進んでいるが進んでいない 福島の問題は「わたし」の問題 波江町職員玉川啓さん

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波江町職員の方が、福島第一原発の現場に入って感じたことを書かれています。2012年4月の記事ですが、今朝フェイスブックでまわってきました。転載させていただきます。

玉川 啓さんのFacebookより
今日、第一原発の現場に入りました。

業務上の守秘義務もありますが、書けるだけ書かせて頂きます。

重要免震棟で説明を受け、骨組みだけになっている4号機、3号機を間近に見てきました。
本日の最高値は1,000μsv/h。異次元の世界です。

素直な感想としては、進んでいるが進んでいない。そして進んでもいるということ。
重要免震棟は線量の確保ができていますが、一歩外を出ると高い線量であることは紛れもない事実。

そのような中で前司くんをはじめ、最前線でこの事故を押さえていこうと、尽力している方々がいること、当然のこととして仕事をしている方々がいることが、自身にとって大きな励みになりました。

間違いなく言えることは、現場の支えがなければ、東日本は吹っ飛んでいました。
今でも千本近くの燃料棒がむき出しの燃料プールに残っており、格納容器よりも危険な存在です。
今回の事故は、いい意味では上澄みの爆発。燃料自体の反応で燃料そのものが飛び散っていれば、われらが八王子メンバーでさえも当事者になっていたという甚大さを実感しました。

そして、誤っていけないのは、今回の事故は最悪ではなかったこと。
重要免震棟がギリギリ半年前に完成していなければ、現地での対応は不可能であり、間違いなく今の日本はないということ。幸いなことに最悪を免れることができたという、恐ろしい事実をもっと皆で共有すべきと感じます。

いいですか、本当にぎりぎりの状態でした。今、それぞれの事業をどう展開させていくかといった議論をしていますが、それは奇跡的なラインが守られたから出来る話にすぎません。
隅田であれ、八王子であれ、日立であれ、東京全体であれ、おそらく西日本であれ、紙一重だったのです。そしてしっかり対応しなければ、これからも紙一重であり続けるのです。

ふくしまが当事者というのは明らかな誤解。本当に日本全体が当事者となるべき問題なんです。きっとこれを実感はできないでしょう。キツメのトーンになってしまいますが、共有できる皆さんだからあえて言います。
この重さを心に刻みつけてほしい。

その上で、当事者としてやはり皆さんにはかかわってほしい。
当事者として、外部支援者ではなく、自分自身が自分自身の仕事やライフスタイルをどう見直していくか、この原発に依存するエネルギー消費の仕事やライフスタイルの在り方を、真剣に考えるしかないと感じます。

むき出しの鉄骨を見て、改めて事態の深刻さを痛感しました。テレビとは明らかに違うのです。そして、その現場で体一つで作業している方々がいます。
その中には被災者がいます。
われわれ日本人はそういった方々に今この時も支えられているのです。

改めて福島を支援するということが誤解であることを実感しました。
逆に福島の地で今を支えていること、それによって日本が支えられているのです。

だからこそ、この問題は皆がまさに当事者なのです。
東京にいては分からない。福島市にいては分からない。

ゆえに分からないではなく、想像を働かせる、思いを巡らせるしかないのでしょう。

第一原発の構内でわれらの前司さんの伊達重機のクレーン車と運命的にすれ違いました。逃げない彼らがいる。そういった人がいるから、普通の生活が送れている。それは今も変わらない。

皆さん、原発が収束していないというのは事実。そして福島の問題ではないことを、しっかりと共有しましょう。ふくしまの問題と考えること自体が誤りだと、本当に痛感しています。

それが私の今日の報告です。


この記事から約1年が経とうとしていますが、「進んでいるが進んでいない」という状況は変わっていないように思います。それどころか、原発をめぐる意見の分断は市民レベルでもより溝が広がったように見えるし、まるで事故が収束したかのように、まるで国民的なコンセンサスが得られたかのように、安全性が確保できれば再稼働するという言葉が首相の口から出ている。その一方で、いまも現場で体をはって作業する方々がいるということを、ぼくらはすぐに忘れてしまう。

福島が「進んでいるが進んでいない」のはなぜか。福島第一原発の現場に対しての「想像を働かせる、思いを巡らせる」ことすら忘れてしまうのは、玉川さんの言うように当事者意識が希薄であるからだろうと思います。日本に暮らすひとりひとりが「原発に依存するエネルギー消費の仕事やライフスタイルの在り方」を見直さなければならない、ということは分かる。じゃあ具体的に何か変わったのかと自身の生活を見てみると変わっていない。そこが問題なのだろうなと。

アベノミクスによる財政出動とは、原発事故以前どころか日本が高度経済成長していた時代のような大規模な公共事業が前提にあります。「原発に依存するエネルギー消費の仕事やライフスタイルの在り方」に対する自省はまるでありません。だからこそ原発再稼働が必要になる。結果としての再稼働ではなく、再稼働ありきで立てられたプランなわけです。そのことを分かった上で、マスコミはアベノミクスを持ち上げ、視聴者はそれに追随しているのでしょうか。


福島が収束するまでは何十年というスパンがかかるだろうし、使用済み燃料棒の処理までを考えればそれこそ何万年と続く問題です。そのあいだ、現場で放射能と向き合わなければならない作業員の存在は必須です。その役割は、自分にまわってくるかもしれないし、自分の子供にまわってくるかもしれない。誰だって関わりたくないけれど、それは子供の世代どころか、孫の世代、もっとずっと後の世代まで続いていくわけです。

だからといって、ぼくは自分の子供に福島第一原発の現場で働いてほしいとは思わないし、もちろん被曝は避けたい。政府の言う安全性や安全基準なんて信用していません。瓦礫ビジネスや、それを成り立たせるための詭弁にもうんざりです。原発はやめるべきだと思いますが、それでも核廃棄物とは付き合い続けなければならない。

福島第一原発の現場で逃げない彼らがいる。
そういった人がいるから、普通の生活が送れている。

原発に反対する人も、原発が必要だと考える人も、その事実はいつでも頭の片隅に置いておきたいなと。そうでなければ、原発についていくら議論を重ねても、誤解と対立が深まるだけで「進んでいるが進んでいない」状況はずっと変わらないのじゃないかと。(いちおう補足しておくと、避難区域レベルや空間線量等に関わらず、避難する=逃げる、ではないと思います。)



下記リンクは、玉川さんの話を聞いたという被災地出身の大学生による記事です。
ここでもう一度、被災地について考えてみる:玉川さんのお話を聴いて - 我妻謙樹のブログ

20歳そこそこの若者が、このように真摯に自己と対峙しているということに敬意を払いたい。正直言って、ぼくが彼ぐらいの年齢の時は、こんなこと考えもしなかったというか、何も考えていなかった。ただ漫然と流されるままに高校生から大学生へとだらだらとした時間を過ごしていました。彼のように、引き裂かれるような苦悩を経験することのない環境で。

自分自身と向き合い、相剋することがらを引き受け、矛盾と付き合い続けながら、どうにかこうにか生きているのが人間だと思います。すぱっと簡単に済む問題なんてそうそうない。彼のように、煩悶しながらも「わたし」の問題と向き合ってくこと。そうした過程を経ることで自分自身がなにがしらの決断を出したとするならば、それが例え他人の考えと異なっていたとしても、お互いの決断を尊重しあえるような気持ちの余裕みたいなものが出来るのではないかと夢想しているところです。彼らみたいな若者が、これからの社会をつくっていくのだとしたら、未来は捨てたもんじゃないなと思います。


進んでいるが進んでいない 福島の問題は「わたし」の問題 波江町職員玉川啓さん

進んでいるが進んでいない 福島の問題は「わたし」の問題 波江町職員玉川啓さん 2013.03.01 Friday [食・生活] comments(0)
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