とり・みき『Mighty TOPIO』と『風立ちぬ』

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東日本大震災復興支援を目的に企画された作品集「僕らの漫画」に収録された、とり・みき『Mighty TOPIO』は、漫画という媒体の可能性を感じずにはいられない、珠玉の短編だ。全8ページ。




震災と原発事故に真正面から向き合ったギャグマンガというのはそれだけでも珍しい。

幾度も幾度もザセツと失敗をくり返してきた、メンマ博士の夢のロボット開発。博士が何度目かの稼働スイッチを入れたその瞬間、大きな地震と津波が研究所を襲う。瓦礫の山と化した街。2年半前にテレビや新聞で目にした、あの光景だ。そんな中、「ある力」によって動力源を与えられた博士のロボット「トピオ」は、復興のお助けをすることになる。

シンプルなタッチのイラスト、抑制された筆致で、あの瓦礫からの出来事がテンポよく描かれる。風刺の利いた台詞は、日本人なら、あるあると頷いてしまう展開だ。

そして、思わず息を呑むラスト2ページ。
被災地の瓦礫を、その高度な能力で片付けてしまったトピオが、「君にしかできない仕事だ」と告げられて、向かった先はーーー。

ラストに向かう8コマには台詞が一切入っていない。あの出来事から何十年後、何百年後の世界であろうか、そこに至るまでのストーリーを、台詞のない8コマが雄弁に物語る。その末に訪れる景色を、モノクロでありながら色鮮やかに描く。想像力が喚起され、読み終わった後には、これほんとうにたったの8ページだったのか?と思わず確かめてしまうくらい、まるで一編の映画を観終わったような余韻に浸ることになる。なんという表現力。

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とり・みきが『Mighty TOPIO』のラスト2ページで描いたもの、それは宮崎駿が『風立ちぬ』で描いたものと同じ質感を持っている。

『風立ちぬ』についての論評で、内田樹氏は、宮崎駿が描きたかったのは「物語としては前景化しないにもかかわらず、ある時代とその時代に生きた人々がまるごと呼吸し、全身で享受していたもの」ではないかと指摘している(参考)。これには大いに共感する。ぼくも映画を観て同じ質感を感じたからだ。

「あの時代」ーーーそう呼ぶしかないくらい、その時代のことをぼくは知らない。実感としてはもちろんのこと、知識としても、語り継がれた物語としても、ほとんど知らない。同じ国なのに、まるで別の国で起きた出来事のように、断片的な情報でしか、知らない。であるはずなのに、スクリーンに向き合っているうちに、知らないはずの、その国の出来事、というか景色が、人々の息遣いや仕草が、まるで子供の頃に記憶した景色であるかのように懐かしく思えてくるのだ。
車窓から見える、里山の萌えるような緑とか、土埃の舞う街並みとか、石ころの混じったぼこぼこの散歩道とか、この時代に生きたことはないのに、そのすべてが有機的で美しくて懐かしかった。全編から立ち上ってくる鮮烈なノスタルジーが、風のように美しく、愛おしさに溢れた映画だった。

『風立ちぬ』を観て感じた「懐かしさ」とは、内田氏の言う「私たち現代人がもう感知することのできない、あのゆったりとした「時間の流れ」そのもの」なのだ。
1976年に生まれたぼくは、映画で描かれた「あの時代」の「時間の流れ」は知らない。けれども、少なくとも現在の「時間の流れ」よりはゆったりとしていた自分の子供時代のことを思い出し、映画の景色と重ね合わせていたのかもしれない。あるいは、これからの時代、ゆったりとした「時間の流れ」を味わうことが難しいであろう自分の子供たちのことを頭に浮かべながら。

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とり・みき氏が『風立ちぬ』について書いた記事がある。
「風立ちぬ」戦慄の1カット - とり・みきの「トリイカ!」(日経ビジネスオンライン)

同記事中でとり氏は、「「風立ちぬ」はエゴイスティックな映画だ」と述べている。「作家や職人の、家人や世の大事や、ときには顧客すら省みない、いや、省みないように見えるエゴ」がそのまま作品に反映されているという点で、とり氏はこの作品に共感すると言う。エゴイスティックであるがゆえに「恐ろしいほど孤独で美しい」この作品が「大好きだ」と言う。

ぼくも共感する。共感すると言うとり氏の文章にも共感する。「大好きだ」と言ってしまうこの人が大好きだと思う。

『風立ちぬ』は、宮崎駿が描きたいものを描いた作品だと、とり氏は言う。それと同じように、ノーギャラで描かれたという『Mighty TOPIO』には、とり氏が描きたいものが描かれているとぼくは思う。とり・みきが『Mighty TOPIO』のラスト2ページで描いたものと、宮崎駿が『風立ちぬ』で描いたものが、同じ質感を持っているのは、偶然ではあるまい。

戦争や震災という、圧倒的に残酷な現実を前にして。それらによって失われてしまった景色を美化したいという、単なる懐古趣味でもない。戦争や事故を殊更に憎むわけでもない。ある意味では、その片棒を担いでいるのだ。大いなる矛盾の中で、ロマンチストだとか、幻想だとか言われようが、それを描かずにはいられない。そういうことだと思う。

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ちなみに『Mighty TOPIO』が収録されている「僕らの漫画」は、2011年3月末に東日本大震災復興支援を目的として企画され、iOSアプリでリリースされた。必要経費を除くすべての収益は震災遺児・孤児の育英基金に寄付される。27人の漫画家が無償で描いた漫画は全28作品、総ページ数380ページ、すべて描き下ろしと気合いが入った作品集である。現在は書籍化もされている。



普段それほど熱心に漫画を読まないので知らない名前ばかりだったが、味わい深い作品が多かった。ぜひご一読を。
それから、ぼくにこの漫画を教えてくれたumaimaiさん、ありがとう。

とり・みき『Mighty TOPIO』と『風立ちぬ』

とり・みき『Mighty TOPIO』と『風立ちぬ』 2013.08.20 Tuesday [読書] comments(3)
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『風立ちぬ』

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8月12日。

妻とふたりで出かけた。
映画館なんて、第一子妊娠前以来なのでもう何年ぶりだろうか。
チケットの買い方も、スクリーンの大きさも忘れていた。


『風立ちぬ』

黒川さんの奥さんの台詞。そしてあのラストシーン。思わず息を飲んだ。
風のように美しく、愛おしさに溢れた映画だった。




「あの時代」ーーーそう呼ぶしかないくらい、その時代のことをぼくは知らない。実感としてはもちろんのこと、知識としても、語り継がれた物語としても、ほとんど知らない。同じ国なのに、まるで別の国で起きた出来事のように、断片的な情報でしか、知らないのだ。

であるはずなのに、この映画から立ち上ってくるのは、鮮烈なノスタルジー。知らないはずの、その国の出来事、というか景色が、人々の息遣いや仕草が、まるで子供の頃に記憶した景色であるかのように懐かしく思えてくる。

車窓から見える、里山の萌えるような緑とか、土埃の舞う街並みとか、石ころの混じったぼこぼこの散歩道とか、この時代に生きたことはないのに、そのすべてが有機的で美しくて懐かしかった。

ほんとうにそう。なぜなのかは分からない。

なんとロマンチックな作品だろう。呆れるくらいのロマンチストが、自分でも自分のバカさ加減に呆れて、ぐるっと一周して、それでもロマンを夢見るような、、、少年のような、青年のような、老年のような、、、

生きてる。というただそれだけでロマンチックなんだと感じた。



8月15日、終戦記念日。

戦争を知らない世代。それこそ、別の国での出来事であるかのような、遠い認識しか持ち得ていない、ぼくを含めた多くの日本人も、この日くらいは戦争について考える。

「終戦」ではなく「敗戦」なのだ。

終戦記念日になると幾度もくり返される意見。たしかに、終戦ではなく敗戦なのだというのは、紛れもない事実である。ただ、そこまで意識して使い分けていないという人の方が大多数だと思う。呼び方自体に、政治的な作為が有る無しは置いておいたとして。終戦という語り口で、喪失されていくものはあるのかもしれない。失われるのは、敗戦という事実ではなく、そこに至るまでの、人々が生きてきた物語(ものがたり)だ。

ぼくも、その物語(ものがたり)を知らない世代。実感としてはもちろんのこと、知識としても、語り継がれた物語としても、ほとんど知らない。物語が語り継がれるには、140字では足りない。それなりの時間、手触りが必要である。そして受け手の側にも、語られる物語と対峙する姿勢が必要だ。

『風立ちぬ』の、ラストシーン数十秒が描かれるためには、そこまでの2時間が必要だった。あの大きなスクリーンに向き合う時間が必要だった。
あのラストは真実である。と同時に、そこに至るまでの物語(ものがたり)もまた真実である。そのことを「感じる」ためには、物語(ものがたり)と向き合い、あの映画が醸し出すクオリアを共有する時間が必要なのだ。


ノスタルジックであり、ロマンチックであるがゆえに残酷でもある。そういう物語を人はこれからも生きていく。
男だったら、敢えて描かないことで蓋をして隠しておきたい部分がある。居丈高な態度で自分の見たくない部分を否定するのは、弱さの裏返しなわけだが、男はバカだから、という台詞でいつまでも免罪符にできる時代でもない。自らの残酷さを知った上で、それでもロマン(美学)無しでは生きられない。そういう、どうしようもない人間の性を、真正面から、しかし淡々と描いた映画だと思う。

それはとても美しく、とても儚く、とても残酷な物語(ものがたり)だった。




以下、蛇足。

宮崎アニメって、新作が公開される度に、それこそ気合いの入ったマニアから、にわか評論家まで、めんどくさいのが湧いてきて、こぞって議論を呼ぶ。踏み絵的な様相を呈し、単なるいちファンなどが下手な感想などを書くと、笑われてしまう(ような気がする)ので、素直な感想さえおおっぴらに言えないような雰囲気がある。
やれ、宮崎駿の過去の作品が云々だとか、あのアイテムはなにそれの隠喩だとか。

今作は、たばこの描写をめぐって議論が巻き起こっているらしい(一例)。
ばかばかしいというか。せっかくの映画の余韻が冷めるので、こういうのは見ないように、関わらないようにする。

この作品は、「読み解く」とか「分かる」といった性質のものではないと思う。ただ自分が感じたように、感じるしかない。自分が感じたものを、記録として残しておきたいと思ったので、たいした分析があるわけでもないけれども本稿を書いた。いろいろな人がこの映画についてすばらしい論評をしているので下記関連リンクに貼っておく。


映画って、いいですね。


『風立ちぬ』

『風立ちぬ』 2013.08.16 Friday [音楽・映像] comments(0)
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革命について(1)坂口恭平、佐々木中、三宅洋平、外山恒一に学ぶ、ぼくらの革命

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海外ならば、暴動が起こってもおかしくはないレベル。
東日本大震災の後、そんな台詞を何度目にしたことでしょうか。福島第一原子力発電所への事故対応。被災地への支援、復興プランと実行。今後の原発政策。ことあるごとに、国民の意志とは壁を隔てた場所で、すなわち住民の声が聞こえず、生命が見えない場所で決定されているとしか思えない日本政府の言動に、幾度となく驚きを通り越した何とも言えないやるせなさを味わいました。ニュースを聞きかじった程度ですらそうなんだから、実際に行政に関われば関わるほど、辛酸をなめる思いをした人がどれほどいるか。

そして、震災後に行われた2度の国政選挙での、目眩がするほどの自民党の圧勝。TPP断固反対を掲げて当選した議員を数多く抱えながら、政権を執ったとたんに交渉参加に乗り出すというジョーク。笑えない。選挙制度そのものへの疑問は大きく膨れ上がり、「どうせ選挙じゃ何も変わらない」と政見放送で言い放ったあの人の言葉が脳内にこだまする。氏の言う通り、もはや政府転覆しかないのか。海外ならば、革命が起こっているのだろうか。平和憲法に長らく守られてきた日本人は平和ボケしてしまい、自らの足で立つ力を失ってしまったということなのか。

ちょっと待って。その前に、「革命」って何なんでしょうか。圧政に苦しんできた民衆が一斉に蜂起して、わーっとなって、政府を転覆する。ときには軍が介入し、血なまぐさい映像が飛び交う。そんなイメージがたしかにあります。「革命」とはそういうものなのでしょうか。「革命」には、暴力的な要素が必須なのでしょうか。自らの命や家族との関わりを犠牲にしなければならないほどの覚悟が必要なのでしょうか。家族で食卓を囲んでおだやかに生活を営みたいという願いを持つ市民にとっては、近寄り難い存在なのでしょうか。近寄り難いといえば、たとえば日本共産党は、いまでも共産主義革命を信じているのでしょうか。もしそうだとすると、それはどういった形なのか。

2010年から2012年にかけての「アラブの春」を象徴するエジプトのデモは、SNSによって繋がった人々が、非暴力に徹して、ときにはユーモアを交えながら体制に挑戦し、30年続いたムバラク長期政権を倒すという、まさに革命的な出来事でした。彼らは、あくまでも民衆運動によって勝利を納めたわけです。
それから、他ならぬこの日本で起きた「脱原発」デモ。その大きなうねりは、それまで「デモ」という言葉を聞いた時に連想してきたような「物騒で」「いかがわしい」「やっかいな」デモとは違っていました。知的エリートが自分のイデオロギーを満足させるための言葉あそびや自己満足じゃなくて、ふだん政治活動にコミットしてこなかったような市井の人たちがデモの主役になった。日本がシフトチェンジする転換点の象徴であるように、そのときは思いました(過去記事)。

しかし、革命によって「民主的に」選ばれたはずのエジプトの新政権はあっという間に幕を閉じます。2012年7月に選挙を経て大統領に就任したムルシー大統領が、それからわずか1年後の2013年7月、軍によって権限を剥奪されたのです。これが、エジプト軍による「クーデター」であるかどうかは見解が割れており、エジプト国内でも世論が二分されているそうです(参考)。立場が異なれば、ものの見え方が変わる。絶対解や絶対正義は存在しない。ということを物語っています。わずか1年しか持たなかったから、「アラブの春は間違いだった」と考えるのは安直すぎると思います。

脱原発デモはどうだったのか。さようなら原発集会から1年後にピークを迎えた毎週金曜日の官邸前デモ。あれだけ大きなうねりはかつて無かったはずです。いわゆるイデオロギー的な要素を感じさせる従来のデモとは一線を画した、暴力的な要素を徹底的に排除した「民衆の声」だったはずです。それまで「政治的」な活動には参加したことの無かったような人たちが、やむにやまれず飛び出した「生命の声」だったはずです。しかし、それだけ大きなうねりとなった民衆の蜂起も、官邸にとっては「大きな音」でしかありませんでした(参考)。その後、唐突に発表された意味不明な「収束宣言」と、それに呼応するように収束していった脱原発のうねり。それが日本の現実でした。

どうせ投票したって、何も変わらない。デモなんかしたって、何も変わらない。政権が変わったって、日本の統治機構は変わらないじゃないか。どうせ・・・。ましてや革命なんて大層なコトは、この国では起こりっこないんじゃないか。そう思えてきます。

しかし。






1. 坂口恭平の場合

「革命」はすでに起こっているーーー。

社会をそのように見ている同世代がいます。自分たちが知覚しているレイヤーとはまったく別次元のレイヤーはすでに存在している、と。

震災の後、熊本県に「新政府」が樹立されたという話を聞きました。「初代内閣総理大臣」となった坂口恭平さん(1978年生)は、『独立国家のつくりかた』という著書でその経緯を述べています。「0円ハウス」というアート活動(もともとは卒業論文だったものがリトルモアから書籍として出版され、海外でも話題を呼んだ)で知られていた坂口さんは、その自由な発想で、「新政府」=独自のコミュニティに100人以上の避難者を受け入れます(最終的に約60人が熊本に移住)。さらに、私版「いのちの電話」とも言える自殺防止のホットラインを開設。年間約2000件もの電話を受けたそうです。

津田大介さんのメルマガ「メディアの現場」vol.80(2013年06月08日配信)に、津田さんと坂口さんの対談が収録されています。それを読むと、坂口さんの自由な発想は、既存のしくみに対する「なんでだろう」というラディカルな問い=カウンターから始まっていることが分かります。

津田マガ80号 “新政府”内閣総理大臣・坂口恭平のつくりかたより
坂口:僕は熊本県で生まれて、生後すぐに福岡へ引っ越すんです。父親は電電公社――現在のNTTで働いていまして、僕らの家族はその巨大な社宅群に住んでいました。都市計画で開発された地域で、建物自体は分離派建築会という日本初の近代建築運動をしていた組織が手がけたものなんですけど、僕はいつも申し訳ない気持ちでいっぱいだったんですね。

津田:え? 誰に対して?

坂口:地面です。だって森を切り開いて、地面をコンクリートで固めて社宅をつくったわけで、敷地の外にある自然の土と、敷地内の人工的な土は別物だって感覚的にわかったんですよね。だんご虫とかアリとか、生息している虫の数も全然違ってて、そのことに対して「うちの親父がほんとすみません」みたいな感じだったんです。

坂口:童話の『アリとキリギリス』ってあるじゃないですか。俺、昔からアリよりキリギリスのほうが好きなんですよね。だってキリギリスのほうが合理的だし才能もあると思いませんか? みんなの前で楽しそうに歌って、本当だったらそれで対価を得ていいんだけど、虫だから芸術を貨幣化できなかっただけなんです。アリだって夏の間にキリギリスの歌を聞いて楽しんでたはずなのに、寒い季節になってキリギリスがちょっとヘコんだからっていじめんなよ! って話ですよ。


そんな坂口さんは、「建築家」を志して早稲田大学の建築学科に入ったものの、既存の建築法(植物が根こそぎ掘り出された大きな穴にコンクリートを流しこんでいく過程)がどうしても生理的に受け付けられず、大学3年生のときには「建築を建てる」という思考を完全に放棄したそうです。そして大学4年生の時、多摩川沿いをぶらぶら歩いていて見つけた路上生活者、いわゆる「ホームレス」の家に衝撃を受けます。

津田マガ80号 “新政府”内閣総理大臣・坂口恭平のつくりかたより
坂口:庭には畑まであって、なんか野菜が育っている。なんだこれはと思って、「すみませーん」とか言って住人に声をかけたんです。すると、中からおじさんが出てきて、意外と気さくに応対してくれた。話を聞くと、この場所に住んでもう20年以上になるって言うんですよ。小さいけど立派な家があって、野菜を育てたりご近所と物々交換したりしながら普通に生活している。豊かな感じっていうか。自分が抱いていた「ホームレス」のイメージを覆されて、訳がわからなくなったんです。都会で不要になったものを再利用して、お金をかけずに自作した家――これこそ自分が探していた「建築」なのかもしれないという直感があって、その日から毎日彼らの家を調査することになりました。

坂口:路上生活者たちは都会の真ん中に0円で家を建て、電気システムを構築し、コミュニティを築いている。でも、何も所有していない。俺らとは全然別のレイヤーで生きているわけです。


なるほど、坂口さんが熊本に樹立した「新政府」の構想は、ここからつながっていることが分かります。

津田マガ80号 “新政府”内閣総理大臣・坂口恭平のつくりかたより
坂口:路上生活者の家の調査から始まった「建築とは何か」という問いが、次第に「貨幣とは、生活とは、共同体とは何か」という問いに発展していくんです。0円で暮らしている彼らのような生活なんてありえないとハナから思い込んでいる俺らは、実は頭がイカれてしまってるんじゃないか。なんで水や火を使うのにお金がかかるのか。なんで月収18万円の人が6畳のワンルームに月8万円もの家賃を払わないといけないのか。これって、よく考えるとおかしくないですか? 個人が共同体として集まって協力しあえば、生活費が0円で住む生活が実現するんじゃないか。0円ハウスの住人の暮らしを見ながら、そんなことを考えるようになったんです。



しかし、その坂口さんは今年4月、新政府の終了を突如宣言。

「昔からのDIY精神の延長」であると本人も語っていた「新政府」が、なぜたった3年足らずで終了してしまったのか。革命は失敗だったのか。下記のインタビューでその理由が述べられています。

坂口恭平さん(建築冒険家・作家)インタビュー「すでに革命は起きている」 - ハフィントンポスト

坂口さんは、自らが「社会運動家」になることを嫌ったようです。津田マガのインタビューでも、「新政府」は社会活動ではなく、アートの一環であると語っていました。

同記事より
僕の場合、結局は作品をつくることしかできない。だから『何かを変えることは革命ではない、すでに革命が起きていることを思考の転換によって見つけだせ』とずっと言っているんです」


彼自身が、ホームレスから「俺らとは全然別のレイヤー」を見出したように。従来のシステムに囚われない「別のレイヤー」が存在するということに気づくこと、それ自体が「革命」なのだとしたら。

「新政府」を終了し、次に彼が取り組んだのは、小説。「僕はずっと同じことを言っている。『すでに革命は起きている』。じゃあ、ちょっと子供の時のことを思い出してみようぜってことなんです」ということだそう。

坂口恭平さんのツイートより
分裂症としか思えない坂口恭平がこれが自分の幹であると確信するための旅が今回の幻年時代の執筆でありました。これからも僕は分裂した作品を発表し続ける。しかし、幹はやはりテキストだと知覚できた。7月20日。ここからまた次の人生が始まるような気がしている。幻年時代は絶対に読んでほしい。






彼が「新政府」を終了したこと、そして小説を書いたこと。そのことについての是非は、ぼくにはよく分かりません。「新政府」を放り投げたのか、それとも独自のコミュニティとしてスタートした共同体は継続していくのか。今後また何をやらかしてくれるのかも未知数です。けれどもこの小説は、いずれ読んでみたいと思います。





2. 佐々木中の場合

先日、図書館から借りてきた本。



実は「革命」という言葉について意識するようになったのは、この人の文章を知ってからです。作家、哲学者の佐々木中さん(1973年生)。彗星のごとく現れ、思想界に衝撃を与えたと言われる第一作『夜戦と永遠』が気になるのですが、そこで語られている「フーコー」も「ラカン」も「ルジャンドル」も、何一つ知らない門外漢がいきなりミーハー的な気分だけで何百頁もある分厚い本を読もうとするのは無謀だと思い、まずは入門編からと、対談やエッセイをまとめたという本書で初めて氏の文章に触れました。つい先日のことですが。

驚きました。

正直言って、聞いたことのない単語がたくさん出てくるし、フーコー?誰それ。ってぐらいの素養しかないので、たぶんそこで語られている意味も半分くらいしか理解できていないんだろうなあということが自分でも分かる。すなわち敷居が高い。にも関わらず、言葉がすっと入ってくる。なによりドキドキする。

わからないのに、ドキドキする。これって、芸術とか音楽での体験とよく似ています。意味がわからないながらも、リズムに身をまかせて読み進めるうちに、いつのまにか恋い焦がれるように頁を捲る自分を発見する。最初の数十頁を読んだだけでそう言ってしまうのも恐縮ですが、読書でそんな体験ができるということ自体が驚きだったのです。

以下に、ぼくが本書で読んだ最初の数十頁のテキストが掲載されています。

『夜戦と永遠』佐々木中氏インタビュー - 保坂和志公式ホームページ

長くなりますが引用します。

『足ふみ留めて』(「永遠の夜戦」の地平とは何か)より
いま、多くの人は恐怖し、怯え、苦しんでいます。「自分」と「現在」が分からないという、「無知」に怯えている。自分が何者なのか、現在はどうなっているのかを知らなければならない、情報を得なくてはならない、それを知らなければ取り残される――そんな脅迫が遍在している。実は「自分探し」と「現在探し」は同じことです。そこに「それを教え、説明してやろう」という人々がやって来る。搾取する側にいると思い込んでいる「彼ら」は世界をパッケージングされた全体とみなし、それを認識する、つまり「見下し」ます。しかし、そのような「全体化された社会」を超越論的な自我として認識する「自分」を保とうとする努力は、それ自体が恐怖に動機づけられている。実は彼らも、自分自身何も分かっていないのかもしれないという不安と恐怖に取り憑かれており、「自分」を、そして「現在」を説明し なければならないという強迫観念にまみれているわけです。だから彼らの多くは常に狂ったように「自分語り」をする羽目になる。
 「自分」と「現在」を説明しなければならない、そのためには知を、情報を得なくてはならない。この強迫観念には実は何の根拠もありません。ジル・ドゥルーズは「堕落した情報があるのではなく、情報それ自体が堕落だ」と言いました。ドゥルーズだけでなくハイデガーも、「情報」とは「命令」という意味だと言っている。つまり、命令を聞き逃していないかという恐怖にまみれて人は動いているのです。命令に従ってさえいれば、自分が正しいと思い込めるわけですか らね。しかし、ここで卒然として「命令など知らない」と言えるはずです。何かを知らなければならない? そんなことは「知ったことではない!」とね。私の現在は私のものだし、私は私のものです。自分も現在もここにあるのです。どこに探しに行く必要があるのですか? 何を知る必要があるのですか? 情報を、つまり命令を聞かなくてはならないだなんて、誰が決めたのですか?
 フーコーも皮肉げに言っています。「哲学者の役割が、いつのまにか現在とは何かという質問に答えることになってしまった」と。繰り返します。われわれに必要なのは「そんなのは知ったことか」と言う勇気です。「社会批評家」たちは、「すべてについてすべてを知っている」という幻想に縋る。だから彼らはいつ何に対しても気の利いたコメントが言えなくてはならないという焦慮に苦しまなくてはならなくなる。そして「専門家」たちは、「ひとつについてすべてを知っている」という幻想に縋る。結局はどちらも幻想に過ぎないのです。こうした幻想に、こうした焦慮に、こうした脅迫に、具体的に抵抗しなければならない。こうしたものは、知らない、わからないという苦しみと悲しみと恐れを、そして諦めを生むだけです。ラカンは、「すべてについてすべてを」そして「ひとつについてすべてを」という欲望は、結局は無難で安全で何も変えない「ファルス的享楽」に帰着するにすぎないと言ったではないですか。
 知らなくていいではないか。知ってどうするのですか。わかってどうするのですか。こうした知と情報をめぐる搾取と恐怖の構図に具体的に抵抗しなくてはならない。たとえ無知を誹られようが、必要ならば自覚的に無知を選び取らなければならないのです。それは政治的な抵抗そのもの「でも」あるはずです。


明らかに、ぼくなんかとは頭脳の解析回路が違って、理路整然と、また文学的な言葉で語られる文章に対して、やっぱり身構えてしまう気持ちはあります。しかし、佐々木さんはそこで言うのです。「無造作に掴みかかるように読めばいい。それだけの話」だと。「フーコー」も「ラカン」も「ルジャンドル」も、何一つ知らないあなたにも言葉は届くのだと。言葉とは、そういうものであるのだと。

そして、実際に佐々木さんの言葉は、ぼくに届いている。

芸術や音楽に触れたときのように、意味がわからないながらもドキドキする、という体験についてもその理由がわかりました。言葉とは本来、芸術であり音楽であったのです。

同記事より
ここで改めて文学とは何かというと、情報に還元できず全体性も構成しえないものである、ということになる。言葉は情報ではありませんからね。ルジャンドルが言う通り、情報化も数値化もされえないテクストの操作やそれをめぐる所作のあり方は、ダンスや料理や絵画など膨大なヴァージョンがありえます。われわれがまだ知らぬ形式も含めて。

現実を言語の外部として実体化してしまう考え方はいまだに跋扈していますが、実に退屈です。言語の外部がありそれは絶対的に語れないというような、もしくは言語の外すらもすべて語りうる、というような考え方もね。実は言語と言語の外を分けた時点で同じ穴の狢です。言語はつねに言語の外を含むし、言語の外においてこそ言語として生成する。僕はこの本で「言語は、滲んで溶ける水溶性の染みでできた、斑の身体を持つのだ」と書きました。言語と言語の外を截然と分ける思考からはもう何も生まれません。


言葉では言い表せないことがある。ぼくはそう思っていました。だから、芸術や音楽、あるいはダンスや武道、芸能といった多種多様な表現方法が存在しているのだと。しかし、そういう考え方は、言葉ですべてを説明できるという考えと表裏一体であると佐々木さんは言います。すなわち、言語と言語の外を截然と分ける思考という点で同じだと。

なんだか分かったような、分からないような、混乱してくるような、それこそ斑のように滲んだ水溶性の染みみたいな頭の中になってしまいます。ぼくは、この感覚をうまく伝えるだけの言葉を持ち得ていない。むりやり言い表すとしたら、こういうことでしょうか。世界は言葉であったのです。


世界が言葉であるように、革命とは言葉によってもたらされてきた。そう思ってしまうくらい、佐々木さんの文章は「革命」という言葉を想起させます。自分が知覚しているレイヤーとは違うレイヤーがある、ということを根源的な部分から突きつけられる。言葉とは、もともと豊穣性を持ち、多種多様な可能性を秘めていた「テクスト」であったと佐々木さんは言います。

なぜラカンとフーコーにルジャンドルを並べなくてはならないのか。それは仰る通り彼が中世解釈者革命について書いているからです。一二世紀中世解釈者革命において、多種多様な可能性を秘めていた「テクスト」は「情報の器」にすぎないものに切り詰められました。客観的な情報だけが規範にかかわるものとされるようになりました。現在の「情報理論」「情報化社会」「データベース」と呼ばれるものの出発点がここにあります。逆に言えば、もう八〇〇年以上もわれわれは「情報革命」を生き、「すべては情報である」などと言い続けていることになるのですよ! それを新しいと思い込んでいる人ばかり蔓延(はびこ)っているのは、さすがに滑稽ではないでしょうか。
 『夜戦と永遠』を読んだある方がこう言いました。「新しいテクストを作り、意味を作り、歌を創り、新しい社会を創り出す――これは当たり前のことではないですか」と。もちろん僕は「当たり前です」と答えました。逆に、いまなぜこうしたことが当たり前のことではないように言われているのかが分からないのです。一言で言えば、革命は可能だということです。しかし、坂口安吾が言うように「次の一回の革命ですべて終わるなどと思ってはならない」。やはり、ここでも「ひとつ」と「すべて」の欲望が問われているわけです。次の「唯一の」革命で「すべて」が終わるなどということはない。それにしても驚いてしまうのですが、革命は可能だなどという当然のことを、なぜ今更大声で言わなければならないのか。ドゥルーズ=ガタリが言うように「なぜ別の革命が今や可能になったと考えないのか」。
 念を押しておきます。暴力革命は革命の数あるヴァージョンの一つにすぎません。書き歌い踊り描く、本来は紛うことなく政治的であり芸術的でもあるさまざまな技芸の果実――これを総称してルジャンドルは「テクスト」と呼ぶわけですが――によって、太古から人は自らを統治してきたのです。ところが、解釈者革命以来、この「テクスト」の意味合いが縮減されていき、「情報」とその運搬機としての「書類」や「データベース」だけが規範や政治にかかわるのだという、 実は歴史的地理的に限定されたものにすぎない観念が出現します。その観念は植民地主義によって世界に輸出された。それから規範や政治は「情報化」されてしまった。だからこそ、逆にそれへの抵抗もさまざまな可能性を縮減されて、単なる「暴力」の噴出でしかなくなったわけです。こうして情報と暴力の二項対立にわれわれは閉じ込められることになった。


たとえば、音楽のもつ力を深いところで信じている人と、音楽を流通産業のひとつとして捉えている人とでは、つくる音楽が違ってきます。やっぱり、それは聴けば分かる。まあ、好き嫌いの範疇になってくるのかもしれませんが。

佐々木さんは、いまこの時代においても「テクスト」が息づくということを、信じている。だから、彼が吐き出す言葉は艶を帯びている。その艶のある言葉に、ぼくはドキドキし、恋い焦がれるように頁を捲ってしまうのです。
そこではニヒリズムは無縁であり、脳味噌は躍動しています。

 ニヒリズム批判の話ですから、ニーチェを引きましょう。彼はこういう意味のことを言っています。いつかこの世に変革を起こす人間が現れるだろう。その者にも迷いの夜があろう。迷い苦しみつつ、ふと手にとって開く本があるかもしれない。そのたった一行から、ほんの僅かな助けで変革は可能になるかもしれない。その一夜の、その一冊の、その一行を編纂するために我々文献学者は存在しているのだ。その極小の可能性、しかし絶対にゼロにはならない可能性に賭けること、これが我ら文献学者の誇りであり、闘いである、と。
 こうしてニヒリズムに抗することは、現在においても可能です。これは「現在を追いかける」ことに汲々としていると見えなくなります。ウィトゲンシュタインが言うように「現在を追いかける者はいつか現在に追いつかれる」。話が一巡りして最初に戻りますが、現在はこうなっているからこうしなければ乗り遅れるとか、こんな時代になってしまったから諦めてこうするしかないなどという抑圧的な言説は、惨めな恐怖と怯えと卑屈の産物でしかない。その一夜の一行を信じることができない惰弱さの産物でしかない。ですからわれわれはこう言いましょう、「そんなことは知ったことではない!」。


どうですか。ワクワクしませんか。

ちなみに、同記事中で佐々木さんは社会的なことについても言及していますので、これも転載します。とても分かりやすいです。

『夜戦と永遠』では、ルジャンドルが言っている「系譜原理」について書きました。「系譜原理」とは、子どもを産み育てることの制度的な保障を行う原理です。ルジャンドルは子どもを産み育てることを保障できない国家の形式は存在を許されない、とはっきり言っている。ごく簡略に言えば、これは二重の再 分配の原理です。つまり再生産=繁殖のための物理的資本の再分配と象徴的資本の再分配です。貨幣も「信用」に基づくものなのですから、この二つは切り離す ことができません。ベーシック・インカムで全住民が月額八万円を与えられるという計算がありますが、それなら三人家族であれば二四万円になります。これは、実は「君たちは生きていていいのだ」という言語的なメッセージを与えることにもなるわけですね。人民に対してこのようなメッセージを与えられない制度的形式は、国家に限らずやはり解消されなくてはならない。
 ご存じの通り、「高等教育の漸進的無償化」を批准していない国は、日本とマダガスカルとルワンダの三ヶ国だけです。象徴的資本の再分配をする気がない、つまり系譜原理を機能させる気がないわけですね。また、女性の働きやすさの指数も国連の機関から発表されていますが、日本は先進国で最低です。女性が大学を出て専門職に就いていたとしても、子どもを産み育てるために一時でも辞めると元の給料は保障されず、再就職しても生涯年収は激減する。言い方は悪いですが「パートのおばさん」になってしまう。大した「先進国」ですね。ドイツで、たとえば働く女性に育児休暇五年の後にも同額の収入を保障することにしたら、それでも他のEU諸国に批判されたと聞きました。休んでいる五年間分の昇給も保障しろ、とね。こうしたことと「少子化問題」が別のことだと考えられているわけです。立場の左右を問わず、子どもを産み育てることができない国家の存立は危ういというのは当然のことだと思うのですが。


「少子化問題」も、こうして語られると文学的ですらあります。というか、文学と政治はもともと不可分なものであり、それは「テクスト」であったということを、佐々木さんは体現しているのでしょうか。「テクスト」とはもともと豊穣性をもったものであったこと、そして読書という行為そのものが「革命」たり得ること、そのことを知ったこと自体がぼくにとっては革命的ですらありました。

最後に、氏の代表作でもある『切りとれ、あの祈る手を』の帯に記載されている推薦文とコピーを紹介しましょう。

「最近の批評は分析的であるがゆえに現状追認の罠に陥っている。ただ佐々木中だけが彼らのはるか上空で語り、その声が真の“革命”を私の心に芽生えさせた。」保坂和志氏

「取りて読め。筆を執れ。そして革命は起こった。」





3. 三宅洋平の場合

「政治のことば」を変えようとしているーーー

三宅洋平さん(1978年生)の「唄う選挙演説」を見て、ぼくが感じたのはそういうヴァイヴでした。こういう選挙演説もアリってこと、それ自体がおもしろい。

「政治のことば」を変えるって、べつに「チャラい言葉」を使うってことじゃないです。ぼくみたいなひねくれ者には、三宅さんの演説は熱すぎて眩しいし、いきなりタメ口っていうのもどちらかというと苦手です。だけど、そういうことじゃない。「政治のことば」を変えるって、そういう表層的な意味じゃない。「政治をマツリゴトに」という彼の主張は、スーツを脱いで、新しい「政治のことば」を紡いでいこうぜ、ということだと思います。

「俺も分かんねえことだらけだからさ、一緒に勉強していこうよ」と三宅さんは言います。アイヌ語で「チャランケ」という言葉があるそうです。なにかもめごとがあった場合、彼らは何日間でも持てる英知を絞って論争を繰り広げる。三宅さんが主張しているのは、徹底的な「対話」なのです。

自分の周辺から少しずつ、小さな「チャランケ」を紡いでいくこと。そのことについて話し合うこと。三宅さんのそういった姿勢を知ったときに、親和性を感じたのは、2011年9月17日にアメリカのウォール街で始まった「OWS(Occupy Wall Street/ウォール街を占拠せよ)」のこと。かつてぼくは、OWSが官邸前デモとも重なって見えました(過去記事)。

「お互いの声を増幅させ、皆の声を聞き合おう」

それは、民主主義を取り戻すための草の根ムーブメントであるように思えます。人間マイクロフォンとして、ナオミ・クラインの言葉をくり返して喋る人々の、祝祭的な雰囲気。それは「よりよい未来を作る」という行為に、自らがコミットしようとしている人だけが持ち得る「喜び」です。

三宅さんが「チャランケ」によって変えようとしているのは、「公」という言葉の概念。「公」を自分たちのマツリゴトとして引き寄せようとしている。「公」という言葉の使われ方と「Public」という言葉の使われ方って、日本とヨーロッパではまるで違うんですね。それらの言葉を聞いて想起するイメージもたぶん違うし、それらの言葉が使われるバックグラウンドもまったく異なっている。

日本では、公務員は既得権益とされてバッシングの対象になります。公務員や議員を減らせという声が世論としての主流です。まるで公務員が多いことが問題であるかのように扱われていますが、日本は公務員の少ない国であり、すべての欧米先進国より少ないというデータもあります(参考)。「滅私奉公」なんていう言葉が美徳としてあることから考えても、日本における「公」という言葉の位置づけは推して知るべしです。

ヨーロッパで「Public」というのは「自分たち」のこと。あなたは自由な意志をもって生き、この世界とルールをつくっていく一人でもあるということ。「公」とは「お上」のことではなく、「どんな社会をつくりたいのか」という、自分の意思を持った「自分たち」のことなのです。

人々の意識下にある「お上にお任せ」は根強い。民主党が崩壊した後の自民党への振れ幅をみていると、そう感じざるを得ません。民主党がダメだったからやっぱり自民党、だなんて短絡的すぎる。知的な逡巡がなにも無い。だけどしょうがない。長いこと「お上にお任せ」でやってきた日本市民のバックグラウンドはそういう文化的土壌なのだから。一度や二度の政権交代で簡単に意識が変わるわけないんです。何十年もかけて、言葉とともに成熟させていかないといけない。


三宅さんが緑の党から全国比例区で出馬した先月の参院選。ぼくは「政治のことば」が変わっていくことに期待して、彼に一票を投じました。そういう投票の仕方もアリってことが自分でもおもしろかったし、結果として、三宅さんは落選でしたが、がっかりはしなかった。選挙制度をよく知ってみれば、無名の政党から比例区で出馬すること自体が無謀であったことが分かるし、そう考えると個人名での17万票という得票は、あの参院選でのトピックのひとつとして挙げていいと思います。

三宅洋平さんは、「全候補中26番目の得票で一人の政治的立場としての存在感は生む事ができた」としつつも、「ルールはルール。それを理解して臨んだので言い訳にするつもりはない。比例で勝つには、強い党を作らなければならない」と言っています。

今回、彼に投票した人々が、それをきっかけにして選挙制度の不備について知ったり、あるいは原発や今後のエネルギー政策について話し合ったり、民主主義について考えたり、、、つまりあの17万票は議席には結びつかなかったけれども、それがもし「お互いの声を増幅させ、皆の声を聞き合う」という「チャランケ」に結びつく出発点になるのだとしたら、それはたった一つの議席よりも、もっとずっと大きな意味を持つものになるかもしれないと思います。

「滅私奉公」から「活私開公」へ、「公」という言葉の概念が変わるとしたら、きっとそれまで無関心だった人たちの政治に対するスタンスも変わります。だいたいにおいて、「政治」という言葉を聞いたときにまずはじめに受けるネガティブなイメージをなんとかしたいですよね。政治家って、本当はクリエイティブな仕事であるべきだと思います。もしそのように「政治のことば」が変わるならば、それは「革命」だと思います。





4. 外山恒一の場合

マルクス主義、アナキズムを経て現在はファシストーーー

さて、これまでの3人とはちょっと様子が違います。なにせ「過激派」です。九州を活動拠点とする革命家、外山恒一さん(1970年生)。まず見た目からして違う。前者3人はイケメンであり、ルックスや佇まい、あるいは著作物や宣伝活動に至るまで「センスがよい」。これは大事なことで、政治を文化運動として捉えるならば、彼らが支持される理由には、政治的なスタンスだけではなく、文化的な感覚があります。彼らは「絵になる」のです。それは「センス」と分かち難く結びついている。センス=美意識と読み替えてもいい。

もしかすると、外山さんの風貌や佇まいも彼なりの美意識の表れなのかもしれない。ものすごく頭のいい人物だと思うんです。そして、誰よりも「戦略的」であると。全部わかった上でやっている、独りでね。それがすごいと思う。

結果のわかっている参院選の選挙期間中、彼は単独で【全国ツアー】を敢行しました。『原発推進派ほめご大絶賛ツアー』と題された活動の様子が動画で記録されています。
外山恒一「原発推進派ほめご...大絶賛ツアー」〜新潟〜 2013.7.5 - Youtube

街宣車の頭上には「こんな国もう滅ぼそう原発で」「私たち過激派は原発推進を続ける自民党を支持します」と書かれた看板。BGMにタイマーズの『原発音頭』を流しながら、外山さん自身がマイクで「こんな国滅ぼしましょう原発で」「私たち過激派は自民党を断固支持します」とくり返し、市中を街宣して周っています。

なんというユーモア。
それを独りでやってしまう度胸。

外山さんは自身のツイッターで、このツアーについて解説しています。
「今回の「自民党ほめご(以下略)」の目的は(1)自民圧勝に決まってる選挙結果で全国の反原発派の士気が下がるのを防ぐ(2)反原発派に選挙以外の方法を追求する方が良いと悟らせる(3)ますます人気者になる…ためにとりあえずなんか面白いことをやる、なんで短期的な“実効性”の類はハナから眼中にない。」

山形にも来たみたいですが、ぼくは街頭で遭遇することが出来ませんでした。実際にどのような「空気」を街に持ち込んでくれたのかを体感することができず、残念です。ついでに紹介しておくと、歌も上手いですね。


そんなこんなで、ツイッター上ではそこそこ話題を呼んでいた氏ですが、参院選が終わった後の7月27日、朝日新聞紙上に掲載された下記のインタビューで、彼の名は一躍(一部の人たちの間で)轟くことになったのではないでしょうか。

(2013参院選)勝ったのはだれだ 活動家・外山恒一さん - 朝日新聞

彼が以前から主張していることのくり返しではありますが、あの参院選を経てしまった現在となっては、そのラディカルな問いかけは真摯に響いてきます。

同記事より
選挙なんか多数派のお祭りだ、選挙で何かが変わると思ったら大間違いだという私たちの主張が、やっと理解されつつあります
 (中略)
選挙では提示された選択肢の中からよりマシな方を選ぶしかない、政治とは悪さ加減の選択なのだと、リベラルな民主主義者はずっと言ってきたじゃないですか。民主主義が機能した結果が、今後3年間は続く自民党1強体制です
 (中略)
選挙によって、人々は意思決定過程に参加させてもらったかのように勘違いしがちですが、体制側の方針なんか最初から決まっているんです。多数決で決めれば多数派が勝つに決まっている。僕は多数決に反対しているんです。自民圧勝を受け、『自民はおごらず、少数意見にも耳を傾けるべきだ』なんて言っている人がいますが、なんてお人よしなんでしょう。傾けるはずありません
 (中略)
民主主義者の人はそう言いますが、ファシストにとってはファシズムの方が、マルクス・レーニン主義の人にとっては共産党一党独裁の方が、民主主義よりもマシな最善の制度です。民主主義者の悪いところは、民主主義もまたイデオロギーであるという自覚がないことです
 (中略)
世論調査をすれば脱原発派が多くても、民主主義の結果、原発はなくならない。あなたの眼前で起きていることは全て民主主義が機能した結果です。だから民主主義そのものを疑うべきなのです


困ったことに、いちいち納得させられます。穏健リベラルおじさんの時代は終焉して、過激派の時代に突入したのかと思ってしまうほど。参院選の後に目にした、耳にした、どんな「知識人」「インテリ識者」の言うことよりも、外山さんの言っていることが、いちいち腑に落ちる。これは、ほんとうに困ったことです。まずいなあ。

だって彼、過激派じゃないですか。選挙なんか意味が無い、民主主義を信じるな、ファシズムだ、と言っているわけじゃないですか。

多種多様なレイヤーが存在するということを認識し、であるからテクストによってそれらを可視化して、徹底的に対話をして、ものごとを暫定的に決めていくという考えは、あくまでも「民主主義」を前進させよう、成熟させよう、という土台が前提にあります。だから「次の一回の革命ですべて終わるなどと思ってはならない」し、何十年もかけて、言葉とともに文化的土壌を成熟させていかないといけない、と思っているのです。

おそらく同じように考えているであろう記者の「将棋の駒を一つずつ進めることを考えた方が現実的では」という質問に、外山さんは「それは欺瞞だ」と答えます。

フランスやアメリカで将棋盤がひっくり返されたから議会制民主主義が生まれたわけだし、戦後の日本だって、アメリカに将棋盤をひっくり返されて生まれているのですから。このゲームのルールでは絶対に自分たちには勝ち目がないのに、それでもゲームを続けようとするのは不真面目です。そもそも日本では、ゲームのルールは書き換えられるんだということすら忘れられている。だから頑固な反原発派の私が、こうやって不真面目に訴え続けているのです


民主主義なんかでは、ものごとが決められないとさえ言っている。

有権者は消費者ですよ。それでいいじゃないですか。今日は何食べようかとか損した得したとか言いながら一生を終える。政治なんかに興味を持たずに暮らせるのはいい社会です。賢い有権者になれなんて余計なお世話です。賢くなれと有権者を叱咤するよりは、選挙権を免許試験制にして、たとえば100点取ったら100票、20点なら20票と賢さによって差をつければいい


「知」に対する態度としては、佐々木中さんとは真逆であるようにも見えます。「知」を持てる者の、持たざる者への傲慢な態度にも見える。彼の言うことを真に受けてしまうのは危険であるようにも思える。
しかしあるいは、「知らなくていいではないか。知ってどうするのですか。」という点では、佐々木さんと同じなのかもと思ったり。「それは欺瞞だ」という発言とは矛盾するようですが、「短期的な“実効性”の類はハナから眼中にない」とも言っていたり。

まだよくこの人のことが分からないんです。だけど、前者3人と並べて語ることがふさわしいのかどうかは分かりませんけれども、「革命について」と題したこの原稿に、彼の名前を取りあげないわけにはいかないという思いに、ぼくは抗うことができませんでした。


ポレポレ東中野で上映中の、映画「立候補」というドキュメンタリー映画が大きな話題を呼んでいます。ぼくも観ましたが、ぐいぐい引き込まれて目が離せませんでした。泡沫候補を題材に、「泡沫候補たちはなぜ300万円も支払って選挙に立候補するのか?その原動力を探ったドキュメンタリー映画」というふれこみですが、映画を観ても、その疑問は少しも解けませんでした。あえて言うならば、分からないということが分かった。マック赤坂という人物について、理解しようとすればするほど、理解できなかった。けれども、もっと大事なことが分かりました。

彼らが立候補する理由。そんなもの簡単に分かるものか。簡単に分かるような理由なんて、ペラペラの嘘っぱちですよ。圧倒的アウェイ環境の中で、ひとり阿呆のように踊り続けるマック赤坂の姿を見て、あるいは嘲笑と罵声を浴びせる群衆を前にして、大きな問いを突きつけられるのは自分自身です。彼ら泡沫候補が存在する理由とは、すなわち、ぼくらが存在する理由でもあったのです(過去記事)。

この映画は、タテ糸となる要素とヨコ糸となる要素が絡み合って出来ています。おもに供託金のしくみ等を取り上げながら、選挙制度への批判、あるいは「政治」そのものへの根源的な問いかけをなすのがタテ糸。このタテ糸の骨子となってるのが、外山さんの東京都知事立候補時(2007年)の政権放送、そしてインタビュー映像なのです。彼の言葉が、この映画を引き締めている。それから、マック赤坂氏をはじめ泡沫候補を取り巻く様々な人間関係、人間模様がヨコ糸となっています。そしてクライマックスでは、タテ糸とヨコ糸が奇跡的な邂逅を果たし、観る者に「革命」をもたらします。まさに、いま観るべき映画だと思います。





0. わたしの場合とあなたの場合

やっとここまで来ました。読んでくれてありがとう。

もういちど、ぼくも、あなたも、自らの投票行為をふり返ってみましょう。

政党選挙の意味自体が問われています。二大政党制は完全に幻と消えました。自民党に対抗し得る政党はどこにもない。リベラルな勢力は徒党を組むことなく空中分解してしまった。マニフェストは形骸化し、いかに相手側が公約を守れないか、あるいはいかに口だけ良いことを言っているか、をあげつらうためのものになってしまった。

今後、選挙という機会があったとして、ぼくらは何を根拠に投票したらいいのでしょうか。政策なのか、人なのか、何を根拠に投票するのか。

たぶん多くの人にとっては「いかに騙されないようにするか」が焦点だったりします。「民主党にはもう騙されない」という有権者の猜疑心の結果が、同党の現在の惨状でしょう。自民党だって信用できないし、じゃあ信用できるところなんてどこにも無いんだから投票しないという選択も出てくる。
これって完全に「消費者マインド」なんですよね。コストパフォーマンスまで考え、誇大宣伝に騙されないように、「いい商品」を手にしたい。いかに賢い消費者になるか、ということを自らに課している。だから、大手代理店と手を組み、マスメディアを巻き込んだ広告戦略を手中にできる「なんとなくやってくれそうな」大手が大勝しちゃう。けっきょくのところ、勝ち馬に乗るという行為と変わりない。

でも、「いかに騙されないようにするか」という基準で投票することは、果たして生産的な行為でしょうか。有権者として政治にコミットしていると言えるんでしょうか。
というか、「騙される」ことってそんなに悪いことなんでしょうか。そもそもほんとうに「騙された」のでしょうか。「騙された気になっている」だけかもしれません。テレビや新聞がこう言っているから、わたしは騙されたのだ、というふうに感じているならば、それは虚像です。

ぼくが、あなたが、休日の時間を割いて投票所に足を運び、投じてきた一票が意味をもつのは、テレビや新聞の中ではありません。ぼくや、あなたの生活の中です。自分の家計を見てみましょう。確定申告で自分の課税率を見てみましょう。パートナーや子供たちの声を聞きましょう。テレビや新聞は、そこまで調べてはくれません。



「革命は子どもの生を「守護する」ことでなくてはならない」
佐々木中さんの言葉です。

本記事に取りあげた4人は、みな70年代生まれでぼくと同世代。「反原発」という点でも一致しています。



坂口恭平、佐々木中、三宅洋平、外山恒一。
彼らの言動に触れたとき、ぼくはドキドキする。あるいはワクワクする。自分の中の直感が、これは自分にとって大事な体験だと教えてくれる。脳味噌が躍動する。

改めて、「革命」とは何か。辞書で調べてみると

かく‐めい【革命】
1 被支配階級が時の支配階級を倒して政治権力を握り、政治・経済・社会体制を根本的に変革すること。フランス革命・ロシア革命など。
2 物事が急激に発展・変革すること。「産業―」「流通―」
3 古代中国で、天命が改まり、王朝の変わること。
4 陰陽道で、辛酉の年のこと。争乱が多いとされて、改元などが行われた。

とあります。しかし、そんな既存の定義などはどうでもよろしい。
自らの中に眠る被支配意識が、支配意識を倒したとき、それまでの思考の枠組みが根本的に変革される。それは、とってもエキサイティングな体験です。

そのような「革命」とは、絶えず自己の内側に話しかけ「確かめる」という行為を抜きにしては、なし得ない。
JAPANESE SYNCHRO SYSTEMの曲(2006年)を聴いて、そんなことも思いました。



もういちど、確かめよう。
彼らの言動に触れたとき、ぼくはドキドキした。ワクワクした。自分の中の直感が、これは自分にとって大事な体験だと教えてくれた。脳味噌が躍動した。

それが「革命」につながるか否かはさて置いたとしても、「考える」ということは本来そういった躍動感を伴う自由な行為なのであり、それこそが「学び」の源流なのではないかと思う。

彼らになら、騙されてもいいと思う。
ぼくは、その直感を信じたい。



革命について(2)はこちら

革命について(1)坂口恭平、佐々木中、三宅洋平、外山恒一に学ぶ、ぼくらの革命

革命について(1)坂口恭平、佐々木中、三宅洋平、外山恒一に学ぶ、ぼくらの革命 2013.08.08 Thursday [妄想] comments(4)
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山形市報より 戦争の記憶その2

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8月6日 広島原爆忌
8月9日 長崎原爆忌
8月15日 終戦記念日

敗戦から68年。国民の大部分が「戦争を知らない世代」となり、語り継がれることも少なくなりました。ぼく自身も戦争体験者の話を生で聞いたことはありません。

なにげなく市報を眺めていたら、そろそろ原爆忌と終戦記念日が近づいていることに気づきました。そろそろそんな時期だよと他人から言われないと、その日付も、戦争があったという事実さえも忘れてしまっているくらい、ぼく自身の中には戦争というものに対して血肉化した想いがありません。

広報やまがた2013年8月1日号より
山形市平和都市宣言 (全文)

世界の恒久平和は、人類共通の念願である。
しかるに、核兵器拡大競争は依然として行われており、人類の生存に深刻な脅威を与えている。我が国は、唯一の核被爆国として、率先しあらゆる機会を通じて、核兵器廃絶を訴えなければならない。
ここに、山形市は、非核三原則の堅持とすべての国の核兵器廃絶を求め、人類の恒久平和を希求し、平和都市の宣言をする。

(昭和59年3月22日 市議会議決)


これが単なるスローガンだけに終わらないように、憲法改正への動きと合わせて、せめてこの時期くらいは想いを馳せてみようと思います。

同じく市報より、山形市内に住む方の戦争体験談を転載します。

広報やまがた2013年8月1日号より
語り継ぐ戦争体験  遠藤 竹雄さん

 私に召集令状が届いたのは昭和19年7月、26歳のときでした。当時、警察官として長井警察署に勤務していました。召集令状が届いたとき、「まさか自分が戦争に行くことになるとは」という思いがしました。その後、福原村(現尾花沢市)にあった陸軍の訓練場で歩兵としての訓練を受けました。そして、同じ年の 11月、下関から朝鮮半島の釜山(ぷさん)に上陸しました。
 私たちに下された命令は、当時中国の臨時首都であった重慶(じゅうけい)に進軍することでした。私たちは、重慶を目指すため、釜山から北京(ぺきん)を経由し長沙(ちょうさ)まで貨物列車で移動しました。そこから先は歩いて目的地に向かって移動する行軍 (こうぐん) となりました。私が所属したのは「弾(だん)12018部隊」という部隊です。部隊の名前に 「弾」という文字が入っているのですが、これは、鉄砲の弾のように「行ったきり帰ってこない」 ことを表すと聞きました。
 行軍はいくつもの部隊が連なって歩きます。その規模は1000人ほどになっていたと思います。山道は一列、その他は二列で進んで行きます。
 背のう(はいのう。リュックサック)の中には、3日分の食糧、固形燃料、下着などを入れ、外側の上部には筒状に巻いた外套(がいとう。コート)と雨衣を付け、その上に円匙(えんぴ。小型のシャベル)や十字鍬(じゅうじしゅう。小型のつるはし) 、頭を守るための鉄かぶとを乗せていました。さらに短剣や銃弾が取り付けられたベルト、雑のう、水筒を身に付け、手には三八式歩兵銃を持っていました。その他、蚊の媒介によって発症するマラリアが恐ろしいものであったので、頭からかぶる防虫網も備えていました。 全て合わせた重量は、八貫目(約32kg)ほどあったと思います。
 昼間は見つかる恐れがあるため、じっと身を潜め、夜になるとそれらを持ち行軍しました。毎夜重慶を目指し、一日十里(約40km)ほども歩いたでしょうか。それは大変つらいものでした。 「皆に付いていかなければ置いていかれてしまう。置いていかれれば命取りになる」皆そう思い、気を張って歩き続けました。
 山道には比較的隠れることができる所があるのですが、平地ではそうはいきません。平地で昼間を過ごさなくてはならない場合、それぞれの隊員が、地面に人が一人入るくらいの 「たこつぼ」 と呼ばれる穴を掘り、その中に潜んでいました。中国軍の飛行機が来ると、かぶとをかぶり、飛行機が去るまでじっとしていました。その当時は日本が勝つまで戦うという気持ちばかりでしたので、不安になることは不思議とありませんでした。
 中国は広く、何カ月歩いても目的の重慶にはなかなかたどりつきません。そのようなとき、中国軍がまいたとみられる「日本は戦争に負けた」と書かれたビラを拾いました。私は、上官にそのビラを見せましたが、上官は初めは信じようとしませんでした。しかし、確認の結果、その情報が事実ということが判明すると、上官は突然刀を地面に突き刺し、しばらく何かを考えていました。そして一言、 「分かった」と言い、ついに降伏を決意しました。私は、上官が刀を取り出したとき、切腹するのではないかと心配しましたが、自分が死ねば、残った部下たちが困ることになるのではと考え直し、降伏に踏み切ったのではないかと思います。これは、終戦から3日目の8月18日の出来事でした。
 その後、私たちは中国軍の捕虜となり、 武昌(ぶしょう)という都市で捕虜生活を送りました。食糧が乏しいため、腕時計や万年筆を地元住民から食糧に交換してもらったりもする生活を送るなか、私はマラリアに罹患 (りかん) し、苦しい思いもしました。
 捕虜生活を8カ月ほど送り、昭和21年5月、ようやく私たちは帰国することができました。私は、まさかこんなに早く日本に帰ることができるとは正直思ってもいなかったため、 喜びが溢れ出てきました。
 しかし、中国軍の機銃掃射で失った仲間のことや召集される前に現役兵として3年間従事していた満州国境警備に私と入れ替えで赴任した仲間たちが、その後激戦地の沖縄に送られ帰ってくることができなかったことなどを思うと複雑な気持ちになりました。
 一歩間違えば、私もその運命をたどったかもしれないと考えると戦争の恐ろしさが込み上げてきます。
 私は、二度と殺伐とした戦争をしたくはありません。そして、私が戦争で味わった、悲惨で、苦しい思いを私の子や孫、そして戦争を知らない若い世代の人たちにはさせたくありません。
 私は、 この平和な時代がいつまでも続くよう願っています。


実際に戦争の現場を体験された方の話を聞くことは、たいへん貴重だと思います。会議室で司令を下すような人たちの言葉ではなく、ひとたび戦争になれば否応なく現地に駆り出されることになる「ふつうの人たち」の話をもっと聞きたいと思います。

3年前に書いた記事です。

戦争の記憶

いまもこの考えと大きな違いはありません。


人は、目に見えない観念的な世界平和や社会正義のために生きることはできません。目の前の家族のためだけを思って、生きることができます。それはエゴイスティックで利己的なことでしょうか。でも、それが真実だと思います。人間は(というよりも自分自身は)本来そういう性質をもっている生き物だということを、まず認識することから始めないと、前に進まないと思うのです。

改憲を叫ぶ方の中によくあるロジックとして、家族を守るためにこそ、戦わなければならないんだ、というものがあります。「愛する者を守るため」。これは、いかにも男ゴコロをくすぐるフレーズです。しかし、愛する家族は、夫または父親が戦地に赴くことを望んでいるのでしょうか。守るって、何から何を?

どこの国に於いても、戦場で犠牲になるのは何の罪も無い住民であり、実際に戦地に赴く兵士たちです。改憲を訴えるような政治家は、決して自らは戦場に立たない立場の人たちです。そして、「正義」がつくられないかぎりは、戦争は起こりません。「お国のため」の、その「国」の中に、自分の愛する「家族」が含まれているのかどうか、よく考えてみる必要があると思います。


山形市報より 戦争の記憶その2

山形市報より 戦争の記憶その2 2013.08.04 Sunday [妄想] comments(0)
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あ、そういう意味? 麻生さんの発言より

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話題となっている麻生副総理の「ナチス発言」ですが、ご本人が発言を撤回されました。東京新聞の記事によれば、

「私のナチス政権に関する発言が、私の真意と異なり誤解を招いたことは遺憾である。」
「私がナチス及びワイマール憲法に係る経緯について、極めて否定的にとらえていることは、私の発言全体から明らかである。」

と仰っています。

先の選挙で大勝して、思わず本音がこぼれたんじゃないかとか、民主主義を否定しないと言いながら、静かにこっそり変えてしまえだなんて恐ろしいとか、いろいろと悪い妄想が膨らんでしまっていたのですが、誤解だったんですね。いやあ誤解でよかった。

勝手に誤解したぼくらの方が悪いのに…今は申し訳ない気持ちで胸がイッパイです。撤回までして下さるなんて感動しました。さすが副総理、一時は総理まで務めただけあって器が違いますね。

ローコンテクストな言葉()で明瞭に語ることもできたはずなのに、「ナチス」という危険なワードを選びながら、敢えて抽象的で意味不明な言い方をした発言主の真意を汲み取るべきでした。まだまだぼくらにはリテラシーが足りないようです。

だからぼくらみたいなもんは、これから「静かに議論」されるであろう(まさかされないわけはないですよね?)自民党の改憲草案の条文も、誤解しないように、真意を汲み取りながら寄り添って読み解かないといけないですね。まさか草案まで撤回して頂くわけにはいきませんし。


小田嶋隆さんが、一連の騒動について書いておられます。
麻生さんの「真意」のゆくえ - 小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」

さすがですね。「ナチス」という単語と、現在の自民党の性癖を結びつけて、やっぱりお前ら普段からソウイウコト考えて(企てて)いるんだろと邪推しまくっていた単細胞なぼくと違って、たいへん冷静に判断を保留されています。

たしかに、麻生さんに対してもともと良くない印象を抱いていれば、悪意に解釈してしまうし、もともと良い印象を抱いていれば、善意に解釈してしまう。そういうクセが誰にでもあります。

同記事より
どうしてこんなにかけ離れた読み方になるのかというと、どちらの読み方も、麻生さんの心中を忖度し、彼が言葉足らずで言っていなかった部分を補った上で解釈したものだからだ。
つまり、普通に読んだら意味がわからないので、読み手の側が、解釈を発明しているわけなのだ。

では、本当の「真意」は、どこに宿っているのであろうか。

わからない。
というよりも、普通の読解力を持った普通の日本人が素直に耳を傾けて自然に「真意」が伝わってくるのが本来あるべき演説の姿なのであって、聴き手の側が一生懸命になって解釈しないとその「真意」が読み解けないような演説には、そもそも価値が無いと考えるべきなのだ。とすれば、わからない演説については、わからないままで放置するのが正しい態度なのである。


波紋を呼んだ第一報から2日ほど遅れて発表された、発言の全文とされる朝日新聞の記事を読んでみると、なるほど意味不明です。ほんとうに、これが政治家の発言かと思うくらい、理路整然としておらず、脈絡の無い言葉の羅列。これでは「読み手の側が、解釈を発明」せざるを得ないのも無理はありません。

全文を読んでも解釈ができないなんて、あんたリテラシーが欠如してるんだよ。
というお叱りの声も聞こえてきそうです。ですが、今回の麻生さんの件が提示している「リテラシー」とは、「断片だけの報道に惑わされずに、落ち着いて発言の全体(前後の文脈)を読んで、その意味を解釈する」という意味ではなく、「どうがんばっても解釈できない場合もある」という選択肢も「リテラシー」の中に可能性として入れておいてくれ、という意味での「リテラシー」ではないか、という小田嶋さんの見解に同意します。

ひょっとしたら麻生さんの発言は、講演というよりも、ポエムなのかもしれません。

作品から「意味性」を意図的に排除するという手法は芸術の分野などでよく見られます。アンディ・ウォーホルは「僕を知りたければ作品の表面だけを見てください。裏側には何もありません」と述べています。芸術家としての内面を排そうとしたのが彼の作品ですが、そういった彼の態度それ自体が芸術としての意味を付与されて解釈されているのは皮肉なことです。

人はそこに「意味」を求める。

だからおもしろいんですけどね。解釈がひとつしか無くて、作家の意図通りに読まれなければならない作品なんて、おもしろくない。これはどういう意味なのでしょうか、とポエムの言葉一言一句についての真意を作者に尋ねてしまうような「解説」があるとしたら、それは野暮です。そんなことはふつうしない。解釈を読者に委ねるからこそ、作品はゆるやかに大きくなっていくからです。解釈は受け手の数だけ存在する。アウトプットされた時点で、作品は作者の手を離れるものだとすら、ぼくは思っています。


もともと「意味性」を排したポエムなのですから、本人にその真意を問いただすのは野暮です。ましてや、麻生さんは作品を回収したのですから。あれは世に出せない程度のシロモノだったと気づいた(周りからそう言われた)のでしょう。

しかし、そうなると、発言を撤回した際の発言と矛盾してきます。
「私の真意と異なり誤解を招いた」という発言からは、私の真意(作家の意図)が存在しており、その通りに解釈されなかったのは遺憾である、という態度が読み取れます。さらに「私がナチス及びワイマール憲法に係る経緯について、極めて否定的にとらえていることは、私の発言全体から明らかである」として、ぼくのように無教養な人物のために、作品の読み方についてまで指南されています。

ということは、麻生さんは誤読されたくは無かったということでしょうか。作品は作家の意図通りに読まれなければならないという考えなのでしょうか。
だとすると、あれは「意味性」を排したポエムでは無かったと。まさか、政治的な発言だったりするんでしょうか。もしこれが「政治的」な発言だったとするのならば、様相が変わってきます。対外的な意味合いも出てくる。

読み手の想像力にまかせるというのは、文学とか芸術の領域です。政治家が政治的な発言をするならば、ローコンテクストな言葉で語ったほうが、真意は伝わりやすい。情緒やノリでなんとかなるのは国内が相手の場合だけです。国際社会ではそうはいかない。「真意」はどこにあるのかなどという禅問答よりも、他国からどう見られるか、どう受け取られるかという「評判」のほうが外交では重いわけです。たとえそれが「意味性」を排したポエムであったとしても、政治的な立場からなされた発言は、「相手に解釈されたもの」が、相手にとっての真実になってしまう。いかようにでも解釈できるような、抽象的で曖昧な言葉を多用するのは、もともと伝えたくないのか、あるいは能無しかのどちらかでしょう。

しかし、これは不思議なことなのですが、政治家とりわけ与党議員の国会答弁などを見ていると、抽象的で曖昧な言葉が、まるでファミレスのマニュアルみたいにくり返される場面が多いことに気づきます。解釈の余地を残して、その場を濁しておけば、後から官僚の意図通りにコトを遂行できるからですね。官僚主導とはそのようにして行われるものであり、だから長らく官僚の作文を読んできた自民党の先生方はポエム(作文マニュアル)をお持ちなのです。

「官僚主導」から「政治主導」という改革を訴え、政権交代を成し遂げた政党がかつてありました。彼らは「情報公開」を党是とし、ローコンテクストな言葉で政策を人々に伝えることによって「政治主導」を体現するはずでした(少なくとも彼ら自身はそう言っていたように記憶します)。しかし彼らは政権につくことで失速しました。鳩山さんは、ローコンテクストな言葉と作文マニュアルの間で揺れ続けました。ブレまくりだとの批判を受けて、その後に続く執行部が選んだのは、なんと作文マニュアルでした。かくして彼らが発する言葉は自民党と変わらなくなりました。

日本語とは、そもそも「「聞き手」の想像力を頼りに会話をする。相手任せの言語である。」と池谷裕二さんは指摘しています(カタカナ英語でいいんじゃない?)。移ろい行く季節や、細やかな感情の機微など、行間の意味さえも聞き手の感性に依存するのが、日本語を育んできた日本の風土であるとしたら、論理的な議論の場において誤読されることが少ないクリアカットでローコンテクストな言葉は、日本にはそぐわないのかもしれません。敢えて争点をぼかし、けっきょく何を言ってるんだか分からなかった自民党が、情緒やノリだけで大勝するのですから。

こまごまとしたことはどうでもいいから、なんとなくやってくれそうな人が、やってくれそうなことを言っていればいいのです。それを読んだ人々がそれぞれ勝手に忖度して、解釈を発明するのです。それをいちいちポエムの発言主に言葉の意味を問いただすような真似は野暮だと見なされるのです、たとえば共産党みたいに。それが日本の「政治」なのです。

・・・いままではね。

もし、政治のことを、テレビや新聞の中の出来事から、自分の暮らしや身体、いのちの側に引き寄せようと思うならば、政治の言葉を自分の手元に引き寄せなければなりません。自分の生活や、家族や、はたらき方や子育て、生き方と向き合って、それを言語化して社会との関わりを説明しないといけない。それは、自分を主語としてローコンテクストな言葉でなされるべきです。有権者ひとりひとりが、そういった「自分の言葉」を持つようになったときに、はじめて「政治的議論」がスタートするでしょう。夢みたいな話です。


あ、そういう意味? 麻生さんの発言より

あ、そういう意味? 麻生さんの発言より 2013.08.02 Friday [政治・メディア] comments(0)
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『フィンランド流イクメンMIKKOの世界一しあわせな子育て』、『コウノドリ』、そしてぼく自身の出産立ち会いについて

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フィンランドのイクメン事情 ミッコ・コイヴマー氏の記事より

これ、とてもいい記事だと思います。
「イクメン」という言葉がない国フィンランド―ミッコ・コイヴマー駐日フィンランド大使館参事官に聞く"世界一幸せな子育て" - ハフィントン・ポスト


(画像はハフィントンポストより©大河内禎)

まあ、ぼくが北欧ラブなオタクであることは差っ引いて考えなければならないとしても、にしても、北欧における子育ての記事を目にするたびに、ぼくはため息が出てしまうのです。なにも北欧を無条件に礼賛したいとか、駐日フィンランド大使館のゆるキャラ「フィンたん」から袖の下を握らされたというわけではありませんが、なんというか、「憧れ」の気持ちですかね、素直に尊敬しちゃう。こういう社会が形成されているという事実に。

この記事では、フィンランド政府の子育て支援が充実している理由として、男女平等に対する意識を挙げています。フィンランドでは、「男性も育児をすることは普通なこと」。ミッコさんのように妻と協力して育児をする男性がとても多いそうです。なぜなら、「フィンランド人男性は男女は平等であると考えており、子育ての権利や責任についても公平に分かち合うべきだと考えている」から。
フィンランドは「世界で3番目に女性が参政権を得た国であり、世界で最初の女性議員が誕生した国」であり、「国会議員も5割近くが女性」なのだそう。

「男女平等」という視点、たいへん重要だと思います。

以前、クーリエジャポンの「ノルウェーの幸せな母親たち」という特集について紹介しました(北欧の子育て事情を支えるもの)。同記事の中でとりわけ印象的だったのが、この文章。

保育園の受け入れも、父親の育児休業も法律で保障されているこの国の根底にあるのは、男女が同じように働き、同じように家事をすることが、合計特殊出生率の上昇につながるという共通認識だ。


3児の母でもあり、現在の出生率上昇に大きく貢献したというノルウェーの女性大臣は「いま私たちが手にしている権利は、政治的決断の結果です」「男女が平等な社会を実現させるための政策は、経済を潤す石油よりも大切です。」「私たちが実現した政策は、社会の接着剤のような役割を果たしているのです。男女が同じように家事を行えば、離婚率が下がり、出生率も上がるのです。」と語っています。

この大臣の発言はとてもユニークですよね。男女が同じように家事を行えば離婚率が下がり出生率も上がるだなんて、日本だったら笑われるかもしれない。でも実はそれこそが核心なんじゃないかと思います。

日本の男性にとって「子育て」は異次元の世界であり、妻にお任せの場面があまりに多く、「自分とは関係ない」世界になってしまっていることが多かったと思います。戦後日本のロールモデルでは、父親が子育てにタッチすることは少なかった。核家族化が進む中で、お父さんは会社で夜遅くまで働き、お母さんがひとり育児に奮闘するのがふつうだったわけです。右肩上がりの成長を続ける日本企業の、年功序列や終身雇用といった企業制度が、ある種の社会保障的な役割を果たしていたという側面もあります。

しかし社会構造の変化とともに共働きがデフォルトになってきたにも関わらず、人々の意識にあるロールモデルがまだ「働くお父さんと家事をするお母さん」から抜け出せないために、いろいろな歪みが生まれているのだと思います。共働きでなければ生活が成り立たないような現在の日本の社会構造の中で、年功序列や終身雇用といった企業制度が崩れ、社会保障も杜撰であるならば、子どもを持つことによってリスクと負担が増えるということを考えれば出生率が下がるのは合理的に考えて当然のこと。もはや右肩上がりの経済成長など望めないのは明らかであるから、ロールモデルを書き換えなければならない。

・・・はずなのですが、いまの日本では子育て世代が少数派であるらしく、子育てに関する社会保障を手厚くするのは難しいかもしれません。子ども手当の処遇をみれば、それは如実に表れている。じゃあ、日本はこのまま「子育てしにくい社会」を堅持していくのか。政府が打ち出す子育て支援策が、ことごとくママたちから総スカンを食うのはなぜか。

ノルウェーの大臣は、なぜ男女平等な社会が出生率上昇につながると思ったのか。デンマークでは、なぜ買い物に行っても赤ちゃんを乗せたベビーカーを店の外に置きっぱなしにできるのか。北欧の充実した社会保障はいったいどこから生まれているのか。



ハフィントンポストの記事を読んで、ミッコ・コイヴマーさんが書いたという著書も読んでみました。そのタイトルはどうなの、というつっこみはさておき。



フィンランドにおける育児についてのコンセンサスは、同国での男女平等に対する意識の高さに由来するという、先述の記事を読み、フィンランドの育児事情とりわけ政府による財政支援の内実を詳しく知りたいと思って本書を手に取った人は(って、ぼくもそうですが)、ちょっと肩すかしを食うかもしれません。

本書は、フィンランドにおける子育て政策がどのように変遷してきたか、またその根幹となる男女平等に対する意識はどうやって培われていったのか、などについてはあまり紙面が割かれていません。ある程度、北欧の社会制度について興味のある人であれば、すでに知っているような内容が多いので、入門編といえるのかも。

その代わり、ミッコ・コイヴマーさん自身が父親になっていく上での体験談が本書のメインになっています。ミッコさんがどのように妊娠・出産と関わり、育児休暇をどのように過ごし、どのように子育てに関わり、何を感じているのか。パーソナルな内容ですが、そのぶん男性として共感できる部分も多く含まれています。というか、実はパーソナルな体験こそが大事であって、ミッコさんのような考えの人が多いからこそ、フィンランドの子育て政策が立案されていくわけです。

とはいえ、フィンランドの男性も昔からイクメンだったわけではなく、ミッコさんの親世代あたりはフィンランド人らしくシャイで寡黙ないわゆる「男性的」な男性が多いそうです。社会的にも始めから男性の育児休暇に寛容だったわけではなく、80年代後半には有名企業のCEOが「育児休暇をとる男性従業員は、職場に復帰すべきではない」と発言するなど現在とはまったく価値観の異なる社会だったとか。
それがなぜ、この数十年で男女の定義やアイデンティティについて大いなる変化があり、子供やパートナーへの愛情を大っぴらに示すようになり、「男性も育児をすることは普通なこと」となったのでしょうか。

(そのまんまですが、)子育てに携わるようになったから、だと思います。
すなわち、「男女が同じように働き、同じように家事(育児)をすること」です。

ミッコさんは以下のように語っています。
『フィンランド流イクメンMIKKOの世界一しあわせな子育て』より
子どもが生まれる前なら、男女はふたりの個人でいられます。しかし子どもが生まれたら両親は「チーム」となり、互いに助け合わなければなりません。


男性がこのことに気づくこと。身にしみて体感すること。
それが「イクメン」の第一義的価値であり、その結果として、「父親は子どもと一緒にいたいと思っている。今日のフィンランド社会はその考えを受け入れ、奨励さえしている。」という流れにつながっていくのだと、ぼくは思っています。

一般的に、“労働”に対する「たいへんさ(苦労)」と「やりがい(幸せ)」は、日本では老若男女にとてもよく認識されています。苦労は買ってでもしろとまで言う。けれども、“子育て”に関する「たいへんさ(苦労)」と「やりがい(幸せ)」はあまり認知されていない気がします。やってみないと分からない。ぼくも自分が子どもを持つまで、子供にまつわることなんて、ほとんど何も知りませんでした。自分が子を持ってみて、はじめて知る世界のなんと多いことか。視界がまるで違う。

ぼくは自分の子が生まれるまで、自分が子供を持つなんて想像もできなかったし、他人の子供にもほとんど関心がありませんでした。ところが、子供が生まれることで一変しました。生まれ変わったと言ってもいいかもしれない。子供の存在がこんなに愛しいものだとは知らなかったし、育児がこんなにしんどいということを身を以て知りました。そうすると、妻との連帯意識が強まったのはもちろん、ふしぎなことに他人の子も可愛く思えてくるようになり、親への感謝の気持ちも生まれ、いろいろなことに寛容になりました。それまで無関心だった政治のことを考えるようになったのも、子どもがいたからです。目の前で日々じぶんのちからで成長していく我が子のすがたを見ていると、ああ、世界をつくっていくのはまぎれもなく自分自身なんだと気づかされるし、そうして、未来の子どもたちが暮らす社会をつくるのが、いまの一票なのだと初めて知りました。



出産と向き合う 漫画『コウノドリ』より

子育ては、自分自身の弱さと向き合うことでもあります。

見たくないけど、そこにあるものを見ないといけない。
自分が思い描く台本通りになんか何ひとついかない。
子育てはそんな日々でもあります。

雑誌「モーニング」で連載中の『コウノドリ』という漫画が話題になっています。産科医を主人公にした、妊娠・出産がテーマの漫画が男性誌で連載されているというのも、時代の流れだなあと思いつつ。



こちらで第4話まで試し読みできます。ハンカチをご用意してご覧下さい。
コウノドリ / 鈴ノ木ユウ - モーニング公式サイト - モアイ

「出産は病気ではない。だから通常の出産に保険はきかない。産科医療は怪我や病気を治す訳ではない。なので通常の出産に産科医は必要ない。だが、何かが起こりうるから産科医は必要なのだ──。」

命が生まれるということが、いかに奇跡的なことであるか。
医療技術の進歩により、「何かが起こった」場合の赤ちゃんの命が助かるケースも増えました。しかし出産とは、もともと母子ともに生きるか死ぬか、文字通り命がけの出来事です。
そんなことを、ぼくがいくら力説したって説得力ありません。10ヶ月間、自分のお腹の中で新しい命と、そして体重と、アップダウンする精神と対峙し続ける母親が持つリアリティ。鼻の穴からスイカを出すとか、鬼の金棒をぐりぐり回しながら尿道から出すなどと形容される出産の痛みに比べたら、男性が浮ついた言葉で飾り立てたキレイゴトなんて、お花畑に毛の生えた程度のものでしかない。

上記『コウノドリ』試し読みの中で印象的だったシーン。



授かった第一子が無脳症だという事実に直面した夫婦は、夫と妻がそれぞれ極限まで思い悩み、苦しみ、すれ違っていきます。「まかせるよ。産むのはお前だから。」夫のこのセリフが、妻にとってどれほどショックであるかは言うまでもありませんが、男性ってこういうことを言ってしまいがちでもあります。見たくないものを、見ないようにする。見たくないものからは、目を背ける。それを正当化するためにあれこれ理屈をこねる。現実と向き合うのが怖いほど、男とは理論武装をしたがるものです。ぼくも自身の胸に手を当ててみればそういう傾向がある。だから、このシーンにどきっとした。自分を戒める意味でも、そう思います。

母親にとってお腹の中の新しい命が「私の赤ちゃん」であることに異論は無いし、その世界観において男は到底かなわない。と同時に、「私達の赤ちゃん」でもあるという事実。女性のように、自らの体内で鼓動を感じることは出来ないし、それを実感することはなかなか難しいことでもあります。パートナーと寄り添うことで、少しずつ育んでいくしかないのだろうなと。



ぼく自身の出産立ち会いについて

ぼくには現在、3歳の息子と1歳の娘がいます。2度とも出産に立ち会いました。上の子は予定日ぴったりで、陣痛室から13時間での出産、下の子は予定日から数日遅れて陣痛室から2時間ほどでした。幸運にもどちらもフリースタイルでの自然分娩で、ぼくの唯一の仕事はへその緒を切ったことぐらいです。あとは、ほんとうに、一緒に「居ただけ」です。

出産時にビデオカメラを回すという行為が、ぼくには理解できないので(それ後から観るの?)それは無しにするとしても、のたうちまわり続ける目の前の妻に対して、何かしてあげられる、役に立つことがある、と思ったら大間違いです。何もできません。薄暗い陣痛室で十数時間、何もできません。じゃあ立ち会いなんてしなくてもいいんじゃないか。理屈で言うとそうなりますが、そうじゃない。

何もできない無力な自分と向き合うこの時間こそが、出産立ち会いの意味なんじゃないかとさえ思います。


第二子出産の翌日に、ぼくは以下のようにツイートしています。

陣痛の耐えがたい痛みに苦しむ妻を目の前にして、夫に何ができるか。はっきり言うと、何もできない。余計な手出しをするとかえって邪魔になるくらい。でも、何もできないのと何もする気がないのは違う。何もできないのにそこに居続けること。

何もできない自分を嫌というほど見せつけられること。それが出産立ち会いの大きな経験になっている。

何もできないこと。だったらはじめから何もしないということと、何もできないけどそこに一緒にいること。あるいは実際に何かをしてあげることが、相手の望むことなのか、それとも何もできない自分を誤魔化すための行為だったりはしないか。寄り添うということの意味。

(ツイート引用ここまで)


「イクメン」とは何か。子供の面倒をみることか。家事を手伝うことか。たしかにそれも重要です。子育てに決まった型があるわけではないし、役割をどう分担するかは、それぞれの夫婦で決めればよいことです。ミッコさんは、フィンランドでは「男性と女性の定義と役割は自由でフレキシブルである」と語っています。
いちばん大事なのは、そういったことを通して、夫婦で協力し合って子育てに携わることで、子育ての空気を「共有」することだと思います。いままで「母親」だけに過剰に偏っていた「育児のこと」を、夫婦が一緒に考えていくことが、いちばん大事だと思います。

上の世代からは「なよなよ」しているように見えるかもしれないけど、病院の産科で見かける若いパパのやさしそうな雰囲気は、決して「弱さ」の現れってわけじゃないだろうと思うんです。べつに、女性や子供に迎合しているわけじゃない。そうしたいからしているのです。



フィンランドではどうしてイクメンが多いのか。なぜ、フィンランドの父親は子どもと一緒にいたいと思っているのか。「(子育ては)とても大変です。自分の自由時間は、ほどんどないです。でもその代わりに日々、成長して学んでゆく子供を愛することは、とても楽しいです。子育ては大変な仕事ですが、代わりはありません。」というミッコさんの言葉に集約されていると思います。

『フィンランド流イクメンMIKKOの世界一しあわせな子育て』より
僕の人生に息子と娘が登場したからというもの、彼らなしの人生は想像できなくなりました。子どもたちが生まれる前の自分を想像することは、思い出すのも難しいくらい。仕事が終わった後の自由な時間はどう過ごしていたんだろう?エリサと僕、ふたりきりの生活はどんな感じだっただろうか?いま思えば、その頃の自分はいまとはまったく違う人間でした。


子供が生まれることで、女性は変わるとよく言われます。
それは、男性も同じなのだと、ぼくは自分自身の体験からそう思います。

第一子が産まれたその瞬間。
なんだか分からないけど、ぼくは涙が止まりませんでした。嗚咽といっていい。生まれたばかりの赤ちゃんも、痛みに耐えぬいた妻も、愛おしくてしょうがなかった。命が誕生する瞬間の、あの空気を夫婦で「共有」したこと。それから、その日の夜にはじめて3人で「お泊まり保育」したこと。ぼくにとってあの体験が、子育ての原体験になっています。



『フィンランド流イクメンMIKKOの世界一しあわせな子育て』、『コウノドリ』、そしてぼく自身の出産立ち会いについて

『フィンランド流イクメンMIKKOの世界一しあわせな子育て』、『コウノドリ』、そしてぼく自身の出産立ち会いについて 2013.07.30 Tuesday [子育て・教育] comments(0)
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原発と劣化ウラン弾

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2010年に発行された本であり、ぼくも発売当初に購入していながら、ずっと積ん読状態だった堤未果著『もうひとつの核なき世界』。2011年3月の東日本大震災と、それに伴い発生した原発事故および放射能汚染の問題は、解決の糸口も見えない状態で現在も継続中ですが、事故から2年半が経って、ようやく本書が提示する「核なき世界」という問題と向き合ってみようという気になったので読み始めています(まだ読み終えていないので、書評はまた後にします)。



2009年4月、オバマ大統領がプラハで行った「核なき世界」演説。この演説は高く評価され、オバマはノーベル平和賞を受賞。しかし、堤さんは、オバマのこの演説は欺瞞なのではないか、と疑問を呈します。「核なき世界」宣言後も、アメリカは軍事目的に莫大な費用を計上し続けているからです。そして、アメリカは、「他国が核を捨てない限り、米国は核を捨てない」とも言っています(参考)。個人的に、オバマは信用できる人物だと思いたいのですが、さて。

本書は、湾岸戦争やイラク戦争において劣化ウラン弾によって被曝したとされる米兵への取材から始まります。劣化ウラン弾とは、放射性廃棄物から作られる「安い、堅い、便利」な兵器。なにせ材料は捨てるほどあるわけです、原発を所有する国には。劣化ウランから成るこの弾は、分厚い戦車の鋼鈑を貫通し、破片も出さずにガス化、そのときの高熱で戦車内の兵士を即死させ、さらに放射性ガスも出るという小型破壊兵器。さらに土や水、食べ物も汚染されるとも言われています。実践に使用されたこの劣化ウラン弾によって、イラク国民はもとより、前線に赴いた米軍の帰還兵の多くも後遺症に苦しんでいるそうです。

そういえば以前、劣化ウラン弾についての本を読んだことを思い出しました。



本書で取りあげられている帰還兵ジェラルド・マシュー氏は、先述の堤さんの本でも登場します。ジェラルド・マシューさんは、戦地から帰還後、夜眠れないなど精神的に不安定になり、また体調の異変に気づいたそうです。そこで診断を受けるも、戦地に赴いたことによるPTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断されます。しかし、同様の症状を訴える帰還兵が多数いることを知り、劣化ウラン弾の影響ではないかと疑い始めます。

この本を読んだ当時の感想文をブログに載せていたので再掲します。

ヒバクシャになったイラク帰還兵 劣化ウラン弾の被害を告発する / 佐藤真紀

イラク帰還兵であるジェラルド・マシューは針で刺すような偏頭痛をはじめとした体の不調を来す。また帰還後に産まれた娘は右手の指が無いという先天的な障害を持っていた。ジェラルドはこれらが戦地に於ける劣化ウランの影響だとの疑いを持ち、軍に検査の要請をするが「あなたの娘の障害は劣化ウランとは関係がない」という判で押したような返答が帰ってくるだけだった。軍は劣化ウランの危険性さえも認めようとはしない。2005年9月、8名のイラク帰還兵とその家族がアメリカ合衆国陸軍省を相手に裁判を起こす。劣化ウラン兵器のイラク戦争での使用、劣化ウラン兵器の人体に対する危険性を知りながら、イラクに従軍した兵士に対して何ら警告を与えず、防御の為の措置を講ずることもなく汚染にさらし、帰還後も正確な診断をすることなく適切な治療をおこたったことに基づき、損害賠償を求めた。

僕は本書ではじめて「劣化ウラン」の存在を知ったのだが、湾岸戦争やイラク戦争で「劣化ウラン弾」という兵器が使用されたという事実を知っている人はどれだけいるのだろうか。その兵器が使用後も放射性を持ったまま放置され、ジェラルドのように前線ではなく武器の回収作業によってさえも被爆する危険性があるということを。そもそもが現地へ派遣される兵士でさえも「劣化ウラン」という言葉を知らない人が殆どだというのだ。いつだって被害を被るのは指揮を執る人間ではなく現場の人間だ。それだけに現場を知る人たちの声こそが、政府やペンタゴンの発表よりも生々しく真実を語っているように思う。政府に反する声を挙げることは多大な困難を伴う。ジェラルドは劣化ウランの訴訟を起こしてから、それまでの友人たちが全く連絡をくれなくなったそうだ。イラクでは湾岸戦争後、先天性障害を持つ子供が急増しているそうだ。戦争の現場を知る人たちは必ず戦争の恐ろしさを語る。戦争の現場を知らない人ほど勇ましい。

ヨーロッパでは同様の帰還兵や家族に対する補償が認められた例が幾つもあり、ベルギーでは今年(編注:2009年)6月に、劣化ウラン弾禁止法が施行された。日本は相変わらず様子見、というかアメリカ追従の姿勢を崩さない。日米関係がある以上率先して禁止の旗は振れない、というわけだ。そこまでして保とうとする日米関係って何なんだろう。

(再掲ここまで)


米軍の帰還兵たちの体調異変と、劣化ウランとの因果関係は示されていません。一説では、放射能による影響よりも、ウランの重金属としての毒性のほうが危険であるとも言われています。直感的にはこれで因果関係ないと考えるほうが不自然だろうと思いますし、けれども米軍が認めるわけがないということは分かります。もしかしたら、ほんとうに分からないのかもしれない。しかし、いずれにしてもそれについての情報が積極的に開示されないという点において、人々が不信を抱くのは当然であるとも言えます。

米軍が劣化ウラン弾を使用し続ける理由 - WIRED.jpより
イラク等実戦で劣化ウラン弾を使用した地域での白血病の罹患率や奇形児出生の増加、あるいは米軍帰還兵の湾岸戦争症候群などの健康被害が報告されているが、米政府は証拠不十分との立場を取っている。米国の復員軍人省は2007年、兵士たちのガン情報を非公開にすると決定した


そりゃ「何かあるぞ」と思うのがふつうでしょう。
日本での放射能をめぐる状況と酷似していますね。

放射能も、劣化ウラン弾も、健康被害への影響については諸説あるようですし、素人のぼくにはまったく判断がつきません。ただ、その周辺に漂う「うさん臭い」雰囲気、同じニオイがするように感じてしまうぼくは陰謀論者になるのかしら。「政府は事実を隠蔽している、国民を見殺しにする気だ」なのか、「知らせてもどうにもならない(賠償もできない)から言うだけ野暮」なのか、それとも「まだ予断は許さないけれども、ただちに影響は無い」なのか、「この程度なら大丈夫でしょう」なのか、あるいは「分からない」なのか、ほんとうに分からないのです。


劣化ウラン弾は核兵器とは呼ばれませんが、核のエネルギー源であるウラン、原子力発電の副産物である核廃棄物と密接に関わっています。イラク戦争の大義名分であった大量破壊兵器はけっきょく見つかりませんでしたが、アメリカ軍は劣化ウラン弾という小型破壊兵器を大量にバラまきました。

小沢健二は、「原発問題とはエネルギー問題ではなく、軍事問題だ」と言っています。

季刊誌『子どもと昔話』にて連載されている小沢健二の寓話『うさぎ!』。2011年7月に発表された第24話は、原発について書かれた作品であり、2012年の7月にネット公開されて話題を呼びました。原子力発電という存在が、どのようにしてスタートして現在に至るのかについて、各種文献にあたって解説してあります。ぜひ多くの人に読んでもらいたい内容です。

1940年代や50年代には、採算が合わないために実現可能ではないとされていた原子力発電。)榲のコストが高すぎるし、他の燃料であと15世紀は発電できるし、事故が起こったら「想像するだけでも身の毛のよだつことになる」という意見は、ビジネス界も科学界も一致していたそうです。アイゼンハワー大統領が「原子力の平和利用」を訴えても変わらなかった彼らの態度を変化させ、強固に閉ざされていた原発産業への扉を開く鍵となったい箸浪燭。

小沢健二 うさぎ!第24話(2011年7月)より
1957年、プライス=アンダーソン法(PA法、原発事故賠償法)ができる。原発事故の際の賠償の上限を5億6000万ドルに設定して、うち5億ドルは国家が払い、電力会社は6000万ドルまでしか払わなくていい、という法律。
要は、賠償金を怖れて原発に参加することを渋るエネルギー企業たちを、「事故があっても賠償金は少額しか払わなくて良いですよ」と、安心させるための法律だ。
PA法は、再承認がくり返されて、現在もある。
そして2001年には、エネルギーに詳しいチェイニー副大統領が言っている。PA法がなくなったら「原子力発電所には、誰も投資しなくなる」と。
そうか。有用な技術には投資が集まる、と言うけれど、原発技術の場合は、少なくとも基地帝国の場合、たった一つの法律、PA法がなくなるだけで、まったく投資が集まらなくなるわけだ。
そういう技術なわけだ。


なるほど、そういう技術なわけです。日本でもあの事故以前まで、原発はクリーンで低コストだとされてきた、いわゆる安全神話が、実は、事故が起きた場合のことや、核廃棄物の処理についてまったく考慮されてない上でのことだということが分かりました。

しかしなぜ、アイゼンハワー大統領は「原子力の平和利用」を訴え、多額の費用をかけてまで原発を推進しようとしたのでしょうか。まだ「原子力ムラ」が形成される前の話ですから。

同記事より
原発の歴史の中で、「二重目的炉」という言葉が聞こえる。「二重目的炉であれば、原発の採算は合う」と。
二重の目的のうち、一つは電力を売る商売。でも、それはビジネス界の長い抵抗や、保険業界の査定やPA法からも分かるように、市場経済の中でまともに成り立つ商売ではない。
もう一つの目的は、軍事目的。核兵器の材料になるプルトニウムを国家に調達すること。その軍事的なプラスを含めれば、原発を持つ理由はある。「二重目的炉であれば、原発の採算は合う」は、そういう意味だ。
理由がある、エネルギー。核兵器の製造と保持、という理由が。
謎が解ける気がしないだろうか?

(中略)

周りの国が次々と核武装する世で、核武装した国と関わらずに、核兵器を持たない覚悟ができるだろうか? 核軍事衛星が噂される時代に、核兵器を持たず、それでも独立した、自立した国として生きていく見通しが、決意が持てるだろうか? 核武装した大国の属国として、表向きだけ「反核」を唱えるのは楽だ。裏では大国の田舎町に保管された核兵器(事故が起こるのは必ず田舎町だ)と、密接な関係を持てるのだから。でも、そういう形ではなく生きていくとしたら?
それは、全身全霊をかけて答える問いになる。

「違うよ、原発問題はエネルギー問題で、うちの国はエネルギー問題に取り組んでいるんだよ」と言う無邪気な人は、同じ主張をしている、他の国を見ればいい。
イランや北朝鮮やベネズエラが「エネルギー問題に取り組むために原発を建てている」と言ったら、国際世論は、何と言って批難するだろう?
必ず「あれは軍事目的だ!核兵器が目的だ!」と批難する。
彼らがそう言うのは、自分の国の原子炉が「二重目的炉」だからではないだろうか? エネルギーだけを目的とした原子炉なんて、本当は採算が合わず、有り得ないことを、よーく知っているからなのではないだろうか?
正統な歴史を注意深く見ると、「原発問題」ってのがあるとしたら、それは軍事問題のように思える。
たぶん、そうだ。


原子力発電の、そもそもの出発点が軍事問題なのだとしたら、いくらエネルギー問題について論を重ねても、原発問題は解決しないでしょう。軍事問題そのものが無くならないかぎりは、放射性廃棄物から劣化ウラン弾は作られ続けるでしょう。先述の記事中にもありましたが、オバマ大統領は、理想主義的である一方で、極めて現実主義的でもあるのです。その点は忘れてはならないでしょう。

「他国が核を捨てない限り、米国は核を捨てない」という思想と論理は、アメリカだけでなく世界のスタンダードなのです。
森達也さんのコラムより。

(あすを探る 社会)9条の国、誇り高き痩せ我慢 森達也 - 朝日新聞より
アメリカの銃社会をテーマとしたドキュメンタリー映画『ボウリング・フォー・コロンバイン』でマイケル・ムーアは、黒人や先住民族を加虐してきた建国の歴史があるからこそ、アメリカ市民は銃を手放せないのだと主張した。報復が怖いからだ。つまり銃を手もとに置く人は勇敢なのではない。臆病なのだ。
 こうしてアメリカの正義が発動し、正当防衛の概念が拡大する。丸腰の高校生を射殺した自警団男性の正当防衛が認められて、無罪評決になったことは記憶に新しい。
NRA(全米ライフル協会)の主張に同意する日本人は少ないだろう。頭の回路がどうかしていると思う人もいるはずだ。でも実のところこの思想と論理は、世界のスタンダードでもある。
核兵器や軍隊の存在理由だ。
我が国の軍隊は、他国に侵略する意図などない。でも悪い国が軍隊を持っている。だから攻められたときのために、国家は軍隊を常備しなくてはならない。つまり抑止力。理屈はNRAとまったく変わらない。
こうして誤射や過剰防衛が起き、それをきっかけに戦争が始まる。人類はそんな歴史を繰り返している。


いま、9条を改正しようという自民党が圧倒的与党となり、参院選での大勝を受けた翌日には、安倍首相が「武器輸出三原則の抜本的な見直しの議論を始める」と発表。さらには武器輸出三原則自体の撤廃まで目論んでいるとまで云われています(参考)。安倍政権がこのように舵を執る根拠に日米同盟があることは明らかで、名実ともに安倍首相は、鳩山氏によって日本が失いかけた、アメリカ追従の姿勢を取り戻しました。
さらに60余年間にわたってやせ我慢して守り抜いてきた9条を捨て、「世界のスタンダード」たる強い日本を取り戻そうとしています。もしかしたら、安倍首相は現実主義的なのかもしれません。
その一方で、安倍首相が思い描く理想というものが、ぼくには少しも伝わってきません。
「憲法改正」して、「国防軍」を創設して、どういう国を作りたいのか。単純に戦前回帰だとは思いません。ただ、現実主義的に原発を再稼働し、現実主義的に憲法改正し、現実主義的に世界のスタンダードたる国防軍を創設したときに、現実主義的に核廃棄物から劣化ウラン弾を作る、なんてことにならないことを願います。


原発と劣化ウラン弾

原発と劣化ウラン弾 2013.07.25 Thursday [政治・メディア] comments(0)
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つまりは知名度なんだけど、じゃあ知名度って何なのさっていう(参院選2013:比例区「候補者名」での得票数から)

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10人中10人がこう言うと思いますが、参院選は予想されていた通りの結果になりました。自民党の圧勝も、民主党の惨敗も、絵に描いたよう。共産党の躍進や山本太郎の当選がややサプライズとはいえ、前哨戦であった都議選の結果からある程度予想されていたことです。とはいえ、共産党以外の野党が、ここまで見事に泡沫政党と化していくのを見るのはなかなか忍びない気持ちです。3年後までに建て直せるんでしょうか。

これからしばらくは「対立」の時代になるんでしょうね。圧倒的数の強さを誇る与党と、それにすり寄る勢力。そして、それに噛み付く抵抗勢力。なにせ首相自身が、自説に反対する人々に対して狭量な態度を見せていますので、「対立」構図はそう簡単には埋まらないでしょう。むしろ硬直化していく。与党が強権的であればあるほど、レジスタンスの気運は必ず出てくる。自民党への積極的支持層がそれほど多いとは思いません。共産党の躍進や山本太郎の当選は、日本全体を覆う「対立」構図が硬直化してきたことの現れであるように思います。だから「調整型」の議員は当選できない。今後しばらくは「たしかな野党」共産党に、権力の暴走を阻止してもらうことを期待するしかないでしょう。

いろいろと思う点はありますが、選挙の総括はすでに多くの人がされていますし、これからも分析がされるべきことですので、あまり話題にならなそうなところをつついてみます。ちょっとおもしろいなと思うことがあったので。


昨年末の衆院選では、小選挙区制という仕組みへの批判が割と多く見られました。ぼくも、これじゃ選びようがないじゃないかとだいぶ悩んだし、死票が多く出る小選挙区制への疑問も抱きました。どうせ決まっているから、と投票率の低下にもつながる。

参院選は、小選挙区と中選挙区が混在したような制度になっています。定数が複数人である都市部は候補者も多く中選挙区のような扱い。1人区が多い地方在住者にとっては今回も小選挙区のジレンマを感じることになったと思います。幸運にも、ぼくの選挙区は応援したい候補が当落線上に位置する激戦区でしたので、選挙区での迷いはありませんでした。結果は残念でしたが、投票行為自体には納得しています。

ややこしいのが比例区。衆院選とは異なり、「党名」でも「候補者名」でも記入できます。だいたいそれを知らずに投票所に行ってから掲示されている紙を見て選ぶという人が意外に多いのでは。参院選の比例区「非拘束名簿式」のしくみについては下記の説明をご覧下さい。
21日に投開票、投票の仕組みは? - 産経新聞

で、今回の結果を見てみると、

≪選挙情報≫ NHK 2013 参院選(参議院議員選挙 開票結果) - NHK

なるほど、党毎に100万票で1議席なんですね。生活の党は議席獲得まであと一歩。惜しかった。
で、さっきのNHKのページで各党派をクリックすると、「候補者名」での得票数が見れます。これがおもしろい。17万票を獲得した三宅洋平氏が落選で、10万票の渡邉美樹氏が当選という、比例区マジック。なるほど、いくら「候補者名」で投票できるといっても、比例区っていうのはあくまでも「党」なんですね。党の知名度によって決まる。

で、よく見てみたら「候補者名」での得票数は、なんと上位6名までが公明党の議員なんですね。自民党1位で42万票なのに公明党1位は99万票。自民党の上位議員もおそらく利害の絡む組織的得票の方々なのでしょう(よく知らんが)が、それをはるかに上回る。この数字を知ったらおもしろくなってきたので、NHKのページをもとに集計してみました。検算してないので間違ってたらごめんなさい。

党派
得票数
議席
「候補者名」での得票数
得票数における
「候補者名」の割合
候補者数
自民党
18,460,404
18
4,380,274
24%
29名
公明党
7,568,080
7
4,234,935
56%
17名
民主党
7,134,215
7
2,035,499
29%
20名
日本維新の会
6,355,299
6
1,163,733
18%
30名
共産党
5,154,055
5
506,286
9.8%
17名
みんなの党
4,755,160
4
533,735
11%
15名
社民党
1,255,235
1
317,008
25%
4名
生活の党
943,836
0
219,847
23%
6名
新党大地
523,146
0
124,297
24%
9名
緑の党
457,862
0
215,400
47%
9名
みどりの風
430,673
0
111,042
26%
3名
幸福実現党
191,643
0
38,347
20%
3名


総得票数における、「候補者名」での得票数が占める割合(以下「割合」)を見てみると、だいたいが20%前後で推移していますが、公明党がダントツの56%。組織的に動員されて、きちんと統率されていることが分かります。この組織力はすごいわ。幸福実現党と比べても、質・量ともに組織的強さにおいて圧倒的。

同じく組織的動員のイメージがある共産党の割合は、もっとも低い9.8%。これは、ふだん支持政党の無い無党派層が共産党に流れたという解釈でいいのかな。所属議員の顔は知らないけど、自民党へのアンチテーゼとして共産党に入れるという。これも一種の「風」かと。例えば維新の会のアントニオ猪木のように有名人候補がいないというせいもあるかと思います。

維新の会やみんなの党の割合が低めなのも、無党派層の期待が表れたものでしょう。議員のことはよく知らないけど「なにかやってくれそう」というイメージ。「風」ですね。なにしろ、猪木氏は「政策について、維新の会と打ち合わせをしたことがない。選挙に風を吹かせてくれといわれて・・・。元気を入れる役回り」と自分で言っているぐらいですから(参考参考)。

そして公明党と並んで割合が突出しているのが、緑の党。「候補者名」での得票数のうち、8割以上が三宅洋平さんに対する票です。17万票って多いのか少ないのかよく分からないなあと思っていましたが、こうやって見るとすごいですね。党の知名度も、組織力も無い中でこの得票はすごい。
これはもしもシリーズの思考実験ですが、三宅洋平さんは、たとえば生活の党から出ていれば議席を獲得できたかもしれません。あるいは社民党から上の、今回議席を得た政党のいずれかに所属していれば当選でした。

ぼくもそうなんですが、三宅洋平さんに投票した人は、おそらく「緑の党」に入れたというよりも「三宅さん個人」に投票したという感覚のほうが強かったのではないでしょうか。もし大選挙区制なら彼は当選していたかもしれない。だから、ワタミより多いのに〜と思ってしまう。だけど、それはルールだからしょうがない。

比例区はあくまでも「党」の争いなんですね。「候補者名」を記入することで、その感覚を忘れてしまう。総得票数に対する「候補者名」での得票数の少なさをみても(三宅雪子さんで3万票台ってちょっと驚きでした)、鍵を握るのはあくまでも党としての知名度。生活の党や緑の党はその存在すら知らない人もけっこういるのでは。
三宅洋平さんは、「全候補中26番目の得票で一人の政治的立場としての存在感は生む事ができた」としつつも、「ルールはルール。それを理解して臨んだので言い訳にするつもりはない。比例で勝つには、強い党を作らなければならない」と言っています。

やっぱり、比例区でわざわざ「候補者名」を書くのは、その候補を応援したいという場合か、あるいは自分が所属している組織の利害に関わる場合か、いずれにしても政治に対してある程度コミットしようとしている人に限られます。投票所に来るまで比例の投票方式も知らなかったような人は、議員名まで書きはしないでしょう(以前のぼくはそうでした)。なんとなくのイメージやそのときの「風」で政党名を選ぶわけです。けっきょくは「候補者名」がどうのこうのというような細々としたことよりも、自民党なら誰でもいいという意味での得票が1,400万票あることが圧倒的なわけで。

少数政党が議席を獲得するには、少数政党同士でまとまって選挙協力するか、選挙制度を変えるか、あるいは議員定数を増やすか、しかない。昨今のトレンドでもある「議員定数の削減」が、ほんとうに政治家自身の「身を切る」ものなのか、よく考えた方がいいと思います。ぼくは、増やしたほうが民意を反映できると思う。

と、まあいろいろと妄想を膨らませながらNHKのページを眺めていたのですが、実は個人的にいちばん衝撃だったのは意外なところにありました。


新党大地の鈴木宗男氏。



写真を見てもらうと分かりますが、ムネオハウスで有名な、あの鈴木宗男代表ではありません。今回の参院選に出馬したのは、鈴木宗男代表と同姓同名の鈴木宗男氏です。
新党大地「鈴木宗男」氏を擁立 出馬できない代表と同姓同名 - 産経新聞

「知名度を生かした支持票を集める狙い」として出馬した、この鈴木宗男氏がなんと党内トップの6万票。これって、三宅洋平(17万)は別格として、三宅雪子(3万票)、谷岡郁子(5万票)、山田正彦(4万票)、東祥三(3万票)など、実績もあり、個人的には応援したいと思っていた議員の得票数よりも多い。

失礼ながら、鈴木宗男氏に期待して票を入れた人はそんないないでしょう。投票所に掲載されている比例区名簿を見て、あら鈴木宗男だわ、なんつってカキコしたぐらいのもんじゃないでしょうか。それが「知名度を生かした支持票」の正体なのでは。鈴木宗男代表の知名度ではあるけれども、投票された鈴木宗男氏は鈴木宗男代表ではない。いわば、非実在知名度。それが、これだけ得票しちゃう。

これって、「知名度」っていったい何だよという、新党大地からの痛烈な皮肉なのか。選挙を使った壮大な風刺なのか。


三宅洋平さんが17万票を得たのは、三宅さんの「知名度」です。だけど比例区で勝つには、党としての「知名度」が必要でした。だから議員としては、大きな政党に所属したほうが有利だし、逆に政党としては、「知名度」のあるタレント候補を擁立しようとする。その結果、党の力で当選した議員は党議拘束に縛られることになるし、有名人候補は単なる客寄せパンダになる。

選挙戦の戦略って、つまりは「知名度」ってことに集約されるんだろうけど、じゃあ「知名度」っていったい何なのさっていう。それ、「政治」に関係あるのかな。っていうか実在してるのかな。


つまりは知名度なんだけど、じゃあ知名度って何なのさっていう(参院選2013:比例区「候補者名」での得票数から)

つまりは知名度なんだけど、じゃあ知名度って何なのさっていう(参院選2013:比例区「候補者名」での得票数から) 2013.07.23 Tuesday [政治・メディア] comments(2)
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なにを基準に投票するのか問題

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参院選まであと3日。
ネット選挙解禁によって投票率が上がるとは思いませんが、公示後もこうやって気にせず選挙のことを書けるという点において、ネット選挙解禁はよかったなあと思います。

と同時に、懸念していたように、意見の相違による対立構造の可視化、反目し合う勢力への非難の応酬も多く見られます。まあ、その手のいざこざはネット解禁以前からありましたし、民主党が政権交代する直前の自民党による怪しげなネガキャンがかえって反発を招いたことも思い出されます。選挙でのネガキャンといえば、アメリカなんかではもっと露骨らしいですけど。

対立構図の激化によって、知りたいことがかき消えてしまうのは残念だなあと思います。どっちが正しいとかどっちがデマだとか、そういうことよりも、単純にあなたの考えが聞きたいと思う。

内田樹さんのツイートより
参院選選挙戦後半になって、だんだんネガティブキャンペーンが苛烈になってきました。「・・・を落せ」というタイプの政治的発言を見る機会がここに来て増えてきましたけれど、僕はこういう文型で政治を語るのは「なんか肌に合わない」です。個人的趣味なので、一般化する気はないですけど。

発言が過激になるのは、基本的には有権者の判断力を信じていないからです。だから、驚かそうと思って、大きい声でずばずば断言する。どうして静かな声で情理を尽くして説くということができないんでしょう。そんな選挙ができている国は世界のどこにもないのかも知れないけれど、それでも。


個人的な趣味としてたいへん共感します。たしかに選挙は「戦い」であり「おまつり」であるのかもしれませんが、どうもあの「レース感覚」は好きになれない。個人的にめっちゃ支持したい候補者がいたとして、街頭でその人や選挙カーに会ったとしても、手をふったりはしないと思います。

じゃあお前は徹底的に各候補の政策を吟味して、比較検討した上で、クールに選んでいるのかと問われればそうでもない。「政策」で選ぶのか、「人」で選ぶのか、という命題に対してぼくは答えを出すことができていません。


上記の内田さんのツイートをきっかけに、とあるツイ友さんからメンションをいただきました。そこから展開していった会話がおもしろかったのでまとめてみます。村上さんとぼくとは支持政党が違います。だけど政治の話題についてはフランクにメンションし合える間柄でもあります。そういう距離感って貴重だなと思いつつ。


村上:
近い問題意識を持っている人の間で、いくつかの解決策となる候補がある場合が一番集約が難しい状況になるなぁと思います。問題について考えれば考えるほどそうなる、というのは本当に難しいです。
あまり考えてない人とか、逆の考えの人っていうのは説得の仕様もあるんですが、例えば保育園を増やしたいね、というふうな近い問題を抱えている人同士の場合「保育園を増やします」といってくれる候補者が複数いると投票先が分かれてしまうという。
そこで苛烈な言葉が出てくる状況になってくるとつらいなと…。どうでもよさそうなマジョリティは安穏と当選していき、何とかしたい人同士はともすれば反目したうえに共倒れ、みたいな。でも、選挙は通過点、という気持ちを忘れないでいきたいなぁというところです。

山澤:
ふむ、そうなると野党は結集せよという話になっちゃうんですかね。ぼくの場合は「苛烈な言葉」が生理的にダメなんです、選挙に限らず。たぶんそういうこと。
昨日、政策マッチングの「えらぼーと」なんてものをやってみたんですが、あんま参考にならないなと。いや、ほぼ合ってるんだけど、なんか足りないというか、こんなんで決めれないぜと。
「政策の言葉」だけでは投票原理にならないんじゃないかと。例えばマック赤坂は今回マトモなこと言ってます(えらぼーとならたぶんマッチングするはず)が、(自分が都民だとしても)投票しようとは思わない。じゃあいったい何なのか。

村上:
人それぞれ、なにかが響くんでしょうね。それが分かれ道とすると、あまりにも人の根本部分でのジャッジすぎてなおのこと一致させるのは難しいってことになっちゃいますね…。まあ、それで健全な状態とは思います。

山澤:
いや、そういうことだと思いますよ。「感覚」なんじゃないかなーと。感覚っつっても、直感だけじゃなくて、ロジックも含めた上での、肌感覚。
ロジック「だけ」では他人を説得できないのも、そういうことだと思うんです。やっぱり体験とか体感がないと理解できないし。「論破」で人は変わらない。

村上:
そういう意味ではどぶ板ってやつは意味があるんですよねぇ。程度が問題なのと、それ「だけ」じゃダメだろと思いますが。
「政治的な意見をかわすこと」がタブー視されてきているのはやはり同調圧力っていうか村社会というか、内田さんの本にも同趣旨の内容があった気がしますが、かなり打破が難しいのだろうなー。あと自分自身が否定されるかのように感じちゃう、のはなぜですかね?

山澤:
「政治」と「自分」が切り離されているからじゃないですかね。やっぱり昔は政治は「利権」で動いていたから、政治の話=利権の話だった。自分は「利権」には与してないということを殊更にアピールしようとする心理が「無党派層」という括りなのかと。

村上:
なるほど。それは面白い!そういうことかも。
なるほどなるほど。今でも、ちょっとした要求として「保育園を」とか言ってもかつての利権イメージがついてきちゃう、ということもありそうですね。「権利ばっかり主張して」にもつながりそうな。
まあ政治の方向性も音楽の趣味と同レベルでいいんじゃないかというあたりをスタートラインにできるとすごく気が楽になります。

山澤:
あ、それすごく分かります。個人の政治的見解の違いなんて、昼めしマクドナルドにする?モスバーガーにする?それとも思い切って寿司?くらいの選択の違いでしかないです。スタバ行く?デモ行く?くらいの感じになるといいなあ。(現在の自民党にはそこまで寛容に思えるほど心が広くないですが…)

村上:
それについて(編注:自民党)は、たとえて言うと「パンクかヘビメタかpopか」ではなくて「音楽が好きかどうでもいいか」という分かれ道部分に該当するかなと。好きか嫌いかだと大枠で簡単に分けられますけど、どうしてもジャーマンメタルは許せないとか、そういう。あ、ジャーマンメタルは一時大好きでした。

山澤:
ぷぷっ。そうですね。音楽について語ることじゃなくて、JASRACについて語ることになっちゃいますね。


ぼくは今回、比例区での投票先を決めかねていたのですが、先日Youtubeで三宅洋平さんの唄う選挙演説を見て、この人に決めました。それまでべつに注目していたわけでもないのに、自分でも驚くほど、すっとそう決めた。彼が主張する政策についての細かな点については吟味していないし、主要な政党に属さずにたった一人で国会に乗り込んで政治家としてどこまでやれるのかは分かりません。彼の主張をもっと吟味しなくていいのかという気もするし、たぶん調べていったらまた迷うことになると思います。荒削りだし。

それでも、ぼくは自分の感性が感じたヴァイヴを信じることにしました。「政治のことば」が変わっていくことに期待して、一票を投じるつもりです。そういう投票の仕方もアリってこと、じゃないかと。


SOH BUNZOHさんのツイートより
よく選挙で「入れたい人がいない」「誰に入れたらいいかわからない」という意見を耳にするじゃん。どうしても分からない人は、極端な話顔で選んじゃってもいいと思うんだ。ポスターとか、街頭演説とか、政見放送とかで顔ぐらい見るでしょ。その印象を信じて一票、はアリだと思う

そりゃ政治は言葉よ。ロジック大事よ。政策大事よ。でもな、いきなり勉強して政策の是非検討しろっつったって分かんない奴はいっぱいいるだろう。そういう人らに「君たちは勉強が足りない、民主主義社会の成熟した市民たるために云々」つったってんますます投票したくなくなるに決まってんじゃねえか。

見た目で選ぶ、なんて言ったらいかにも安易な選択に見えるだろう。でも「こいつは自分にとってよさげな事をしてくれそうか、安心して政治をやってもらえそうか」を顔とか印象だけで本気で選んだら結構大変だよ。頭使うというより、五感使うよちゃんとやったら。

そして、そういう選び方をした候補者と、それこそロジックを詰めて、政策におかしなところがないか、ごまかしがないか、できもしなさそうな事言ってないかを検討した末に選んだ候補者とに大きな違いがあるとは、俺は思えないんだ。意外と似た感じに落ち着くんじゃないかな。

繰り返すけど、この方法が一番いいとはもちろん言わないし、やっぱり色んなことは知っておいた方がいい。でもね、「知らないから」「分かんないから」「関係ないから」で選挙行かないよりは、「あ、この人良さげ☆」で一票入れた方が絶対いいです。


顔とか印象だけで本気で選んだら五感を使う、とか、五感で選んだ候補とロジックで選んだ候補に大きな違いはない、という指摘に同感です。ぼくはものごとを考える基本として、感覚を優先させる人間です。文章を書くにも、ああこの感覚を表現するには…と逡巡しながら言葉に落とし込んでいく感じ。言葉がぽんぽん出るタイプではありません。だから、五感とロジックを近似値に持っていきたがるのもぼくの個人的趣味で、一般化はできないかもしれませんが。

選び方は人それぞれでいいと思うんです。ロジックでも五感でも、選び方は何でもいいから「自分で選んだ」という経緯があれば、その候補者が当選しようが落選しようが、その後どうしていくかを見ていく気になります。あるいは当選した対立候補の言動をチェックしていく気になる。投票という行為からはじまるわけです。


「政治」と「自分」は切り離されたものではありません。つながっているものです。自分は「利権」には与してない「無党派層」であることを殊更にアピールする必要もない。だってそれふつうのことなんだから。「べつに○○を支持するわけじゃないが」という枕詞をいちいち付けるのもめんどくさい。そのときどき毎に支持する政党が変わるなんて、べつにふつうのことじゃないですか。それを「無党派層」と呼ぶんですかね。じゃあ逆に「支持」って何なんだろう。

「おらが村に」利権という便宜を図ることで、投票を呼びかけるような時代はもう過ぎ去ったんです。若い世代にまで利権を分配できるだけの財力がもうこの国には無いんだから。だから選挙の主流は「風」になりました。
既得権側からしてみれば、利権でコントロールできない若い人たちには「無党派層」であることを自覚してもらって、政治に幻滅して無関心でいてもらうか、あるいはテレビが演出する「風」に乗ってもらうか。できれば、自分の頭で考えてほしくはないんですよ、「有権者の判断力を信じていない」わけだし。

顔でも選べないというなら、「風」に乗ったっていいから、いちど投票してみるといい。
で、だいたい失敗するわけです。そこで、じゃあ自分のロジックや五感のどこがダメだったかを検証して補正していけばいいだけの話です。というか、それこそが大事。投票はスタート地点でもあります。投票してみてはじめて分かることもある。

「若者の投票率が〜」と言うけど、若者の多くが賢い選択をするわけじゃありません。いくら「選挙に行こう!」と訴えても、どうせ投票に行く人は行くし、行かない人は行かない。「棄権はオール・イエス」というのも事実。若者の投票率が低いほうが都合がいいのも事実。だけど、若者が投票に行けば未来は変わる!とか過剰な期待を押し付けるのは儚い幻想だと思います。そこに自分の勝手な期待を込めているんならやめたほうがいい。まずは投票に行ってもらって、そこからやっとはじまるというぐらいの段なのです。だから誰がどこに投票しようが恨みっこなしです。

個人の政治的見解の違いなんて、昼めしマクドナルドにする?モスバーガーにする?それとも思い切って寿司?くらいの選択の違いでしかないんだから。そのときの気分や、フトコロ具合や、メンバー(家族構成)によって変わることだってあるわけだから。誰にとっても旨くてコスパも最高なメシなんて存在しない。立場や環境が変われば、見え方が変わってくるのは当たり前です。自分がジャーマンメタルは嫌いでも、ジャーマンメタルが好きな人もいるということは理解したい。だって音楽好きであることに変わりはないじゃないですか。自分の趣味と違うからといって見下したり、ましてや改心させようとか懲らしめようというのは筋違いですよね。



ということを踏まえた上で、現在の自民党は「政策の違い」で括れる範囲を逸脱しています。だいたいにおいて、首相自らが、自説に反対する人々を「左翼の皆さん」とか「恥ずかしい大人の代表」と侮蔑の言葉で見下してしまうのは、政権与党の態度としてまずいでしょう。ジャーマンメタル好きを否定しているわけで、それって音楽好きの態度でしょうか。「ねじれ解消」しないと政治が前に進まないと言うのも、反対意見と対峙するだけの甲斐性が無いと言っているようなものです。対立構図が強調されることで、情理を尽くした小さな声はかき消えてしまう。

安倍政権の高支持率の理由は経済政策だと言われます。だけどぼくの周囲に景気が上がる気配なんてぜんぜん無い。何をもって、もう少し辛抱すればアベノミクスの恩恵にあずかれると信奉できるのかがぼくには理解できません。改憲についてはもっと深刻です。石破幹事長は、国防軍の中に軍法会議の設置を盛り込むことについても言及しています。自民党改憲草案でググってみれば、現在の自民党が憲法のイロハをも理解していないことが分かります。現在の自民党は、かつて国民政党として君臨した自民党と同じではないです。保守政党でもない。

想田和弘さんのツイートより
自民よりマシな政党がないから自民に入れるって言う人は、自民の政策を知らないのだろうか。例えば憲法を改悪して、国民の人権を奪おうと本気で考えている政党以上に酷い政党があるとでもいうのだろうか。


一般論として、憲法を改正する必要があるというのは「感覚」です。自民党の憲法改正草案を知ることは「ロジック」です。「感覚」と「ロジック」の両方が必要です。一般論と個別事項をごっちゃにしてはだめです。改憲草案を一読もせずに、一般論として改憲に賛成だと言っただけの声だとしても、世論調査では「改憲に賛成」にカウントされます。それは自民党の改憲草案に賛成だというふうに受け取られます。音楽について語っているのか、JASRACについて語っているのか、きちんと確認したほうがいいです。

自民党や維新の会がやろうとしているのは、民主主義の無効化です。ぼくは政策的にみんなの党には賛同しないけど少なくとも話は通じそうな気はする。そこが決定的に違う。みんなの党と生活の党あたりで左右軸を展開して二大政党制やるんなら話分かりますけど、自民党と民主党を左右軸で語る意味ないです。政策の違い云々以前の軸自体がズレてんだから。だから、たとえば「原発を止めたければ自民・公明・維新・民主・みんな以外の党に入れろ」というのは間違ってはいないけれども、彼らを一緒くたにして敵視してしまうのはまた別問題だとも思うのです。

そこの軸がズレてさえいなければ、多少意見の違いがあっても「政治的な意見をかわすこと」はできるはずです。できるだろうか。できるといいなあ。少なくとも、ぼくは十何年か後になって、自分がこの人に投票したということとその理由を自分の子供たちにちゃんと説明できる人に投票したいと思います。


なにを基準に投票するのか問題

なにを基準に投票するのか問題 2013.07.18 Thursday [政治・メディア] comments(2)
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三宅洋平(比例区)緑の党 唄う選挙演説

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「政治のことば」を変えようとしているーーー

三宅洋平さんの「唄う選挙演説」を見て、ぼくが感じたのはそういうヴァイヴでした。こういう選挙演説もアリってこと、それ自体がおもしろい。



「いつものスタンスでマツリゴトを…スーツも着てみたけど、俺にはどうしたって窮屈で。日本の社会もスーツも。」
この迎合しないスタンスをぜひ貫いて欲しいです。映画「立候補」を観た後なので、なおさらそう思います。

連日35度を超える気温で、日本はもう温暖湿潤気候じゃなくて亜熱帯地方に突入したわけじゃないですか。タイとかフィリピンの仲間でしょう。いつまでもバブルな経済成長が続くわけないし、いつまでもスーツの時代に縛られてるときじゃないのですね。

埼玉大会で熱中症相次ぐ 熊谷38・3度
現実を無視した、こういう監督の時代錯誤な精神論や、杓子定規な日程組みによって熱中症が拡大します。気温の変化にも、時代の変化にも適応していくことが、それこそ「グローバル人材」育成なのでは。
気温が変わったのに、伝統という名を借りた自分の思い込みを変えることができない。日本の行政組織が硬直化しているのは、スーツに縛られているからです。スーツという「政治のことば」に縛られている。




三宅洋平さんの「唄う選挙演説」は、軽やかでした。

「政治のことば」を変えるって、べつに「チャラい言葉」を使うってことじゃないです。ぼくみたいなもんには、三宅さんの演説は熱すぎて眩しいし、いきなりタメ口っていうのもどちらかというと苦手です。だけど、そういうことじゃない。「政治のことば」を変えるって、そういう表層的な意味じゃない。「政治をマツリゴトに」という主張は、スーツを脱いで、新しい「政治のことば」を紡いでいこうぜ、ということだと思います。

三宅さんが変えようとしているのは、「公」という言葉の概念です。「公」を自分たちのマツリゴトとして引き寄せようとしている。前回の記事で書いたことのくり返しになりますが、大事なのでもういちど書きます。

日本では、公務員は既得権益とされてバッシングの対象になります。公務員や議員を減らせという声が世論としての主流です。まるで公務員が多いことが問題であるかのように扱われていますが、日本は公務員の少ない国であり、すべての欧米先進国より少ないというデータがあります(参考)。
「滅私奉公」なんていう言葉が美徳としてあることから考えても、日本における「公」という言葉の位置づけは推して知るべしです。

nakanemisaさんのツイートより
7〜8年前、diversity MLで「公」の概念がヨーロッパと日本ではまったく違うことを知った時は衝撃を受けた。「公」というのは「自分たち」のことなんだと。

公とは「お上」のことではなく、「自分たち」の総意。教育の捉え方は、この「公」の捉え方で大きく変わる。今ある社会に適応させること。ここ数十年の日本の教育の主な目的はそれだった。でも本当はもう一つの大切な側面がある。どんな社会をつくりたいのか、自分の志向や意志をもつ人を育てることだ。


「公」という言葉の使われ方と、「Public」という言葉の使われ方がまるで違うんですね。それらの言葉を聞いて想起するイメージもたぶん違うし、それらの言葉が使われるバックグラウンドもまったく異なっている。

2009年の政権交代で民主党が、松井孝治参院議員が中心となって打ち出した「新しい公共」とは、つまりこの「公」という言葉を再定義しようという意味でした。いままでの「お上にお任せ」型の政治から、有権者が「自分たちで引き受ける」政治へ。鳩山由紀夫氏が言っていた「裸踊り」もそういう文脈であったわけです。これは日本の政治史において、相当にドラスティックな変化になるはずでした。当時のぼくは、その期待も込めてこんな記事を書いています→「公」と「私」

だけど、そういうことはあまりアナウンスされなかったし、そういう認識は人々の間にほとんど浸透しなかった。民主党の迷走とともに、「新しい公共」はいつのまにか立ち消えて、そして忘れ去られていきました。

人々の意識下にある「お上にお任せ」は根強い。民主党が崩壊した後の自民党への振れ幅をみていると、そう感じざるを得ません。民主党がダメだったからやっぱり自民党、だなんて短絡的すぎる。知的な逡巡がなにも無い。だけどしょうがない。長いこと「お上にお任せ」でやってきた日本市民のバックグラウンドはそういう文化的土壌なのだから。一度や二度の政権交代で簡単に意識が変わるわけないんです。何十年もかけて、言葉とともに成熟させていかないといけない。

だからこそ、教育が重要です。

nakanemisaさんのツイートより
この世界のルールを知って従うことも必要。でも同時に、あなたは自由な意志をもって生き、この世界とルールをつくっていく一人でもあるということ。

意志をもつように育てるための何か特別な方法があるわけではないだろう。ただ言えるのは…子どもと、親や先生(学校)との間に、双方向のやりとりがあり、そのせめぎ合いで状況を変えていける体験することではないだろうか。一方的に押し付けるだけでは、考えない受け身な生き方を身につけさせてしまう。


「教育改革」が必要だと、誰もが言います。
だけど、どういうふうに変えていけば良いのか、その中身はそれぞれの考え方によります。自民党と民主党の教育観はぜんぜん違いました。「教育」という言葉で一緒くたにできない多様性をもっているのが、教育だと思います。言葉の字面通りの定義ではなく、話し手と言葉が含むニュアンスを見ないといけない。

「教育」という言葉を聞いた時に、ぼくたち大人は、自分が理解できる範囲で勝手に自分なりに解釈してしまいがちです。子供は、大人がもつ偏狭な理解や解釈を超えていく可能性をもっています。双方向のせめぎ合いを通して、言葉がもつ意味を再定義していくのも子供たちです。

「滅私奉公」から「活私開公」へ、「公」という言葉の概念が変わるとしたら、きっとそれまで無関心だった人たちの政治に対するスタンスも変わります。だいたいにおいて、「政治」という言葉を聞いたときにまずはじめに受けるネガティブなイメージをなんとかしたいですよね。政治家って、本当はクリエイティブな仕事であるべきだと思います。

フルタルフ文化堂 より
コトバが変わると人々の気持ちが変わる。政治が変わる。社会も変わる。人々のコミュニケーションのスタイルも変わる。だからリーダーこそが、しなやかなコトバ、自分のコトバで語りかけることは、本当に大切だ



演説の中(17:00〜)で、三宅さんがカバーしているトレイシー・チャップマンの「Talkin' Bout A Revolution」という曲。ぼくも大好きな曲です(ライブ映像)。
88年にリリースされた彼女のデビューアルバムに収録されています。


著者 : Tracy Chapman
Elektra / Wea
発売日 : 1994-07-08



いままでずっと歌詞の意味も知らずに聴いていたのですが(歌詞が分からなくてもヴァイヴを感じることができるのが音楽なんですよ、と言い訳)、この度きちんと歌詞カードを読んでみたらちょっとズシリときました。

Tracy Chapman 「Talkin' Bout A Revolution」歌詞対訳
ねぇ 判る?
世の中が言っているのは 革命のこと
ささやきのように・・・

幸福の 囲いの中にいても
救世軍には 涙を見せる
仕事もなく 無為に時を過ごし
けれど 何かを期待している

貧しい人々が今 立ち上がろうとしている
自分のものを 勝ち取るために

ねぇ 判る?
生きることは 走り続けること

そう、私たちが話しているのは 革命のこと


なにも政府転覆だけが革命ではありません。コトバの意味が変わること、それは大きな革命だと思います。

ぼくは先述の「唄う選挙演説」を見て、比例区は三宅洋平氏に投票することにしました。(参院選の比例区は、衆院選と違って「政党名でも候補者名でも記入できる」(候補者名だと個人と政党の双方にカウントされる)ということを事前に知れてよかった。いつも投票所に行ってからそのしくみを知って、膨大な候補者名簿を前にあわわとなるので。まずはこういうルールがもっとアナウンスされて然るべきと思います。)

自分でも驚くほど(もっと吟味しなくていいのかと)、すっとそう決めた。彼が主張する政策についての細かな点については吟味していないし、主要な政党に属さずにたった一人で国会に乗り込んで政治家としてどこまでやれるのかは分かりません。何も出来ないという結果になるかもしれない。

それでも、ぼくは自分の感性が感じたこのヴァイヴを信じることにします。「政治のことば」が変わっていくことに期待して、一票を投じるつもりです。そういう投票の仕方もアリってこと、じゃないかな。

何十年か後になって、自分がこの人に投票したということとその理由を自分の子供たちにちゃんと説明できる人に投票したい。そうすることで、子供たちにも自分で「考えて」ほしい。「俺も分かんねえことだらけだからさ、一緒に勉強していこうよ」と三宅さんは言います。自分の周辺から少しずつ、小さなRevolutionをしていくこと。そのことについて話し合うこと。「公」の概念を理解している(成熟した)大人が2割いれば、その社会は機能していく、という内田樹さんの言葉がぼくはずっと頭に残っているんです。

三宅洋平(比例区)緑の党 唄う選挙演説

三宅洋平(比例区)緑の党 唄う選挙演説 2013.07.16 Tuesday [政治・メディア] comments(0)
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