『Die Energie 5.2☆11.8』三原順

 このエントリーをはてなブックマークに追加 TOPSY
ツイッターで回ってきた画像。少女マンガ誌『LaLa』に掲載されたという作品のワンシーンです。掲載時期はチェルノブイリ事故よりも前の1982年というから驚き。



三原順さんの『Die Energie 5.2☆11.8』という作品だそうです。現在は下記の文庫にて入手可能。



作品が発表された1982年は、スリーマイル島原子力発電所事故(TMI事故)の3年後、チェルノブイリ原子力発電所の事故の4年前。原子力発電の危険性を大衆が認識し始めた時期だそうです。TMI事故は、日本国内の反原発運動にはあまり影響を与えなかったと言われています。そういう意味では、ここまで丹念に原子力産業の構造を調べ上げた三原さんの先見性には恐れ入ります。

(少女マンガといえば、半年ほど前に山岸凉子の『日出処の天子』をはじめて読んだ時もぶっとびましたし、妻から借りて読んだ『SWAN』とか、男性が読んでもおもしろいものもたくさんあるんですね。この頃の少女マンガって、いまの青年マンガよりもよっぽど骨太というか。)

チェルノブイリ原発事故によって、日本の反原発運動も一時期高まりを見せますが、それもいつのまにか収縮してしまい、人々の関心も薄れていきました。2011年の福島第一原子力発電所事故に至るまで、原発が安全神話の上にあぐらをかいて存続してきたことは、現在となっては衆知の事実です。

発表から30年が経過して、このワンシーンで描かれていることがそのまま現実のニュースとしてぼくたちの前に姿を現しました。原子力発電は安価で安全であるどころか、たいへんリスクの大きなものであり、放射性廃棄物の処理までを考慮すれば遥かにコストのかかるものであるということをはじめて知ったし、国や電力会社側による安全対策というものがいかに杜撰であるかもはじめて知りました。原子力発電を取り巻く構造が、中央と地方のパワーバランスの下に成り立つ差別構造であることもちっとも知らなかったし、総括原価方式という「おいしいしくみ」があることも、ついこのあいだ知ったばかりです。マスコミは電力会社の嘘を追求する役割ではなく、原子力産業が存続していくための補完機構であるという点では、現実はここでの会話よりもひどいですが。

30年前だからこそ世に出ることのできたマンガなのかもしれません。このワンシーンだけじゃなくて全編(80ページ程の中編らしいです)を今度読んでみることにします。





追記(2/11)

読みました。すごいですねこれ。上記のワンシーンから想像していたよりも、もっとずっと深淵な問題提起を含むマンガでした。

いちおうストーリーはサスペンス仕立て(電力会社の工場からウランが盗まれるという)になっていますが、原子力発電に関する考察の字が多いこと多いこと。文庫版で読んだのでおじさんは目がちかちかします。(関係ないですけど、スクリーントーンを貼れば済むような背景も手描きでやっちゃうこの頃のマンガの「絵としての密度」っていうのもぼくは好きです。)

単純に、原発の危険性を提起するという内容ではないんですね。電力会社に勤める主人公、その友人や同僚、反原発の立場から環境保護活動に入れ込む隣人、原発工場の技術者などが、各々の立場からの原発を描いていきます。マンガの冒頭は、デパートが放火される事件で始まります。これは行き過ぎた「消費社会」への警鐘を鳴らす者たちによるテロ活動でした。子供の頃の主人公は、その光景をどこか醒めた目で眺めます。やがて電力会社に務める主人公は、原発の危険性や原発をめぐる構造が孕む問題を認識しつつも、科学技術による恩恵や核エネルギーの可能性への信頼を土台として仕事に勤しみます。

本書より
オレは小さい頃から食肉として送り出されるために小屋の中へ引きずりこまれる豚や牛たちを見てきた。「農作物だけでは人間の口を賄いきれないのだ」と親父は言った。「それらは神様が人間のためにおつかわしになったものなのです」と教会で教えられた。そうして人々は肉を狩り緑を刈る。残虐性も罪の意識も感じることなく。人間とはそういう者たちなのだ。世界を引き裂き自分の内に吸収し、その犠牲の上に生き、富み、成長する。世界を養い親として。
消費者は送られてくる電気を憎みはしないが、いかなる種類の発電所でもそれを憎む人々は必ずいる。それは食卓に並んだ料理は好んでも屠殺場は好まない人々が多いのにどこか似ている。そして…けれど現在、発電所は自然を破壊し人々に害をなす事にゆるしを与えてくれる宗教を持っていない。


原発の危険性を指摘する隣人に対して、主人公はどこか醒めた様子で対応します。俺はああいうの(反原発)は見ているだけでいい、と。燃えさかるデパートを眺める眼と同じように。

タイトルの「5.2☆11.8」とは、消費者が使用するエネルギー5.2に対し、送電ロスなどで失われるエネルギーが11.8という1970年におけるエネルギーフローからのものです。発電の際に、もともと持っているエネルギーの7割がロスされるという電力。季節による電力需要の上下、ピーク時に備えて余剰に稼働しなければならないという構造の問題。主人公はそれを知り、蓄エネルギーこそが急務であると電力会社に入ったのです。

こんなものが少女マンガ雑誌に掲載されていたなんて、ちょっと現在では考えられないですね。これを読んで、原子力発電について興味を持ったり蓄エネルギーの開発に夢を抱く少女がもしかしたら全国に数人くらいはいるかもしれないけれども、そんなマニアックで売れないものは掲載できないですよね、現在となっては。

原発をめぐる問題をここまでコンパクトに、しかし本質的にまとめたのはすごいと思います。そして、2011年の原発事故以降に際立った「反原発」対「原発推進」という対立構造をふり返ると、この漫画が発表されてから30年経っても原発をめぐる構造は変わっていなかったということが分かります。貴重な記録だと思います。


『Die Energie 5.2☆11.8』三原順

『Die Energie 5.2☆11.8』三原順 2013.02.01 Friday [読書] comments(0)
このエントリーをはてなブックマークに追加TOPSY









url: http://yamachanblog.under.moo.jp/trackback/501
Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...