河野談話

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前の記事で「村山談話」について書きました。初めて読んでみたあの談話は、いたってまともな文章だったし、目くじらを立てる程の自虐史観が織り込まれているとは思わなかった。正直言って、「あの程度」の談話すら無かったことにしようとする方々の見識はちょっと異様であると思います。ところで、そういった保守派というか“日本大好き”な方々が「村山談話」よりも忌み嫌う「河野談話」について。こちらも読んだことが無かったので全文を掲載します。村山談話の2年前、平成5年8月に宮沢改造内閣の河野洋平内閣官房長官が発表した談話です。

「村山談話」が、首相としてのメッセージ性を前面に出しているのと比べると、こちらの「河野談話」は当時の内閣官房長官による談話であり、割と事務的なトーンです。内容としては、従軍慰安婦問題についてかなり踏み込んだものとなっています。平成7年に出された「村山談話」は、この「河野談話」での報告を事実として踏まえた内容であることが分かります。

慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話 - 外務省より転載
 いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より、調査を進めて来たが、今般その結果がまとまったので発表することとした。
 今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。
 なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。
 いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。
 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。
 なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。

平成5年8月4日



“日本大好き”な方々にしていれば、耳を塞ぎたくなるようなことが「調査の結果」として報告されたのですね。結果的にこの談話をもって、日本政府が従軍慰安婦の存在を公式に認め、また政府の関与する強制性についても認めたとされているようです。

「長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したこと」「慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した」「甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあった」

下村博文文部科学大臣や稲田朋美内閣府特命担当大臣、そして安倍晋三首相など、「河野談話」を無かったことにしたいという意図が見受けられる人々は、何をもって、これらの調査結果を「嘘」「デマ」だと言うのでしょうか。

311があぶり出した、およそ民主的とは言えない日本の基本的構造があります。お上にお任せで政治に無頓着だった庶民と、米国と財界が主導しながら三権分立ならぬ三権両立ともいうべき利権システムを守り続ける官僚。地域差別を前提として進められた沖縄基地や原発の問題は、政治に無頓着な庶民と利権を守り続ける官僚という双方の日本人が作り上げたものです。今まで(自民党という強固な長期政権による「上手な」政権運営によって)隠されてきた、日本という国のオヤジ的な体質の軽薄さが、民主党の「下手な」政権運営と稀に見る大震災とによって、隠しきれずにぼろぼろと本性を現してきている。いま社会問題として噴出している殆どの問題がそうだとぼくは思います。

「女性手帳」なんて、出産や子育てという重荷をぜんぶ女性の側に押し付けようとする女性依存的発想の表れです。仕事だけに邁進して子育てにタッチしてこなかったようなオヤジが考えそうなことですよ。「父親は仕事、母親は家事育児」なんていう戦後日本のロールモデルはもう成立しないっていうのに、未だに「家事育児」は母親のもの、そのくせ「女性の社会進出」で母親は仕事までしないといけない。ってどんだけ日本の女性の我慢強さに依存してるんだよっていう話です。骨太の少子化対策とやらが「女性手帳」だの「育休三年」だの、ズレすぎてて話にならないですよ。社会構造が戦後とはまるきり変わってしまったという事実に目を向けずに、利権構造や三丁目の夕日的美意識を大事にしたかのような論点ばかりが出てくるのは、現実逃避しすぎでしょう。現実を直視せず、負の部分を女性に押し付けるという点で少子化対策と慰安婦問題は地続きです。見たくないものは見えにくくなるという人間の性質は分かりますが、慰安婦の存在を「デマ」だといって否定することで保たれる「尊厳」とか「美意識」なんてクソの役にも立ちませんよ。そんなもんで子育てできるかって。放射能を恐れる母親たちの声を「デマ」だといって退けてから成り立つような「絆」なんてぼくは信じません。

体罰の問題がクローズアップされていますが(参考)、体罰文化とでもいうべき土壌が日本にはあるのだと感じます。よく家父長制度なんて言いますけれども、家父長が強権的にふるまうことが善しとされる「男らしさ」への憧れがあるんじゃないでしょうか。もしかしたらそれは、敗戦後の日本を経済復興へと導いてくれたマッカーサーへの憧憬と重なるのかもしれません。だから男は「強く」ふるまおうとする。強くふるまおうとするのは結構ですが、その裏の見えないところで妻や母親など主に女性による苦労と犠牲があることに耳を傾けようとせずに、○○だったら○○して当たり前だなんて偉ぶるのは「男らしく」ないです。亭主関白なんていうのはマザコンの裏返しだと思います。

話がだいぶ逸れましたが、そういう家父長への憧憬という土壌があり、その土壌に依って作られた日本の基本的構造がある。だって日本の基本的構造って、ほとんど男性社会ですから。体罰の問題はそれらが顕在化しているという現象だと思う。であるならば、「河野談話」が示すような事実は存在したと考えるほうが自然であるように感じます。これを否定するならば、美談や精神論でない具体的な根拠を示さないといけないわけですが、慰安婦の存在(あるいはこれが強制であったという事実)が「デマ」であると主張する人たちが共有するような事実ってあるんでしょうか。そこまで調べる気にならない(面倒だし)のでご存知の方がいたら教えて下さい。

“日本大好き”な方々が、いちばん癇に障るのはこの一節でしょうね。

「戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。」

もちろんこれも「デマ」なのです。彼ら(朝鮮人)は本人たちの意思でそうした。だから謝る必要などないし、このような「デマ」を垂れ流しているから奴らはつけあがるのだ。格下国に対しては毅然とした態度を貫かねばならない(韓国・中国に息巻く人たちは沖縄問題や日米地位協定についてはスルーしがちです)。
在日コリアンは、本人たちの意思で日本に潜り込み、在日特権にあずかって日本の財産を食いつぶそうとしている。奴らは嘘つきなのだ。マスコミは奴らの巣窟だ。報道を信じるな。真実はネットにある。

デモという名目で、「ゴキブリ」「日本から出て行け」「殺せ」等という暴言が市井の在日コリアンに対して浴びせられているという事実もネットには記録されています。そんなことをして守りたい「尊厳」って何でしょう。そんな“日本”好きじゃねーし。

「河野談話」が示すような事実は、「あってはならないこと」です。歴史認識においてズレがある人たちの間でも、この「感覚」は共有しているはずです(橋下徹大阪市長のようにウルトラC級の放言を公的な場で放ってその前提を覆そうとする人もいますが…)。「あってはならないこと」をしてしまったことを反省するのか。「あってはならないこと」は絶対に「あってはならないこと」であるという尊厳や美意識を大事にするのか。「あってはならないこと」だから、そんなことは「無かった」はずだという結論がまずありきで、そのための論理を探し出すということはないか。経済活動がまずありきで、そのための「基準値」が拵えられるのと同じように。

ぼくなんかは家父長にはなれない優柔不断なタイプの人間ですが、自らを守ろうとするあまり「あってはならない」けれども「してしまったこと」を「無かったこと」にしようとする心のクセってあるよなと、自分を顧みて思います。


河野談話

河野談話 2013.05.20 Monday [政治・メディア] comments(0)
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