革命について(2)國分功一郎『来るべき民主主義』

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革命について(1)はこちら



「政治」というものが「政治家」によって動かされていると思ったら大間違いである。

居酒屋談義ではあたりまえの話かもしれない。政策のほとんどは官僚が決めており、政治家は官僚の作文を読むだけの存在である。そんなことは多くの人が経験的に知っている。だけど、それを言ってしまったら身も蓋もない。民主主義が成り立たないし、政治が成り立たない。民主主義という仕組みは、タテマエで成り立っている。

だから、あの政治家が悪いとか、政治なんてもともと信用していないとか、そんなもんでしょと諦観したり、なんだかんだと愚痴をこぼしながらも(居酒屋で行われる政治談義の99%は愚痴であろう)、ごくたまに行われる選挙の日には投票所に足を運び、一票を投じる。そして、どうせ何も変わらなかったと嘆息する。このくり返しだ。散々愚痴をこぼしながらも、馬鹿正直に票を投じることで、それが民主主義の結果なのであると諦観してしまう。選挙なんかやってもどうせ何も変わらない。それが「民度」の結果なんだよと。

だけど、ちょっと待って。政策のほとんどを官僚が決めているのだとしたら、なんで選挙なんてものが必要なんだ?開票から数秒で結果が出るような、選挙という名のお祭りは、はじめから結果が決まっているようなシロモノなんじゃないのか?お祭りとして、ただのガス抜きとして儀式的に行われているだけじゃないのか?

§



民主主義は、タテマエで成り立っているはずだ。結果としては多数決であるけれども、多数派の意見が絶対であり少数派を無視していいという理屈にはならない。政治家は国民に説明する責任がある。公約は守るものである。そういったタテマエがいまやほとんど蔑ろにされている。前言撤回など当たり前、なんでもありだ。

たとえばTPPでの重要5品目の件。簡単に覆される。その理由としてあれこれ屁理屈をこねるのが政治家の仕事になっている。TPP反対派の多くは、「そんなことはじめから分かっていた」と言うだろう。ぼくもそう思う。だけど、これはしっかりと批判すべきだ。なぜからそれがタテマエだからだ。はじめから分かっていたこととはいえ、タテマエとして公約で守ると言ってたわけで、それを現状追認を理由にこうも簡単に翻していいのなら、議会なんて必要なくなる。タテマエを蔑ろにしたら、民主主義は成り立たなくなる。民主主義はタテマエで成り立っているのに、マスコミはこれを批判しない。多くの無関心層はたぶん知りもしない。

いまや現実の世界では、タテマエなんてものは存在しないに等しいのだ。ぼくらはそういう世界に生きているという事実をまず認識しないといけない。

ひと月ほど前、思想家の東浩紀氏が「民主主義は本当にいいものなのかどうか」と発言していた。彼がどのように民主党に期待し、大きく失望させられ、またそれを取り巻く「大衆」の声に接してきたかを考えると、しごく当然の結果であると思う。

ここで東氏が言っていることは、非常に本質的なことであり、そして実は、革命家である外山恒一氏の言っていることとほとんど同じである。「革命について(1)」と題した過去記事で、ぼくは外山氏について少し書いた。参院選の数日後、朝日新聞紙上に掲載された彼のインタビューは、どんな「知識人」「インテリ識者」の言うことよりも腑に落ちる内容だった。困ったことに。

だって彼、過激派じゃないですか。選挙なんか意味が無い、民主主義を信じるな、ファシズムだ、と言っているわけじゃないですか。「民主主義」を前進させよう、成熟させよう、という土台で話をしようとしているのに、「それは欺瞞だ」「民主主義なんかでは、ものごとが決められない」と答える。困ったことに。

だけどいま、現実は、外山氏の言う通りになってしまっている。まじめに考えれば考えるほど、民主主義を疑いたくなる。「もはや政府転覆しか無い」という彼の言葉が脳内に反響する。選挙なんかやってもどうせ何も変わらない。結果はもう決まっている。民主主義なんて幻想である。選挙をすればするほど、自分がマイノリティであることを痛感させられ、そう思えてくる。政治家に対する不満をくどくど並べ立てて「政治」について語ったつもりになっている人も、実はほんとうのところ、深層の部分では「変わって欲しくない」と思っているんじゃないか。

現在の日本は、「民主主義を疑う」という段階に来ていると思う。

§



ぼくらには、政治に対する不満を延々と並べながら、どうせ何も変わらないと諦めながらも、実は前提となる信頼がある。それは「民主主義」に対する信頼だ。政治が変わらないのは「民度」が低いからなんだよと。つまり「民度」=「民主主義」が高まれば、良くなるはずだと。それはまるで、どこかに「理想的な民主主義」というものが存在している(だけど今はそこに達してないだけ)、という物言いだ。

社民党や共産党の人に聞きたい。圧倒的存在感を誇る自民党に対する野党として、その対抗勢力として長年ぶれずに存在してきたというその意義は分かる。ならば、そのような野党の声によって「民度」は高まったのか。いわゆる55年体制下で、日本の民主主義は高まったのか。一時は自民党に相対する存在であった社会党(民主党も)が息も絶え絶えになったのは何故か。現在の日本で、リベラルな意見を吸い上げてくれる場所があるのか。

カタチとしての二大政党制が、実は不満分子へのガス抜きとして利用されていただけだったとしたら。なんだんかんだで自民党は多数派の信用を勝ち得ていたわけで、本当は選挙なんか必要ないけれども儀式としての選挙があって、不満分子の溜飲を下げるために社会党があった。もしそういうことなのだとしたら、選挙で何かが変わるわけがない。それを甘受している野党側も、表面上は対立してみせながらも、実は深層のところでは自民党への信頼があったのではないか。

いや、正確に書こう。自民党への信頼ではない。日本の統治機構への信頼だ。それを表面上は長年自民党が担ってきたというだけの話である。では日本の統治機構とは何か。それはもうみんな知っているではないか。「政治」は「政治家」によって動かされているものではない。

§



國分功一郎『来るべき民主主義』は、この問いに真正面から向き合い、彼自身が小平市の住民運動に関わることを通して得られた深い洞察と思索に基づいた提言の書である。近代政治哲学を学んできた学徒である氏の「この問題に応えられなければ、自分がやっている学問は嘘だ」という言葉にぐっとくる。




國分氏はまずはじめに、そもそも「民主主義」とは何なのであるかを丁寧に解説してくれている。

近代国家が標榜する民主主義とは、三権分立が機能しているという前提に立っている。数年に一度、ぼくらには立法府に関わる機会が与えられる。それが選挙だ。選挙によって、ぼくらは自分たちの代表(代理人)を選ぶ。政治家はぼくらの代わりに、統治に関わるさまざまな法律を作り、予算配分を行う。行政府は、立法府が決めた予算と計画に従って粛々と事業を遂行する。法的な問題が発生すれば司法府が判断する。3つの権力が分立していることによって、お互いに暴走や癒着を防ぐという、先人の知恵である。

近代政治哲学は、立法権こそが統治に関わるすべてを決定する権力を持つ、すなわち主権であるという考えに基づいている。であるから、ぼくらは政治家に政策決定プロセスを代行してもらうのだ。それが議会制民主主義というシステムである。主権はあくまでも国民にある。近代政治哲学は、この前提をもとに展開される。よもやこの前提が誤っているとは思わない。というか、その前提を排したら議論にならない。國分さんもおそらくそうした前提のもとで近代政治哲学を学んでいた。しかしある日、「バットで頭を殴られたような衝撃」を受ける。

少々長くなるが引用する。

國分功一郎『来るべき民主主義』より
確か2009年あたりのことであったろうか、驚くべきニュースを耳にする。この雑木林と玉川上水を貫通する巨大な道路を建設する計画があるというのである。早速思ったのは、「なんで車が減ると言われ、車が売れなくて困っているこの時代に、わざわざ新しい道路を作るのだ?」ということだった。自分としては、この素晴らしい住環境を道路と車に荒らされるのはたまらないという気持ちだった。酷い話だ、と思った。
ただ、同時に安心もしていた。住民の多くは反対だとも聞いていたからである。道路予定地は雑木林と玉川上水だけでなく、その南北に位置する大きな住宅地を貫通しなければならない。おそらく大変な数の民家に立ち退きを強いることになるだろう。その住民たちが反対しているのなら、土地を売らないから道路は作れない。「まぁ大丈夫だろう」というのがその時の正直な感想だった。
時は過ぎていった。私の頭の中で道路建設計画の話は少しずつ薄れていった。
そんな2010年の初頭、都道建設の説明会があると知る。「行っても行かなくてもどちらでもいいかな…」という気持だった。説明会の日、ちょうど娘と駅前で買い物をしていた。すると、若者が一人、「道路説明会はこちら」と書かれたスケッチブックをもって立っていた。あれは誰だったのか今でも分からないのだが、ある意味では彼が私をこの問題に対する考察に導いてくれたのだった。説明会は中央公園の体育館で行われることになっていた。私は娘に行ってもいいか尋ね、そして会場に向かうことにした。
冬なのでとても寒かった。そのためだろうか、会場に入ると、いきなりカイロと毛布を渡された。それを手渡す都庁の職員が信じられないほど丁寧であった。カイロと毛布をもらって廊下を歩いていくと、開店したばかりの朝10時のデパートのように、職員たちが通路の両側に並んでいて、頭を深く下げながら、「いらっしゃいませ」と大きな声で挨拶してくる。
何かがおかしかった。説明会ごときでなぜ職員たちがこんなに丁寧に振る舞わねばならないのか。どうもあやしいと思った。会場である広い体育館は満員である。どことなく緊迫している。私は後ろの方に座った。
定刻になり説明会が始まった。行政が行う「説明会」に参加するのは初めてだった。そしてそれは想像を絶するものだった。
最初に30分ほどのビデオを見せられた。どうしてこの道路が必要なのかを延々と説明するビデオである。大分お金がかけられているようだった。なお、巨大なスクリーンはわざわざ巨大なトラックで都庁から運んできたとのことである。
ビデオを見終わった後、質疑応答コーナーが始まった。その時に気づいたのは、この会場を満員にしている住民たちはほぼ全員が計画に反対であり、この質問コーナーを待っていたということである。ところが、司会を務めている都庁の職員から突然、次のような「ルール」が会場に課された。質問一人一回。そして、答えに対する再質問は禁止。つまり、都庁の職員が質問に答えたら、それに対して、「でも、それはこうじゃないですか?」とか「だとすると、こうなりますよね」とかいった応答は一切できないということである。つまり、話し合うつもりはないということである。
「ずいぶんお金がかかっていると思われるビデオを先ほど見せてもらったが、これにはいくらかかっているのか」という質問があったが、都庁の職員は答えなかった。「住民はこの計画に納得していない。なのになぜ説明会なのか? おかしいではないか。」という質問も、都庁の職員はこれをはぐらかした。要するに彼らは、「道路を作ることが決まりました。いいですね?」と、都庁のある新宿西口から小平まで言いに来ただけである。
私は呆然として聞いていた。「何が説明会だ」と激しい言葉を浴びせる人たちもいた。司会は「時間になりましたので」と言って会を閉じた。
何と言ったらよいだろうか。私はバットで頭を殴られたような気になった。私たちは民主主義の世の中に生きている。少なくともそう言われている。ところが、自分たちが住んでいる土地に道路が建設されると決まったら、それに対してもの申すことも許されない。質問に対する再質問もできない。行政は道路建設を勝手に決めて、「説明会」を開いて終わりということである。呆然としながらも、だんだんと怒りがこみ上げてきた。
だが、それと同時に自分の中で、ある問いが成立しつつあった。おそらく、このような「説明会」はこれまで何度も、全国で繰り返されてきたのだ。行政が勝手に決めて、住民には説明するだけというこのやり口は、何度も繰り返されてきたのだ。だが、それにもかかわらず、今の社会の政治制度は民主主義と呼ばれている。それはなぜなのか? これは単に行政のやっていることが酷いという問題ではない(確かに酷いが)。どこかにいる権力者がうそぶいて、民主主義でないものを民主主義と呼んでいるということでもない。こうしたことを行っていても民主主義を標榜できるような理論的なトリックがある。そのトリックに切り込まなければ、この行政の横暴を根底から覆すことはできない。
(以上、P32〜34より)


有権者は数年にいちどの選挙で立法権に関わる?それが民主主義の根拠だと?とんでもない。予算配分も事業計画も行政がすべてを決めていたのだ。それも住民の声など聞くこともなく。

小平市の都道328号線をめぐる住民運動については、全国的なニュースにもなったのでご存知の方も多いと思う。半世紀も前に作られた道路計画(雑木林の豊かな緑を壊す)を見直して欲しいという住民の声は、行政に届かなかった。その経緯や顛末については、長くなるのでここでは触れない。要点がまとめられている記事を以下にリンクしておくのでそちらもぜひご覧いただきたい。

「みんな、民主主義に飢えている」 小平市の住民投票に挑む哲学者、國分功一郎さん
東京初、直接請求で実現した小平市の場合―住民投票から考える民主主義の諸問題(1)
「私たちは年をとりました。あなた方は年をとらないけど」―住民投票から考える民主主義の諸問題(2)


住民投票の直前になって可決された、「投票率が50%未満の場合、住民投票自体を不成立とみなして開票もしない、結果も公表しない」とする小平市長による改正案。どう考えても理不尽きわまりないが、正式な手続きを経て承認されたものであり(むろん住民の意志は関係ない)、これが「現在の民主主義」の結果であるから、それは受け入れるしかないと國分さんは言う。がむしゃらに理不尽さをがなり立てても仕方がないと。学者らしいクールさである。

§



先日、閣議決定され国会に提出された特定秘密保護法案。「公表しない」「説明しない」という国民に対するマインドは、小平市長のそれと地続きだ。おそらく権力とはそういう性質を持つものなのだろう。小平市長も、もともと市民運動に長く関わってきた人物であるそうだ。菅直人氏が首相になってどういう態度であったかを顧みると、「権力が人を変える」というと、なんだか野暮ったいが、「権力の座とは、人をそう動かさせるものである」ぐらいの「構造的性質」はあるんじゃないかと思える。だからこそ、「権力を縛る」方策が必要なのだ。属人的な意味での「権力」じゃなくて、構造的問題としての「権力」。近代国家とは、その試行錯誤のプロセスで発展してきたはず。近代憲法による立憲主義とは、先人の試行錯誤から作られてきた人類学的な知恵の結実であるはずだ。

ぼくらが対峙すべき「日本の統治機構」とは何か。「悪代官」や「闇の勢力」といった分かりやすい権力者が世界を支配していると言うんなら話は早い。だけど、そういう単純な話じゃないとぼくは思う。


國分功一郎『来るべき民主主義』より
東京都が実施する例の「説明会」で、50年前からこの道路計画の問題に取り組んできた2号団地に住むご老人が、大変印象的な一言を東京との職員に向かって言ったことがある。

「私たちはもう50年も反対してきましたよ。だから私たちは年をとりました。あなた方は年をとらないけど」。

どういうことだかご理解いただけるだろうか? 50年前から今まで、計画を進めているのは「東京都の職員」である。数年ごとに担当者は変わる。説明会のたびに前に座る人が変わる。だから「東京都の職員」は50年前からずっと年をとらない。2号団地の方々は実際に年をとりながら、絶対に年をとることがない行政の職員を相手に、ずっと「私たちの声を聞いてください」と言い続けてきた。それが50年間叶わなかった。今の日本では、行政に対してもの申すとは、絶対に年をとらない「職員」に向かってものを言い続けるということになってしまっているのである。
(以上、P45〜46より)


行政の窓口に行けばわかるけれども、役所で勤める人たちのほとんどは良心的だ。分からないことは訊けば懇切丁寧に教えてくれる。高飛車な態度なんかは滅多に見られない。だがその一方で、いわゆる「役所的」な体質も持っている。担当者が匿名になればなるほど、意固地な体質になる。日本の統治機構は(東電とかもそうだけど)、そういうシステムになっている。

当たり前だと思っている(あるいは認識すらしていない)ことが、当たり前ではないことはたくさんある。鳩山由起夫氏が2010年に実現した首相会見のオープン化が、日本の憲政史上初だったというんだから驚きである。それも彼の退陣とともにすぐ閉じてしまったという事実からも、日本の統治機構とはそういう性質を持つものであるということが伺い知れる。

國分氏によれば、日本の統治機構とは行政機構のことである。政治家の承認を得たというお墨付きを貰って、行政はそれに従う。しかし実際にものごとを決めているのは霞ヶ関の官僚である。さらには(ここから先はぼくの個人的な見解であるが)、実質的に大きな発言権を持つ経済界である。もっと言うと、アメリカである。日本の統治機構とはアメリカである、などと言うと陰謀論のように聞こえる。しかしこの陰謀論を一笑に付すことができないのは、日本では(特にある年代より上では)外国といえばアメリカのことであるし、アメリカの傘下に入ることがまるで空気のように自明なこととして受けとめられているからだ。実は、この前提を疑いもせずに受け入れている日本人のメンタリティこそが、実質的な日本の統治機構なのではないかとぼくは思う。「なにかしら大きなもの」という漠然とした存在に対する無思索な信頼=依存心こそが、この国の統治機構を成り立たせているのではないか。

日本の統治機構とは、カオナシである。だから、長期的な展望については誰も責任を持たない。原子力発電所の放射性廃棄物だって、いまの統治機構が維持される限りは、永遠に誰も責任を持たないだろう。実際に予算組みをするのは財務省であり、霞ヶ関かもしれない。あるいは「政治的」に大きな影響力を持つ経済界かもしれない。それは決して表には出てこない。政治家は大根の腐ったような芝居を続けるだけであり、腐ったら首を替えられるだけだ。そういうシステムを日本は作ってしまった。誰が作ったのかも分からない。たぶんそれもカオナシだろう。

カオナシであるからこそ、このシステムを覆すのは容易ではないとぼくは思う。たぶん今まで多くの人たちが民主主義を前進させようと試み、そして挫折している。それで政治に失望を抱いている人も少なからずいるだろう。一度や二度投票所に足を運んだくらいで、失望したなんてうそぶいてみせるのは甘いかもしれない。それでも、ここ数年の総選挙あるいは首長選の選挙結果には失望を抱かざるを得ない。

§



政治家は只のお飾りで実際には行政がすべて決めているなんてことは、居酒屋談義ではあたりまえの話である。そして、有権者も政治家も体感的にそれを知っている。それが問題であり、それを変えようと考える人も少なからずいる。民主党とは何だったのか。政権交代可能な二大政党制を日本に根付かせる。それも大義名分のひとつであった。「コンクリートから人へ」というのも大事なテーマだった。だけど民主党がいちばん革命的であったのは、官僚主導から政治主導を訴えていたことである。すなわち、國分さんが指摘する「行政がもの決めるシステム」から、「政治家がもの決めるシステム」への転換を目指していたのだ。民主党による政権交代のキモはここにある。「政治家がもの決めるシステム」とはすなわち近代政治哲学が描くところの国民主権である。だからこそ、民主党は「情報公開」に力を入れていた。「行政がもの決めるシステム」ならば、国民にあれこれ説明する必要も無い。民主党が情報公開、情報の透明化に力を入れていたということは、政治主導を目指していたことの表れである。しかし、鳩山政権の終焉とともに情報は再びクローズな方向へ向かった。事業仕分けも、財務省だけが実質的に掌握している特別会計へ切り込んでこそ意味のあるものだった。だが実際には、ムダがどうのこうのというスケールダウンした茶番に終わった。民主党はなぜ失敗したのか。

鳩山由紀夫氏は「首相時代に普天間の移設をめぐって、当事の官僚を含む政府関係者が、私の指示に反し、米側と通じあい、その構想をなきものにしようとしたことがウィキリークスを通じ明らかになってきている。従来の追従型日米関係を絶対に損ないたくない力が情報の撹乱を含め働いたことがわかってきた。」とツイッターで発言している。普天間をめぐる顛末を顧みるに、そのような圧力があったのであろうことは想像に難くない(過去記事)。民主党の「政治主導」は、「行政がもの決めるシステム」に負けたのだ。政治主導を目指す議員は民主党を出て行き、そのほとんどは選挙で破れて政治の現場から去ってしまった。民主党に残った議員は、惨敗の原因を総括できていないのだから、今後に期待はできそうもない。

では有権者はどうか。圧倒的勝利によって民主党の政権交代を選んだのは他ならぬ有権者だ。しかし残念ながら、民主党による政権交代の意義をきちんと理解していた人はごくごく少なかったということは、その意思を受け継いだはずであった生活の党や未来の党の清々しいほどの惨敗を見れば分かる。有権者は国民主権なんか望んじゃいなかったのだ。自民党にいちど「お灸を据えた」だけであって、再びヨリを戻すことが念頭にあったのだ。ほんとうのところでは、変わることなんて望んでいなかったのだ。問題は根深い。ほとんど絶望的ですらある。

特定秘密保護法案が恐ろしいのは、それが権力側に都合よく利用されるからという理由ももちろんあるが、「出る杭を打つ」というカオナシのような国民性と符号するからだ。「自分はこんなに我慢している。だから我慢していない奴が許せない。そう考えて、他の人間に我慢を強いるようになる。声を上げるものを全力で引きずり下ろそうとし始める。」(本書P96より)というような気質は、誰もが少しは持っている心のクセではないだろうか。自らがカオナシの一部を形成していることに気づかずに、出る杭を叩いているつもりになっていると、そのうち自分も呑み込まれることになる。そんな社会がすぐそこまで来ている。

外山恒一氏は、「ある種の「絶望」を経由せずにファシズムに到達するのは困難(たぶん不可能)である」と言っている。彼自身、左翼活動を経てファシズムに転向したことを公言しており、「選挙なんかじゃ何も変わらない」というのは、彼の実感から出る言葉だろう。選挙なんかやってもどうせ何も変わらない。結果はもう決まっている。民主主義なんて幻想である。選挙をすればするほど、自分がマイノリティであることを痛感させられる。そういうことを、おそらく外山氏はもうずっと前から体感していたのだ。

逆らってもしょうがない、どうせ何も変わらない、どうしようもない、という現実にぶつかった時に、人は初めてスタートラインに立つのかもしれない。希望は絶望からしか生まれない。「いのちは闇の中のまたたく光だ」宮崎駿はナウシカにそう言わせている。

くり返すけれども、政治家は只のお飾りで実際には行政がすべて決めているなんてことは、居酒屋談義ではあたりまえの話かもしれない。だけど、政治学者が正面切ってそういうことを言うことはほとんど無かったのではないだろうか。

民主主義なんか嘘っぱちである。だからこそ知恵をしぼりたい。

§



民主主義はタテマエであり、タテマエをタテマエとして守ろうとすらしなくなった現在、現実としては機能していない。であるならば、どうすればよいのか。外山氏の言うように、もはや政府転覆しかないのか。政治哲学はその問いに答えることができるのか。

國分功一郎『来るべき民主主義』より
本書の主張は単純である。
立法府が統治に関して決定を下しているというのは建前に過ぎず、実際には行政機関こそが決定を下している。ところが、現在の民主主義はこの誤った建前のもとに構想されているため、民衆は、立法権力には(部分的とはいえ)関わることができるけれども、行政権力にはほとんど関わることができない。
確かに、県知事や市長など、地方自治体の長を選挙で選ぶことはできる。しかしだからといって行政の決定過程に民衆が関わっているとは到底言えない。そもそも個別の政策には全く口出しできない。それでも「民主主義」と言われるのは、行政機関は決められたことを実行していく執行機関に過ぎないと、つまりそこに民衆が関わる必要などないと考えられているからだ。
ならば、これからの民主主義が目指すべき道は見えている。立法権だけでなく、行政権にも民衆がオフィシャルに関われる制度を整えていくこと。これによって、近代政治哲学が作り上げてきた政治理論の欠陥を補うことができる。主権者たる民衆が、実際に物事を決めている行政機関にアクセスできるようになるからだ。
(以上、P17〜18より)


では、行政権に民衆がオフィシャルに関われる制度とはどのようなものか。國分氏による具体案としての提言は、住民投票やパブリック・コメント等、どこかで聞いたことのある内容ばかりであるし、いささか拍子抜けする。だけど、その聞きかじった程度の具体案の中身をほんとうに知っているのかとよく考えてみると、実はよく分かっていない。改善の余地は大いにあるかもしれない。

パブリック・コメントなんかしてもほとんど意味が無いという意見をよく聞く。実際そうかもしれない。ぼく自身も何度かパブコメを送ったことはあるが、どうせ変わらないけどやらないよりはマシといった程度の気持ちでしかなかった。というか、もの申したいという思いをぶつける場所が他に無かったから、やむにやまれず送ってみたという感覚に近いかもしれない。國分氏の言うように「民主主義に飢えている」人は案外増えているのかもしれないとも思う。

当たり前であるが、國分氏が挙げた具体案はあくまでもひとつの例に過ぎない。民主主義を補強していく強化パーツは多ければ多いほどいいと氏は述べている。これまで議会制民主主義というと、議会という一つのアリーナにあらゆる政治イシューを集約し、そこですべてを決するという一元論的な体制が構想されてきた。それに対し、問題の性格に合わせて様々な制度を活用できる、決定プロセスを複数化した体制を作ったらどうか、というのが本書の提言である。

議会制民主主義がいかにして生まれたか、また哲学やデリダの思想を紹介しながら、デリダなんて名前も知らなかったような門外漢のぼくでも分かりやすく説明してくれる本書はとても興味深かった。とくに、「制度が多いほど、人は自由になる」というドゥールズの考え方は、目から鱗だった。「法」と「制度」をごっちゃにして考えていた自分にとっては、ある意味、革命的な考え方ですらあった。これからじっくり考えてみたい。

「様々な制度」を考えていくのは、國分氏だけの仕事ではない。ぼくら自身も含まれる。自分たちのことを自分たちで考えるという、当たり前のことが根幹になければ、いくら民主主義について語っても絵に描いた餅にしかならない。

もしかしたら、政治家がそれなりの度量と行動力を持っていた時代もあったのかもしれない。だけど、もはや政治家を「先生」と呼ぶ時代ではない。一から十まで政治家にお任せでは済まされない。一切の理由が公表されないという特定秘密保護法案とは、突き詰めればつまり「オレを信じろ」ということになる。これを承認するということは、政府がそんな酷いことをするわけがないという信頼(依存心)が前提にあることを意味する。自民党は基本「オレに任せろ」で中身をぜんぜん説明してくれないが、なぜそれを無思索に信用できるのか、自民党黄金時代を体感していないぼくには理解できない。

本書の中でも提示されているが、津田大介氏の「ツールとしての政治家」という表現がしっくりくる。政治家と住民は、お互いに利用し合う存在でいいはずだ。それとお互いへの敬意は共存し得る。すなわち、住民が自らの住む自治体の行政へ関わろうとする上での橋渡しとなる役割を、政治家が担う。なぜなら彼らは「先生」などではなく、自分たちで選んだ「代議士」なのだから。


§



震災以降この国に暮らして感じてきたこと、そしてこのブログにもぐだぐだぐだぐだと書き連ねてきたことのほとんどが、『来るべき民主主義』には書いてあった。腹の底にストンと落ちる内容てんこ盛りなのだ。

それは國分氏の感性が自分と近いところにあると感じることに由来するのかもしれない。本書の中でも特にぼくが好きなのはこの部分だ。

國分功一郎『来るべき民主主義』より
駅のすぐ脇の中央公園はその小高い丘が樹木で覆われ、駅からはいつも木々が見える。駅の南側には、有名な玉川上水が東西に走っている。その脇には木が生い茂る遊歩道があり、そんな贅沢な道を地域の人たちは当然のように行き交っていた。ここは休日になるとわざわざ遠くから散歩に来る人もいる、そんな「観光地」でもある。玉川上水遊歩道を通って、毎朝、娘を保育園に送っていくのを、私はとても贅沢なことだと感じていた。
もう一つ、大切な緑があった。それは都営住宅の正面にある大きな雑木林である。駅を出るとすぐに中央公園があり、公園を通り抜けるとその雑木林が現れる。都市部によくある保護樹林とは異なり、誰もが気軽に入って緑を楽しめるのがその雑木林の特徴だった。子どもも大人も老人も、なんとなくそこに立ち入り、なんとなくそこで遊び、なんとなく休んでいる。確か月曜日の朝早くは大きな犬を連れた人たちが集まっていた。太極拳をしている人たちもいる。近くの幼稚園・保育園、あるいは小学校からは子どもたちが来る。お弁当を食べて、どんぐりを拾っている。
(以上、P28〜29より)


國分氏が小平市の住民運動に携わるようになったのは、彼自身がそこに暮らす住民であったからだ。彼自身が、雑木林を日常として行き交い、その環境を愛でていた。そういう実体験に基づく理由があったのだ。テレビで報道されるような、全国民が共有可能であると同時にどこか他人事のようなイシューだけが「政治」ではない。むしろ、自分が住む地域の、自分の手が届く周りだけしか知らないようなイシューにこそ「政治」があるのだと思う。政治とは日々の生活に他ならない。自分の肌感覚だけがそれを知っている。

政治学は、学問の中だけでは完結しない。國分氏が直面した、小平市の問題。住民投票をめぐる住民の政治参加への盛り上がりと、冷酷な現実。そこから生じた、「この問題に応えられなければ、自分がやっている学問は嘘だ」という真摯な問いかけ。近代政治哲学が「前提」としている根っこの部分に欠陥はないか。それを考え抜くことこそが、政治哲学に携わる者としての責任だと國分氏は言う。

自らの知識や常識、あるいは派閥といったものに雁字搦めにされる「識者」が多い中、國分氏が本書で示したラディカルな問いとそれに対する提言は、ある意味では地味だし、ある意味では革命的だ。「現在の民主主義を見直し、これからの新しい民主主義について考えることが本書の目的である」と彼は言う。ほんとうの意味での「学者」そのものだと思う。國分氏のように知識と感性を兼ね備えた若き学者が、政策提言の現場に近いところにポジショニングされる未来がくるとしたら、「来るべき民主主義」にも希望を見出せるように思う。

もちろん、「新しい民主主義」について考えるべきは学者だけではない。ほんとうの意味での「自治」をぼくら自身が望むのかどうか。問題はそれに尽きる。もし望むのだとしたら、まず「前提」を疑うこと。革命はそこから静かに起こり得る。




(付記)
なお、「民主的であること」と「民主主義」は、性質の異なる言葉であると國分氏は言う。しかしぼくはまだよく理解できていないので、本稿では敢えて識別せずに、学者ではない一般人の感想として自然に言葉が出てくるに任せて書いた。ご了解いただきたい。

革命について(2)國分功一郎『来るべき民主主義』

革命について(2)國分功一郎『来るべき民主主義』 2013.10.28 Monday [妄想] comments(0)
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