『総理の原稿』平田オリザ・松井孝治

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政治のことばが変わった。

2009年、民主党による政権交代でいちばん印象に残っていることだ。共感してくれる人はどれだけいるだろうか。政治の言葉が、ずっと身近になった。新しい内閣が発足したあの夏の夜、颯爽と壇上に上がる閣僚たちが、記者の質問をきちんと聞き(ある人はメモを取りながら)ひとつひとつ丁寧に答える映像をテレビで見ながら、「政治が変わる」という高揚感を妻とふたりで共有したことを、ぼくはいまでも覚えている。あのとき、たしかに国会では「新しい政治」が生まれようとしていた。民主党の議員の中には、そのような自覚を持った政治家が少なからずいたように思う。政治の言葉とともに、情報公開という面でもぼくたち有権者のほうに開かれていく感触があった。鳩山氏は、憲政史上初めて首相会見をオープン化した。閣僚会見も記者クラブだけでない完全オープン化へと向かっていた。「自民党政権下では貧困率を発表することが許されなかった。民主党政権になって出せるようになった。」という有識者の言もある(出典)。「情報公開」は民主党の党是でもあった。しかし残念ながら、憲政史上初とも言える国民自身の手による政権交代を成し遂げた、その国民自身のほうに、「新しい政治」と主体的に関わっていく自覚が足りなかったために、鳩山政権は程なく頓挫した。

民主党は、鳩山政権の瓦解とともに変質した。政治の言葉が、ふたたび官僚の言葉に支配された。いちどは身近に感じた政治の言葉が、また遠くなった。そのことを総括できなかった民主党執行部は、与党の座を失った。民主党の自滅により政権の座に返り咲いた自民党は、以前にも増して強権的な国会運営をするようになった。もちろん、政治の言葉が届いてくるわけはない。いまや、平気で嘘をつき、簡単に前言撤回することなど朝飯前である。

2013年7月の参院選。三宅洋平というミュージシャンが全国比例区で立候補した。彼の「唄う選挙演説」をYoutubeで見て、2009年の政権交代で感じたのと同じヴァイヴを感じた。ああ、この人は「政治の言葉」を変えようとしている。そう思った。彼がやろうとしていたのは、徹底的な「対話」だ。「政治をマツリゴトに」という彼の主張は、スーツを脱いで、新しい「政治の言葉」を一緒に紡いでいこうぜ、という意味だ。「お上にお任せ」ではなく、政治のことを「自分ごと」として。「俺も分かんねえことだらけだからさ、一緒に勉強していこうよ」と彼は言う。

§



人々の意識下にある「お上にお任せ」は根強い。民主党が崩壊した後の自民党への振れ幅をみていると、そう感じざるを得ない。民主党がダメだったからやっぱり自民党、なんて程度で選ばれたのだとしたら短絡的すぎる。そこには知的な逡巡がなにも無い。自民党にお灸を据える、民主党にお灸を据える、という程度の認識で政治に参加したつもりになっている、あるいは参加しないことで冷静なつもりでいる、意思を貫いたつもりでいるという態度からは、政治を前に進ませる土壌は生まれない。だけど仕方がない。戦後長いこと「お上にお任せ」でやってきた日本人のバックグラウンドはそういう文化的土壌なのだから。一度や二度の政権交代で簡単に意識が変わるわけがないのだ。

ぼく自身も、偉そうなことを言える立場にはない。ぼくも数年前まで完全なるノンポリ・無関心層だった。子供が生まれてはじめて政治のことが自分ごとだと知った。子供が生まれた時期と、政権交代の時期とが重なったのは、幸運だったのかもしれない。

特定秘密保護法案の強行採決に象徴される、暴力的とさえ言える現在の自民党による国会運営。衆人環視が無ければ、権力は必ず暴走する。真夜中の国会はそれを如実に示している。彼らが何をやろうとしているのか、分かっていながら、反対する声が上がっていながら、それを止める手だてが無い。自民党議員は「サイレントマジョリティの信任を得た」と言う。しかし、前回の選挙で自民党に投票した人たち、あるいは選挙に行かなかった人たちは、ほんとうにこうなることを望んでいたのだろうか?

アベノミクスでも生活水準は上がらず、秘密法案のマズさが露呈してくると、安倍政権の支持率は下がってくるだろう。選挙に行かずに「なんとなく」現政権を支持していた人たちは、べつに自民党という政党を支持しているわけじゃない。政治に無関心であるか諦観しているか忌避しているかだけだ。その時に、彼らがますます政治に失望し、忌避し、さらなる「サイレントマジョリティ」を形成するのかどうかがターニングポイントになる。であるならば、やるべきことはおのずと見えてくる。サイレントマジョリティとは、与党への全権委任状に他ならないのだということを、選挙に行かない人たちに知ってもらうこと。そして、秘密法案はまさにそのようにして強行されたのだということを理解してもらうことだ。つまりそれらを伝えることだ。

ただし、伝え方が難しい。同じ志向や嗜好の人が集まりやすいツイッターでいくら情報を拡散してもあまり意味がないだろう。それまで、選挙に行かなかった人、政治に関心の無かった人、政治の話題を忌避していた人に向けて言葉を発しないといけない。隣人に、自分の言葉で語らないといけない。そして、それがいちばん難しいのだ。

政治の話題に関して、多くの人はデリケートだ。政治「活動」や「運動」には、できれば近づきたくないと思っている。下手に政治のことを口にすれば、レッテルを貼られて終わりになりかねない。いままで、いわゆる「政治的」とされる人たちというのは、「定型的」な言葉を繰り出す人たちのことであった。ネトウヨは皆一様に同じ言葉を喋る。視点や思考はもとより、繰り出す言葉そのものがまったく均一的なのだ。どこかで仕入れた定型的な言葉を、政治の言葉と勘違いしているのだ。これは左翼にも言える。原理主義になるほど、教条的で定型的な言葉が並ぶようになり、思考も画一的になる。ノンポリは、そのことを敏感に嗅ぎ取って、忌避するのだ。レッテルを貼って、遠ざけるのだ。政治的に正しいとか正しくないとか、そういうことではない。言葉の使われ方、それ自体がメタ・メッセージを発しているということだ。

ぼくらが使うべき政治の言葉は「コロキアル」でなければならない。


§



鳩山内閣において、内閣官房参与として劇作家の平田オリザ氏が関わっていたと知り、なるほどと得心した。そりゃ政治の言葉が届くはずである。官僚的な文章にアレルギーのあるぼくでも理解できるはずである。
オリザ氏とともに総理演説のスピーチ、ツイッターやブログでの情報発信に取り組んだのは、「新しい公共」の生みの親でもある官房副長官(当時)の松井孝治氏。

本書『総理の原稿』は、その2人による「新しい政治の言葉を模索した266日の記録」である。



本書より
私たちが目指したのは、まさにコロキアルな政治の言葉を作り出すことだった。(P6)


「コロキアル」な言葉とは何か。「コロキアル」とは、「口語の」「日常会話の」という意味だ。なるほど、では日常的な、喋り言葉であればいいのだろうか。

「わかりやすい」言葉はたしかに好まれる。これを徹底的に突き詰めたのが、小泉純一郎氏だった。彼は「わかりやすい」フレーズで国民の心を掴んだ。「コロキアル」な言葉を使う政治家は、もてはやされる。小泉以降、ワンフレーズ・ポリティカルと呼ばれるような、単一フレーズが政治の言葉として多用されるようになった。

政治家の側だけではない。有権者の側も、たとえば「バラマキ」「政治とカネ」といったフレーズだけで、政治のことを「わかったつもり」になるようになった。それは流行の言葉を消費するだけの行為と変わらない。そうして、政治と自分の生活はますます乖離していくのだ。

平田オリザさんの言う「コロキアル」な言葉とは、単に「わかりやすい」フレーズという意味ではない。

本書より
私たちは、熱狂によって万人が興奮するような演説は避けたつもりだ。小泉元首相や、それを真似た現行の幾人かの自治体の首長たちがとったようなやり方ーー仮想敵を作り出し、それを徹底的に叩くことによって、大きな世論のうねりを現出しようとする方法はとらないように厳に自らを戒めた。
巻末に載せたいくつかの文章を見ていただければ、新政権としては意外なほど控えめで、提言型、呼びかけ型の演説となっていることがご理解いただけると思う。(P3)


鳩山内閣における総理原稿は、従来とは異なるプロセスで作成されていたそうだ。各省庁の官僚から提出される短冊をまとめ上げていくという、それまでのやり方を一新し、少数の官邸メンバーで原案を作るという方法で作られたという鳩山内閣の総理原稿は、なるほど、だから言葉が届いたのだ。オリザ氏の言葉を借りれば、「いろいろな人の手が入ると、文章はだんだんつまらなくなる」。

オリザ氏と松井氏の作った文案を初めて読んだ鳩山氏は、「国民生活の現場において、実は政治の役割は、それほど大きくないのかもしれません」というくだりを、とても気に入ったそうだ。いかにも鳩山氏らしい。(それが良いか悪いかはさておき、)こういうことを、総理として言える政治家はあまりいないのではないかと思う。やけに肩肘張って「がんばります」とか、口角泡をとばすような演説の暑苦しさに、嘘くささと空虚さを感じる人は少なくないのでは。それもまた「政治離れ」の一因ではないかと思う。

§



いま改めて、鳩山総理時代の原稿を読み返してみよう。

国民のさらなる勝利に向けて 2009/08/30

歴史的な総選挙の大勢判明後、8月30日の深夜に出された談話。ここでは、民主党の勝利というよりも、国民が85年ぶりの政権交代を勝ち取ったというトーンの文章になっている。「民主党や友党各党はもちろん、自民党、公明党に投票なさった皆さんも、誰かに頼まれたから入れるといったしがらみの一票ではなく、真剣に、日本の将来を考えて一票を投じていただいたのではないかと思います。」と、敗者を讃えるということを入れた点も新しいとオリザ氏は指摘する。もう一つは「経済だけでなく」ということを示した点。「戦前、日本は、軍事によって大きな力を持とうとしました。戦後は経済によって国を立て直し、国民は自信を回復しました。しかし、これからは、経済に加えて、環境、平和、文化などによって国際社会に貢献し、国際社会から信頼される国を作っていかなければなりません。」鳩山政権が一番やりたかったことが端的に表れているそうだ。


第173回国会における鳩山内閣総理大臣所信表明演説

これは10月26日、国会が召集されて最初の演説。いま改めて読むと泣けてくる。「あの暑い夏の総選挙の日から、すでに2ヶ月が経とうとしています」という詩的なイントロが印象的だが、これもオリザ氏の発案によるもの。内田樹氏はこれを「身体感覚に訴える表現」と評したらしい。全力で闘ったあの夏の日々を思い出させ、なおかつ敗者に対しても呼びかけるような演説を、というのがオリザ氏の意図だそうだ。所信表明演説とは、国民に鳩山内閣の方針をきちんと伝えるというのが目的であるが、それと同時に多くの議席を獲得した新人議員たちを感動させるスピーチにしようと、それであの冒頭部分が決まったという。こうして後日談として聞くとおもしろいが、あのイントロは、いち国民としても情感を呼び起こすものであった。


第174回国会における鳩山内閣総理大臣施政方針演説

これもまたイントロが印象的な演説。「いのちを、守りたい。」こんな言葉から始まる首相スピーチがあったでしょうか。「生まれくるいのち、そして、育ちゆくいのちを守りたい。若い夫婦が、経済的な負担を不安に思い、子どもを持つことをあきらめてしまう、そんな社会を変えていきたい。未来を担う子どもたちが、自らの無限の可能性を自由に追求していける、そんな社会を築いていかなければなりません。」字面で見ると当たり前のことであるように思えるが、動画で実際に鳩山氏が喋る映像を見直してみると、一国の首相がこのようなメッセージを発するということそれ自体のインパクトを感じる。泣きそうになるよこれ。


本書より
平田:「国民と対話がしたい」と政治家はよく言うけれども、そうじゃなくて「国民が対話している場に政治家が入っていく」というのが私たちのチームのキャッチフレーズでした。国民が政治に参加するのではなく、政治家がちゃんと社会に参加する、ということ。ここにコペルニクス的転回があった。対話の場をつくって、そこに政治家も入っていく。
松井:総理大臣は、もちろん国家ということも語らなければいけないけれども、鳩山内閣の演説の特徴は、国家だけではなく社会を語る。総理も一人の人間であり、社会の一人の参加者なので、そこにフラットに入っていってもらいたい。それは鳩山内閣特有のものでした。(P55)


政治とは、ぼくたちの生活に他ならない。「国民の生活が第一」というのも民主党の大きなテーマであった。いまでもあたまの傍らに置いておきたい、とてもいいコピーだと思う。自分の働き方や社会保障なんかが全然見えないままに、安全保障だけを声高に語るような肌感覚は、ぼくには理解できない。若い世代の一部が愛国的な言説に熱狂し、それが「政治的」だと勘違いするのは、優先順位のつけ方が生活実感と乖離しているからだと思う。仮想敵を叩くことで得られる陶酔感の一方で、自分の生活がどうなるかに考えが及んでいない。

ミュージシャンの七尾旅人さんが昨年、印象的なツイートをしていた。
「音楽的な言語で 政治やジャーナリズムの言語では語りきれないものを捉えて鳴らそう 単純化されたスローガンに陥らないように 音の波をかきわけて どんな立場の方にも会いに行ければ良い 音楽は誰も排除しない」
ああ、ぼくが音楽を聴く理由が、ここにあると思った。

オリザ氏が目指した「新しい政治の言葉」とは、「音楽的な言葉」に近づくということだったのではないだろうか。

§



オリザ氏の言う通り、鳩山内閣のスピーチは基本的に「呼びかける」ような演説であった。現在の安倍内閣と比べると、演説が発するメタ・メッセージの質が異なることがよくわかる。すなわち、鳩山内閣は「人の話を聞いてくれそう」であった。国民の側に下りてきて、政治を一緒につくっていこうというメッセージを感じた。安倍内閣が発するメタ・メッセージは「俺に任せろ」である。旧来の自民党的な密室政治をより一層強権的にしたような印象だ。鳩山内閣が醸し出すオープンな雰囲気と、安倍内閣のクローズドな雰囲気はきわめて対照的である。

ノンポリは、細かい政策の善し悪しはわからなくとも、そのメタ・メッセージを敏感に嗅ぎ取るのだ。少なくとも、数年前のぼくはそうだった。

いま政治に失望し、諦観し、忌避している人たちが、自民党のままでいいと思っているとはぼくは思わない。サイレントマジョリティの多くは、良心的な人たちであるだろうと思う。ただ、語るべき「政治の言葉」を持っていないだけだ。彼らがサイレントであるのは、「定型的」な政治の言葉以外で、政治を語ってくれる人がいないからだ。「定型的」な政治の言葉に、自らが回収されるのを恐れているのだ。その直感は正しいと思う。

そのような、正しい直感を備えたサイレントマジョリティに、コロキアルな政治の言葉を届けないといけない。民主主義の社会を望むならば、ぼくたちは政治的立場の異なる相手とも対話しないといけない。相手を論破するためではなく、どこが違ってどこまでが同じであるのかを確認するために。互いに妥協できる落とし所を探るために。そのためには、隣人に、自分の言葉で語らないといけない。政治の言葉とは、テレビや新聞やネットの中にあるような「定型的」な言葉ではなく、「自分の言葉」そのものなのだと思う。

§



内田樹氏は、「日本語は本質的にコロキアルなんで、ロジカルになりようがない」と言っている。これに対して、オリザ氏は「日本語はまだまだ近代化の途上にある」と述べている。

本書より
パスカルの書簡の中に、「ここからは哲学的な議論なので、ラテン語で書きます」という一文があると聞いたことがある。17世紀、まだフランス語では、哲学や政治の込み入った話はできなかったのだ。
ただ、英語やフランス語が、そこから150年、200年とかかって行った言語の近代化、国語の統一という難事業を、日本語は、たかだか4、50年で行ってしまった。当然、そこには、積み残し、取りこぼしがあったはずだ。(中略)言語の民主化とは、とりもなおさず、難しい政策論議でも「聞いてわかる」言葉で話すということだ。(P6〜7)


2009年に、政治の言葉が変わったのは、偶然ではない。「言葉を変える」と意識して、具体的にそれに取り組んだ人たちがいたから、そうなったのである。この記録の書を読んで、そのことを知った。
残念ながら、オリザ氏と松井氏の取り組みは、志半ばにして「敗戦」となった。政治の言葉は、ふたたび官僚の作文に戻っていった。

本書より
いまも、永田町でや霞ヶ関では、あいかわらず日本語のようで日本語ではない奇怪な言語が飛び交っている。道は険しい。おそらく、新しい政治のための新しい日本語を作る仕事は、30年、50年とかかるだろう。(P8)


「政治の言葉」を変えるべきは、政治家の側だけではない。政治家が自分の言葉で喋っていないと憤る前に、自分はどうなのか、どこかで聞きかじったフレーズをなぞっているだけじゃないかどうかを反芻しよう。
ぼくたちが、テレビや新聞あるいはインターネットで情報を収集したり共有したりするのは、ある特定の「真実」を知るためでも、ある特定の「集団」を形成するためでもない。それらを通して「自分の言葉」を獲得するためなのだ。

鳩山スピーチは、鳩山由紀夫氏と平田オリザ氏、松井孝治氏らが邂逅することで生まれた。オリザ氏のような人物が、内閣官房参与として、政治の言葉を届ける側にまわって労力を注いだということは、あの暑い夏が生んだ一瞬の奇跡だったのかもしれない。そして、子供が生まれてはじめて政治のことをちゃんと考えるようになった時期に、定型的ではない、新しい政治の言葉を届けようとしていた政権の言葉に触れることができたのは、ぼくにとって幸運だったのかもしれない。

ぼくはロジカルな思考というものは、得意ではない。ただ、こうして思ったことをブログに書き連ねるという行為を数年間続けることで、いくらかは言語化できるようになった。ぜんぜんロジカルではないけれども、コロキアルであることと政治の言葉とがつながりつつある。もちろん、まだまだ近代化の途上であるが。

「自分の言葉」で政治を語る日本人がある一定数に達したとき、ほんとうの政治の季節は必ず到来する。ぼくはそう信じている。信じなければやってられない。
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『総理の原稿』平田オリザ・松井孝治

『総理の原稿』平田オリザ・松井孝治 2013.12.13 Friday [読書] comments(2)
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ヤマザキマリ『スティーブ・ジョブズ』

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ヒット作『テルマエ・ロマエ』で知られる人気漫画家ヤマザキマリさんが、スティーブ・ジョブズの伝記『スティーブ・ジョブズ』をコミカライズした漫画を女性誌「Kiss」で連載している。先日、コミック第1巻が発売されたことを知り、買ってきた。ちなみに講談社のサイトで、第1話の冒頭を試し読みできる。



個人的に『テルマエ・ロマエ』の作風はあまり好みではなかったけれども、今作は全て筆ペンで描かれているそうで、絵のタッチがだいぶ変わっている。ざっくりした感じ、さらっとした感じ。これは、徹底して無駄を省くというジョブズの哲学・美意識を反映させたものだと、ヤマザキさん本人が語っている。女性らしい端麗な線の運びと、ざっくりとしたタッチがうまく相まって、男性でも読みやすい。

原作となる伝記があるので、基本的に原作に沿ってストーリーが進む。コミック第1巻では、ジョブズの生い立ちから、高校〜大学生活、アタリへの就職からインドへの旅までが描かれている。ぼくは原作を読んでいないので、はじめて知るエピソードばかり。ジョブズのことをあまり知らなかったということを改めて知れておもしろかった。

ジョブズのことを知らなくとも、Appleの製品が好きだという自分の感覚は以前から変わりない。2年前、ジョブズの訃報を受けて、ぼくはこんな記事を書いている。ジョブズの思想に対する深い洞察や、彼の経営手腕に対する見解があるわけではない。ただの「いちファン/ユーザー」としての思い出話であり、ぼくが勝手に妄想した、ぼくから見たジョブズ像だ。だけど、だからいいんじゃないか。思い出の中に入り込む「製品」なんてそんなに数あるわけじゃない。こういう思い出話をさせてくれるような「体験」を与えてくれたAppleにはやはり別格の思い入れがある。

ジョブズは「偏屈」だとよく云われるが、この第1巻では彼の偏屈ぶりが魅力的に(?)描かれている。もうほんと唯我独尊のイヤな奴で、小さい頃から「お前は特別なんだよ」と愛情を注いできた育ての親は困惑するほど。ここらへんは、自分も親になったいまはいろいろと考えさせられる。ジョブズもまた、宮崎駿のように「堀越二郎気質」の人間なのだろう。身内や周囲の人たちは大変だ。

おもしろいのは、ヤマザキマリさんがジョブズやAppleに対して格別の思い入れがなかったという点。講談社の担当編集から企画が上がった時には、「ジョブズに対してシンパシーがなかった」のでいったん保留したそうだ。Macファンである息子さんや旦那さんからの強い後押しで自伝を読み返し、ジョブズの偏屈っぷりが、自分の周りにいる人たちと似ているなと、ああ、こういう人なら描けるわ、となったとのこと。"シンプル"というジョブズの哲学を作品にも落とし込み、「ジョブズそのものが作品の魅力」と語るヤマザキさんはプロフェッショナルだと思う。

そういう、ちょっと引いた視線から描かれているため、感情移入することなしに淡々と物語が進行していく。機械などのディティールの描写にもこだわっており、いわゆる「マンガ」というよりは「伝記」っぽい。おそらく彼女は、ものごとを俯瞰した立場から描くのが得意なのかもしれない。『テルマエ・ロマエ』は、ローマ人から見た奇妙な日本という着想だったし、新作『ジャコモ・フォスカリ』はイタリア人からみた日本という設定だ。

それでも、漫画『スティーブ・ジョブズ』は、あくまでもヤマザキマリさんが描くジョブズだ。もちろん原作に沿った内容であり、そこから大きく逸脱はしないものの、漫画ならではの表現というものがあり、彼女の想像によって描かれたシーンもある。「私は絶対彼には惚れないし、一緒に働くのも嫌」だという彼女から見たジョブズだ。だからいい。

主人公は偏屈だけど、漫画『スティーブ・ジョブズ』はさらっと読めちゃう。どこか物足りない気もするし、「ジョブスに入り込めない」という理由でこの漫画を評価しない人がいるのも分かる。だけどそれは当たり前なのだ。なにせ作者自身がジョブズに入り込んでいないんだから。

入り込まないということと無視するということは違う。入り込めなくとも、対象を観察し、敬意をもって接することができるのは、作者がプロである所以だ。偏屈な人が偏屈な人を描いた『風立ちぬ』と、偏屈な人を周りに抱える常識的な人が偏屈な人を描いた『スティーブ・ジョブズ』、という対比で見比べてもおもしろいかもしれない。

続編が楽しみ。


追記:
ヤマザキマリさん(本人)から「自分も偏屈に近いと思いますが...」というリプライを頂いたことを報告しておきます。

ヤマザキマリ『スティーブ・ジョブズ』

ヤマザキマリ『スティーブ・ジョブズ』 2013.08.27 Tuesday [読書] comments(0)
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とり・みき『Mighty TOPIO』と『風立ちぬ』

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東日本大震災復興支援を目的に企画された作品集「僕らの漫画」に収録された、とり・みき『Mighty TOPIO』は、漫画という媒体の可能性を感じずにはいられない、珠玉の短編だ。全8ページ。




震災と原発事故に真正面から向き合ったギャグマンガというのはそれだけでも珍しい。

幾度も幾度もザセツと失敗をくり返してきた、メンマ博士の夢のロボット開発。博士が何度目かの稼働スイッチを入れたその瞬間、大きな地震と津波が研究所を襲う。瓦礫の山と化した街。2年半前にテレビや新聞で目にした、あの光景だ。そんな中、「ある力」によって動力源を与えられた博士のロボット「トピオ」は、復興のお助けをすることになる。

シンプルなタッチのイラスト、抑制された筆致で、あの瓦礫からの出来事がテンポよく描かれる。風刺の利いた台詞は、日本人なら、あるあると頷いてしまう展開だ。

そして、思わず息を呑むラスト2ページ。
被災地の瓦礫を、その高度な能力で片付けてしまったトピオが、「君にしかできない仕事だ」と告げられて、向かった先はーーー。

ラストに向かう8コマには台詞が一切入っていない。あの出来事から何十年後、何百年後の世界であろうか、そこに至るまでのストーリーを、台詞のない8コマが雄弁に物語る。その末に訪れる景色を、モノクロでありながら色鮮やかに描く。想像力が喚起され、読み終わった後には、これほんとうにたったの8ページだったのか?と思わず確かめてしまうくらい、まるで一編の映画を観終わったような余韻に浸ることになる。なんという表現力。

§



とり・みきが『Mighty TOPIO』のラスト2ページで描いたもの、それは宮崎駿が『風立ちぬ』で描いたものと同じ質感を持っている。

『風立ちぬ』についての論評で、内田樹氏は、宮崎駿が描きたかったのは「物語としては前景化しないにもかかわらず、ある時代とその時代に生きた人々がまるごと呼吸し、全身で享受していたもの」ではないかと指摘している(参考)。これには大いに共感する。ぼくも映画を観て同じ質感を感じたからだ。

「あの時代」ーーーそう呼ぶしかないくらい、その時代のことをぼくは知らない。実感としてはもちろんのこと、知識としても、語り継がれた物語としても、ほとんど知らない。同じ国なのに、まるで別の国で起きた出来事のように、断片的な情報でしか、知らない。であるはずなのに、スクリーンに向き合っているうちに、知らないはずの、その国の出来事、というか景色が、人々の息遣いや仕草が、まるで子供の頃に記憶した景色であるかのように懐かしく思えてくるのだ。
車窓から見える、里山の萌えるような緑とか、土埃の舞う街並みとか、石ころの混じったぼこぼこの散歩道とか、この時代に生きたことはないのに、そのすべてが有機的で美しくて懐かしかった。全編から立ち上ってくる鮮烈なノスタルジーが、風のように美しく、愛おしさに溢れた映画だった。

『風立ちぬ』を観て感じた「懐かしさ」とは、内田氏の言う「私たち現代人がもう感知することのできない、あのゆったりとした「時間の流れ」そのもの」なのだ。
1976年に生まれたぼくは、映画で描かれた「あの時代」の「時間の流れ」は知らない。けれども、少なくとも現在の「時間の流れ」よりはゆったりとしていた自分の子供時代のことを思い出し、映画の景色と重ね合わせていたのかもしれない。あるいは、これからの時代、ゆったりとした「時間の流れ」を味わうことが難しいであろう自分の子供たちのことを頭に浮かべながら。

§



とり・みき氏が『風立ちぬ』について書いた記事がある。
「風立ちぬ」戦慄の1カット - とり・みきの「トリイカ!」(日経ビジネスオンライン)

同記事中でとり氏は、「「風立ちぬ」はエゴイスティックな映画だ」と述べている。「作家や職人の、家人や世の大事や、ときには顧客すら省みない、いや、省みないように見えるエゴ」がそのまま作品に反映されているという点で、とり氏はこの作品に共感すると言う。エゴイスティックであるがゆえに「恐ろしいほど孤独で美しい」この作品が「大好きだ」と言う。

ぼくも共感する。共感すると言うとり氏の文章にも共感する。「大好きだ」と言ってしまうこの人が大好きだと思う。

『風立ちぬ』は、宮崎駿が描きたいものを描いた作品だと、とり氏は言う。それと同じように、ノーギャラで描かれたという『Mighty TOPIO』には、とり氏が描きたいものが描かれているとぼくは思う。とり・みきが『Mighty TOPIO』のラスト2ページで描いたものと、宮崎駿が『風立ちぬ』で描いたものが、同じ質感を持っているのは、偶然ではあるまい。

戦争や震災という、圧倒的に残酷な現実を前にして。それらによって失われてしまった景色を美化したいという、単なる懐古趣味でもない。戦争や事故を殊更に憎むわけでもない。ある意味では、その片棒を担いでいるのだ。大いなる矛盾の中で、ロマンチストだとか、幻想だとか言われようが、それを描かずにはいられない。そういうことだと思う。

§



ちなみに『Mighty TOPIO』が収録されている「僕らの漫画」は、2011年3月末に東日本大震災復興支援を目的として企画され、iOSアプリでリリースされた。必要経費を除くすべての収益は震災遺児・孤児の育英基金に寄付される。27人の漫画家が無償で描いた漫画は全28作品、総ページ数380ページ、すべて描き下ろしと気合いが入った作品集である。現在は書籍化もされている。



普段それほど熱心に漫画を読まないので知らない名前ばかりだったが、味わい深い作品が多かった。ぜひご一読を。
それから、ぼくにこの漫画を教えてくれたumaimaiさん、ありがとう。

とり・みき『Mighty TOPIO』と『風立ちぬ』

とり・みき『Mighty TOPIO』と『風立ちぬ』 2013.08.20 Tuesday [読書] comments(3)
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『受けてみたフィンランドの教育』実川真由

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受験もない、塾もない。けれども学力世界一。

PISA調査で読解力1位、科学的リテラシーでも1位、数学的リテラシーで2位となり、注目を集めるフィンランドの教育(参考)。落ちこぼれをつくらないという教育方針も特徴的です(参考)。



本書は、2004年から約1年間フィンランドの高校に留学したという実川真由さんによる体験記。母親の実川元子さん(翻訳家/ライター)による解説も章ごとに挿入されています。AFSという制度を利用して留学に挑んだそうですが、なぜ英語圏じゃなくてフィンランド?なぜそんな無駄なことを?という周囲の空気がありながらも、親や先生を説得して実行に移した行動力はすばらしいですね。

フィンランドの高校は、日本の高校とだいぶイメージが違うみたいです。大学の雰囲気に近いのかな。日本では大学でも居眠りしている人が多いですけどね。

本書より
フットネン家の長男ユリウスは、私がフィンランドに来る前に、日本の進学校に一年間留学していたが、その進学校の生徒たちが、授業中居眠りをして、放課後塾に行き、居眠りしていた間に教わっていたことを勉強する様を目のあたりにして「これほど無意味なことはない」と思ったそうだ。
 (中略)
彼らの中には、学校は「学ぶ場所」という意識がしっかりはたらいている。そのため、彼らは学ぶ場所にわざわざふたつも足を運びたくないと思う。それが、フィンランド人の授業に対する真剣な姿勢にも現れている。彼らが授業中に居眠りをすることなど、絶対にないのはこのためだ。
 (中略)
日本の高校生はどうだろうか。私にとって、日本の学校というのは、もちろん勉強する場、学ぶ場でもあるが、それと同様に朝と放課後には部活動があったり、昼休みにも学校が企画したイベントがあったり、文化祭もあるし、運動会もある。学校生活が、そのまま自分の生活となっていた。そのせいか、「学校に拘束されている」という意識が強く、学校は朝からずっといなくてはいけない場所と思っていた。
フィンランドの高校生は、学校はただ単に「学ぶ場所」であり、そこに来る来ないという選択は、特に誰にも強制されていないようだった。


分かりやすいなあ。フィンランド人、お友だちになりたいです。

また、もうひとつの大きな違いは、フィンランドの学校には校則というものがないことだ。日本で通っていた女子校では、細かく校則が決められていた。髪は肩にかかってはいけない、肩にかかったらば結ぶように。マニキュアやピアスはだめ。学校帰りにマックなどのお店に寄り道してはいけない。うちの学校は校則が緩いほうと言われていたが、それでもいろいろときまりがあった。
ところが、フィンランドでは、校則というものがなかった。だからピアスをクチビルにいくつもつけていた子もいたし、突然、髪を赤く染めてきた子もいたりした。先生の前でたばこをとりだして一服しているという子もいた。先生もそれで注意をしたりはしない。
そういう子たちが、日本で言う「不良」というわけではなく、授業の時間になると集中し、先生の話をひと言も聞き漏らさないようにして聞いているのである。勉強ができるできないとは関係ない。自然体で、いろいろな格好をしているのだ。
日本の学校の校則について、説明をしようとしたことがあったが、一苦労だった。
「なんで、髪が肩にかかってはいけないの?」
そう切り返されて、立ち往生してしまった。そうだ、なんでだろう?



国民性というものもあると思います。

フィンランドに関する書籍などで何度か目にしたのですが、フィンランド人は初対面ではシャイな人が多いそうです。本書でも、もの珍しい留学生に対して誰も話しかけてくれず(履修の都合でクラスメイトに会うのが週1だったという理由もあったそうですが)、なかなか友だちが作れずに孤立感を感じ苦労したというエピソードが綴られています。だから友だちになるのに時間がかかるけれども、仲良くなるとストレートに物を言ってくるそうです。だらだらと他人とつるむことはなく、自分の予定を大事にして他人との距離をきちっと取るという個人主義が浸透しているのだとか。ただ、個人主義が進んでいるためか、他人とシェアするという感覚が希薄で、他国の人から見るとフィンランド人はケチに見えるという側面もあるそう(参考)。

本書を読んで感じたのは、フィンランド人は現実主義で物事を「合理的」に考える人が多いのだなということ。学校はただ単に「学ぶ場所」であるという共通認識もそうだし、校則が無いというのもそうだよなと。あるいは世界で初めて核廃棄物の処理施設の建設に着手するなど、民主主義が成熟している印象もありますが、それも物事の本質を合理的に捉えようとするマインドと符号するように思います。
これは、もともとの国民性もあるだろうし、本書で筆者が経験したような教育姿勢によるところも大きいと思います。すなわち、学校での授業のベースがどの科目でも「エッセイ」であり、自分の考えをまとめたり論理的に他人に説明するという訓練に重きを置いているという点。

本書より
フィンランドの学生はテスト前には、「勉強する」という単語を使わない。代わりに、「読む」という言葉を使う。
お母さんは息子に、「明日はテストでしょ。たくさん読みなさい」と言い、生徒同士では、「もうすぐテストだね、たくさん読んでる?」といった会話が、テスト前には飛び交うのである。
「読む」。実は、これがフィンランドの教育のキーワードであることに私は気付いた。
(中略)
フィンランドのテストはほとんどがエッセイ(作文)なのである。
英語、国語はもちろん、化学、生物、音楽までもエッセイ、つまり、自分の考えを文章にして書かせるのがフィンランドの高校の一般的なテスト形式である。
(中略)
フィンランドでは穴埋め問題がそもそもない。全て記述式なのである。


なんというか、「学力」というものの捉え方が日本とはまるで違うんですね。

本や資料から得た知識を、自分なりに解釈していくという訓練がフィンランドの学校が教えていることだ。つまり、知識は前提であって、それをどう自分が考えるかという点を先生は見る。私もずいぶん英語のエッセイを書かされたが、先生から返ってくるコメントを見ているうちに、求められているのが、自分なりの物の見方なのだということがよく分かった。
もうひとつ特徴的なのは、テストに時間制限がないことだ。先生が問題を配り、開始してからやりたければ夕方まで問題に取り組んでもいい。もっとも、そこまで熱心にやる生徒はいないそうだが。


ちなみにフィンランド人は暗算がまったく出来ないそうです。数学のテストには計算機を持ち込んでいいのだそうで。計算機という便利な物があるなら、わざわざ暗算しなくたってそれを使えば良いじゃん。っていう考えなんでしょうね。それが良いか悪いかは置いておくとして、徹底して合理的なんですね、ものの考え方が。

買い物のときも、レジではじめて合計金額を知る人がほとんど。どういうわけか、お釣りを少なくするためにレジで端数のお金を出すこともしない(筆者が日本式にやろうとしたらホストファミリーに止められた)そうで、1セントコインが貯まる一方だったとか。この「1セントコインの謎」も、フィンランド人の気質が表れているようでおもしろかった。


他にも、英語や国語など現役の高校生がフィンランドの学校で実際にどのような授業を受けてきたのかが、とても興味深く書かれています。帰国するときには別人のように英語が上手くなったという筆者は、英語というものに対してある「癖」を身につけるようになってから、世界が開けたと言います。このエピソードはとても興味深いですので、ぜひ本書を読んでみてください。

フィンランドの教育は世界的にも注目を集めていますし、識者による研究もなされているようです。そういった書籍もたくさんあります。それはそれで大事な視点であるとは思いますが、本書のいちばんの魅力は、実際に留学を経験してきた高校生が、背伸びをせずに自分のことばで綴っているところにあると思います。名のある教育者が教育大国に「視察」に行ってきた報告書みたいな教育論じゃなくて、身の丈で書いてるところがほんとうにいい。

これって、彼女がフィンランドで経験してきた「エッセイ」の力、つまり、自分の考えを文章にして書くという訓練の成果が見事にそのまま表れているということなんですね。彼女が自分のことばで、自分が感じたことを身の丈で書いてるからこそ、伝わってくる。とてもいい本を読ませていただきました。


「そうだ、なんでだろう?」ここから学びが始まるんですよね。

ぼくなんかは、この年にして、そんな発見の日々です。とくに子供ができてからは。

その疑問点から出発して、自分のあたまで考えることができるように、環境を準備して、見守ることが、教育者というか大人の役割なのだろうなと思います。金を出しても口出すな。往々にして逆になりがちですけどね。

『受けてみたフィンランドの教育』実川真由

『受けてみたフィンランドの教育』実川真由 2013.03.26 Tuesday [読書] comments(13)
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福田衣里子『がんばらんと!』

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あのとき、たった一本の止血剤を打たれなければ、もっと違う人生だったかもしれない。穏やかで、明るい人生だったかもしれない。こんなに泣かなくてすんだかもしれない。楽しい20代を過ごせたかもしれない。
でも、あの瞬間に、まさに始まった私の人生は、偶然では片付けられないことの連続だった。
19歳のとき、思い切って旅に出ていなかったら、卒業した頃は治療を受けていて、あの旅はなかった。20歳のとき、一枚の新聞をたまたま見ていなかったら、感染に気がつかなかった。23歳のとき、治療が成功していたら、その後、訴訟に加わるきっかけとなった「医療講演会」にも行っていなかった。初めて行った裁判所に学生が集まっていなかったら、実名公表はしなかったかもしれない。
(本書P8〜9より)



もっと早く読むべきだった。

薬害肝炎問題で知られるようになった福田衣里子前衆議院議員が、0歳で薬害に遭い、20歳の時に自身のC型肝炎感染を知り、数年に渡る闘病生活を続けながら、2004年に原告団の一人として実名を公表し、長崎と国会を往復する日々、先の見えない薬害肝炎訴訟で何度もくじけそうになりながらも仲間たちとともに戦い続け、2007年12月にそれまでの国の対応から急転直下した福田総理の全員一律救済宣言、そして2008年1月に薬害肝炎救済法が成立し和解に至るまでの軌跡を綴ったもの。政治家としての福田衣里子ではなく、薬害肝炎原告としての福田衣里子が見た薬害が等身大で書かれています。


福田衣里子さんと言えば、その可愛らしい容姿と相まって民主党躍進の象徴のように祭り上げられていた節があります。当選後は、小沢ガールズの代名詞というようなレッテルを貼られていましたし、ぼくも一部ではそのようなイメージを持っていました。その一方で、なんとなくこの人は信用できそうだなという印象があったし、たまにブログ等で見かけるメッセージは筋が通っていると思っていました。

けれども、2009年に子供が生まれる前後まで政治に関しては呆れるほど無関心だったぼくは、薬害肝炎問題の存在すらもよく認識していなかったわけで、福田さんが薬害なんたらの犠牲者であるということはなんとなく聞いていても、そのバックグラウンドや意味をまったく理解していませんでした。

本書を読むと、彼女が政治家になったことも必然であったのだなと思えてきます。サブタイトルでもある「薬害に遭って、見えてきたこと」とは。

私たち「薬害肝炎原告」は、国や製薬企業の「不作為」によって、C型肝炎に感染させられ、放置されてきた。C型肝炎は、慢性肝炎から肝硬変、のちに肝癌へと移行し、やがて命を奪う病気だ。
薬害肝炎問題の発覚は、1986年から1987年にかけて、青森県三沢市の産婦人科においてフィブリノゲン製剤を投与された患者らに、C型肝炎の集団汚染が発生したことに端を発する。この集団汚染の報告がされるまで、長期にわたり「汚染された血液製剤」を多くの患者が投与され続けた事実は隠し続けられた。出産時や外科手術などの際に止血剤として多く使われたフィブリノゲン製剤、そして、新生児などに使われた第九因子製剤クリスマシン、これらの汚染された血液製剤を、私たち薬害肝炎被害者は、知らぬうちに投与されたのだ。それも「出産」という、人生において嬉しい節目のときに、こんな目に遭わされてしまった被害者が多いことは何とも言いがたい。
(P16〜17より)

治療をしながら、取材や意見陳述の打ち合わせの日々が続く。副作用と戦いながら、かきむしった汚い顔でテレビに映るのは、かなりのストレスだった。
「嫁入り前なのに〜。汚い顔を映してほしくない…」途中で熱が上がりだし、頭がぼーっとなっていくのを感じる。
毎日同じことを質問される。毎日同じ話をする。別に楽しい話でも、自慢できるような話でもないことを。
「あ〜あ、昨日も肝炎、今日も肝炎、明日も肝炎…」正直、取材を断りたいと思った日もあった。でも、知ってもらわないと始まらない。
(P20より)

汚染された血が混入した原料で作られた止血剤「フィブリノゲン」。アメリカFDA(アメリカ食品医薬品局)は1977年の段階で、フィブリノゲンは肝炎のリスクが高く危険で、有用性にも問題があるとして、製造承認が取り消しになっている。
この事実を知っていたにもかかわらず、日本では1977年以降20年近くもフィブリノゲンは使われ続けた。厚生労働省では新薬の承認に、通例で高さ1メートルにも2メートルにもなる資料が必要だと言うが、このフィブリノゲンは紙切れ一枚で承認を得たという話さえある。
(P58より)

C型肝炎のことを人に話すとき、私はいつも「ムカツクけんねー!」とキレながら話すか、ネタにしてウケ狙いで話してきた。まじめに話すと、つまらないと思われるんじゃないか、その場の雰囲気も暗くなるんじゃないか、引くんじゃないか、同情されるんじゃないか…泣いてしまうんじゃないか。そう思うとどうしてもまじめには話せなかった
(P79より)

2004年2月28日、裁判とやらに恐る恐る出席した。暗くて怖いイメージだった裁判所の前には、たくさんの若者が集まっていた。この人たちはなんで集まっているんだろうか。何が目的で私たちの裁判を見に来ているんだろうか。
裁判が終わって、弁護士の方から、彼らはこの訴訟を支える学生の会で、原告の方の話を聞いて、何か自分たちにできることはないか、と立ち上がった人たちだと聞いた。彼らは、世論を高めるためにも、こうやって傍聴席のひとつを埋めようと毎回裁判に早起きして足を運んだり、街頭でもビラ配りを行ったりという活動をしているそうだ。
彼らは、私たちの家族でも、親戚でも、友達でも、恋人でもない。それなのに私たちの力になろうと真剣に思ってくれている。「がんばってね」と言うことは簡単だ。でも、彼らは、言葉だけではなく、行動に移している。きっと、レポートを書いたり、バイトをしたり、遊びに行ったり、デートに行きたいだろうに、その時間を使ってこの裁判をサポートしようとしている。そのピュアな思いは、私の心の中の何かを大きく変えた。
その日、私は実名公表を決意した。
(P77より)

それが「418リスト」、私たちが「命のリスト」と呼んでいたものだ。
このリストは2002年8月に作成された「フィブリノゲン副作用報告書」のリストである。フィブリノゲン投与後、肝炎感染が相次いだことをきっかけに、企業が調査に乗り出し作成されたものだ。
ということは、国も当時から危険だと思っていたわけだ。
しかも、その副作用報告書を集めただけで、何の対策も取らなかった。このリストが作られた当時の厚生労働省医薬品局局長だった宮島彰氏はリストを作成した翌日に辞職し、厚生労働省直轄の医薬品医療機器総合機構の会長に天下っている。その後、彼はこの薬害肝炎問題が発覚し、国会で救済法が成立した後、機構を辞任している(退職金をそのつどもらって辞職している)。
(P154より)

大阪原告16番さんの「合致」によって、「418リスト」は個人を特定しうる情報を保持していることが明らかとなった。
信じられない。
これまで5年近く裁判をしてきても、原告の数は全国で100人にも到達していなかった。いまだ感染に気づいていない人がたくさんいるはずだ。原告団、弁護団、支援者で、検査の呼びかけを街頭で行い、厚労省にも呼びかけるよう訴え続けてきたのに、厚労省は今までいったい何をやってきたのか。人の命をなんだと思っているのか。悲しみと怒りが込み上げてきた。
国と企業は、「418リスト」によって明るみに出た「薬害の危険性」をずっと隠してきた。そしてこの一件がなければ、これからもずっと隠し続ける気でいたんだ…。
(P156より)



福田さんをはじめとする薬害肝炎原告団の人々が、いつ終わるともしれない訴訟を続けてこられたのは、志をともにする仲間や応援してくれる人々がいたからだと彼女は記しています。薬の種類や、薬の投与時期が一日違うだけで救済に差が出るという理不尽に怒り、原告団は被害者の一律救済を訴えます。まだ感染していることすら知らないかもしれない350万人の患者の命の救済という目的が、薬害肝炎原告団には共有されていたのだと。だから、いちど原告団に30億円の和解金が提示された際、それでも患者の全員一律救済を確約しない厚労省の対応に、お金の問題じゃないと憤慨し和解を突っぱねたという経緯があります。

福田さんが「薬害に遭って、見えてきたこと」。それは、震災後にぼくたちが政治やマスコミの中に見てきた風景ととてもよく似ているような気がします。政官報企業が一体となって利権を守るという構図は、原発問題で嫌というほど見せつけられました。国民ひとりひとりの命よりも経済活動という名の企業利益。大きな利益が得られるならば、少数の命には目をつぶるという体質。報道されることと、されないこと。そういった差別の構図こそが原発問題の本質であると思います。そして、この構図は原発だけの特別なものではなく、日本のあらゆるところに介在していると考えたほうが腑に落ちます。薬害肝炎もまたしかり。国民の命を軽んじてまでも利権を守ろうとするその構造的病理を知ったからこそ、福田さんが「命を守るため」に政治家を志したのは必然だと思うのです。


昨年末の衆院選。民主党への圧倒的な逆風は、福田議員にも例外ではありませんでした。結局は離党し、みどりの風に合流するも、未来の党から比例代表(近畿ブロック)単独での立候補となり、しかも比例代表名簿の順番が最下位という、落選覚悟での出馬でした。ごたごたの政局に巻き込まれるような形になってしまったのは残念です。

ネット上では、彼女はほんとうに肝炎患者だったのかという疑惑まであるらしく、立候補は売名行為だとする説もあります。事実はぼくにもわかりません。その事実を知るためにあらゆる証拠を検証する気もありませんが、少なくとも、本書を読み、その筆致に触れたところの印象によれば、彼女が嘘をつくタイプの人とは思えませんでした。

ふつうの女の子はこんなことしないよ〜、という台詞が本書の中には何度も出てきます。携帯メールでの、「か」での予測変換が官僚、肝炎、感染、会見…「こ」が国会、国民、告知、厚労省…ふつうお年頃なら「か」は彼氏で「こ」は恋とかじゃないの〜、というくだりは笑ってしまいました。「何も悪いことしてないのに」0歳で薬害に遭い、インターフェロン治療による副作用で20代前半をほとんど思うように動けず、その後も裁判で各地を巡り、長崎と国会を往復する生活。たしかに、ふつうの女の子はそんなことしません。国を恨み、自分の運命を呪いたくもなるような境遇であるのに、福田さんはそれをあっけらかんと綴っています。曰く、一度死を意識した人間は結構強いと。なるほど。

10代の頃描いていた「今の私」は、ステキな人と出会い、結婚して子供もいた。少なくとも28歳までには、恋人が両親に挨拶に来る予定だった。
しかし、実際には、浮いた話のかけらもなく、27歳、両親に挨拶に来たのは、民主党の小沢代表だった…。まさに、シェーである。
(本書P7より)



民主党は、惜しい議員を失いました。命を大事にする、そのことの意味を理解している政治家は永田町では少数派なのかもしれません。ぼくたち生活者の目線から国政を語る人が、現在どれだけいるでしょうか。2009年の政権交代に「国民の生活が第一」を託した有権者は、ほんとうに惜しい政治家を失ったと思います。

たったの3年3ヶ月。
彼女が薬害肝炎問題と闘い続けた月日からしてみれば、あまりにも短く、政治的なイシューを動かそうとするには到底結果の出るようなスパンではありませんでした。それでも薬害問題をはじめ、自身が経験者であるからこそ問題に真摯に取り組んでいたであろうと想像します。まだ若いし、ほんとうにこれからの人だったのになあと残念でなりません。もっと早く本書を読んで、政治家としての彼女の言葉にもっと耳を傾けたかった。

選挙後に福田さん自身が記したブログです。

福田えりこ公式サイトより
私にとって今回の選挙は、前任期中の経験から「競争よりも共生」を願う国民の方々が確かに存在し、その方々の受け皿となる、解散当時にはなかった選択肢を誰かが作らなければならないと考えていたことから、そういった受け皿作りをするという意味を持つものでした。 自分自身の選挙や当落についてよりも、そちらに重きを置いてきた事もあり、選挙区すらギリギリまで決まらず、受け皿となる日本未来の党ができることになった時点で、実は、私自身は出馬しない方向で検討をしておりました。

それでも、嘉田代表はじめ、たくさんの方々にお声かけいただいたこともあって、最終的には、私自身の当選は難しいであろうことはあらかじめ納得した上で、嘉田代表のもと、党の掲げる想いを国民の皆様に知ってもらうことを主目的として出馬することにしました。 ですので、私にとっては13位が14位になろうと、それこそ小異だったのです。

そして選挙期間中、関西はもちろん、九州や東京へも応援に行かせてもらい、多くの皆様に訴えをさせていただきましたので、私は今回の結果には一切悔いはありません。 2009年に国会へと送っていただいて以降、肝炎対策基本法から始まり、B型肝炎救済法やカネミ油症救済法の成立や、薬事法改正の議論、震災や原発対応、社会保障問題、動物愛護問題など、厚生労働分野を中心に、様々な日本の問題について議論をし、可能な限り結果を出すよう努めさせていただいた前任期期間でした。 私自身がかつての政治から軽んじられた命でしたので、私は政治の側の人間として、絶対に国民の命を軽んじることはしないと心に決め、戦い続けた三年三ヶ月でもありました。

これからも政治の力が、一部の人間の利益のために使われるのではなく、誰もが希望の持てる未来を作っていくものとなるよう心から願い続けるとともに、私もこれから自分の出来る事を考えていきたいと思います。



今年1月31日付のメルマガで、福田さんは「今後については全く未定で、完全にゼロベースで考えていきたいと思っている」と述べたそうです(出典)。おそらく、政治活動からはしばらく距離を置くのではないかという気がします。

結婚されたんですね。
「現在、大阪で暮らしており、国会と地元の往復だったこれまでの日々とは全く違った新鮮な毎日を過ごしている」
「今後は、夫婦二人で力を合わせ、協力し合い助け合いながら、これまでとはまた違った経験を積み重ねていくことで、さらに深みのある人間へと成長していけたらと考えております」
という言葉も、本書を読んだ後に聞くと感慨深いものがあります。20代のほぼすべてを闘病と訴訟と政治に明け暮れた彼女がようやく「ふつうの女の子」としての幸せを手に入れることができたのだとするのならば、それを犠牲にしてまで政治家に戻ってほしいとは言えないとも思います。

本書のタイトルである『がんばらんと!』という言葉には二つの意味があるそうです。
ひとつは長崎弁で「がんばらなきゃ。がんばらないといけない」という意味。もうひとつは、これも長崎弁で「がんばらんでいいさ」という意味。福田さんはこれまで「もっとがんばらんと!」と言いたい人、そして「もうこれ以上がんばらんと!充分がんばってるんだから」と言ってあげたい人、そんな人たちと会ってきたそうです。自身に対しても、裁判で辛いときには「もっとがんばらんと!」と、治療で辛いときには「そんなにがんばらんと〜」と言ってきたと。

なんというか、このさじ加減が、ぼくの好きだった民主党なんだよなと。
そういう手触りが、本書には綴られていると感じたのでした。


福田衣里子『がんばらんと!』

福田衣里子『がんばらんと!』 2013.02.06 Wednesday [読書] comments(0)
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『Die Energie 5.2☆11.8』三原順

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ツイッターで回ってきた画像。少女マンガ誌『LaLa』に掲載されたという作品のワンシーンです。掲載時期はチェルノブイリ事故よりも前の1982年というから驚き。



三原順さんの『Die Energie 5.2☆11.8』という作品だそうです。現在は下記の文庫にて入手可能。



作品が発表された1982年は、スリーマイル島原子力発電所事故(TMI事故)の3年後、チェルノブイリ原子力発電所の事故の4年前。原子力発電の危険性を大衆が認識し始めた時期だそうです。TMI事故は、日本国内の反原発運動にはあまり影響を与えなかったと言われています。そういう意味では、ここまで丹念に原子力産業の構造を調べ上げた三原さんの先見性には恐れ入ります。

(少女マンガといえば、半年ほど前に山岸凉子の『日出処の天子』をはじめて読んだ時もぶっとびましたし、妻から借りて読んだ『SWAN』とか、男性が読んでもおもしろいものもたくさんあるんですね。この頃の少女マンガって、いまの青年マンガよりもよっぽど骨太というか。)

チェルノブイリ原発事故によって、日本の反原発運動も一時期高まりを見せますが、それもいつのまにか収縮してしまい、人々の関心も薄れていきました。2011年の福島第一原子力発電所事故に至るまで、原発が安全神話の上にあぐらをかいて存続してきたことは、現在となっては衆知の事実です。

発表から30年が経過して、このワンシーンで描かれていることがそのまま現実のニュースとしてぼくたちの前に姿を現しました。原子力発電は安価で安全であるどころか、たいへんリスクの大きなものであり、放射性廃棄物の処理までを考慮すれば遥かにコストのかかるものであるということをはじめて知ったし、国や電力会社側による安全対策というものがいかに杜撰であるかもはじめて知りました。原子力発電を取り巻く構造が、中央と地方のパワーバランスの下に成り立つ差別構造であることもちっとも知らなかったし、総括原価方式という「おいしいしくみ」があることも、ついこのあいだ知ったばかりです。マスコミは電力会社の嘘を追求する役割ではなく、原子力産業が存続していくための補完機構であるという点では、現実はここでの会話よりもひどいですが。

30年前だからこそ世に出ることのできたマンガなのかもしれません。このワンシーンだけじゃなくて全編(80ページ程の中編らしいです)を今度読んでみることにします。





追記(2/11)

読みました。すごいですねこれ。上記のワンシーンから想像していたよりも、もっとずっと深淵な問題提起を含むマンガでした。

いちおうストーリーはサスペンス仕立て(電力会社の工場からウランが盗まれるという)になっていますが、原子力発電に関する考察の字が多いこと多いこと。文庫版で読んだのでおじさんは目がちかちかします。(関係ないですけど、スクリーントーンを貼れば済むような背景も手描きでやっちゃうこの頃のマンガの「絵としての密度」っていうのもぼくは好きです。)

単純に、原発の危険性を提起するという内容ではないんですね。電力会社に勤める主人公、その友人や同僚、反原発の立場から環境保護活動に入れ込む隣人、原発工場の技術者などが、各々の立場からの原発を描いていきます。マンガの冒頭は、デパートが放火される事件で始まります。これは行き過ぎた「消費社会」への警鐘を鳴らす者たちによるテロ活動でした。子供の頃の主人公は、その光景をどこか醒めた目で眺めます。やがて電力会社に務める主人公は、原発の危険性や原発をめぐる構造が孕む問題を認識しつつも、科学技術による恩恵や核エネルギーの可能性への信頼を土台として仕事に勤しみます。

本書より
オレは小さい頃から食肉として送り出されるために小屋の中へ引きずりこまれる豚や牛たちを見てきた。「農作物だけでは人間の口を賄いきれないのだ」と親父は言った。「それらは神様が人間のためにおつかわしになったものなのです」と教会で教えられた。そうして人々は肉を狩り緑を刈る。残虐性も罪の意識も感じることなく。人間とはそういう者たちなのだ。世界を引き裂き自分の内に吸収し、その犠牲の上に生き、富み、成長する。世界を養い親として。
消費者は送られてくる電気を憎みはしないが、いかなる種類の発電所でもそれを憎む人々は必ずいる。それは食卓に並んだ料理は好んでも屠殺場は好まない人々が多いのにどこか似ている。そして…けれど現在、発電所は自然を破壊し人々に害をなす事にゆるしを与えてくれる宗教を持っていない。


原発の危険性を指摘する隣人に対して、主人公はどこか醒めた様子で対応します。俺はああいうの(反原発)は見ているだけでいい、と。燃えさかるデパートを眺める眼と同じように。

タイトルの「5.2☆11.8」とは、消費者が使用するエネルギー5.2に対し、送電ロスなどで失われるエネルギーが11.8という1970年におけるエネルギーフローからのものです。発電の際に、もともと持っているエネルギーの7割がロスされるという電力。季節による電力需要の上下、ピーク時に備えて余剰に稼働しなければならないという構造の問題。主人公はそれを知り、蓄エネルギーこそが急務であると電力会社に入ったのです。

こんなものが少女マンガ雑誌に掲載されていたなんて、ちょっと現在では考えられないですね。これを読んで、原子力発電について興味を持ったり蓄エネルギーの開発に夢を抱く少女がもしかしたら全国に数人くらいはいるかもしれないけれども、そんなマニアックで売れないものは掲載できないですよね、現在となっては。

原発をめぐる問題をここまでコンパクトに、しかし本質的にまとめたのはすごいと思います。そして、2011年の原発事故以降に際立った「反原発」対「原発推進」という対立構造をふり返ると、この漫画が発表されてから30年経っても原発をめぐる構造は変わっていなかったということが分かります。貴重な記録だと思います。


『Die Energie 5.2☆11.8』三原順

『Die Energie 5.2☆11.8』三原順 2013.02.01 Friday [読書] comments(0)
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『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』安田浩一著を読んだ。

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読み応えがあって、ぐいぐい引き込まれ、考えさせられる本だった。

丹念な取材をもとに、『在特会』を丁寧に追ったルポ。まず、よくまあこういう人たちを1年半も追いかけたな、と。時に罵声を浴びながらも、感情的になることなく丁寧な取材を続けた安田浩一氏の辛抱強さには頭がさがる。安田氏は、単純に「知りたかっただけだ」と言う。「理解でも同情でもなく、ただ、在特会に吸い寄せられる者の姿を知りたかったのだ」と。

会員ひとりひとりや、関わってきた人たちへのインタビューから見えてくる在特会とは。


※ちなみに以下の動画でも、在特会への取材をもとにした話が聞ける。本書と重なる部分も多く、だいたいのアウトラインは掴めると思う。
「ネット右翼」はどこにいる? ニコニコ生放送12月23日 在特会特集(動画)



01.在特会とは

正式名称「在日特権を許さない市民の会」。「在日特権」の廃止を主な目的とする右派系市民団体であり、自らを“行動する保守”と自認している。2007年1月20日正式に発足、会長は桜井誠。会費は必要とせず、ウェブサイト上からの申請で誰でも会員になることができる。現在、全国に34支部を持ち、1万人あまりの会員数を抱える。これは、数ある保守・右翼団体の中でも最大規模だ。

ぼくは、いわゆる「ネトウヨ」的な言説には以前から嫌悪感を抱いていた。2chも基本的には好きではなかったし、ヤフーの政治欄なんかを見ても掲示板で交わされる論争にはどこか気味の悪さを感じていた。もともとリベラル的な指向が強く、近隣諸国に対して毅然とした態度を示せという勇ましい言説は苦手だったし、ましてや彼らが発するのを厭わない差別的発言を目にするだけで陰鬱とした気分になることが多かった。

けれども、ぼくのネトウヨに対する認識っていうのも実は曖昧なもので、例えば小林よしのりあたりに影響を受けた人たちなんだろうなという程度でしかなく、実際にどのような人たちがネットに集っているのか(匿名のネット上だから分かりようもないが)、いったい何を主張したいのか、また現実の右翼とどこがどう違うのか、その実像はよく知らなかった。いまでも右翼団体については詳しくはない。それどころか、全共闘や安保闘争をはじめとする左翼活動についてもよく知らない。基本的に無党派のノンポリというか、政治には無関心だったから。

「在特会」という名前を知ったのは、たしか今年に入ってから。彼らが街宣中、通りがけに何かを言った老人に対して、多数で取り囲み罵りながら暴行を加えるというショッキングな映像をYoutubeで見たのがはじめてだった。なんなんだこいつらはと唖然とした。興味のある方は、「在特会」や「桜井誠」で検索してみるといくつか動画が見つかる。そのほとんどは、聞くに堪えないものばかりであるが、これが最大規模を誇る保守系団体の主張なのかと思うと、興味深い。

安田氏によれば、在特会会員の多くは、礼儀正しくおとなしそうな若者であるという。ところが、徒党を組んだときの彼らは怖いもの無しになる。「特権」を貪り、日本人を貶める朝鮮人に対して容赦無い侮蔑の言葉を投げつけるのだ。朝鮮学校には授業中に校門前でデモを敢行。徳島県教組の事務所に侵入した際には、拡声器で「売国奴」などと怒鳴り職員の業務を妨害したとして、逮捕者も出している。

在特会は保守なのか。既存の右翼団体からしてみれば、そうではないと言う声が多いだろう。事実、はじめは今までにない保守団体だと共鳴して彼らをバックアップしてきた右翼の人々も、彼らの活動が先鋭化してくるに従って、袂を分かつ人が多いと本書にあった。
在特会自身も、これまでの右翼は結果として何も残せていないと批判し、「“行動する保守”として今までの右翼ができなかったことをする」ことを信条としている。「愛国」をタテマエとしているので、いちおう保守系と言われているわけだけれども、彼らが「守りたい」ものっていうのは何なのかが、いまいち見えてこない。歴史や伝統であるとか、あるべき日本の姿というものが、在特会からは伝わって来ない。

「在日特権」を主張し、市井の在日コリアンに罵声を浴びせる彼らは、いったい何に対してこんなに怒ってるんだろうか。


02.在特会の主張

いろいろ語弊があると思うけれども、ざっくり言ってしまえば、ネトウヨが街頭に出てきたのが在特会である。彼らの多くは「ネットで真実に目覚めた」と語る。彼らの中では、マスコミは反日極左の巣窟であると忌み嫌われている。たしかに、マスコミが真実を伝えないという点には同意する。けれども、彼らが信じてやまない「ネットの真実」というのも相当偏った真実だったりする。彼らが見つけた「真実」とは何なのか。

在日特権。

会の名前にもなっているように、彼らの主張の根幹になるのは「在日特権」という存在。在日コリアンが日本で不当な権利を得ており、彼らが日本人を搾取し、貶めているというのだ。たかだか50万人の在日コリアンに、1億数千万人の日本人が支配されていると、本気でそう思えるという感覚がぼくはちょっと理解できないのだけれど、彼らは大真面目に、特権に与る朝鮮人や反日左翼の売国奴をこの国から叩き出せと主張する。

在日特権とは具体的に何を指すのか。在特会は、在日コリアンには次のような特権があると指摘している。

・特別永住資格
・朝鮮学校補助金交付
・生活保護優遇
・通名制度

詳しくは本書を読んでいただくとして、安田氏はこれらの「特権」についてひとつひとつ検証した上で、以下のように述べている。

『ネットと愛国』第5章 「在日特権」の正体(P195)より
在特会や彼らに賛同する人々は、これら4つの「特権」のどの部分を憎悪しているのか。これら4つの権利は、我々日本人が在日に過激な言葉を投げつけたくなるほどまでに忌むべきものなのだろうか。私にはその点がどうしてもわからないし、少なくとも私は、その4つの「権利」のなかに羨むべき点を見出すことができない。


ぼくも同感だ。ましてや、これらの「特権」によって、日本が支配されているとは思えない。ぼくの肌感覚からすると、全然リアルな話じゃないからだ。

この「在日特権」さえ掲げれば、彼らの「正義」は担保されるのだと安田氏は指摘する。在日特権の廃止を旗印に掲げながら、彼らが実際に口撃を加えるのは、とても「特権を享受」しているようには見えない通りすがりのオバチャンだったり、子供らが授業を受けている朝鮮学校だったりする。「これがチョンコの顔ですよ」「朝鮮人はウンコ食え」等と口汚く罵るような彼らの「街宣活動」は、どう見ても弱いものイジメのレイシズムにしか見えないのである。それでも「在日特権」という存在が、彼らの行動を正当化してくれる。

在日特権があるから正義が敢行されなければならない、というロジックと、正義を敢行するために在日特権というターゲットが必要である、というのは表裏一体なのだ。アメリカが、常に仮想敵を作り出して、自国の正義を担保するのと似ている。

ちなみに、日本において反韓感情が高まったのが、ワールドカップの日韓共催以降だという話を聞いて、ハッとさせられた。たしかに身の回りでも韓国に対する嫌悪感が高まったのを感じた。在特会を育てたのは、そういう目に見えない「空気」が瀰漫して作られたイメージだったと言えるかもしれない。


03.“行動する保守”の行動

「在日特権」を無くすために在特会が行っている「行動」とは、基本的に街宣活動(街頭演説)である。それから、自身の街宣活動を動画撮影し、ニコニコ動画やYoutubeで公開するというスタイルも特徴だそうだ。これによって彼らの主張を周知させるという仕組みで、実際のところ、動画を見て「真実に目覚め」、加入する新規会員も多いという。

いかに在日が特権を享受しているか、日本が朝鮮人に貶められているか、無関心がいちばんいけないんです、と彼らは言う。もともとぼくはアジテーションは苦手なのだけれども、在特会の街宣はアジテーションの体すら成していない。怒りと憎悪しかない。

『ネットと愛国』プロローグ(P4〜)より
「大阪ではね、1万人を超える外国人が生活保護でエサ食うとるんですよ。生活保護でエサ食うとるチョンコ、文句あったら出てこい!」
集団がいっせいに「そうだ!」「出て来い!」「チョンコ、いるのか!」と合いの手を入れる。演説というよりは挑発である。(中略)野次馬も、朝鮮人の蔑称である「チョンコ」の連発には、さすがに顔をしかめ、なにか見てはいけないものを見てしまったときのようなバツの悪い表情を浮かべながら、逃げるようにその場を去っていく。
青年は演説を続けた。
「チョンコどもは、厚かましく生活保護を申請するんです。なんで外人に生活保護支給しなくちゃならないんですか。いいですか、みなさん、日本では1年間に3万人が自殺しています。その多くが生活苦で自殺しているんですよ。日本人がね、生活が苦しくて死んでいる状況で、逢阪では外人が生活保護もらってるんです。だったらせめてチョンコは日本人に感謝せえよ!強制連行で連れてこられただのなんだの、日本に対して謝罪や贖罪ばかり求めているのが朝鮮人じゃないですか。オマエたちに民族としての誇りはないんか? 祖国に戻って生活保護をもらえ!日本人からエサもらいたかったら、日本人に感謝しろ!」


本書の中で取材される在特会の街宣は、そのほとんどが、たんなる狼藉である。在日特権の廃止という目的よりも、朝鮮人に侮蔑の言葉を投げつけることそれ自体が目的化しているようにさえ思える。「ゴキブリを叩き出せ!」「朝鮮人はウンコ食え!」これでは、まるで子供の喧嘩じゃないか。

しかし、活動の場を離れれば、ごく普通の人たちなのだと安田氏は言う。いったい何が彼らをそうさせ、また何が多くの新規会員を惹き付けるのか。


04.在特会という場所

在特会には思想がない。

本書の中でも何度か出てくるコメントだ。“行動する保守”として、今までの保守団体が出来なかったことをやっていく在特会に対して、はじめのうちは好意的に接していた右翼活動家も、単なる罵倒街宣がエスカレートするだけの彼らの行動には、嫌悪感を覚える人が多いそうだ。

逆に言うと、多くの若者たちが在特会に惹かれるのは、思想がないからなのかもしれない。「なんとなく」の、もやっとした鬱屈した思いをすくいあげてくれる場所。どちらかといえば社会的弱者にある自分を、その存在を認めてくれる場所。

安田浩一さんのツイートより
在特会を取材しながら思ったこと。在特会のみなさんが求めているのは「在日特権の廃止」でも「シナ人のいない日本」でもない。あなたがたが求めているのは──「ともだち」だ。


本書がぼくの心を捉えて離さなかったのは、安田氏の在特会に対するこのスタンスによるところが最大のポイントだと思う。安田氏は在特会の活動には少しも共感しないと明言しているが、本書は決して在特会を糾弾する内容にはなっていない。ある意味では彼らを見守るようなスタンスであることは、文章の端々から伺える。かといって、もちろん擁護でもない。

若者が在特会へと駆り立てられる理由、それが知りたいだけなのだ。

それは単なる好奇心というよりも、若者の未来を案じる、大人のおせっかいみたいなものかもしれない。そういった心情が垣間見えるから、在特会の活動がレイシズム的で陰鬱な気分にさせられるものであっても、本書はなんというか、誠実さに包まれている。著者の人格の表れであり、素直にすごいと思う。

安田氏は本書のエピローグでこう告白している。

『ネットと愛国』エピローグ(P360〜)より
青春だな。私はそう思った。2000人が連帯し、団結し、一つになった。こんなにも熱狂できる“お祭り”がほかにあるだろうか。
私はその後も同じような光景を何度か目に焼きつけることになる。
6000人のデモ隊がお台場を埋め尽くした「フジテレビ抗議デモ」。デモを終えた人々はハイタッチを繰り返し、「イエーイ!」とVサインを交わした。
ただの鬱憤晴らしじゃないか。結局は、ハネたいだけだろうが…私はそうつぶやきながら、それでも胸のなかがざわざわと騒ぎ、背中の筋肉が強張った。
靖国で、お台場で、私のなかに否定したくてもできない、小さな感情が疼いた。

私は、羨ましかったのだ。
楽しかっただろうな。気持ちよかっただろうな。
その思いがいまでも消えてなくならない。


在特会のような保守系組織には、どこか疑似家族の雰囲気が漂うそうだ。面倒見のいい兄貴分に「あるべき父親の姿」を見ることもあるかもしれない。ネットが生活の中心であり、対人関係が希薄な人であればなおさら、そういう人との繋がりを求めて当然とも言える。ネトウヨが街宣に出てきたのは、彼ら自身の承認欲求の表れであり、人と人がつながり、同じ行為を共にすることへの訴求。

思想やイデオロギーなんかよりも、若者が在特会に集まる理由は、こういった「連帯感」にこそあるのだろうなと、ぼくも思う。そう考えたほうが彼らの狼藉の理由の説明がつく。単純に、刺激的なことをしたほうがカタルシスが大きいからだ。在特会は、右翼団体でも保守系市民団体でもなく、サークルのような集まりだとイメージしたほうが実像に近いのかもしれない。


05.鈴木邦男氏の告白

一水会という右翼民族派団体がある。それまでの街宣中心の右翼活動とは一線を画して、主に言論活動を展開する団体として鈴木邦男氏が創設。当時は新右翼と呼ばれていた。ぼくは、一水会の活動に関してはほとんど何も知らないし、鈴木氏がどのような思想的あるいは活動的変遷を経てきたのかも知らない。けれども、氏の著書やツイートには共感する部分が多く、注目している知識人の一人でもある。

先日、一水会の会員のブログにおいて差別的発言があったとネット上で話題になった(一水会が差別発言「原発技術なんか、朝鮮人にくれてやれ」「穢れた技術は、穢れた民族にこそ相応しい」 - ガジェット通信)。このことについて、現在は活動からは身を引いているが、同会の最高顧問でもある鈴木邦男氏が身を削るようなツイートをしていた。

一水会のレイシズム発言についてby鈴木邦男 - Togetterより
今回の件であぶり出された「差別意識」。一水会が「最も嫌悪して憎む」ことをしてしまったという事実は、否定できません。全面的に謝罪します。この問題は私も一生、自分の問題として引き受けるつもりです。排外主義者などいないはずなのに、筆がすべったでは済まされない、あのようなことを書いてしまったこと。「お前達も在特会と同じじゃないか」とも、言われました。返す言葉もありません。

安田浩一さんの「ネットと愛国=在特会の「闇」を追いかけて」はとてもいい本です。在特会に共感するところはない。でも、この現象は何だと思い、追いかけながら在特会には取材拒否され、追い返されながら安田さんはいいます。「在特会とは何者かと聞かれる事が多い。そのたびに私はこう答える。あなたの隣人ですよ…。」

この「隣人」は私たちの中にも住み着いている。右翼運動を過激にやっていた過去の私自身の中にもいる。学生時代は我々の仲間が増えれば日本はよくなるとし単純に思っていました。この日本を愛せないような奴らは日本から追い出すべきだと思った。まったく在特会と同じだ。今でも右翼の人たちが酒席でつい酒の勢いで排外主義的なことを口走る事もある。しかし「あっ、いけない。人前でいってはいけない」と後で気付く。だから、文字にして書いたりしない。自制心が働く。でも、ネットだと、ネットに酔ってしまうのか気が大きくなるのか。排外主義、民族差別的なことを口走ってしまう人がいる。あってはならないことだし、いくら謝罪しても、しきれない。

外ではない。本当は私の内部にあったんだ、在特会は。そう気付くと愕然とします。私はこの40年間、一体何をやってきたのかと思います。反省ばかりです。とてつもなく重い問題ですし、ずっと考えていきたい問題です。


どちらかというと左派寄りの安田氏も、長年右翼活動をしてきた鈴木氏も、みずからの内部に在特会の萌芽を見いだしている。両氏の実績や社会的ポジションを考えると、なんて謙虚な姿勢だろうかと驚く。

おそらく誰の中にも在特会はある。多かれ少なかれ、誰の中にも石原慎太郎や橋下徹はある。あるいは、誰の中にも日教組はある。山河を愛し、国土を思う気持ちは誰にでもある。人権を尊重し、平和を訴求する気持ちは誰にでもある。それらは0か1かという極端なものではないし、そもそも対立する項目ではない。

在特会は、自らの意に沿わない意見に対しては、そんなことを言う奴は「極左」で「朝鮮人」だというレッテルを貼る。そうすることでしか、自分たちの正当性を担保できないからだろうか。

ぼくらはどうやら長いこと勘違いしてきたようだ。右翼とか左翼とかいうイデオロギーが人を分かつのではない。おそらく村八分の時代からずっと続いてきた、ぼくらの中に依然として残されている「レイシズム」の欠片。在特会の連中のように口汚く牙を向けることはしなくとも、オブラートに包んでやんわりとしながらも、どこかで他人を見下しているような心の欠片が存在するかぎり、在特会は存在し続ける。

『ネットと愛国』エピローグ(P365)より
人の良いオッチャンや、優しそうなオバチャンや、礼儀正しい若者の心の中に潜む小さな憎悪が、在特会をつくりあげ、そして育てている。街頭で叫んでいる連中は、その上澄みにすぎない。彼ら彼女らの足下には複雑に絡み合う憎悪の地下茎が広がっているのだ。
そこには「差別」の自覚もないと思う。引き受けるべき責任を、すこしばかり他者に転嫁しているだけだ。そうすれば楽だし、なによりも自分自身を正当化することができる。
私も、それが怖い。いや、私のなかに、その芽がないとも限らない。在特会について考えるとき、私がいつもヒリヒリと胸が焼けるような感覚を味わうのは、私のなかの「在特会的なるもの」が蠢いているからかもしれないと思ったりもするのだ。



06.在特会の行く末

8月6日。広島慰霊祭が行われた直後に、在特会はその会場のすぐ側で、日本の「核武装化」を訴えるデモ街宣を敢行した。確かにこれもまた、従来の右翼には出来なかった行動ではある。だけど、共感は得られないだろう。安田氏のツイートによると昨年も同様のデモを行っており、在日特権だけではなく「被爆者特権」なるものまで主張しているらしい。もうめちゃくちゃである。

会長の桜井はこの1年ほどで「死ね」「殺せ」といったより過激な言動をするようになり、会員の中でも疑問を口にする者が増えてきたという。在特会の「差別的」活動がメインストリームに躍り出ることはないだろう。逮捕者を出していることや、近年の活動のあまりの暴走ぶりに、組織として衰退するのではないかという見方もある。ぼくもそう思う。

しかし、在特会が衰退したとしても、ぼくらの中にある「レイシズム」の欠片が無くなるわけではない。今はたまたま在特会が受け皿だったけれども、「レイシズム」の欠片がある限りは新たな在特会が出てくるだろう。

受け皿がなければ、人は生きていけない。

経済状況も、社会保障をめぐる状況も悪化している。社会的格差はますます広がっていく。在特会のように、直接的な差別発言や行動をとる人は少数かもしれない。けれども、無知や無関心が同じような結果をもたらすこともある。在日問題にかぎった話ではなく、無知や無関心であるがゆえに壇上から掛けられる心ないひとことが、当事者にとっては真綿で首を絞められるような労苦を与えることを、実感することはたびたびある。

いまでは在特会の活動から離れた、ある元会員はこう述べている。

『ネットと愛国』第5章 「在日特権」の正体(P222)より
「僕らが持っていないものを、あの連中(在日のこと)は、すべて持っていたような気がするんです」
守るべき地域。守るべき家族。守るべき学校。古くからの友人ーー在特会と対峙する在日の姿から、そうしたものが浮かび上がってきた。
「考えてみたんです。僕らは市民団体を名乗っているけど、地域の人間とともに立ち上がることができるのか。家族とスクラムを組んで敵とぶつかることができるのか。そもそも出身小学校のために駆けつけることができるのか。すべてNOですよ。僕らはネットで知り合った仲間以外、そうした絆を持っていない。僕はそれに気がついた瞬間、この勝負は負けだなと確信しました」


在特会が糾弾する「特権」とは、実はそういった絆や受け皿への羨望から生まれたのかもしれない。震災以降にいたずらに連呼された「絆」という言葉が、ぺらぺらと中身のない言葉になってしまったこの日本で、もういちどその意味を考えたい。


寄せては返す波のように、排外主義は無くならない。
ヨーロッパでは右派が勢力を増しているという話も聞くし、昨年7月にノルウェーで起きた痛ましい事件は記憶に新しいところ。寛容な移民政策で知られる北欧で、数十人の死者を出すテロが起きたということがショックだった。アンネシュ・ブレイビク容疑者は、反多文化主義「革命」に点火するための行動だったと主張した。

この事件を受けて出されたというノルウェー首相の声明が、ぼくは忘れられない。「テロと暴力にはさらに民主的に立ち向かい、非寛容と戦い続ける」というような内容だった。

ノルウェーの悲劇を乗り越えようとするストルテンベルグ首相のスピーチ全文 - 情報流通促進計画より
私たちのこの事件に対する答えはより民主的に、より開放的に、そして人間性をより豊かにする、ということです。

これらの哀悼の意が遺族の皆さんの損失を償うことはできません。何を持ってしても、皆さんの愛する人を取り戻すことはできません。しかし、人生が闇に閉ざされた時、支えと慰めが必要です。いま、皆さんにとって、人生が最も暗い闇に閉ざされた時です。私は、遺族の皆さんに私たちが皆さんに寄り添っていることを知ってほしい。


「私たちの中にある在特会」は、無くならないかもしれない。
けれども、それを乗り越えることはできるはず。
そのための受け皿は必要だと思う。ほんとうの意味で寄り添ってくれるなにかが。
これからも取材を続けていくという安田氏や、自らの問題として反芻する鈴木氏の態度、あるいはノルウェー首相や国民の態度に、そのヒントがあるような気がする。

『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』安田浩一著を読んだ。

『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』安田浩一著を読んだ。 2012.08.09 Thursday [読書] comments(3)
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エマニュエル・トッド 古くて新しい先見性

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ラジオデイズでの平川克美さんと内田樹さんの対談や、高橋源一郎さんの話の中にちょいちょい登場するので気になっていたエマニュエル・トッド。フランスの歴史学者、人口統計学者、人類学者であり、世界の人口変化と家族形態をもとに各地の民主化(近代化)を予見するというユニークな手法で注目を集めているらしい。1976年の時点でソ連の崩壊を予想し(乳児死亡率の高さをその要因に挙げた)、2002年のベストセラー『帝国以後』では「米国は世界を必要としているが、世界は米国を必要としていない」として、アメリカの経済的な衰退を予見。さらに近著『文明の接近』では欧米のイスラム脅威論に反して、着実に進むイスラム圏の近代化を指摘。言うまでもなく、ソ連もアメリカもその通りになり、ジャスミン革命に端を発したアラブ諸国のデモクラシーは現在も進行中です。

世界の趨勢を、人類学的基底(家族形態とそこから生じる価値観)をもとに予見する、という切り口は非常に斬新で興味深く、しかもそれらがまるで予言のように的中しているということから、彼の著作を読みたいと思いつつも分厚くて難解そうなので二の足を踏んでいました。先日ようやくこの本から読んでみることにしました。



『アラブ革命はなぜ起きたか』と題された本書は、『文明の接近』刊行後に起きたチュニジア、エジプトでの民衆革命を受け、同書の内容について検証したテレビインタビューをもとに書き起こされたものです。対談形式の文章なので比較的読みやすく、分量もそんなに多くありませんが、至るところからトッドのエッセンスを感じることができました。また、巻末には訳者の石崎晴己氏による「トッド人類学入門」も附記されており、トッドを知るための入門編としてはうってつけの書でした。これから関連書籍も読んでみたいと思います。

トッドの分析はきわめて明快です。
私が40年間の研究生活の中で作り上げたモデルには軸が二つあります。第一の軸は歴史的なもので、識字率は政治的大変動を引き起こし、出生率の低下はリバウンドを引き起こし、それは混迷ともしかしたら暴力を産み出す可能性がある、というものです。
もうひとつの軸は、地理的かつ人類学的と呼びたいと思います。この軸は、近代化の歩みがはじまるとき諸国はその出発点において同一であるわけではないという事実を考慮することを目指します。移行期的危機に出現することになるイデオロギーは、人類学的基底が何であるか、つまり家族の中にもともと含まれていた諸価値によって異なるのです。革命という危機の際に、それらの諸価値が家族的な人類学基底からイデオロギー的表現へと移行するだけなのです。
(本書P46〜47より)


トッドによれば、識字率が上昇する(50%を越える)ということは、父親の世代は文字が読めないのに息子は読めるということであり、伝統的な価値観や秩序が撹乱される。すなわち価値や秩序を自ら作り出さなければならない近代社会への移行がはじまり、ここで移行期的危機が起きるのだそうです。さらに男性の識字化に続いて女性の識字率が上昇するにしたがって出生率の低下が始まるとのこと。アラブの場合は内婚(いとこ同士の結婚)率の低下も要因に挙げられるとのこと。家族形態の変化は価値観の変化の表れであるというのは、うん、なんかふつうに考えて納得できる分析です。

そして各国が選択するイデオロギーは、各国にもともと根付いている家族形態が決めるのだという視点。これも非常におもしろい、目からウロコの分析です。

フランス革命の掲げた自立、平等、平等の諸価値は、パリ盆地の農民家族の中に前もって存在していた。革命という危機の際に、それらの諸価値は単に家族的な人類学基底からイデオロギー的表現へと移行するだけなのです。
ついでに指摘しておくと、こうした考えは、18世紀の啓蒙思想家たちが素晴らしい考えを発明し、フランス革命の中身を決定したという、教科書の中で述べられている考えとは全面的に矛盾します。1789年を産み出したのは、(啓蒙思想家ではなく)あの時あの場所の家族構造であり、パリ盆地の農民たちが自分の気に入ったイデオロギーを選んだのです。ヴォルテールやモンテスキューさえもそれによって産み出されたと考えます。
(本書P47〜48より)


参考までに、トッドが示した家族型は8つに分類されます。それぞれの家族型の解説や分布図は本書の附記に詳しく記されていますが、同様の解説がWikipediaにも載っていますのでリンクしておきます。
エマニュエル・トッド - Wikipedia

トッドは、誰も説明できなかった共産主義革命の「真の」原因も発見しました。かつて共産主義革命が自律的に成功した諸国(ロシア、中国、ベトナムなど)は、いずれも外婚制共同体家族(息子はすべて親元に残り大家族を作る。基本的価値は権威と平等)の地域なのだそうです。すなわち先進国と後進国という区分でもなく、階級闘争の結果でもない、ただ家族システムが共産主義という近現代イデオロギーを選択したのだと。おもしろいなあ。そして説得力あるなあ。

家族の中にもともとある価値観が革命の中身を決める。そう言われてみると、これはよくわかる気がします。考えてみれば、あれだけの事故がありながら日本で脱原発の流れが主流にならないっていうのも、それが戦後のニホン的家族のあり方だったのだということは、胸に手を当ててみるとわかります。いや、わからない人もいるでしょうがぼくは思い当たります。そして現実に原発が止まらない、というか止まるそぶりすら見せないという事実は、そういったニホン的家族が多数派であったということの証左でしょう。

ちなみにトッドは、日本人自身が未成熟だと揶揄する日本の民主主義も、あれはあれでひとつの民主主義の形態であると考えるようです。日本は家族形態(直系家族と分類)において、ドイツ、スウェーデンと相似的であるとのこと。親は子に対し権威的であり、兄弟は(主に遺産相続において)不平等であるこの家族システムから生じる基本的価値は権威と不平等なのだそうです。ドイツ人も日本人も(たとえ車が来なくとも)赤信号で律儀に止まるという逸話はどこかで耳にしたような気がしますが、それが家族形態から生じる価値観であるという指摘には、なるほどと思わざるを得ませんでした。そう考えると橋本徹大阪市長はきわめて日本的であり、大阪市民の家族構造が自分たちの気に入ったイデオロギーを選んだと言えるのかもしれません。しかしトッドの指摘するように権威と不平等は時として自民族中心主義に陥りがちで、それがナチズムや軍国主義といった排他的なイデオロギーとなる可能性があることは歴史が物語っています。

ぼくたちはどうしたって日本人であることからは逃れられないわけです。日本人であることに固執したり(変な美化とか)、或いは必要以上に卑下したりっていうのは、ここではないどこかの物語にすがろうという意識なのかもしれないなと思います。絆とか地縁とか、もともと「在るもの」の上でしかぼくという存在は在り得ないわけで。

事故後の対応のまずさは、原発は日本人には扱いきれないということを可視化しました(原発に対する対応のプロセスを見ると日本とドイツの民主主義が相似とはもはや思えません)。それと同じように、アメリカやイギリスから借りてきた民主主義は日本人には扱いきれないのかもしれません。だって人類学的基底が違うわけだから。日本人は日本なりの民主主義を発見していくしかないのだということを、世界の多様性を基礎とするトッドの書は教えてくれているような気がします。

逆に言うと、それは希望的でもあります。これから新しい家族を作っていくということは、国のかたちを作っていくということ。すなわち日本という国がどうなるかという問題は、ぼくたち自身が目の前の家族とどのようにつきあっていくかという問題に直結しているわけで、それって今まさに子育てを経験しているぼくにとってはとってもわくわくすることです。

トッドによれば、2030年までにはアフリカ圏を含む全世界での民主化(近代化)への移行のはじまりは完了するそうです。その頃ぼくは55歳、息子は20歳。いったいどんな世界になっているんでしょうか。

トッドのきわめて斬新かつ的確な分析が、最終的に懐に与えてくれるメッセージとは、きわめてシンプルで使い古されたフレーズであるとぼくは感じています。
家族って大事だよね。ということ。

子育ては国づくりです。単純に数字の上で、出生率が2を割るということは人口が減少するということ。若者のいない国に未来があるようには思えません。子育ての負担を親にだけ押し付けるような世の中だとしたら、子どもを生みたいと思えなくなるのは必然です。子育てと教育に投資しようとしない政府は、経営者としても無能だと思うし、子どもを放射能から守ろうとしない政府は、大人としてどうなの? もしそれが今までのニホン的家族が産み出した価値観なのだとしたら、ぼくらはせめてそこから脱却して「新しい家族」ってものをつくりたいですね。


ちなみにトッドの代表作はこちら。



エマニュエル・トッド 古くて新しい先見性

エマニュエル・トッド 古くて新しい先見性 2011.12.19 Monday [読書] comments(3)
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思想地図β vol.2 -震災以降- 東浩紀 編集長

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合同会社コンテクチュアズ
発売日:2011-09-01



東浩紀氏が編集長を務める言論誌『思想地図β』第2号はずばり震災(もちろん東日本大震災のこと)特集。ずっと気になりつつもなかなか入手できずにいたが、先日ようやく手に入れた。実はまだ全体の3分の1も読み終えていない状況であるが、ちょっとばかり感動してしまったので記しておく。(感動のせいで文体もいつものですます調でなくである調になってしまうことをご容赦ください。どうでもいいことですが。)

これは思想の地図を紡ぐ言論誌であると同時に、ちょっと感動的なものがたりだ。はじめにことわっておくが、ぼくは言論誌というものを生まれてこのかた読んだことが無い。これがはじめてである。元来、小難しい話は苦手なのである。役所が作文した回りくどい文章などまともに読めたためしがない。言論誌なんてのも、そんなふうに何かを難しくこねくりまわすものなんだろうと思っていた。

ところが、この『思想地図β』の記事はどれも驚くほど、すっ、すっと頭に入ってくる。もちろんテーマのせいもあるだろう。震災の影響は半年以上経過したいまでも、ぼくたちの生活の上に重くのしかかっている。3.11の出来事から逃れられる人など日本国の中にだれもいない。それどころか、あの出来事をずっと背負って、あるいは咀嚼できるかどうかはわからないがあの出来事を通過した上で、ぼくたちはこれから生きていくことになる。だれもが無関係ではいられないし、ぼくも日本(東北)に住むひとりだ。

数ある震災のまとめ本の中でも本誌が出色なのは、どれだけ客観的なデータを集めても、様々な寄稿文を掲載しても、東浩紀というひとりの人物が真ん中にいることだ。本誌に掲載されている文章には、明確な主語が存在する。それも現在進行形の。

震災後、ぼくたちはほんとうにいろいろなことを考えた。考えさせられた。考えざるを得ない状況に追い込まれた。いままで当たり前だと思い込み考えようという発想すらなかった事象に、目を向けるということを知った。自分がなんにもわかっていなかったということをたくさん思い知らされた。それは東氏のように言論という世界で言葉を道具にしている知識人にとっても同じであったのであろう。いやむしろ知らないということを知るのが知識人であるのかもしれない。震災以降の東氏のツイートは、決して「ものごとを知っている言論人」としてのそれではなかった。彼自身が初めて知ることがあり、その都度驚きがあり、その都度自己(と家族)を顧みて、ひとりの男として、そして父親として、震災の中での最善の選択を模索しているように見えた。だから、東氏のツイートにぼくは共感した。言論が提示するのは、答えではない。プロセスなのだ。

本誌には東浩紀編集長という明確な主語が存在する。しかし彼とて答えを知っているわけではない。ぼくたちと同じように、とまどったり、悩んだり、立ち止まったり、行ったり来たり、他人の意見を参考にしたり、信じたり信じなかったりしながら、どう生きるのかを選択していく。考えるということは、生きることに他ならない。というか、生きることを前提とせずに考えることはただの言葉遊びにすぎない。本誌の中には、大震災という未曾有の出来事を通過して、東氏自身が身悶えしながら考えるプロセスが刻まれているように思う。つまりこれは東浩紀というひとりの男の生き方なのだ。ちょっと感動的なものがたりなのだ。


まずは東氏による巻頭言。わずか10ページばかりであるが、震災以降にまるで自分が感じてきたさまざまなことが適切な言葉でコンパクトにまとめられているように感じた。東氏のツイートには震災以降とくに共感することが多かったが、ツイッター上での発言の端々から感じていた何かが、ここでいったんの集大成を見たような気がする。巻頭言はこう始まる。

震災でぼくたちはばらばらになってしまった。


3.11に起きた震災直後の日本は、公共心に溢れていた。被害の大小に関わらず隣近所を心配し、ときに助け合い、また遠方から被災地へと手を差し伸べようとする人も後をたたなかった。天災がぼくたちの生活を襲ったときの人々の振る舞いはほぼ善良なものだった。しかし、津波による被害はそのような善意の集まりによって復旧できるほどの規模ではなく、はるかに甚大で、全てをさらってしまった巨大な波の前に立ちすくむしかなかった。そして原発事故、その後の事故対応における政府と東電による人災。放射能の恐怖は被災地のみならず日本全土に及んだ。そんな状況が続く中で、震災直後に存在した(ように見えた)人々の公共心は次第にすがたを消していったように思う。テレビで喧噪される「がんばろう日本」のフレーズだけが空虚に響いた。

被災地の人々は、そんなことを言われなくてもふるさとの復旧、復興を目指してがんばっていた(いまもそうであろう)。しかし被災地から距離のあるぼくは特にこれといってがんばってはいなかった。メディアを中心にして繰り返される「がんばろう」のフレーズがぼくの中では意味を失い空転していた。

原発事故においては、迫り来る放射能におびえながらたいせつな我が子を抱える身としては、けっきょく最終的に家族を守るための判断を下すことができるのは自分でしかないのだということを、様々なメディアの情報あるいは情報の提示のされ方を通して痛感した。被災地の方々には申し訳ないが、自分の家族がなによりも最優先なのだということも確信した。もちろんだからといって被災地のことを全く考慮しないという意味にはならない。しかし優先順位として自分の家族がいちばん先に来るということはぼくは譲れない。だからおそらく「がんばろう」という共同幻想にうさん臭さを感じていたのだ。

事実、原発をめぐる事故対応のまずさや政府・東電の情報開示の問題が明るみに出るにしたがって、ぼくたちは二分されていったように感じる。ツイッターのタイムラインを見ればそれは一目瞭然だ。放射能を恐れる人、恐れない人。恐怖を煽るなと諌める人、安全デマを流すなと言う人。このような甚大な事故を起こしながらもまだ原発推進を掲げる人、原発はもう要らないと言う人。両者が交わることはない。まるでツイッターの夫々のタイムラインのように、分断されているのだ。ソーシャルメディアの登場は、共感の時代だと言われていたが、これではまるで分断の時代である。ソーシャルメディアが分断をもたらしたのであろうか。そうではない。

東氏は巻頭言の中盤でこう述べる。

ぼくはさきほど、震災でぼくたちはばらばらになってしまったと記した。
正確にはぼくは、震災前からぼくたちはばらばらだった、震災はそれを明らかにしただけだと記すべきだったのかもしれない。
 (中略)
日本人は「みな同じ」でなければ連帯することができなかった。


この巻頭言における核心である。そう、ぼくたちはもともとばらばらだったのだ。ばらばらで何がいけないのかというところから始めないといけない。ソーシャルメディアが分断をもたらしたのではない。ソーシャルメディアはぼくたちの正体を明らかにし、可視化したにすぎない。ぼくたちはもともとばらばらだった(ナンバーワンよりオンリーワンとはそういう意味だろう)し、平等でもなかった。ばらばらだから連帯するのであって、平等だから連帯するのではなかったのだ。「がんばろう日本」とは、本来ばらばらであるはずのぼくたちを無理矢理ひとつのフォーマットに当て嵌めようとする作用をもたらす。それは戦後日本の反映を築く原動力となった一億総中流、みなが平等であるというのと同種の幻想であるように思う。

さて、それではばらばらなぼくたちはいったい「がんばろう」以外にどうやって連帯できるのか。そんなことは誰にもわからない。東氏も「緩慢な死をまえにしたこの国において抽象的な思想の言葉になにができるできるのか、ぼくにはいっこうにその答えはない。だから、おまえはこの特集でなにが言いたいのかと、どのような提案があるのかと、日本の復興にいかに貢献するのかと問われれば、ぼくは口ごもるばかりだ。」と述べている。ある意味では、悲観的かもしれない。けれども、「がんばろう」のようなかりそめのポジティビティよりも、ぼくは東氏の姿勢によっぽど共感する。共感してしまうのだ、どうしようもなく。いったい何ができるのか、という半ばあきらめのような場所から生まれようとする小さな希望をぼくは信じたい。そのほうがずっと誠実だ。東氏はこう続ける。「にもかかわらず、ここに本誌を震災特集号として送るのは、それでも、まがりなりにもそれなりの読者がいるひとりの言論人として、いま震災について語らないよりは語るほうが、言論誌を出版しないよりは出版するほうが、少しは「新しい連帯」の可能性が高まるのではないかと、砕けた物語と錯綜する利害の彼方に新しい意味の可能性が拡がるのではないかと、それだけを素朴に闇雲に信じている、というよりも信じたいからにほかならない。」

ぼくはこの東氏の言葉を全面的に信頼する。というかここでの氏の言葉にちょっと感動した。いや正直に言おう。胸が震えた。

本誌は、東氏が砕けた物語と錯綜する利害の彼方に新しい意味の可能性を見いだそうと、もがき苦しむそのプロセスであり断片集である。つまり現在進行形の東氏そのものである。

ぼくは東氏のことを詳しく知っているわけではない。今年元旦の朝生で見たのがたぶんはじめてで、そのときはおもろいオタクだなあぐらいの認識であったが、震災以降のツイートにはげしく共感することが多く気になり出したという新参者である。思想家としての氏の遍歴もよく知らないし、オタクの世界もよく知らない。だから「あずまん」と呼ばれる彼の魅力というかコアの部分は本誌の中には無いのかもしれない。もしかしたら。ただ、震災以降に氏のツイートに共感することがとても多かった、その言葉を織りなす源となる大事な何かが一貫して本誌を成り立たせているような気がしてならない。

ちなみに東氏によるテキストはこの巻頭言だけであり、誌面の多くは多彩なゲストによる寄稿や対談で成り立っている。ツイッター界の貴公子であり情報ハブを体現する津田大介氏によるソーシャルメディア論、福島の地でことばを紡ぎ続ける和合亮一氏による詩、猪瀬直樹氏と村上隆氏を交えた鼎談、メディアジャーナリスト佐々木俊尚氏によるGov2.0の提言、竹村健太郎氏の文化論、中川恵一氏インタビューなど、かなり読み応えのある内容である。これだけ著名な人を集めて、しかも決して東氏と同じ方向を見ている人ばかりではないわけだから、雑多な内容になりそうな気がするが、にもかかわらず、いや、だからこそ本誌は東氏そのものであるように感じた。

自分以外の思想、場合によっては自分とは相容れないような言葉も、彼はいちど受け止めている。その言葉の端々が、思想家として、あるいは子を持つ父親として、今回の震災とどう向き合っていくかを赤裸々に映しているようにぼくには思えた。東浩紀というひとりの男による、感動的なものがたりであるように思えた。

震災と向き合うとはつまりこういうことなのだ。未曾有の大震災を総括するということは、客観的で定量的なデータを観測することも確かに必要かもしれない。本誌にも様々なデータが掲載されている。しかし例えば、新聞社が編集したようなデータや写真を中心にまとめたような震災特集本には、資料的な価値はあっても主語はない。データそのものには主語がない。データをどのように解釈し、自分の生活と照らし合わせてどのように咀嚼するかは、他ならぬ「ぼく自身」以外の誰もやってはくれない。震災を総括するということはすなわち、自分とは何者であり、これから何を望み、何をしていくのか、を考えることなのだ。

本誌は東氏のものがたりである。東氏が編纂した思想の地図が描かれている。と同時に、「ぼく自身」のものがたりをつくるための羅針盤でもある。「ぼく自身」はぼく自身の地図を描かなければいけない。それは他の誰も描いてはくれないし、他の誰とも同じではない。ぼくたちはもともとばらばらであるからだ。

東氏の言葉を借りれば、年収三億と年収三〇〇万は平等ではないし、東京都民と福島県民は平等ではないし、平成生まれと団塊世代は平等ではないし、独身者と子育て世代も平等ではない。見える世界がそもそも違うのだ。そのことをまず認識しなければ、先に進めないのだ。そのことを認識するのを阻害する要素がいままではたくさんあったのだ。それは消費文化でありイデオロギーであり教育であり。それらを牽引してきたのが新聞テレビといったマスメディアなのだろう。年収三億だろうが年収三〇〇万だろうが、コンビニのお弁当やブランド品などの均一製品の前では同じ貨幣を払うひとりの消費者にすぎない。イデオロギーにも年収の差は関係ない。多様性とは身体性に担保されるという内田樹氏の指摘を思い出す(→生身の弱さについて - 内田樹の研究室)。有限の身体を持っているからこそ、ぼくたちはばらばらであるのだ。そこに多様性が存在する。「可傷性、有限性、脆弱性が「生身の手柄」である。その生身の脆弱性がイデオロギーの暴走を抑止している。そう信じたからこそ、身体を社会関係の基盤にすえることを私たちは求めてきたのである。」と内田氏は述べている。

ところが、日本人は「みな同じ」でなければ連帯することができなかった。だから一億総中流という幻想が必要であり、列強諸国に追いつけ追い越せというスローガンが必要だった。さらには、上記の記事で内田氏が指摘するように「長い自己欺瞞の訓練によって、イデオロギー主導で、ヒステリックになったり、激昂したり、涙ぐんだりできる人間たち」が出現した。そこでは身体さえも「みな同じ」であるというフェイクを演じることが求められた。要は、本来ぼくたちが持っている違いや不平等を超えて、共通して連帯できる何かがあればよかったのだ。

かつてぼくが小学生や中学生だった頃、「昨日のテレビ見た?」というのは定番だった。テレビ番組も現在より酷くなかったし、だいたいみんな同じ番組を見てた。なぜみんなそんなにテレビが好きだったのか。テレビがもたらすのは「連帯感」だったんじゃないか。「昨日のテレビ見た?」っていうのと、現在Twitterのホットキーワードにテレビの話題ばかり出てくるのと、相通じるものを感じる。全国どこでも共通のフォーマットに立つことが出来るということは、それだけ連帯意識を持ちやすいということなのだ。テレビ画面の前では誰もが平等な視聴者であるという事実は、かつて日本が一億総中流という幻想のもとで連帯していた幸福な時代と、「平等」な「連帯」という点で重なる。

つまりそれはどちらも幻想だったということなのだが。誰もが連帯できる最大公約数を追い求めた末に、テレビはけっきょく何も言っていないのと同じになってしまった。いまのテレビは何も言っていない。ただ単に、みんなこれだと連帯できるでしょ?と媚を売るだけのものになってしまった。言い方を変えるとそれをマーケティングと言うんだろうし、政治とカネ(小沢問題)もその帰結なんだろう。テレビがもたらす連帯感は幻想だった。ここ数年、メディアリテラシーについて思いを馳せるうちに、ぼくの中ではそれが明らかになった。ぼくが見たいと思うテレビはこうだ。ぼくたちがばらばらであることをスタートラインにして、その中でほんの一握りの新しい連帯にスポットを当てるような。自分とは何者であり、これから何を望み、何をしていくのか、を考えるための羅針盤となるような。それこそが虚構の連帯意識ではない、新しい連帯を生むのではないだろうか。それはまさに本誌で東氏が試みていることであり、つまりそのような番組を作るには作り手の主語が必要だ。


震災はさまざまなことやものを可視化した。しかし、日本の歴史の中で長らくブラックボックスに覆われていた部分は以前として曖昧模糊としている。これはもちろん政府や官僚がものごとをごまかすことに慣れてしまったからである。と同時に、見ようとしなかったこちらのせいでもある。つまり「ぼく自身」が自分自身から目を背けているからに他ならない。

東氏が本誌で対峙しているのは、未曾有の大震災であると同時に、自分自身でもある。生身の人間として、一児の父として。そこから出てくる言葉にぼくは共感する。そして彼が紡いだ地図を眺めて、ちょっとだけ自らを省みる。

東氏は巻頭言で「思想に何ができるのか」と自らに問うた。この問いが本誌を一貫して貫く姿勢であり、その点において東氏はとても誠実に対峙している。あらゆるものごとを、自分のこととして考えるきっかけを与えてくれるのが思想のちからなのかもしれない。


思想地図β vol.2 -震災以降- 東浩紀 編集長

思想地図β vol.2 -震災以降- 東浩紀 編集長 2011.10.05 Wednesday [読書] comments(0)
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『アメリカから<自由>が消える』堤未果

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アメリカの現状。ぼくらがイメージする自由で豊かな「アメリカ」と、人口的に移民層がマイノリティでは無くなった「アメリカ庶民」のリアルな生活との隔たり。9.11のテロを現場で体験してジャーナリストに転身した堤未果さんのルポを読むと、アメリカが、かつて日本が憧れた「アメリカ」からは程遠い、貧困大国へと突き進んでいることが分かります。日本にいるとかの地の実態はあまり伝わってきませんが、オバマ政権になっても、社会的格差の拡大に歯止めはかからず、医療、教育、刑務所といったものが産業構造として市場原理に呑み込まれて崩壊していく様子が、克明に描かれています。ここでの格差とは、巨大企業による支配構造の現れです。それを日本でも行おうとしているのがTPPなんですが、それはまたべつの記事で。

今回取り上げたいのは、同じく堤未果さんの『アメリカから<自由>が消える』という著書。現地での丁寧な取材、詳細な事例から浮かび上がってくるのは、まあびっくりするくらい衝撃のアメリカの実態。文字通り、自由が消えていっている。すべては「テロとの闘い」という大義名分のもとに、監視社会、警察国家と化している。一般市民が「安心してふつうに暮らす」という、たったそれだけの権利が奪われているのです。ぼくはオバマ自身が悪人だとは思いませんが、合衆国に広く深く根を張った見えないちからは、大統領のちからだけで変えるのは難しいのであろうと思います。

かつて日本人が憧れた「自由の国アメリカ」は、もう存在しないのです。



飛行機に乗れなくなります。
空港で突然足止めされ、自分が搭乗拒否リストに掲載されていると告げられるそうです。理由は教えてもらえません。テロリストと同姓同名だというだけでリストに載せられた子どもの例も報告されているとのこと。一度リストに載ると外してもらう手段はなく、飛行機に二度と乗れないだけでなく、就職もできないなど、社会的に大きな影響が出始めているのだそうです。さらには、搭乗の際に「ミリ波スキャナー」によって裸の全身画像を撮られます。プライバシーの侵害だとの反対意見が多数寄せられていますが、この路線はさらに強化する方へ向かい、なんと政府は人の頭の中を読みとれる装置を企業に開発させているというはなしもあります(おいおい)。もちろん、そのおかげで警備業界は巨大市場に成長しているそうです。

何故自分の名前がリストに載ったのか、その理由は決して教えてもらえない。どう考えてもテロと関係のない人々がこんなにも載っているのを見ると、そこに明確なルールなどない。

一度リストに載ってしまったが最後、一般市民にはそこから削除してもらうすべはない。そして『テロとの戦い』に関する案件については、裁判をする権利も、司法審査の権利も適用されないのだ。


2009年3月、バージニア州警察が作成した「テロリストの脅威に対する評価」レポートの中には、アルカイダやハマス、ネオナチなどと並んで「中絶支持」「税制改正推進」「憲法と矛盾する現政権の政策糾明」などの社会問題にかかわる学生たちの名前がテロリスト欄に記載されていることが明らかになっている。


その流れで当然のごとく、反政府的な言論の封殺も行われています。国内でやりとりされる電話、メール、ファックス、インターネットなどの全通信を政府が監視し、反政府的な言説はもともと「なかったこと」にされます。アメリカの自由をかたちづくっていたはずの「多様性」の否定です。アメリカの自由は完全に死にました。

どっちを向いても『テロとの戦い』しか報道しない大手メディアにうんざりして、インターネットで検索を続けているうちに、奇妙なことに気がついたのだ。大手メディアで報道される以外のトピックに行きつくたびに、翌日そのサイトそのものが消されてしまう。それでも検察を続けていると、今度は画面そのものがフリーズして動かなくなるのだ。


ふつうに考えるだけで恐ろしくなるような「暴挙」ですよね。でも、暴挙は最初から暴挙の顔をしてやってくるわけではありません。これがとっても大事なところです。現在のアメリカの監視社会・警察国家という体制は、9.11のテロ後に成立した「愛国者法」が根拠となっています。すべては「テロと戦う」ためなのです。そこからはじまっている。そして、それはアメリカ国民自身が選んだものでもある。

9.11当時テロを間近に目撃したリサ・ウィリアムは当初のインタビューで監視されていることの不安は無いか、との問いに「何故そんなことを思うんでしょう?テロとの関連を疑われるような行動を取っていなければ、問題ないじゃ無いですか」と言っていた。九ヵ月後の2009年10月リサは警官に呼び止められる。四時間に渡る尋問を受ける。何故、何を調べられているのかも最後まで知らされなかった。それ以来前とまるきり行動が変わってしまったとリサは言う。「監視カメラの前を通るときは、息が苦しくなるようになったんです。銀行でも書店でも、自分が不自然な態度になっていないか心配で長居ができなくなりました。友人との電話も短くなり、Eメールも一通送るのにすごく時間がかかります。何日も迷った挙句、結局返信しないものもたくさんありました。自分が書いた文章の中に、疑いがもたれるような単語が入っていないかどうか、何度もチェックするようになったからです」


もういちど言います。アメリカ社会に蔓延している息苦しさは、アメリカ国民が自分たちで選んだ結果なのです。本書でレポートされているアメリカの姿は、よーく覚えておいた方がいい。ぼくたち日本人にとっても大事なことです。なぜなら、アメリカで起こってるようなことが、同じような構図をもって日本でも起ころうとしているから。

どうも息苦しい世の中になったと感じている人は多いと思います。特にオウムの事件以来、ぼくたちは、たえず自分たちの外側に「敵」を設定して世界を眺めるようになりました。よのなかには、悪いことをする理解不能なモンスターがいて、そいつはやっつけないといけない。また、そういうモンスターは早いうちに潰さないといけない。そういったコンセンサスが、法律などで明文化されているわけではないのに、ぼくたちの意識下に刷り込まれています。それはメディアの報道の仕方による影響も大きいのでしょう。ワイドショーと化したニュース番組は、不安と怒りを煽るばかりです。

たえず敵を想定するマインドは、必然的に監視社会を生みます。当事者でもなんでもない一市民までもが、警察気取りで、社会正義を声高に叫び始める。そうすると、お互いがお互いを監視し合うような空気が瀰漫していきます。自由なことや冒険は出来なくなる。下手なことを言うとホリエモンのように逮捕されちゃうから。いま日本に瀰漫しているのはそういう息苦しさですよね。先日、大阪の橋本府知事が「教育とは強制である」と発言したことに強い抵抗を覚えたのも、そういった危険性を感じたからです。だって施行する側はもちろん、それに賛同する人って、自分が「悪」になる可能性は考えないんですね。ぜったいに自分は間違えない。だから間違った人を許さない。これは怖いです。(大人っていうのはほんとうはそういう「正しさ」によって高められるものじゃなくて、「トホホ感」が醸すものだと思います(過去記事)。)

先日、石原都知事が再選しました。都知事選の直前には、児童ポルノを規制する法案についての議論が巻き起こりました。それでも都民は石原氏を選びました。同氏は再選後、今までのやり方を変える必要は無いと名言しています。また、日本は核武装すべきであるとか徴兵制もやればよい等と発言しています。たえず自分の外に「悪」を設定して、わたしたち日本人は団結してこれらの「悪」と戦っていこう、「悪」を排除していこう(自分たちの中には「悪」は無いから、排除すれば安心な社会が訪れる)、というマインドが基本にあるからなんだと思います。テロ後のアメリカにそっくりですが。しかしだからといって、石原氏が「悪」である、と考えるのもまた違うでしょう。要は、それを選んだのは自分たちである、ということでしかない。

石原氏の再選に関して書かれたブログです。
石原再選以後、誠実に考えよう - 風考計blog
端的に言って、敵はなにか?石原慎太郎ではない。政治を変える王道、それを妨げるのは、なにより私たちの中にある、具体的な問題を前にして安易な感情的反発に逃避する知的怠惰と、臆病である。

ほんの少しずつしか変わらないだろうが、それでも少しずつ思考し、考え、問題から逃げず、誠実に議論する。そうやって、民主主義の土俵を豊かに肥やしていくことしか、さしあたり方法はない。


まったくその通りだと思います。

日本のマスメディア報道は、記者クラブによって完全にコントロールされてきました(過去記事)。広く市民たちに開かれた自由な言論など無かったに等しい。ぼく自身も、政治にはまったく無関心でなんの期待もしていませんでした。基本的にお任せしていたし、政治オタクによる生活から乖離した議論の意味がわからなかった。それが、子どもが生まれたことと、ツイッターをはじめたことで大きく変わりました。マスメディアを介さない情報がフリーのジャーナリスト等から次々に入ってくるインプットツールとしてのツイッターは、政治というものに対する認識を一変させました。政治と宗教のはなしはタブーである(いまはそれに放射能も加わってるの?)とよく言われていましたが、こんなにおもしろくてクリエイティブなものだとは知らなかった。こんなおもしろいものをわざわざ矮小化して、関心を持たせないようにしているのはそれこそマインドコントロールだったのだと思います。

SNSが、情報の在り方を大きく変えています。SNSというサービスは、コミュニケーション・ツールとしての機能はもちろんですが、情報の「インプットツール」として非常に有効です。膨大な懸案のひとつひとつを、いちいちサイトにアクセスして偏りのないように様々な角度からの情報を比較検討していたら時間がいくらあっても足りません。というか、いくら比較検討するといっても視点はひとつしかない。その点、SNSでは新鮮な情報が、自分が信頼する人を経由してばんばん入ってきます。しかも視点がひとつではない。ああ、こういう見方もあるのかというような視座を常に与えられます。このように多様な情報を与えられながら、その中で自分なりに解を探っていくこと、というようなクセを、ぼくも含めて多くの日本人は長らくしてこなかったんじゃないでしょうか。多様性がもたらすアメリカの自由は死んでしまいましたが、日本において多様性がもたらす自由というものは、戦後社会(というより明治以降なのかな)の中ではそもそも市民の間まで広く浸透していなかったわけです。それが、SNSの普及によって自分のあたまで考えるという人たちの環が広がっています。これって、日本に生まれはじめた自由の芽だと思うんです。

だからこそ、その芽を摘もうという動きは必ず出てきます。
渋谷駅の岡本太郎壁画に落書きをしたとして書類送検されたグループがありましたね。目くじら立てるほどのことじゃないだろうに。コンピュータ監視法案なんてのもあります(成立したんでしたっけ?)。監視社会への足音は着々と忍び寄っているように感じます。ぼくたち一市民が監視すべきなのは、お互いの悪さや失敗などではなくて、その視線は権力側に向けられるべきじゃないでしょうか。注意して見ていないと、いつのまにか住む場所が無くなっちゃった、なんてことになりかねません。

経産省資源エネルギー庁が不適切なツイッター・ブログ監視業務の入札募集中、との情報がツイッターで流れてきました(入札公告仕様書)。仕様書によると、その目的は以下だそうです。
「ツイッター、ブログなどインターネット上に掲載される原子力等に関する不正確な情報又は不適切な情報を常時モニタリングし、それに対して速やかに正確な情報を提供し、又は正確な情報へ導くことで、原子力発電所の事故等に対する風評被害を防止する。」

こういう動きが出てくるということは、逆に言うと、インターネットにはそれだけ何かを変える力があるのだと、統治側が認めているということです。日本に生まれかけた自由なマインドの芽は、アメリカのように摘まれてしまうのか、それともエジプトのように大きな花となるのか。それもまたぼくたちしだいです。それが自由という意味なのかもしれません。


『アメリカから<自由>が消える』堤未果

『アメリカから<自由>が消える』堤未果 2011.07.15 Friday [読書] comments(0)
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