父親像

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2009年11月18日、ぼくは父親になりました。

もうすぐ1年が経とうとしています。あっというまにすぎてゆく日々だけど、生まれてはじめて我が子に出会ったあの瞬間から、ぼく自身も生まれ変わったような気がします(スピリチュアル系のブログではありません)。出産で女性は変わるってよく言うけど(そしてそれはすばらしくほんとうだと思うけど)、男性だって子どもを持つことで変わる生きものなんだと、ぼくは実体験から宣言したい。ぼくらの親世代は、父親は仕事、母親は育児・家事、という分業がほとんどで、父親は帰宅するのも遅く子どもとふれあう時間も少なかったと聞きます。イクメンという括り方や、言葉が持つマーケティング的な匂いはさておいても、現在のように男性が積極的に育児に関わるようになったのはよろこばしいことだと思います。それは女性にとってありがたいという側面もあるだろうけども、なにより父親自身のよろこびと発見にあふれた楽しいものであることを実感しているからです。こんなおもしろいことを母親ばかりに任せてたらもったいないよ、と思うんです。

いま思い返してみると、子どもが生まれる前は、ぼんやりながらも、「父親としてかくあるべし」みたいな「父親像」があったように思います。けっきょくはそれが目に見えないプレッシャーになって、子どもを育てるということにたいする漠然とした不安がありました。とくに、男は強くあるべきという家父長的なイデオロギーに対するコンプレックスがあって、自分みたいな優柔不断な輩も父親としてちゃんとしつけしたり怒ったり決断したりしなきゃならない、と考えると憂鬱になったりしました。ぼくにはできそうもないよなあ、と思っていたから。

ところが実際に子どもが生まれてみると、そんな「父親としての資質」を養うヒマはないほどに日々が目まぐるしくすぎてゆくわけです。泣いたらどうやってあやすか試行錯誤し、遊びにつきあい、ケータイをがじったりリモコンをがじったり財布をがじったり取り上げて泣かれたり、晩ごはんは早食いになるし、毎日の業務をこなすだけで手いっぱい。でもそうしているうちに、できる、できない、がまずはじめにあるのではないことに気づきます。親としての資質が備わっているから親になっても大丈夫、じゃない。親になって、はじめて発動する感情、理性、直感、決断がある。自分でも知らなかった自分がどんどんこぼれ落ちてくる。(ぼくがデザインの仕事をする上で実践している、考えすぎる前にまず手を動かす。というのと似ています。)これはたまらなくおもしろい経験です。だいたい自分の子がこんなにもかわいいなんて、知らなかったもの。

そして、毎日が波瀾万丈の偶有性に満ちあふれた「子育て」を遂行していくのに必要なのは、理想の「父親像」に固執することでは決してありませんでした。もし仮に、「こうしなきゃならない」という規範があって、それに沿って子育てをしなければならない、という規則を自らに課して子育てをしていたら、ストレスがたまるだけであったでしょう。親の思い通りにいくことなんて、ほぼないのだから。でも子どもの生命力を信じて、子どもの動くままに寄り添い、その偶有性をたのしいと思えるようになったら、子育てほどたのしいものはないんじゃないかと思います。

かつて壁のように立ちはだかっていた「父親像」は、いまはぼくの前に姿を見せません。ひとりで結論を出したり決断するのがかっこいい父親ではないように、いまは思います。父親と母親。夫婦でいっしょに悩んで、苦しんで、相談して、自信がないながらも辿り着いたひとつのアイデアを、たいせつにしたい。だって、わからないことだらけなんだから。育児書を見たって、書いてあることはさまざま。人から聞いてもさまざま。医者も千差万別(医者だって知らないことがある)。絶対的に正しいマニュアルや指南書なんて存在しないから、子どものことは自分たちで考えるしかない。たとえ間違っていたとしても、ふたりで考えたという過程があれば、やり直せます。たぶん。


ぼくはべつに「いい親」になろうとは思っていません。
ただ、子どもがかわいくて仕方がない。
これが全てであり、真実です。
その他のことは付随するものであり、後づけの理由であり。ここ数年で急に、ぼくが政治に関心を持つようになったのは、子どものことを考えるからです(ちょうど政権交代の時期と重なったのは幸運でした)。子どもにどのような社会を引き渡せるかを考えるからです。それがいまのぼくの思考のすべての発露になっています。だから子どもを商品やコマとしてしか見ていないような論議にはまったく興味がありません。

子どもは、ただいてくれるだけで幸せな気持ちにさせてくれます。
他のなにものにも変えられないたからものです。いまぼくたち3人家族はとても幸せです。ノロケですいません。



父親像

父親像 2010.10.15 Friday [子育て・教育] comments(8)
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こえり (2010.12.05)

やーん、写真、幸せそう、うーらやまーしー!!!(まじで!)

>ただ、子どもがかわいくて仕方がない

すばらしい。。そして基本だ。。あまりにも基本で、すてきだ。。
お子さん可愛い。ほんと。

こえり (2010.12.05)

なんか、あちこちで いっぱい書き込んじゃってすみません・・!

山やま (2010.12.05)

コメントありがとうございます。
書き込みなんて滅多に無いので嬉しいです。

ほんとノロケですいません…
でもほんとかわいいんです( ´ ▽ ` )ノデレー

こえり (2010.12.06)

ええ、もう のろけてしまえ〜〜!

いま、あっちで、ゲド戦記のkw書きかけて、もう少しで書き終わるとこだったのに、なんかまちがって消えたよ。。
でも自分があほなので、しかたないし、
まぁ今アップするなということなのだろうと思う。
ということでー☆

山やま (2010.12.06)

ぷ。

koeri (2010.12.06)

あ、でも いま いろいろ パソをいじくっててわかった!なんだ 作成中のkwの画面に 戻れたんじゃんよー。
ふ、でも ひとつ学習して、かしこくなったのだ☆

yoko (2011.11.25)

はじめまして〜
モンサント社を検索していましたらこちらのブログに巡り合いました。

素敵なご家族ですね〜。
それとたいへん良いブログに出会うことができ、よかったと思っています。

これから読ませていただきますのでよろしくお願いいたします。

私もこれからの日本のことを思うと心配で心配で仕方がありません。

アメリカの植民地である日本であっても、日本を牛耳っている方たちが最後のところでは日本を、国民を守っていくという少しの良心があることを願っています。

必ずやいい日本に成っていくことを想像していきたいです。

山やま (2011.11.25)

yokoさんはじめまして。
モンサントで検索して、この記事にコメントを残すというところにセンスを感じます。ありがとうございます。たまにまじめなことも書きますが、基本ちゃらんぽらんなやつなのでご注意ください。
ほんとにどうなっていくでしょうね、日本。息子が大きくなる頃にはちっとはマシになってればいいんですが。










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