ヤマザキマリ『スティーブ・ジョブズ』

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ヒット作『テルマエ・ロマエ』で知られる人気漫画家ヤマザキマリさんが、スティーブ・ジョブズの伝記『スティーブ・ジョブズ』をコミカライズした漫画を女性誌「Kiss」で連載している。先日、コミック第1巻が発売されたことを知り、買ってきた。ちなみに講談社のサイトで、第1話の冒頭を試し読みできる。



個人的に『テルマエ・ロマエ』の作風はあまり好みではなかったけれども、今作は全て筆ペンで描かれているそうで、絵のタッチがだいぶ変わっている。ざっくりした感じ、さらっとした感じ。これは、徹底して無駄を省くというジョブズの哲学・美意識を反映させたものだと、ヤマザキさん本人が語っている。女性らしい端麗な線の運びと、ざっくりとしたタッチがうまく相まって、男性でも読みやすい。

原作となる伝記があるので、基本的に原作に沿ってストーリーが進む。コミック第1巻では、ジョブズの生い立ちから、高校〜大学生活、アタリへの就職からインドへの旅までが描かれている。ぼくは原作を読んでいないので、はじめて知るエピソードばかり。ジョブズのことをあまり知らなかったということを改めて知れておもしろかった。

ジョブズのことを知らなくとも、Appleの製品が好きだという自分の感覚は以前から変わりない。2年前、ジョブズの訃報を受けて、ぼくはこんな記事を書いている。ジョブズの思想に対する深い洞察や、彼の経営手腕に対する見解があるわけではない。ただの「いちファン/ユーザー」としての思い出話であり、ぼくが勝手に妄想した、ぼくから見たジョブズ像だ。だけど、だからいいんじゃないか。思い出の中に入り込む「製品」なんてそんなに数あるわけじゃない。こういう思い出話をさせてくれるような「体験」を与えてくれたAppleにはやはり別格の思い入れがある。

ジョブズは「偏屈」だとよく云われるが、この第1巻では彼の偏屈ぶりが魅力的に(?)描かれている。もうほんと唯我独尊のイヤな奴で、小さい頃から「お前は特別なんだよ」と愛情を注いできた育ての親は困惑するほど。ここらへんは、自分も親になったいまはいろいろと考えさせられる。ジョブズもまた、宮崎駿のように「堀越二郎気質」の人間なのだろう。身内や周囲の人たちは大変だ。

おもしろいのは、ヤマザキマリさんがジョブズやAppleに対して格別の思い入れがなかったという点。講談社の担当編集から企画が上がった時には、「ジョブズに対してシンパシーがなかった」のでいったん保留したそうだ。Macファンである息子さんや旦那さんからの強い後押しで自伝を読み返し、ジョブズの偏屈っぷりが、自分の周りにいる人たちと似ているなと、ああ、こういう人なら描けるわ、となったとのこと。"シンプル"というジョブズの哲学を作品にも落とし込み、「ジョブズそのものが作品の魅力」と語るヤマザキさんはプロフェッショナルだと思う。

そういう、ちょっと引いた視線から描かれているため、感情移入することなしに淡々と物語が進行していく。機械などのディティールの描写にもこだわっており、いわゆる「マンガ」というよりは「伝記」っぽい。おそらく彼女は、ものごとを俯瞰した立場から描くのが得意なのかもしれない。『テルマエ・ロマエ』は、ローマ人から見た奇妙な日本という着想だったし、新作『ジャコモ・フォスカリ』はイタリア人からみた日本という設定だ。

それでも、漫画『スティーブ・ジョブズ』は、あくまでもヤマザキマリさんが描くジョブズだ。もちろん原作に沿った内容であり、そこから大きく逸脱はしないものの、漫画ならではの表現というものがあり、彼女の想像によって描かれたシーンもある。「私は絶対彼には惚れないし、一緒に働くのも嫌」だという彼女から見たジョブズだ。だからいい。

主人公は偏屈だけど、漫画『スティーブ・ジョブズ』はさらっと読めちゃう。どこか物足りない気もするし、「ジョブスに入り込めない」という理由でこの漫画を評価しない人がいるのも分かる。だけどそれは当たり前なのだ。なにせ作者自身がジョブズに入り込んでいないんだから。

入り込まないということと無視するということは違う。入り込めなくとも、対象を観察し、敬意をもって接することができるのは、作者がプロである所以だ。偏屈な人が偏屈な人を描いた『風立ちぬ』と、偏屈な人を周りに抱える常識的な人が偏屈な人を描いた『スティーブ・ジョブズ』、という対比で見比べてもおもしろいかもしれない。

続編が楽しみ。


追記:
ヤマザキマリさん(本人)から「自分も偏屈に近いと思いますが...」というリプライを頂いたことを報告しておきます。

ヤマザキマリ『スティーブ・ジョブズ』

ヤマザキマリ『スティーブ・ジョブズ』 2013.08.27 Tuesday [読書] comments(0)
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