村山談話

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海外から大批判を受けている橋下慰安婦発言。みんなの党をはじめ、維新の会との連携を見直す動きも続出しています。国内メディアもこぞって批判的な論調になってきましたので、内田樹さんも仰っていましたが、維新の会はもう終わりという予感がします。海外からの評価(外圧)によってしか国内世論が動かないというのは情けないですが、これも日本という国の政治のカタチを象徴する出来事だなあと思うばかりです。

自民党はどうするんでしょうね。以前は、維新の会と歩調を合わせるようなことも匂わせていましたけれども。というか、維新の会が第二自民党というか自民党をさらに先鋭化させた新自由主義右派路線であることはもうすでに衆知の事実だったわけで。体質としてマッチョイズムが根底にあるという点では、橋下氏の言う「本音」のところでは自民党も維新の会も同じ穴の狢だろうと、素人ながらに訝しげな目で見てしまいますが、そこはやはり自民党には長年政権与党を担ってきた知恵があります。なんだかんだで昨年末の衆院選を圧勝した実績もある。維新の会が政権運営の足を引っ張ることになると判断したならばあっさり切るんじゃないですかね。

内田樹さんのツイートより
NYTの社説、かなり長文の橋下批判でした。最後のパラグラフはこうでした。「火曜日に日本政府は橋下氏のコメントへの違和感を表明した。しかし、安倍氏と指導部はこのコメントを徹底的に糾弾する(condemn them outright)ところまで歩を進めるべきである。」

今安倍政権は「国内の右派層の支持を固めて次の選挙に備える」か「アメリカから『長期政権をまかせてもいい』という外交的な担保を受け取るか」の二者択一を前にしています。

僕の予測は、安倍総理は最終的には「アメリカの支持」の方が「国内右派の支持」よりたいせつだという政治判断を下すだろうというものです。選挙は一回負けても次があるけれど、アメリカから見捨てられたら、財界もメディアも二度と支持してはくれない(それは鳩山政権で学習したはずです)。


「安倍総理は最終的には「アメリカの支持」の方が「国内右派の支持」よりたいせつだという政治判断を下す」という内田さんの予測には同感です。でも、「国内右派の支持」を失ったとしても、それが参院選の敗北に繋がるとも思えないんです。昨年末の衆院選で自民党が圧勝したのは「国内右派の支持」が原因だとは思えない。Facebookで熱狂するような「右派」の方々が、安倍は裏切り者だ!売国奴!となったとしても、70%の支持率を誇る内閣にしてみれば大したダメージでは無いはず。それどころか穏健右派や無党派層、とくにおそらく最大多数派である「なんとなく自民」で投票した人々にしてみれば、安倍首相が「マッチョな歴史認識」を修正し「良識的な見解」を示すことでかえって信頼感が増すのでは。維新の支持層がどこに流れるかだけど、それにしても自民党の優位は変わらないと思います。

参院選でも自民党はたぶん勝つ。それを覆すような要素は見当たらない。つまり参院選後も自民党が多勢であることに変わりはない。けれども、安倍政権は今までよりもアメリカからの外圧を気にしながらの運営(安全運転)を余儀なくされる、といった感じじゃないでしょうか。


ところで最近よく耳にする「村山談話」。その談話が意味する方向性はなんとなく認識していましたが、実際に本文を読んだことがぜんぜん無かったのでこの機会に転載します。

「戦後50周年の終戦記念日にあたって」(いわゆる村山談話) - 外務省

以下引用。
 先の大戦が終わりを告げてから、50年の歳月が流れました。今、あらためて、あの戦争によって犠牲となられた内外の多くの人々に思いを馳せるとき、万感胸に迫るものがあります。

 敗戦後、日本は、あの焼け野原から、幾多の困難を乗りこえて、今日の平和と繁栄を築いてまいりました。このことは私たちの誇りであり、そのために注がれた国民の皆様1人1人の英知とたゆみない努力に、私は心から敬意の念を表わすものであります。ここに至るまで、米国をはじめ、世界の国々から寄せられた支援と協力に対し、あらためて深甚な謝意を表明いたします。また、アジア太平洋近隣諸国、米国、さらには欧州諸国との間に今日のような友好関係を築き上げるに至ったことを、心から喜びたいと思います。

 平和で豊かな日本となった今日、私たちはややもすればこの平和の尊さ、有難さを忘れがちになります。私たちは過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。とくに近隣諸国の人々と手を携えて、アジア太平洋地域ひいては世界の平和を確かなものとしていくためには、なによりも、これらの諸国との間に深い理解と信頼にもとづいた関係を培っていくことが不可欠と考えます。政府は、この考えにもとづき、特に近現代における日本と近隣アジア諸国との関係にかかわる歴史研究を支援し、各国との交流の飛躍的な拡大をはかるために、この2つを柱とした平和友好交流事業を展開しております。また、現在取り組んでいる戦後処理問題についても、わが国とこれらの国々との信頼関係を一層強化するため、私は、ひき続き誠実に対応してまいります。

 いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。

 わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。

 敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。同時に、わが国は、唯一の被爆国としての体験を踏まえて、核兵器の究極の廃絶を目指し、核不拡散体制の強化など、国際的な軍縮を積極的に推進していくことが肝要であります。これこそ、過去に対するつぐないとなり、犠牲となられた方々の御霊を鎮めるゆえんとなると、私は信じております。

 「杖るは信に如くは莫し」と申します。この記念すべき時に当たり、信義を施政の根幹とすることを内外に表明し、私の誓いの言葉といたします。

平成七年八月十五日
内閣総理大臣 村山富市



とくに重要なのは、この一節ですね。

わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。


橋下氏の一連の発言を見ていると、この村山談話を踏襲するつもりが無いということだけは如実に伝わってきます。戦争への道という国策を選んだのが誤りだったのではなく、戦争に負けたことが誤りだったという態度なのだから。

安倍首相は4月22日の国会答弁で、村山談話を「そのまま継承しているわけではない」としていましたが、5月10日に菅官房長官が「(談話)全体を歴代内閣と同じように引き継ぐと申し上げる」と軌道修正しました(参考)。さらに5月15日の参院予算委員会で、安倍首相自身が「村山談話」について「政権としては全体を受け継いでいく」という考え方を明らかにしました(参考)。

ちょっと前には首相自身が侵略の定義がどうのこうのと言い出したり、閣僚の中には村山談話や河野談話を見直すべきだという意見も存在するなど、現在の自民党執行部の方々がおよそ村山談話に沿った歴史認識を共有しているとは思えないし、事実、海外からは「Japan Moves Right」という警戒の目で見られているということは、この政権を選んだのが日本人自身であるということも含めて、事実として受け止めなければならないと思います。

その上で繰り返しますが、安倍さんは村山談話を踏襲すると明言しました。安倍さんや自民党の閣僚たちが一個人としてどのような信条や歴史認識をお持ちであるのかはいろいろと憶測の及ぶところではあります。ですが、それはそれとして、安倍首相は「村山談話を踏襲する」という見解は「内閣の考え方」であると言っています(参考)。つまり国の見解としては「村山談話」を引き継ぐということ。首相の個人的見解がどうであれ、一国の長という立場で公的に「我が国は、かつて多くの国々、特にアジアの人々に対しては多大な損害と苦痛を与えた、その認識としては安倍内閣としても同じ」と発言した。このことはよく覚えておく必要があります。

安倍首相がこう言わざるを得なかったのは、外圧によるものであり、それに逆らわないという判断こそが、長年政権与党を担ってきた自民党の知恵でしょう。もともと対米従属を地で行く安倍政権ですが、「歴史認識」とやらでちょっと調子に乗りすぎてアメリカからお咎めを受けたというのはなんとも皮肉な話。皮肉な話だけど、それが政権の暴走に対するストッパーになり得るいちばん現実的な可能性なのかもしれません。

だけど、アメリカは決して日本の「お仲間」ではありません。不況だなんだといっても世界有数の個人資産を誇る国を放っておく手は無いというだけの話で、搾れるうちは徹底的に寄ってくるでしょうが、用済みになったら簡単に捨てられる可能性は否定できない。いつまでも「外圧」だけをあてにはできません。改憲やTPPの問題ではアメリカも自民党も利害は一致しているように見受けられるわけですし。


1996年当時、「戦後五十年問題プロジェクト」の事務局を担当していた田村重信氏(現自民党政務調査会調査役)によれば、村山談話には上記の「いわゆる村山談話」の他に、その一年前に発表された談話があるそうです。こちらの談話はもう少し具体的に踏み込んでいます。従軍慰安婦問題についても「女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である」とし、女性の地位向上や女性の福祉等の分野における経済協力にも言及している。
村山談話について - たむたむの自民党VS民主党

「村山談話」とは、歴史認識を対外的にどうエクスキューズするかという際の物差しです。田村氏は記事の中で、歴史認識問題を決着させて現実の政治を動かしていくための「ガイドライン」が村山談話であると述べています。村山談話を踏襲すれば歴史認識問題で辞めることがないという防波堤を作ったのだと。「村山談話は、「村山富市という社会党の総理だから、駄目なんだ」という主張もありますが、これは、自・社・さ連立政権の時にできたのです。これは、従来の自民党の総理大臣の見解など政府の考え方を踏まえて「村山総理談話」という形にまとめたものなのです。」と。なるほど。

そういう「建前」としての「ガイドライン」の役割が村山談話にあるということは事実でしょう。また歴代の内閣がこれを踏襲してきたのも、そういうことなのでしょう。それと同時に、ぼくは「もうひとつの村山談話」を読んでみて、これは他国に対する防波堤であると同時に、自国がどのような方向に向かって舵取りしていくのかという指針でもあると感じました。

ぼくは「いわゆる村山談話」を読んで、率直に悪くない文章だと思いました。そして現政権からはひっくり返っても出てこないような文章だと思った。だから「踏襲」するだけでもまあよしなのかなと。

安倍さんは首相として、歴史認識を軌道修正せざるを得ませんでした。これをひとつの根拠として、これから内閣が「独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進」していくのかどうか、国内のジャーナリズムは追求していく必要があります。有権者のひとりひとりが見極めていく必要があります。それが政権の暴走に対するストッパーとなり、政治を動かす力となるのが、「普通の国」であると思います。参院選の結果、たとえ自民党が多勢であったとしても、それは可能であるはずです。


村山談話

村山談話 2013.05.17 Friday [政治・メディア] comments(0)
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