杜で会う(社会のことや貨幣のこと)

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とある人から聞いた話。

社会という言葉は、「お祭りの日に、共同体の人々が鎮守の森に集って共同体のことを協議し、いろいろなことを相談すること」なんだって。
信仰、暮らすこと、共同体 がちゃんと目に見える感じ、さわれる感じ。
「杜で会う」から、社会。


社会という言葉の語源として正しいかどうかはともかくとして、すごく納得しました。
「杜で会う」から、社会 って、杜と社で字も違うし、こじつけっぽい気もするけど、でもなんかぐっとくるなあ。いいなあ、それ。

(ちなみにWikiによると、19世紀半ばまでの日本語には「社会」という単語はなく、「世間」や「浮き世」などの概念しかなかった。福地源一郎が1875年(明治8年)に『東京日日新聞』の社説で用いた「社會」がはじまりとのこと。)


いまぼくたちは「社会のこと」って、テレビや新聞で伝え聞くものだと思っていますよね。そういうマスメディアからの情報を熱心に読み聞きすることが「社会意識」が高いということだと思っている。「市民運動」なんてものは、自分とは関係のないものだと思っている。たぶんそういう人が大多数だと思います。実際にそれで社会が回っている。
だけどもテレビや新聞が伝える社会というものからは、「信仰、暮らすこと、共同体」は見えないし、さわれる感じもしません。地球の裏側で起こった事故や事件に眉をしかめたり胸を痛めてみたりして。自分の身体と乖離した場所に「社会」があると思っている。報道されるニュースが「他人事」だから、すぐ忘れる。

自分たちのことは自分たちで決める、という当たり前のことが、日本では当たり前のこととして機能していないようです。先の衆院選で自民党が大勝したという結果は、社会としての総意が「引き受ける政治」から「お上にお任せ」へと逆行したことを意味します。ほんとうに個々人の総数として有権者の意識が逆行したのかどうかは定かではありませんが、自民党という政権が選ばれたという事実は、日本という共同体が総意として「前のほうがよかった」という選択をしたということを事務的に示しています。選挙とはそういうものであるから、いくら自民党を能動的に支持する層が16%だったとしても、「前のほうがよかった」という前提でものごとが決められていく様を84%の人は指をくわえて見ているしかない。現状ではそういうしくみになっているということです。「自分たちのことは自分たちで決める」という当たり前のことが行政レベルでは全く機能しない。

それと同時に、「お上に任せる」ことをやめて自分たちで自主的にものごとを決めてクリエイトしていく人たちも増えているようにも感じます。行政レベルというよりも、もっとずっと小さくてローカルな規模で。

「共同体の人々が鎮守の森に集って共同体のことを協議し、いろいろなことを相談すること」が社会であるとするならば、それは「他人事」ではあり得ません。

ん〜、この感覚って最近どこかで聞いたことがあるような…と思い出したのが、Occupy Wall Street(ウォール街を占拠せよ)というムーブメント。OWSって単なるデモじゃなくて、民主主義のあり方を問い直すことであり、共同体のあり方を問い直すことだというふうにぼくは受けとめています。多種多様な人たちが集い、自発的に皆の意見を聞き合うというあの「行為」とあの「場」っていうのは、ちゃんと目に見える感じがするし、さわれる感じがする。

詳しくは過去記事を参照。
官邸前デモの行き先としての、OWS(ウォール街を占拠せよ)という文化 「お互いの声を増幅させ、皆の声を聞き合おう」



OWSが"Occupy"する対象がウォール街であることも、示唆的だと思います。アメリカでは、1%の富裕層と99%のそれ以外の層との間の格差が大きく広がっています。OWSに集った99%の人たちは、1%の象徴としてウォール街(金融)をあげたのです。

貨幣って何なのか。生まれた時から、あまりにも当たり前に存在しているものなので普通は考えもしないことですが、貨幣のなりたちというものを考えていくといろいろと興味深いです。モノとモノとを交換する上で便利だから存在しているわけですよね、お金って。お金という物質それ自体だけでは、何にも使えない。けれどもお金は何にでも使えるというのが社会通念になっている。おもしろいですよね。つまりは貨幣のしくみって、モノとモノを交換する媒介としての「信用」がベースになってるわけで。こんなもの価値がねーやというコンセンサスが浸透しちゃえば、只の紙切れになっちゃう。これって、ある意味「信仰」ですよね。

この記事の最初に「鎮守の森」とか「信仰」という言葉が出てきましたが、いま現在の日本において唯一、ぼくたちが共通して「信仰」しているものは「貨幣」なのかもしれないなと。逆に言うと、「貨幣」だけしか皆が共通して「信仰」できるものが存在しなくなってしまった。

日本は近代化とともに「自分らしさ」の名の下に価値観が細分化され、しかしながら異なる価値観を持つ人たちはお互いの差異を認め合うのではなく、対立し分断化した。自分らしさを大切にしながら、異なる価値観を持つ人々が依って立ち、共通のコンセンサスを共有できるような大きな「信仰」の対象が無くなってしまった。唯一その役割を担ったのが「貨幣」だった。いま「社会」というものが、他人事のようになり、目に見えなくて、さわれる感じがしなくなったのは、そういった経緯によるのではないかと妄想します。


信用金庫は、もともと無尽講という地域の互助会的なものからはじまったという話を聞いたことがあります。講っていうのはたぶん目に見える、自分たちの手の届く範囲での信仰(信用)だったんだと思う。そこから派生した無尽講っていうのも、だから相互扶助的な色合いがあったんだろうなと。

『思想地図β vol.2』に掲載された津田大介さんのルポタージュで、ぼくは「講」というものの存在を知りました。震災直後、気仙沼、陸前高田、女川、荒浜、七ヶ浜、相馬などの被災地に足を運び、現地で多くの人々の声を聞いてきた津田さんは、東北地方で復興速度が遅く不満度が高いのは、総じて「平成の大合併」で巨大化した市や町だと指摘しています。合併により肥大化した行政が、被災地住民の細かいニーズをくみ取れず、機能不全を起こしている、と。そんな中、市などの行政区よりも小さな地区単位に存在するローカルコミュニティが中心となって、復興プランを作り具体的に動き出しているところもあるそうです。

『思想地図β vol.2』p66より
伊里前地区では高台に山林を所有する住民らが10万平方メートルにも及ぶ土地を地域に提供し、山林を切り開いた高台地区を住宅地として再開発し、集落全体で移住する計画を立てている。この計画を作ったのは、行政ではなくこの地区で強い影響力を持つローカルコミュニティである「伊里前契約会」だ。
伊里前契約会の歴史は古い。元々は江戸時代の元禄六年、この伊里前地区に移り住んだ五人を中心として、お互いの生活を互助し合う「契約講」を作った。そもそも「講」とは、この単語が生まれた平安時代には、同一の信仰を持つ人々による結社・集団のことを指す単語で、この単語や概念が中世に民間に浸透する過程で、様々な信仰集団や相互扶助団体に転用されるようになる。伊里前の契約講もそうした相互扶助団体という位置付けだ。


かつての日本に存在した「講」や「消防団」のようにローカルの結びつきが強い共同体は、震災の直後に生まれた(というか呼び起こされた)助け合いや相互扶助を基盤とした共同体のかたちです。市民の中から自発的に生まれたローカルコミュニティが、自発的に行動をしようと計画を立てる。そういう日本もまだ存在している。というか、最初の方にも書きましたが、そういう若い人たちも増えていると思う。

ほんとうは「経済」っていうものは、地域経済と言うか、共同体が回っていくための、手の届く範囲での営みなんだと思います。「貨幣」だって、地方ごとに固有のものがあったっていい。


信用金庫が相互扶助的な色合いを持つのに対して、銀行っていうのはもっとバーチャルで、暮らすこととか共同体を飛び越えて、貨幣への信仰だけで成り立っている感じがするんです。メガバンクなんていうのはグローバリズムの権化みたいなもので、共同体という概念は無い。小さな地方の信用金庫が、大きな銀行に吸収合併されていくのも、なんというか。

利子って、現実には存在しないものですよね。バーチャルな概念。「金融テクニック」とかって、いんちきだよな〜と思うんです。借金を先送りしているだけじゃねえかと。

ちきりんのツイートより
毎月、住宅ローンを7万円はらってる人。そのうち3万円くらいは利子ですよ。その分は家の値段(価値)にはなんの関係もないお金です。銀行のために払っている3万円です。年間36万円とか


そういうものだと言われれば、そういうものなんでしょうけれども。


TPP問題の本質っていうのも、グローバル経済(多国籍企業の利益)とローカル経済(国内の小さな共同体)のどちらに比重を置くかという選択ですよね。首相が言うように国を挙げて「世界一を目指す」んなら参加すればいいけど、無理でしょう。「強い日本」という標語を聞くと、時代錯誤だし、嘘こけって感じですごく寒々しい。いま日本の経済がこうなっちゃったその検証もろくにせずに、「俺は強い」「世界一になる」って。男らしさ=頼れる=間違わない、というマッチョ信仰ですよね。安全神話=事故は起きないという無謬性への信仰とおなじに見えます。

たぶん、講の時代にはあった「信仰」を、戦後日本は経済成長と引き換えに捨ててしまいました。で、貨幣への信仰をもとに、世界と競争して、世界に誇る技術力を以て、経済というゲームで勝ってきた。けどいま、むかしとおなじことしかできない人たちが権力の座に居座ることで、日本の技術力はすっかり時代遅れになっちゃった。経済というゲームで勝っても、何も残らなかった。

お金がすべてじゃない、なんて皆が言う。だから、お金だけじゃない「大事なもの」を取り戻そうとしている。たぶん多くの人がそうしているのだけど、たぶんその解釈に齟齬がある。日本は病んでいるとか、心の問題とかいうのって、その齟齬によるものなんじゃねえのと思うんです。講の時代にはあったであろう「信仰」とは、何を対象にしたものであったのか。日本の伝統って何なのか。親子の絆なのか。祖先への感謝なのか。武士道なのか。自然崇拝なのか。知恵なのか。教育なのか。しつけなのか。自立なのか。依存なのか。思いやりなのか。諦観なのか。実像としての「鎮守の森」を失ってしまったいま、たぶん1億2千万人が思い描く1億2千万通りのイメージがある。



社会が社会として機能していくために、ぼくたちは杜で会う。
いまの日本で、集うべき杜はどこにあるのか。
ぼくにも分からない。
あるいはひとつじゃないのかもしれない。
答えに辿り着けるかどうかも分からない。

けどきっとぼくらは杜で会う。
なんとなく直感でそう思います。

杜で会う(社会のことや貨幣のこと)

杜で会う(社会のことや貨幣のこと) 2013.01.30 Wednesday [妄想] comments(6)
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こえり (2013.02.01)

“社会”のことばの意味、ウケてくれたようでうれしいっす。
テレビ番組で聞いたんだけど、「そうか!」と思ってメモっちゃった。

漢和辞典によると、「“社” とは 示(神、まつり)の意味と、音を表す土(たがやす)を合わせて、耕作の神、または土地の神の意味を表す」だそうで
古語辞典によると、“もり” は 「/后ー木が自然に茂っているところ、杜・社
神が宿っている木立。神社の森。」 だそうです。

杜の シャ という読み方は音読みだから、もともとあった もり という音に合う漢字は?と考えて、杜、社 になったんじゃあ?と。

山やま (2013.02.01)

「杜」という言葉からぼくがイメージするのは△世覆◆D端蕕凌后
もうひとつ「杜」と聞いてぼくが連想するのは、お隣の都市である「杜の都」仙台なんだよね。でもなんで「杜の都」なのかはよく分かっていなかったのでググってみたら、もともと緑の多い街の仙台は「森の都」と称していたが、戦後間もないころから「杜」の字を当てて書き表すようになったんだって。

そもそも「杜」と「森」の違いは明確ではないみたい。
http://d.hatena.ne.jp/hiiragi-june/20101027

じゃあなんでわざわざ「森の都」から「杜の都」に変えたんだろう。

wikiによれば、
「杜(ト)」とは、中国古来の意味では山野に自生する落葉果樹(ヤマナシ、コリンゴなど)を指すが、国訓としての「杜(もり)」は、神社の「鎮守の森」、「ご神木」を意味し、漢語(自然林)と国訓(人工林、二次林)の間には意味の差異がある。
とのこと。

「もり」という読みは国訓なのでやっぱり△琉嫐(鎮守の森)合いで使われたんだろうね。戦時中空襲で焼け野原になった仙台は、戦後復興の都市計画で大通りに街路樹をたくさん植栽したそうで、人工林ということで△琉嫐として「杜」を使うようになったというのが通説みたい。

でも鎮守の森=人工林っていうのが引っかかったのでググってみた。
明治神宮のように神社のために鎮守の森が作られた例もあるそうだけれども、もともとは「社(やしろ)」が先に在ったのではなく、信仰された森に社が建てられるものであったとのこと。これは近所を散歩してるとよく分かる。誰も来ないようなところに小さな神社がひっそりとある風景をよく目にする。蔵王の山の上の方にもけっこう社はある。
神道の源流である古神道は、森林や森林に覆われた土地、山岳・巨石や海や河川など自然そのものが信仰の対象になっていたんだって。本殿や拝殿さえ存在せず、森林やその丘を神体としているものなどがあり、日本の自然崇拝・精霊崇拝でもある古神道を今に伝えている、と。出羽三山とかもまさにそんな感じなんだろうなあと思った。

そう考えると、神道というものも時代とともに移り変わっている(さまざまな流派が派生していく)ものであって、「杜」という言葉の使われ方というのも一義的じゃなくて、さまざまな解釈があるものなんだなと思いました。もともとの古神道のように自然が信仰の対象であるならば、森=杜だけど、神道が全国に広がっていく過程でいろいろなモノやコトが加味されていくことで、森(自然)と杜(人工)が区別されるようになっていったのかなあ、などと。

こえり (2013.02.02)

日本人は文字と言うものを最初から創る、ということはしてないよね。
中国から輸入して、アレンジして独自のものを作った。
でも「文化」という言葉からして、「文」という文字が入ってるから、文字があること=高い文化を持っている、ってイメージは漠然とある、と、思う。

でもそうなのかなぁ、とか。
ハワイもずっと文字というものはなくて、踊ること(フラ)とか口伝えで、いろいろなことを伝えてきて。
アメリカの支配下になって、英語が入ってきて、文字で記録するようになったけど、でもだから、劣った文化の国??なんて気はしないんだよねー。
ハワイも自然信仰が強くて、自然の人の手が入っていない森に対する、敬いや謙虚な気持ち、とかを知って、「ああ」って。
ハワイも島国だし、出雲大社がある島根も、海底火山がある、という地質(??)は共通してるらしい。
精神性も似てる、んじゃないかなぁ。って。
大陸に住んで、他の民族がいつ攻め入るか?という緊張感とは、感覚が違う、んじゃないかなぁ、とか。
文字は、意味合いとかそういうものが重視される気がするけど、話す言葉と言うのは 音 だから、脳の使う部分が違うとか?
声 として発することば が 絵(まあ、そんなものだと思う)として 描かれる 文字 より 先にある、とかねー。

山ちゃまさんが書いてくれたように、昔は自然そのものを祀ったんだけど、仏教が日本に入ってきて、お寺がつくられるようになって、
神道も神社という建物を作るようになったらしいよ。
出雲には、48メートルの社があったらしい。平安時代の記録で、日本一の高さで。東大寺の大仏よりでかかったらしい。。現物は残ってないので、あったらしい、ということにとどまるけど。96メートルという説もある。
新宿に行ったとき、都庁とかを、「はあー」と ほんと馬鹿みたいに(笑)ほけーっと見あげてしまったけど、それと同じか、それよりすごいか。

山やま (2013.02.04)

ああそうかなるほど、文字ってバーチャルなものなのかもしれないね。踊ることとか自然とかは、「その場」に居て空気を感じないと伝わらないけど、文字はこうしてインターネット等でも伝えることができる。身体性ということを考えると、話し言葉よりも書き言葉のほうがよりバーチャルかも。

出雲大社ちょっと気になります。いちど行ってみたい。

こえり (2013.02.04)

うん、抑揚とか、語調とか、声を出してしゃべるときのような声の大小、とか
伝わんないんでねー、文章。
しゃべりと同じ感覚でやっちゃうと、失敗したり。
伝わんないってことはないか。でも同じじゃない。

山やま (2013.02.04)

伝わらないというか、抑揚とか語調とか声の大小といった、受け手の感覚を直接通した情報が無いぶん、読む方が勝手に想像して解釈しちゃうのかもね。そうすると、受け手がもともと持っているバイアスに左右されちゃう割合が大きくなるのかもしれない、しゃべり言葉に比べると。

逆に言うと、しゃべり言葉はしゃべる方の抑揚とか語調とか声の大小によって印象が左右されちゃう。これをテクニック(話術)として昇華したのが橋下流なんだろうなと。橋下市長の言ってることって整合性が無くてめちゃくちゃなんだけれども、その都度の発言を切り取って受け取ると、感情に訴えかけてくるんだよね。だから、なんかそうかと思っちゃう。そこで注意したいのは、そうやって感情に訴える身体性っていうのは「フェイクの生身」である可能性が高いんじゃないかと(http://yamachanblog.under.moo.jp/?eid=199)いうこと。橋下さんがここまでウケるというのは、橋下さんが言ってることを、自分の信仰や暮らすこと、目に見える感じ、さわれる感じと錯覚しちゃってる人が多いからなのではと思う。

いままでは、大臣は官僚の作文を読むだけであり、そこで発せられる言葉はのっぺらぼうで主語の無いものだった。だから、しゃべり言葉であっても身体性の無いバーチャルな言葉であり、本来具体的な政策を論じるはずの政治の言葉でさえもきわめて曖昧な表現が好まれ、その言葉の意味は受け取る側の解釈に委ねられた。それも困ったものなんだけど、その反動で橋下市長みたいに「分かりやすい」感情に訴えるようなしゃべり言葉を操る人が出てくると、バーッとそっちに行っちゃうっていうのは、それはそれで危ないなあと。










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