域なき関税撤廃ということは、まったく全て関税を撤廃することはできません、それが参加の前提条件ですよ、ということになれば、参加できません。これがまさに聖域なき関税撤廃であると。私はそうではない、つまり交渉によって例外品目を勝ち得ることも可能であるという認識のもとに、聖域なき関税撤廃ではないという認識に至ったわけであります。

舟山:そのレベルで言えば、民主党政権下でもまったく状況は同じでした。交渉次第で例外は勝ち得ることができたかもしれない、だけどそこの確信が持てないということで、ずっと検討を続けて、最終的には交渉参加に踏み切らずに終わったということだと思っております。最終的な結果は交渉次第だということは以前から書かれておりますし、今回の訪米で総理が初めてその言葉を勝ち取ったわけではなく、状況は何も変わっていない。くり返しになりますけれども、原則前提は聖域なき関税撤廃、その中で交渉次第では何かが取れるかもしれないという程度でありますので、これだけで「大丈夫」「聖域が取れる」「公約が守れる」とはとても言えないということを強く申し上げたいと思います。
そして、共同声明の3パラ目をご覧いただきたいと思います。「TPP参加への日本のあり得べき関心についての二国間協議を継続する」とありますけれども、これは事前協議のことでしょうか。

岸田:「TPP参加への日本のあり得べき関心」という言葉ですが、日本はまだTPP交渉に参加しておりません。交渉参加に関心を持っているということ、関心そのものを指しており、具体的な事項を指しているわけではありません。

舟山:文脈をみますと、これは日本の関心というよりは、アメリカから何を言われているのか、それに対してどういうことができるのか、そういったことの関心ではないかと思っております。中身的には、自動車部門、保険部門といったものが取りあげられておりますが、その他においても非関税措置 日本はどこまでやる用意があるのか、というような文面だと思っております。
さらに大事なのは、「協議は進展を見せている」と書いてあります。そういった関心事について協議がどれくらい進展しているのか。具体的には前政権の時から、自動車について、保険について、牛肉、この3分野については具体的にさまざまな意見交換をしていた、何にアメリカは関心を持っているのか、アメリカの得心を得るためにがんばっているという答えを当時の政府からいただいておりましたけれども、どこまで進展しているのでしょうか。

岸田:ご指摘のように、3パラ目がアメリカの関心事というのはその通りでございますが、内容については従来からも日米間の協議はずっと続けてきました。その協議を今後も続けていくということを確認した部分だと我々は理解しております。

舟山:そこにちゃんと対処をしなければいけないと思うんです。何らかの回答を持たなければいけないということだと思っております。つまり、TPP交渉に入る前に、事前に入場料、何らかの妥協をしなければいけない、何らかの回答をしなければいけない、そういう事前約束がこの3パラ目だと思っております。これはアメリカと他国との交渉の中でよく存在するものでありまして、例えば米韓FTAにおいても韓国では先決事項として協定に入る前に幾つかの件案について事前に要求をのんで、それに応えていくという約束をしているということであります。これはまさに入場料を事前に払うということに他ならないと思っております。聖域なき関税撤廃を前提としておりますし、その他のさまざまな非関税分野に対してもいろんな懸念が残っている、解決しなければいけないことが残っているということで、現段階でTPP交渉参加に対しては断固反対できないということになると思いますが、いかがでしょうか。

岸田:先ほど申しましたように、3パラ目は今までやってきた日米間の協議を引き続き行うという主旨であります。協議を行うということ、対処するということ、これは当然あることだと思います。結論を出すということではなく対処していくということは、協議を続けていく以上、当然ある話だと思っております。

舟山:以上で終わりますけれども、大変な問題を抱えているということがお分かりになったと思います。以上で終わります。


なんだか狐につつまれたような、よく分からないやり取りですが、首相が交渉参加の条件として挙げる「聖域なき関税撤廃ではない」という見解が、根拠の曖昧な一般論によるものであることがこの答弁からは感じ取れます。日本の国会ではおなじみになった「言葉あそび」ですね。植草一秀氏はこれを「言葉の綾をかいくぐる詐欺的手法」であると指摘しています。
超重大テーマのTPPで日本国民を欺く安倍政権 - 植草一秀の『知られざる真実』

まったく同感です。ぼくには、国会に立つ与党の政治家がいったい何を言っているのかほとんど分かりません。

というか、「聖域なき関税撤廃ではない」という条件って、自民党が選挙時に掲げたという6項目のうちのひとつでしかないわけで、その一つですらこのような曖昧な官僚答弁に終止しているような人たちが、あのアメリカ相手に交渉をして残りの5つを守れるとは思えないのがふつうの感覚だと思うのですがどうでしょうか。

ちなみにTPPに関する自民党の公約とは次の6つです。
  1. 聖域なき関税撤廃を前提にする限り、TPP交渉参加に反対する。
  2. 自由貿易の理念に反する自動車等の工業製品の数値目標は受け入れない。
  3. 国民皆保険制度を守る。
  4. 食の安全安心の基準を守る。
  5. 国の主権を損なうようなISD条項は合意しない。
  6. 政府調達・金融サービス等は、我が国の特性を踏まえる。


個人的にはISD条項こそが、モンサント社のやり口にも通じるアメリカ式の世界戦略(植民地化政策)の武器であり、これに合意してしまうと他の5つは簡単にふっとんでしまうくらいの恐ろしいものであると思うのですが(参考)。しかしながら、前の首相はISD条項のことをよく理解していなかったという話もあります。たとえば実際にISD条項が結ばれている米韓FTAを、TPPの前例としてよく分析する必要があると思うのですが(参考)、そういった議論があまりなされているようにも見えない。「交渉次第」と言うけれども、そもそも何を交渉するべきなのかを分かっているのかどうかすら疑わしいのだから、そりゃこちらとしては不安です。

と思っていたら、安心してください。首相からの説明がありました。
首相 条件は聖域なき関税撤廃かどうかだ - NHKニュース

安倍首相によれば、「自民党の選挙公約を正確に言うと、『聖域なき関税撤廃を前提条件とする以上、交渉には参加しない』ということだ。それ以外の5つの項目は、自民党の目指すべき方向を書いてある『Jーファイル』に書かれている。交渉参加の条件は、聖域なき関税撤廃かどうかであり、残りの項目は、最終的に条約として批准するなかにおいて実現していく立てつけになっている」そうです。なんと、残りの5項目は公約ではなかったと。民主党のマニフェストが実現されなかったとさんざん批判していた自民党ですが、なるほど、はじめから公約ではないのならば批判される云われも無いということですかね。

わざわざ「これは公約ではない」と宣言するということは、たとえば国民皆保険制度を守るというのも公約ではないということを念押ししており、守れる自信がないという態度の現れじゃないかと勘ぐりたくもなります。アメリカのような悲惨な状況になる可能性は否定できない。
TPPによる国民皆保険制度崩壊の危険性 想田和弘氏 - Togetter

公約に対するこのような首相の解釈が「詐欺的手法」であるかどうかは、選挙時における自民党のTPPについての態度を思い出しながら、各人が判断するしかありません。ただし、こういう「解釈」をする人たちが、TPPの「交渉」にあたるということも忘れずに。


TPPに関する日米協議がどのように進展しているかについて 舟山やすえ議員質疑書き起こし

TPPに関する日米協議がどのように進展しているかについて 舟山やすえ議員質疑書き起こし 2013.03.01 Friday [政治・メディア] comments(0)
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ザイゲンガーと言う前に、財源のことをきちんと知りたいのですが。

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国の予算に関する話って、素人にはよく分からないことが多いです。ぼくもほとんど理解できていません。今朝もこんな記事を目にしました。

狂っているとしか思えない緊急経済対策20兆円 小笠原誠治 - BLOGOS

もともと数字に疎いのですが、だいたい10兆円だの20兆円だのと言われてもピンとこない人のほうが多いのではないでしょうか。毎日の生活費を必死でやりくりしている身にとってみれば、億とか兆とか言われても、桁が違いすぎて遠い世界の出来事のようにしか感じられません。だからニュースなんかでこういう金額が出てきても、ああそんなもんか〜、とかちょっと多すぎじゃない、ぐらいの曖昧とした感想しか出てこない。

上の記事で問題にしているのは、金額そのものというよりも予算の組み方についてであり、それも知らなかったのでなるほどなあと思いましたが、そもそも実際に日本の国家予算というものがどのくらいあって、それはどこから入ってきたお金で、それが何にどれくらい使われているのかということをどんぶり勘定でもいいから、きちんと把握している人なんて、日本に何人くらいいるんでしょうね。政治家の先生方でさえ実像を把握している人は少ないんじゃないかと思います。

いちおう一般会計というタテマエとしての国家予算は公開されています。
平成24年度一般会計予算(平成24年4月5日成立)の概要 - 財務省

平成24年度の予算はおよそ90兆円だそうです。社会保障関係費(26.4兆円)、国債費(21.9兆円) 、地方交付税交付金等 (16.6兆円)で全体の約7割を占めるとあります。公共事業は4.5兆円です。

安倍政権の言う「緊急経済対策」って、つまり公共事業を緊急に増やすということですよね。それで株価も景気も回復して経済がよくなるんですよと。たしかに一理あります。当然ながら、そのための仕事を作らなければなりません。その場合、公共事業の中身が問題になります。今回は「緊急」という名の通り、持続性のあるビジョンではなさそうです。

民主党は、コンクリートから人へというキャッチフレーズからも分かるように、自民党時代の大型公共事業を見直すという方向性のもとで政権交代を果たしました。それを象徴するのが八ッ場ダムだったわけです。けっきょく民主党は首相の交代とともに政権交代当初の理念を捨て去ってしまい、先日の総選挙における大敗北へと至ったわけですが、民主党の裏切りとは、マニフェストを達成できなかったことではありません。コンクリートから人へという方向性を捨て去ったことです。国民の代表として「やりたいこと」を訴えておきながら、行政側の予算配分内で「できること」しか言わなくなったことです。そもそも予算の割り付けを根本から組み直すのが政治家の仕事であり、民主党の存在意義だったはず。

公共事業=土建事業の意味で使われることが多いですが、公共事業とは本来コンクリート行政だけを指すものではありません。コンクリート行政の見直しとは、公共事業そのものの否定ではない。民主党が言うコンクリートから人へを実現していく過程においては、たとえば社会保障を充実させていく上でも、様々な人手が必要になるし雇用が派生するはずです。従来のように土建屋が儲かる事業だけが公共事業ではないし、公務員を減らせばいいという話でもない。どこにお金をかけるのか、という予算配分のグラウンドデザイン(ある意味では利権の割り振り)を描くのが政治家の仕事です。何のための事業仕分けだったのか。埋蔵金はけっきょく無かった、で終わりなんでしょうか。

その総括が何もなされていないまま、政権は自民党に戻り、いま「緊急経済対策」です。自民党の考える経済対策というのは、自分らが昔取った杵柄である、コンクリート型のハコモノ行政を大々的に打ち出しますよと。当然ながら、そのための仕事を作らなければなりませんから、オリンピック誘致などが必要になってくる。公共事業を捻出するために、ほんらい必要ではないものをわざわざ作り出すのではという胡散臭さを、ぼくは感じてしまいます。地方の誰も来ないような場所にやたら立派な建物が閑散と佇んでいる光景をよく見ますが、これは天下り法人や天下り会社が作られる過程とまったく同じ、官僚主導の発想です。官僚主導であるからこそ、財源は魔法のように出てくる。

今回の補正予算の歳入内訳(つまり財源)について解説されている方がいました。

世に倦む日日さんのツイートより
大型補正のニュースでテレビには出ないけれど、要注意は財源ですね。13.1兆円のうち、建設国債で5.2兆円、つなぎ国債で2.6兆円、そして何と剰余金で5.3兆円も充当している。つなぎ国債というのは赤字国債。剰余金は特別会計からの繰り入れだ。http://p.tl/Z1CT

官僚は「赤字国債を発行」と言いたくないから、姑息な詭弁で「つなぎ国債」と言い換えている。しかし、それ以上に重大なのは剰余金の5.3兆円。昨年度の税収の12%分ですよ。こんな巨額のカネが手品のように国庫(特別会計)から出て来る。10月にIMFに4.8兆円拠出したばかりなのに。

この補正で、基礎年金穴埋めの2.6兆円を「つなぎ国債」で財源充当したのは、意味がある。社会保障は必ず赤字国債で埋め、それは消費税増税で埋めるという官僚の鉄則があるからだ。本当はこれだって「剰余金」で財源充当していい。わざと「つなぎ国債」(=消費税償還の赤字国債)にしている。


え〜と、国債のしくみさえもよく分かっていないので、赤字国債とかつなぎ国債とかちんぷんかんぷんなんですが、「特別会計」から5.3兆円というのはちょっと見逃せません。この方が指摘するように、安住前財務相がIMFに4.8兆円を拠出したのは記憶に新しいところ(参考)ですが、こういうお金がぽんぽんと気前良く出てくる。いったいどこから。

日本の国家予算というものが、一般会計を上回る額を擁する「特別会計」というブラックボックスで成り立っていることは、政権交代の5年前、当時は野党であった民主党によって明らかになりました。国の予算の一部である特別会計は、専門家でもよくわからない仕組みになっており、それまで一般の人の目に触れることは殆どなかったそうです。国民の目には見えないブラックボックスに入っていたほうが、お金を管理する側の都合でやりくりできて便利ですね。

特別会計とは

このことをはじめて世に問うたのは、民主党の衆議院議員であった石井紘基氏です。同氏は、2002年の国会で「一般会計・特別会計・財政投融資から重複部分を計算したうえで、日本の年間歳出(国家予算)は約200兆円相当あるのではないか」と指摘しました。特別会計の闇を暴き、それによって支えられている天下り会社を整理しようとしていた彼は、その意志半ばにして刺殺されています。事件の真相は解明されていません。興味のある方はおググりください(こちらのドキュメンタリー映像など分かりやすいです)。


つまるところ、「財源が無い」というロジックは嘘とは言いませんが、事実を正確に伝えているとは言い難いと思います。「財源が無い」から増税、というのはあまりにも安直すぎます。安直な一般論に支えられて、たぶんこのまま消費税増税がなされるでしょう。しかし、それによってどれだけ社会保障費が充当されたのかという、国家予算の歳入と歳出の抜本的な検証はなされないでしょう。

鈴木東四郎さんのツイートより
公共事業の財源に建設国債をあててもマスコミはザイゲンガーって言わないのはどうしてですか?
あれだ、民主党も子ども手当の財源に子ども手当国債を発行すればよかったのかな?


端的でありながら、非常に核心を突くツイートだと思います。

「緊急経済対策」に10兆円をかけても、マスコミは「財源が無い」とも「バラマキ」とも言わない。けれども、当初の満額案で予算5兆円(実際には半額スタート→三党合意で2.2兆円)の子ども手当は「バラマキ」だと言われる。なんのことはない、マスコミは土建屋とか財界の味方なんだなあという話です。


稲葉剛さんのツイートより
減税や控除は特定の層への利益供与に他ならないのに、なぜか日本社会では問題視されることがない。一方、子ども手当や生活保護などの現金給付は常にバッシングの対象になる。そのカラクリにそろそろ気づこうよ、と声を大にして言いたい。


政治家の仕事とは、どこにお金をかけるのか、という予算配分のグラウンドデザイン(ある意味では利権の割り振り)を描くことです。マスコミだってどこかの利権に所属しています。もちろん、ぼくも、あなたも。民主党は、庶民の利権を増やしますと言ったんです。「国民の生活が第一」とは、国民の生活に直結する予算配分を増やすということであるはずです。子ども手当をやるのにお金がかかるのは当たり前で、どこから拠出するのかというのは、どれだけやる気なのかという問題です。だってIMFには4.8兆円も拠出できるのですから。

石井紘基氏が先鞭をつけた民主党の戦略。それはいまでも有効だと思います。官僚主導から政治主導への転換にとって、最大の砦は財務省なんですね。しかし政権交代した民主党に、石井氏の意志を継ぐ人がどれだけいたのか。事業仕分けも先細りし、子ども手当も財源問題に収束してしまった今となっては、石井氏の理念だけが喧騒され、実際には予算の組み替えに本気で取り組んでくれる人はいなかったのではないかと失望の念を感じざるを得ません。(前衆議院議員の中村てつじ氏は『財務省の罠』という冊子で、日本は財政危機ではないと述べています。こちらも読んでみたいです。)

いずれにしても、どこかで聞きかじったうやむやな根拠をもとに「バラマキダー」「ザイゲンガー」と叫ぶよりも、まずは日本の国家予算についての本当のところを知りたいとぼくは思うのですが、どうやって知ればいいのかも分かりませんし、数字は苦手だし、闇に切り込んで調べ尽くすだけの気概もありませんので、誰かやってくんないかなあ。


ザイゲンガーと言う前に、財源のことをきちんと知りたいのですが。

ザイゲンガーと言う前に、財源のことをきちんと知りたいのですが。 2013.01.11 Friday [政治・メディア] comments(0)
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第2次安倍内閣発足に際しての自戒

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まもなく安倍内閣が発足し、閣僚をはじめとする人事が発表となります。入閣が固まった人物名が一部報道に出てきていますけれども、各大臣の経歴・実績や人物像をぼくは詳しくは知らないので、自民党憎しの感情を憂さ晴らしするために、今回の人事についてあれこれ揶揄するのはできるかぎり(できなかったらすみません)止めにしておきたいと思います。

内田樹さんのツイートより
ある新聞社から「安倍内閣のネーミング」をお願いしますという電話依頼。そういうのはお断りしていますとお答えしました。名前は一種の「呪」です。否定的な含意を持つあだ名をつけることは政権が短命であり、失政が多いことを望むことと同じです。僕はひとりの日本人としてそれを望みません。
選挙が終わったあとの有権者がなすべきことは、新たに出発する政権ができるだけ賢明で有徳な人たちによって組織され、適切な政策を実施することを「願う」ことだと思います。その蓋然性がどれほど低くても。


まあ、なかなかこうは思えないですけどね。自分が支持しない理解できない相手を揶揄して憂さ晴らしたいという中二病がぼくの中でもうずうずします。内田さんだって、安倍内閣に好意的な印象を抱いてはいないだろうし、だからこそ自戒を込めてこう言っているんだろうなと思いますけれども、それでも納得です。

民主主義とは単なる多数決ではありません。橋下市長が展開する理論によれば、多数決で勝った方が正しいのだから勝った方が好きに立ち振舞う、まずはオレにぜんぶ任せてみろよ、という話になりますが、それは民主主義ではない。物事の決定は多数決かもしれないけれども、多数派は少数派の意見にできるかぎり配慮するというのが、民主主義の根底にある考え方のはずです。

野党の立場にある時は、舌鋒鋭く与党の問題点を指摘できるというのは構造上当然のことなんです。野党は少数派の意見を代表していればいいのだから。ところが政権交代が起こって、野党が与党になった時、もともと野党だった人たちはその支援者だけを顧みればよいという立場ではなくなります。配慮すべき方面が格段に増える。これは必然です。だからこそ政治には定期的に政権交代が必要なんですね。

アメリカの大統領選にしても、選挙期間中は、民主党は民主党支持者に向けて、共和党は共和党支持者に向けて、各候補者は政策を訴えます。だから言葉はクリアカットになるし、それでお互いの相違点が見えてくる。ところが、オバマが大統領という立場に立ったその瞬間から、彼は民主党支持者だけの代表ではなくなります。約半数近くの共和党支持者を含めたアメリカ国民全体のリーダーになる。当然、多方面に配慮する必要が出てくるし、言葉もクリアカットではなく含みを持たせたものにならざるを得ない。おそらくは誠実であればあるほど、そうならざるを得ない。

オバマの4年間で何も変わらなかった、がっかりだ。という声もよく聞きますが、政権が変わったからといって、そんなにいきなり変わるわけはないんです。それでも、ゆっくり少しずつだとしても、確実に変わっているはずです。日本の民主党もそうだったはずです。丁寧に見ていけば、変わった点や良かった政策もありました。ひとつひとつの項目を精査することなしに、ある種のイメージ付けでぜんぶ一緒くたにして「ダメだった」と言ってしまうのは、およそ賢明ではありません。それと同じことは、これからの自民党政権にも言えるはずです。


安倍内閣を何かしらのネーミングでもって「分かったつもり」になることは、けっきょく鳩山政権を潰した「実体のない民意」と同じです。お互いにどこかで譲歩しない限りは、「多数決が善」という名の独裁に近づいていくだけです。もちろん、だからといって、ただ漫然と「願う」だけじゃダメだろうとも思います。

今回閣僚に選ばれた人が過去にどういった言動をしてきたのかを知ることは、単なる「ネーミング」で憂さ晴らしをするのとは位相が違います。そこから、これから出てくるであろう各大臣の発言の「背景」を推測することができます。ある政治家の発言や行動の「背景」は、テレビや新聞は教えてくれません。教えてくれるかもしれないけど、利権によって雁字搦めになっている。だから自分で推測するしかありません。

環境相兼原発担当相に石原伸晃氏という組閣案を聞くと、過去に脱原発の動きを「集団ヒステリー状態」と言い、福島第一原発を「サティアン」と言ったという事実は、どうしたって忘れられない。テレビはそんなこと思い出させてくれないでしょうが、そういう過去の言動は(その後謝罪や訂正があったのかも含めて)、ねちねちとしつこく覚えておいたほうがいいと思います。なんでもすぐに忘れてくれて、頭ぱーぷりんな奴らが多数派であればあるほど、為政者にとっては都合がいいのですから。

ぼくらが政治家を批判すべきは、ネーミングや顔やヘアスタイルといった「イメージ」ではありません。彼らがこういった発言をした、こういった行動をした、という「事実」を踏まえて、その点をもって粛々とねちねちと批判すべきです。だから、(不正選挙という噂もありますが)民主主義的な手続きで勝利した自民党を、まだ政権が発足する前のいまの時点で批判したり揶揄したりするのはちょっと性急ではないかと思います。

野党時代の、極右化(というかネトウヨ化)した自民党の姿があたまにあるので、来る自民党政権に危機感を抱いているのは、ぼくもそうです。全くもって恐ろしい。けれども、だからこそ、すがるような気持ちで、内田さんの言葉を思い起こしたいと思うのでした。
政権与党は、支持者だけの代表ではない。長年与党を担ってきた自民党はそのことを知っている為政者であると願いたいです。(…とはいえ、「決断する政治」とか言って、財界ばかりを配慮し、庶民の側をぶった切るという前例を野田さんが作ってしまったわけですけれども。)

たぶん安倍さんと言えば多くの人にとっては、「お腹をこわして辞めた人」という印象しかないのではないかと(ぼくはそうでした)。それを揶揄して、人間性に問題があると言うのは簡単です。だけどそれじゃまた人が入れ替わるだけで何も変わらない。安倍さんが首相当時にどういった言動を残して、どういった法案を通し、なぜ辞職して、そしてなぜいま再登板するのか。それらを考えなければならないと思います。地味だし面倒だけど。

為政者が適切な政策を実施することを「願い」ながら、危機感を懸念として携えこれからの政権をウォッチングする。ものわかりのいい大人になりたいとも思いませんが、批判のための批判にならないようにという自戒を込めて(批判のために事実を捏造するようになったら逆に相手を利する結果になりますから)。なかなか難しいことですが、政権交代可能な代議士制民主主義を今後も続けていくのであるのならば、それくらいの対価は必要になるのでしょうね。もう政権交代なんかこりごり、あとは自民党にお任せ、で済む話ならば、それはそれでラクなんですけどね。


第2次安倍内閣発足に際しての自戒

第2次安倍内閣発足に際しての自戒 2012.12.26 Wednesday [政治・メディア] comments(0)
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事実上のミサイル

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北朝鮮が打ち上げたものは「ミサイル」なのか「ロケット」なのかで、なんだか揉めているようです。呼び名でその印象はだいぶ違ってきますね。日本のメディア上では「事実上のミサイル」という呼び名が定着しているようです。

毎日新聞のこの記事には
北朝鮮が「人工衛星打ち上げ」と称して事実上のミサイルを発射
と書いてあります。「○○と称して、事実上の××を」って言われると、詐欺師がすごい悪だくみをしているような印象を受けます。あの北朝鮮ならやりかねない、という先入観もあります。

赤木智弘さんのツイートより
「事実上のミサイル」って、日本のみならず、どこの世界のロケットだって「事実上のミサイル」だよ。北朝鮮だけがロケット=ミサイルじゃないから。


ロケットとミサイルの技術的な違いなんて、事実上は無いみたいなものなんですね。先端に何を載せるかという問題で、核弾頭を載せれば核ミサイルの発射だし、衛星を載せれば人工衛星の打ち上げになる。

で、発射された北朝鮮の「事実上のミサイル」ですが、その後、人工衛星を周回軌道に乗せることに成功したそうです。

北朝鮮「人工衛星」は軌道を周回 米軍当局が確認 - 47NEWS

或いは、弾頭の有無は関係ない。ロケットを飛ばす技術があるということを対外的に示すことで、金正恩体制の軍事的な実力を誇示することが目的なのだという見方もあります。その通りだと思います。実用的ロケットが軍事的ミサイルに化ける可能性はどこの国だとしてもあり得る。疑いだしたらきりがないということだし、北朝鮮なら疑われてもしょうがないとも思う。

ただし、そのことと、事実を正確に伝えることはまた別のはなしだと思います。海外のメディアは、「ミサイルに転用可能なロケット」という今回の事実に即した呼び方をしているそうです。衛星の打ち上げが軍事力の誇示のためであることを分かった上で、いたずらに騒ぎ立てる必要はないというのは大人の対応だと思います。にもかかわらず日本のメディアでは、「人工衛星と称した事実上のミサイル」という呼び名を変えずに、厳戒態勢であるかのような報道が続いています。

北朝鮮が「ミサイルに転用可能なロケット」を打ち上げた、という報道でも十分に危機感は伝わると思います。ぼくたちには「あの北朝鮮」という先入観があるわけだから。何をしでかすか分からない近隣国に対して警戒を怠らないという姿勢はたしかに必要だと思う。

けれども、事実に即した呼び名を使わずに、「事実上のミサイル」という呼び名を使い続ける日本のメディアには、単なる国防意識だけではない、なんらかの意図を感じてしまいます。各社とも「事実上のミサイル」で横並びなのですが、示し合わせでもあったのでしょうか。北朝鮮のミサイルよりも、むしろそっちのほうが怖い。

渡邊芳之さんのツイートより
これもけっきょくいつもの話で自分たちに都合のいいものはロケットで都合の悪いものはミサイルということなんだな。


小田嶋隆さんのツイートより
「事実上のミサイル」という言い方の根拠は、「料理人が持ってれば包丁だけど、暴漢が振り回してれば兇器だよ」ぐらいな理屈で、つまり、語られているのは、包丁自体についてではなくて、持ち主の性質についてなわけですね。


あいつは悪そうな奴だと言って警戒するのと、あいつは悪そうな奴だからと言ってまだやってもいない罪をでっちあげるのはぜんぜん別のはなしです。推定無罪という近代司法の原則を知ってか知らずか、罪状が確定する前から「容疑者」と称しておどろおどろしいBGMやナレーションで事実上の犯人扱いをするワイドショーの犯罪報道も完全に印象操作に当たります。

折りしも数日後には衆議院の総選挙が控えており、自民党が過半数を超える見込みという世論調査が流されています。その自民党は、改憲と国防軍を掲げて近隣諸国に毅然とした態度で立ち向かうことを表明しています。

「人工衛星と称した事実上のミサイル」がニュースを賑わすことによって、人々の国防意識が高まるのだとしたら、自民党にとっては追い風です。ニュースがショッキングであればあるほど、争点だったはずの原発問題も吹き飛んでしまいます。なにより、選挙の直前にこのようなニュースがあればどうしたって気分は浮き足立つ。冷静な思考ができにくくなります。偶然というにはあまりにも出来すぎのタイミングに、いろいろと勘ぐってしまい妄想が膨らみます。

前回の記事で、日本の右傾化を決定付けているのはマスコミの誘導に依るところが大きい、と書きました。多数の日本人は国防軍など望んでいないはずなのに、多数の日本人は今回の選挙で自民党に投票するでしょう。「日本は右傾化している」という“錯覚”が、日本の右傾化を“現実”のものにしていくのではないかと危惧しました。

今回の報道にも同じような煽り報道の危険性を感じるのです。北朝鮮がどうのこうのという問題とは、まったくの別問題のはなしで。「事実上のミサイル」ばかりを取りあげていたら、そのうち「事実上の戦争」が始まってしまう可能性はなきにしもあらずでしょう。そうなったら、巻き込まれて事実上の犠牲になるのは、威勢良く吠えている政治家や気前良く出資する大企業ではなく、社会的に弱い立場にいる人たちです。未来の子供たちです。

世論調査と称する事実上のプロパガンダの通りに自民党の議席が過半数を超え、維新の会と称する事実上の自民党(石原慎太郎)が自民党とくっついて、改憲と称する事実上の廃憲が行われることで基本的人権は蔑ろにされ、集団的自衛権と称する事実上の戦争がはじまる。そんなクソみたいな妄想が、事実上のものとならないことを祈るばかりです。

事実上のミサイル

事実上のミサイル 2012.12.13 Thursday [政治・メディア] comments(0)
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Japan Moves Right

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アメリカのニュース情報誌『TIME』12月号の表紙に、どきっとするような見出し。



"Japan Moves Right"
同誌が、日本のことをこのように表現するのは、戦後史で初めてだとか。

そりゃそうですよね、平和憲法を改憲して国防軍を持つと主張している自民党が、次期選挙で過半数を超える勢いという「世論調査」が連日テレビや新聞のニュースを賑わしているんだから。

実際に日本に暮らしていると、大手メディアの報道と自分らの生活がいかに乖離しているかを実感するわけで、インターネット上ではリテラシーの高い人たちは、「世論調査」という名の独自調査がいかにデタラメなものであるかを知っています。

けれども、海外に住む人たちからしてみれば、日本の大手メディアが発する情報を見て、日本の現状を認識するのは当たり前なわけで。大手メディアがこぞって「自民党の圧勝」を喧騒し、改憲や国防軍を訴える安倍総裁の姿を伝えるのだから、それを見る海外の人たちから「大多数の日本人が、改憲や国防軍を支持している」と認識されてもしょうがない。

もしぼくがいま外国人で、息子が日本に留学したいと言い出したとしたら、「やめとけ」と言うでしょうね。ただでさえ放射能を垂れ流しているのに、改憲や国防軍で他国を挑発しようとしている、そんな危険な国に関わるのはやめとけと思う。ちょうど多くの日本人が中国や北朝鮮に対してそう思っているのと同じように。

海外諸国から、そのような国だと思われるということが、とても危険なことだと思います。実情はどうあれ、「そう思われる」ということ自体が。



ところで、日本はほんとうに右傾化しているんでしょうか。

自民党が右傾化したのは間違いないし、維新の会が目立っているというのもそれに拍車をかけているのは確かです。それはそれとして、「国民感情」として、日本はほんとうに右傾化したんでしょうか。

だって、2009年の衆院選で自民党が行ったネガキャン(日教組や自治労が日本を侵略するとかなんとか)は有権者から総スカンだったはず。民主党の中道左派的な政策が広く支持を集めて政権交代が起こったのではなかったでしょうか。それがわずか3年あまりで瓦解し、リバウンドとして極右的な感情が高まっているのだとしたら、それはどこでどう増幅したんでしょうか。

ほんとうは、日本は右傾化したというよりも二分化したのだと思います。原発事故や、尖閣・竹島をめぐる報道、それから格差の固定と貧困の拡大によって、日本国内に暮らす人たちは分断され二分化した。原発をめぐる議論も、両者の間には交わることのない溝があります。格差や貧困の拡大は、ぼくたちの生活を分断しました。富裕層も貧困層も、お互いの気持ちなんて分かりっこないし、分かろうともしない。

けれども、いまは極右的な声だけが(決して多数だとは思えないのですが)大きく聞こえます。でもなぜ大きく聞こえるのかが不思議で。原発をめぐる議論でも、脱原発を望む声が多数派だったはずなのに、いつのまにか立ち消えてしまいそうになっている。じゃあ脱原発を望む人たちが減ったのかというと、ぼくはそうは思いません。

日本の右傾化を決定付けているのは、マスコミの誘導に依るところだと思います。「民主もだめだたし、今回はなんとなく自民かな」くらいの気持ちで自民党を支持している人は、たぶん自民党が主張している改憲案の内容なんて知らないのでしょう。マスコミも伝えないし。もし、池上彰さんが自民党の改憲案をきちんと解説してくれたら、誰も自民党に投票なんてしないと思います。大衆は「無知」であっても、そこまで馬鹿ではない。

(人権だの国民主権だの、難しいことはよく分からないという人もこれくらいは読んでおいたほうがいいと思います→自民党の西田昌司と片山さつきが、国民主権と基本的人権を否定してしまいました - Togetter


維新の会はもうすでにインチキがばれて尻すぼみになりつつあったし、自民党の復活なんてマスコミのやらせです。でもマスコミの報道によって、対外的には「日本は右傾化した」と見られます。対外的に「日本は右傾化した」と見られるということは、日本は右傾化したに等しいのではないかと。

だって、日本に暮らしているぼくだって、日本が右傾化していくような空気を感じるのだから。でもそれがマスコミ主導のものであるならば、なんか錯覚してるだけじゃないかという気もするのです。多数の日本人は国防軍など望んでいないはずだと。

しかしながら、「日本は右傾化している」という“錯覚”が、日本の右傾化を“現実”のものにしていくと考えると、なんだか空恐ろしい気分になるのです。



少しだけ歴史に学んでみましょう。
右傾化する日本を、戦前のドイツになぞらえる意見がぼくのTL上には散見されます。

pingaさんのツイートより
高校世界史で戦前のドイツについて習いましたが、橋下氏が台頭してきた時に、状況が似てる気がして、以来警戒感を抱いてきました。でもまさかヒトラー役が安倍氏、ナチス役が自民党になるとは思いませんでした。選挙が怖いです。


ナチスドイツなんて、遠い昔の悪夢だと思っていました。世界史の授業はほとんど居眠りだったので、手塚治虫の『アドルフに告ぐ』を読んだ程度の知識しかありませんが、悲惨な歴史だと思う一方で、自分らには関係のない狂気の世界の話だという前提がありました。けれどもよく考えてみると、当時のドイツ国民の大多数が狂気に取り憑かれていたという前提には無理があります。昔の人は馬鹿だった、で片付けるのはちょっと乱暴です。

ナチスが政権を掌握する背景には、メディアを利用したプロパガンダ(大衆操作)が大きく影響したと云われています。

政治宣伝解説ページ - MASSIVE BLEEDING MASSACREより
ムッソリーニ、レーニンが戦闘的武装集団による暴力的な手段で政権を奪取したのに対して、アドルフ・ヒトラー率いるナチは、党宣伝部長ヨーゼフ・ゲッベルスをはじめとして、宣伝、大衆動員法を知り尽くした者たちによって、選挙で合法的に政権を獲得したのである。これらの少数のエリートによっていかに大衆が操作されやすく、また簡単に大衆が操作されうるかということを実証した歴史的にも忌まわしい事件であった。


ゲッベルスは、「19世紀は新聞であったが、20世紀はラジオである」と公言し、外国放送は聞けない「国民ラジオ」を大量生産させ、安価で購入できるようにしました。民を扇動するうえでラジオは欠かせないことを理解していたわけです。現在のCMでも用いられている、『メッセージ開始後3秒間にジングル音などで人の気をひきつけ、その後本題を流す』という技法はゲッベルスが開発したそうです。(出典元

地デジ普及のためにエコポイントという税金を投入し、テレビ画面に映し出されるワンフレーズや、イメージだけで投票させてしまう日本の選挙は、まさにゲッペルスの手法と酷似しているようにも思えます。テレビは自民党の改憲案を詳細に伝えず、自民党が過半数を超えるという「世論調査」ばかりを流します。まだやってもいないのに、まるで既成事実であるかのように。「嘘も100回言えば本当になる」というのもゲッペルスの言葉だそうです。


もういちど繰り返しますが、多数の日本人は国防軍など望んでいないはずだとぼくは思っています。けれども、多数の日本人は今回の選挙で自民党に投票するでしょう。自分の暮らす「生活」と、「投票行動」が乖離してしまっていることに、たぶん自分でも気づいていないのです。あるいは、「どうせ何も変わらない」「支持したい政党が無い」という理由で投票に行かないという選択は、けっきょく多数派(今回は自民党)に白紙委任しているのと同じであることも知らない。

そうやって日本は右傾化していくのだとしたら…。

想田和弘さんのツイートより
ナチスは一度も議会で過半数を占めたことがなかったそうだ。それなのにああなっちゃったんだからな。


石井としひろさんのツイートより
ヒトラーのナチス党は、全有権者から見た「絶対得票率」では過半数を超えなかったのです。ただ、投票に行かない無効票を除いた得票では過半数を超えていました。言い換えると、選挙に行かない無関心層が、ヒトラーやナチスというモンスターを作りだしたのです。


いまの日本の政治に感じるのはまさにこういう違和感です。決して民意ではないものが、一部の政治家やマスコミによって対外的に示されることで、「日本はそういう国だ」と思われる。そして、「そう思われる」ことで、「現実にそういう国になる」。そんなSFみたいなことが本当に起こり得るのかもしれません。



Japan Moves Right

Japan Moves Right 2012.12.12 Wednesday [政治・メディア] comments(2)
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選挙の曙光

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毎日めまぐるしすぎて、訳わかんなくなりますね。選挙。
政党の乱立によるバタバタで、誰が何を言っているのかも情報が錯綜しているような状況で、あたまがパーになっていませんか。ぼくはなっているので、これ以上ならないように、自分なりのあたまを整理するためにこうして書いていますが、なにぶんあたまがパーになっているものでパーな点があることはご了承ください。

いくら自民党が金属疲労で狂っていても、ネット調査で国民の生活が第一の支持がダントツでも、選挙区に候補者が立たなければ選びようがない。いくら「脱原発」を望んでも、小選挙区制のもとでは、死に票と分かりながら投票したり、望まない候補者に投票せざるを得ない人もいる。それって、一票の格差どころの話ではない。

ということを前回の記事で書きました。そんなクソみたいな選挙なんか来なければいいのに、と思っていました。考えれば考えるほど、暗鬱とした気分にしかならなかった。ネトウヨ化した自民党が政権執って、石原慎太郎が代表の維新が躍進だなんて、ほんと日本終わるわ〜と悶々としていたところ、唐突な感じではありますが、「脱原発」を旗印にした新党が立ち上がるとのニュースが。

嘉田新党、生活・みどり・脱原発と連携も 第三極二分化 - 朝日新聞

今回の選挙をめぐる報道に違和感を覚えている人は多いと思います。その受け皿が無いことも。そこに危機感を感じ、日本の未来(子供たちの将来)を憂う大人たちがちゃんと存在して、こうしてなんとかしようと歩を進めてくれることに対して、素直に嬉しく思います。さらに現段階で、国民の生活が第一、みどりの風、減税日本・反TPP・脱原発を実現する党、との合流も含めた連携を模索しているとのこと。これは朗報ですよね。

選挙は数とカネです。小選挙区制という現行のルール上で戦う以上、これはどうしようもない現実。いくら崇高な理想を持っていて、能力も人格もすばらしくても、カネが無ければ選挙には出れない。よしんば選挙に勝ったとしても、数が少なければ国会での存在感は弱まる。発言権を増すために連立を組むという手段もありますが、度を超えた連立で政党政治の根幹が崩壊したことも過去何回かあるようです。

いくらネット調査で国民の生活が第一の支持がダントツでも、小選挙区では自民党が多数を占めるという現実が待っています。だから、「脱原発」を実現していくためには、選挙で勝つための「選挙協力」が必要になる。「脱原発」を旗印にして小規模な政党が結集し、選挙協力をすることで、小選挙区において自民党に対立する候補者を立てることができる(民主党は第二自民党なので対立軸にはなりません。維新も同様)。そうすることではじめて、有権者は「原発」を争点にした対立軸で、選択できるようになります。

だから、この新党結成と「脱原発」を旗印にした合流は、「脱原発」を支持したいと願う有権者にとっては朗報だと思うのです。国民の生活が第一はマスメディアに黙殺されている状態なので、話題になるだけでもいい戦略だと思う。これですなわち自分の選挙区に候補者が立つとは限りませんが、「選挙に強い」という小沢氏の手腕にちょっとだけ期待しちゃいます。

そして願わくば、今回の「原発維持」と「脱原発」という対立軸が、ほんとうの意味での政党政治が日本に根ざしていく発端になることを期待します。ぼくたちは、各々が自分の家族と自分の暮らしからの実感に基づいた、各々の価値観でもって、各党の政策を比較検討すること。選挙のしくみとしては、マジョリティからマイノリティまでの受け皿としての選択肢が確保されること。そこを踏まえた上でなければ、カタチだけの二大政党制があってもおそらく機能しません。

「原発維持」と「脱原発」という対立軸は、そのまま「TPP推進」と「反TPP」、「消費税増税に賛成」と「消費税増税に反対」、すなわち「大企業優遇の政策」と「国民の生活が第一の政策」という対立軸にも移行していくはずです。「保守」と「リベラル」という区分はあまり意味をなさなくなりましたが、ざっくりと大きな方向性としての左右の軸は政党政治が機能するための対立軸としてあるべきだと思います。

堀 茂樹さんのツイートより
現実的な議会主義中道左派と、理性的でモダンな環境保護派が共同戦線を組むのは、ヨーロッパでも、ネオリベや極右に対抗する王道です。


そういう意味では、今回の新党がたとえ選挙で多数派とならなかったとしても、今後何十年か先の日本の政党政治が機能していくための布石となるのであれば、それは意義があることだと思うのです。曙光であると思うのです。民主党だって、発足して政権を執るまでは何十年もかかったわけです。ある政策の成果なんて数年で結果の出るものではないし、こんながんじがらめの選挙制度なんて、ちょっとずつしか良くならないでしょう。

だから、ぼくらは、「子供たちが選挙権を得る頃には、もう少しマシな制度にしてあげたい」という視点で、その種を撒き続けるしかないのかもしれません。



選挙の直前になると、各党の政策を「分かりやすく」まとめた表やチャートがいろんなメディア上に出てきます。ひとつの参考にはなるかもしれませんが、あんなものをアテにして投票していたら、埒があきません。選挙向けの美麗字句が並ぶし、橋下氏のようにころころと言うことが変わる人もいます。じゃあ何を信じて、何を基準にして選べばいいのか。

震災後、2年間も見てきましたよね。民主党がどうだったか。自民党がどうだったか。党内のこの人はどうで、この人はどうだったか。自分が見てきたそれらの蓄積を信じるしかないと思います。きちんと見てきたならば、選挙前に掲げられた「脱原発」が、どういう文脈で出てきたものかぐらいは分かりますよ。橋下氏の「脱原発」が嘘っぱちだなんてことは、石原氏の明言を待つまでもなく分かる。もちろん今回「脱原発」のもとに集った人の中にだって、選挙向けに「脱原発」を謳ってるだけの候補者もいるかもしれません。それは、これから注視していくべきでしょう。嘉田さんという人がどんな人物であるのかも、ぼくはまだよく分かっていません。



最後に蛇足かもしれませんが、左右軸という観点から、民主党による政権交代を振り返ってみます。もともと民主党は寄せ集め集団であったことは間違いありません。自民党による一党支配長期体制を壊し、政権交代のできるしくみをつくるという目的で集まった人たちなので、保守寄りの人もリベラル寄りの人も混在していました(それはかつての自民党もそうでしたが)。政権交代後にその野合ぶりが顕在化し、党内が対立したことが民主党崩壊の原因です。

大事なことは、民主党が政権交代を果たした2009年の選挙で何を言っていたかという点です。そのすべてを検証する労力はありませんのでざっくりまとめると、鳩山政権は「コンクリートから人へ」というコピーに表されているように、「大企業優遇の政策」から「国民の生活が第一の政策」への転換を謳っていたはずです。

「富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が浸透する」というトリクルダウン理論が、従来の自民党型コンクリート政治の基本でした。だから庶民はとにかく景気を良くしてほしいということを「お上」に願い、お上はハコもの行政でそれに応えた。世界に誇る工業技術が高度経済成長をもたらし、一億総中流という夢の時代を築きました。しかしそれも、グローバル化と新興国の台頭により次第に先細っていきます。低迷する日本経済にテコを入れるために、小泉政権が打ち出したのが「規制緩和」でした。これは、トリクルダウン理論をさらに押し進めるという考え方で、新自由主義(ネオリベ)と呼ばれています。実際には、小泉政権が打ち出したというよりも背後のアメリカによる思惑だったようですが。小泉構造改革の結果、富める者は富みましたが、その富が循環することはなく、格差が拡大しセーフティネットは瓦解していくというまっただ中に現在のぼくらは居ます。グローバル化に伴う規制緩和とは、その結果としての富める者が必ずしも自国に住む者であるとは限らない(むしろ逆)ということを証明しました。(そのことが分かっているのにTPPに乗り込もうとするのは愚策だと思うのです。)

鳩山政権の登場とは、政策的には、小泉政権以降の新自由主義路線へのカウンターカルチャーだったはずです。有権者は投票で「コンクリートから人へ」を選択したはずなのです。子ども手当も、高校無償化も、八ッ場ダムの中止も、すべて「大企業優遇の政策」から「国民の生活が第一の政策」という指針に沿ったものだったはずです。国民の主権を尊重し、弱き者が手をたずさえて生きることのできるような、そんな方向を向いていたはずです。国民の主権が尊重されるということは、それと同時に、有権者は政治のことはお上に任せっきりという依存体質から脱却することをも意味していました。自分のあたまで考え、自分で行動し、参加する。それが「新しい公共」であり、裸踊りになるはずでした。個別補助金を廃止し、自主財源として地方自治体に一括交付するという案も、地方の自立を指すものです。そして有権者が自分のあたまで考え、自分で行動し、参加するために、民主党は徹底した情報開示を行うはずでした。事実、鳩山氏は憲政史上初となる首相会見のオープン化を実現しています(過去記事)。

しかし普天間問題で鳩山氏が退陣してからの民主党は、まったく別の党になってしまいました。アメリカに楯突いて退陣に追い込まれた鳩山氏の様子を見ていた菅氏はすっかりアメリカのYESマンと化し、オープン化していた閣僚会見も次々にクローズされました。そうなると政策も自ずとアメリカの望むほうへ向かいます。すなわち、日本国内の国民の生活よりも、富める者(多国籍企業)にとっての利が優先される方向へ。これは、政権交代時の「コンクリートから人へ」とはまるきり逆です。続く野田政権はさらに対米従属であり、財務省の言いなりでした。国民の生活を守るためではなく、経団連の利益を守るために、大飯原発の再稼働についての声明を発表したのは記憶に新しいところです(過去記事)。

国民の負託を得ずに、勝手に軸を正反対に向けたのが、民主党崩壊の理由だと思います。そのおかげで政党政治への信頼も失墜しました。政治家が何を言ったって、もう誰も簡単には信じない。そしてそれよりも痛いのは、鳩山氏退陣後の民主党が自民党ばりの新自由主義路線へと変貌してから、日本にはリベラルな層を受けとめる政党が存在しなくなったという点です。自民党はバリバリの極右路線へと突っ走っています。維新の会はおそらく小泉政権以上のネオリベ路線でしょう。それに対抗する左派としては、およそ現実的ではない社民党と共産党しか無い。そんなおかしな座標軸の中で、3年前に「コンクリートから人へ」を選択した人はどこを支持したらいいのか分からない。

たしかに民主党には看板に偽りがありました。子ども手当は26,000円のはずが半額での支給になりました。しかも扶養控除の廃止とセットであり、子育て世帯の実質的な負担は以前とほとんど変わりませんでした。でもぼくは、そういった数値上の失敗に関して失望したり、騙されたなんて思ったりはしていませんでした。子ども手当が指し示す理念にこそ共感していたからです(過去記事)。それはいまでも変わりません。「子供たちが大きくなる頃には、もう少しマシな制度にしてあげたい」という思いに嘘はありません。

宙に浮いてしまった「コンクリートから人へ」の思いを受けとめるのが、いまは「脱原発」になるのだろうと思います。これからの左右の対立軸。それほど難しい話ではありません。自分は何を大事にしたいのかという話です。経済なのか人なのか。未来に何を残すのか。


選挙の曙光

選挙の曙光 2012.11.27 Tuesday [政治・メディア] comments(0)
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