行列のできるイオンモール

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トイザらスが入っているということもあり、週末にイオンに行くことがあります。その度に、この田舎にまあこれだけ人がいたのかと驚きます。まるで此処にしかお店が無いかのように市内中の人が集まり、大駐車場はいつも満車。店内を行き交う人々も、買い物を楽しんでいるというよりは、タスクに追われているという感じで、人混みが苦手なぼくはその場にいるだけでヘトヘトになってしまいます。

たしかに、子供連れにとっては便利であることは確かだし、それなりに利用もするわけで、イオンモールのすべてを否定するつもりはないけれども、生来のひねくれ者としては、やっぱりなんだかつまらない。イオンモールに限らず、マックスバリュや、ヤマザワや、おーばんであろうが同じ種類の虚しさを感じてしまう。

グダちゃんのツイートより
@sasakitoshinao 私のような若い世代だと田舎の人ほど恐ろしいほど「地元の人懐っこい買い物」をしないんです。田舎に住んでいるいとこや大学の地方出身の同級生から話しを聴くと「地元の商店街に足を運んだ経験」がそもそもないです

@sasakitoshinao 地方の若者はみな、生まれつきジャスコやユニクロがあるんです。そういう全国チェーンありきで生きているんです。外食だって、本来は地元のB級グルメを食べるはずが、味気ないフードコートが青春の味です。バイトの店員はブラックなはずです

@sasakitoshinao 平成の、特に2000年代以降の地方は私たちが本来想像するような郷土色の豊かなふるさとではなく、外国のようになってしまっています。東京以上に「消費文化に閉じ込められた空間」になっているんです。哀しいけど、これが現実です


考えてみれば、いまの若い世代にとって「地元の商店街」なんてものは、そもそも存在しなくて、歩いて行ける圏内にあるのはコンビニとドラッグストア。リアル店舗では、ジャスコやユニクロ以外の選択肢が無い。あったとしても、金銭的に選択できないか、そもそも全国チェーン以外のお店があるという発想すら出てこないか。囲い込まれてるなあと感じます。

かくいうぼくも、「地元の商店街」に触れて育ったわけではありません。小さい頃は2〜3年で転校をくり返していたし、それも中途半端な田舎街ばかりだったので、親は大手スーパーで買い物するのがデフォルトでした。だから、商店街が生きていた頃の「昔はよかった」と懐かしんで回想できる立場にはありません。


グダちゃんのツイートより
@sasakitoshinao 茨城県出身の友人を地元の個人経営の写真屋に連れて行った時、まるで説教前の子どものように怯えていたのを思い出します。不思議だったんですが、考えてみれば平成の田舎生まれの若者は「全国チェーンの店員」と「親しい同級生・家族」以外に接する機会がないわけです


ぼくはむしろ、こちら側の人間です。「地元の人懐っこい買い物」というのは苦手だし、だからこそ憧れもあったりする。

イオンモールが賑わいを見せる一方で、山形市にも個人で経営する小さいながらも個性的なお店がぽつぽつと出来てきてもいます。そういったお店で、店主と話をしながら買い物をするのは、全国チェーン店での買い物とはまた別の種類の充足感があります。そういう豊かさっていうのも、やっぱりあると思う。



なぜ田舎に、どこも同じような「大型全国チェーン」が出来て、地元商店街が衰退するのか。それは、田舎に住んでいる住民がそれを望んだからです。田舎は東京になりたかった。テレビに出てくるような東京と同じものが欲しかった(それは正確には「東京固有のもの」では無いわけですが)。

ぼくが中学生の頃に、はじめて山形にコンビニが出来ました。通学途中のそのコンビニで、おにぎりを買い食いするのもちょっとした冒険でした。それから「マクドナルド」が出来て、「モスバーガー」や「ミスド」が出来て、「ユニクロ」が出来て、「ヤマダ電器」や「ニトリ」が出来て。便利で、お手頃で、見た目に清潔感のあるそれらのお店は、いまも変わらぬ賑わいを見せています。

無闇に都会(テレビで見る世界)に憧れる若者は、そういった「チェーン店」が出店するたびに、「山形もがんばってる」なんてことを言っていました。チェーン店が都会のモノだと思っていた。それがふつうだったし、たぶんいまでもそう思っている人が多いのであろうことは、チェーン店が出店する度に行列ができるという光景を見れば分かります。

ある時から、ぼくはこの「山形がんばってる」という言葉が嫌いになりました。勤務先の東京から帰省していた友人が、山形にチェーン店が出店する様子を指して、例のごとく「山形がんばってる」と。その時になんだかひどく居心地の悪い気持ちを覚えたのです。「がんばってる」って何だよ、と。

別に、山形が「がんばってる」わけじゃない。全国チェーン店が出店するのは、大手企業が市場を開拓しているだけです。彼らにとっては、消費市場があればそれでいいわけで、それが「山形」である必要はどこにもありません。消費効率が悪くなったら撤退するだけの話なのです。


Punished Ryo1206さんのツイートより
イオンが出来る→商店街死す→イオンが撤退する→何も残らない
という田舎殺しの必殺フルコース


田舎に住んでいるぼくら自身が、「山形がんばってる」を求めてきた結果が、地元商店街の衰退と行列のできるイオンモールなんだなと、いまにして思います。くり返すけれども、山形が「がんばってる」わけじゃない。全国どこに住んでいても、全国同じものが手に入るということが良いのか悪いのかはまた別にしても。

山形は空気も水も美味しいとか言いながら、大手スーパーに並ぶのは企業の都合でどこからか輸送されてきた野菜であって、地元民がいちばん地元のものを食べていなかったりする。地元の農家にぜんぜんお金を落としていなかったりする。自分たちの手の届くところに経済圏を作れていない。

ああ田舎なんだなあと思うのは、周りの人たちが、買い物をする際のものさしが定量的な尺度でしか語られないということ。どこのお店が安かった、だの、コスパだの。あるいは美味しいと評判だの。ものさしが自分の中に無くなってしまっているんですね。外から測れるものでしか、価値を判断できなくなってしまっている。グダちゃんさんの言う通り、哀しいけれど、これが「消費文化に閉じ込められた空間」という現実なのだと思います。

これって実は、買い物とか経済圏だけの話じゃなくて、世界的なグローバル化と歩みを同じくして日本に輸入された新自由主義的な価値観のもとで、人々が、あらゆるものを「消費」文化のものさしで測ろうとする傾向は至るところで見られます。

政治に対する無関心というのもそこに由来するのではという想田和弘氏の指摘は言い得て妙だと思います。
「おまかせ民主主義」の正体は「消費者民主主義」である。 - 観察映画の周辺 Blog by Kazuhiro Soda

政治は「サービス」であり、有権者はそれを受けるために投票と税金という「対価」を払っているのだ、だから「つまらぬものは買わぬ」という態度になる。消費者には責任は伴わない。主権者として政治に参加するという責任を放棄する「おまかせ民主主義」とはつまり「消費者民主主義」なのだ。

なるほど、思い当たる点がたくさんあります。商品の「消費の仕方」さえも、全国チェーンのマニュアルに沿った形のイオンモールに行列ができるわけですから、政治の「消費の仕方」だって、中央発でマーケティングされるのは当然のことです。B層なんていう嫌なカテゴライズもありましたね。でもそのマーケティングが結果を支配している現実があります。

東京都議選での自公圧勝という結果を受けて、想田さんはこうつぶやいています。

想田和弘さんのツイートより
政治を左右するのが流行だとすれば、やはり日本の有権者は民主主義を「消費モデル」でイメージしているのではないか。少なくともこの傾向は「消費者民主主義説」を補強する。消費者民主主義では、いま売れている商品(=政党・人)に人気が集中する。


たしかに、世論調査って「いま売れているもの(=政党・人)」を宣伝するためのものになっています。開票1秒で当確の出る速報も、「どうせ結果は決まっている」という空気を演出するのに一役買っている。行列のできる店にはさらに行列ができ、ひとたび悪評が立つとたいして味も違わないのに閑古鳥というのは、ありがちな光景です。その心理をくすぐっているなあと。「自分が」その店の味を好きなのかどうか、よりも「皆から評価されている(=都会のチェーン店なら鉄板)」かどうか、で決まっちゃうんですね。


世界的なグローバル化、グローバル企業による世界のフラット化によって、今後もローカルなものが駆逐されていくという流れは避けられないでしょう。田舎では、選択肢の無いリアル店舗にわざわざ行くよりも、インターネットでショッピングしたほうがよっぽど多様なわけで。いち利用者としてAppleやGoogleはやっぱり好きだし。

ぼくは未だに音楽をデータで買うことに抵抗があるのですが、それでもCDはAmazonでポチることが殆どです。そもそもCDショップ自体が無くなってるし、あったとしても、お決まりのモノしか置いてない。店頭ではじめてジャケットを手に取って、試聴してみて、新たな出会いが、なんてことは出来ないわけです。そういうのは事前調査としてネットで済ませて、店頭では決め打ち(予約)しないといけない。それじゃあ、お店で買う意味も無いわけで、CDショップって、無くなるんでしょうね…。

おこづかいを握りしめて、はじめて一人でCD屋さんに行って、どきどきしながらB'zのシングルを買ったのを、懐かしく思い出すとともに、それは単なるおじさんの思い出であって、いまの若い世代にとっては、データだろうがCDだろうが関係ないし、店頭で買おうがネットで買おうが違いは無いのかもしれないなあと思ったりもしています。ただ、ぼくらはまだ店頭での買い物も経験してきましたが、ぼくらの子供らはCDショップが「無い」のがデフォルトになるわけだよなあと考えると、少し複雑な気持ちにもなります。

そう思いつつも、結局ぼくもAmazonでポチっとしているわけで、それがすべてだよなと…。



追記:速水健朗さんのこの本、読んでみたいです。

現代都市と、いまどきのショッピングモールは、少しずつ姿を変えながらにじり寄る関係にあり、近い将来、どこまでが “都市” で、どこから先が “ショッピングモール” なのか分からなくなってしまうだろう。つまり、ショッピングモールについて語ることは、現代の都市について語ることでもある。



追記:続編的な記事を書きました。→ショッピングモールとパティ・スミスと漂白される時代

行列のできるイオンモール

行列のできるイオンモール 2013.06.25 Tuesday [食・生活] comments(0)
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GM(遺伝子組み換え)作物との付き合い方 まずは存在を知ること

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ドイツ在住の方のあるつぶやき。

加納織る子さんのツイートより
原材料表示で「遺伝子組み換えでない」はよく目にするが、初めて「遺伝子組み換えである」と明記された欧州販売用の日本製のお酢を発見した。素直に表記してくれた事に感謝するが、ここで疑問。日本でこの表記にお目にかかる事ってあったっけ? http://twitpic.com/chprpb


その後のやり取りが興味深かったので、こちらにまとめさせて頂きました。
欧州販売用のミツカン酢には「遺伝子組み換えである」が明記 - Togetter

欧州で販売されているミツカン酢には「遺伝子組み換えである」と明記されているそうです。日本で販売されている同じ商品には記載されていません(参考)。

以前、モンサント社について調べた時(過去記事:モンサント社は何をしようとしているのか。)、日本に流通している大豆の約60%は遺伝子組み換えであるということを知りました。遺伝子組換えが混入しても5%以下であれば「遺伝子組み換えでない」と表記してもよいという決まりがあることも。

kurikuri321さんのツイートより
ブドウ糖液糖、とか果糖液糖、という表示に誤魔化されるけど、これらは実はコーンシロップ。ほとんどのコーンシロップは遺伝子組み換えの加工用コーンから出来ている事実を踏まえると巷に売られているお菓子・ジュース何もかもが遺伝子組み換え品でできている。避けて暮らすのは至難の技( ´_ゝ`)

納豆自体は遺伝子組み換えでなくても、添付されてる「タレ」はブドウ糖液糖(遺伝子組み換えコーンシロップ)を含んでいてアウト! ポップコーンのコーン自体は遺伝子組み換えでなくとも、使っている植物油(混合加工用油は表示義務なし)は遺伝子組み換えコーンを含んでいていてアウト! など。

遺伝子組み換え表示義務品が少ないため、実は遺伝子組み換え品を知らないうちに大量に食べさせられているのが日本。混合加工食用油(=植物油、と表記される)は基本的に大豆や菜種、コーン由来。でも表記義務ないので書かない。良心的なところは一応「不分別」ぐらいは書くけど。四面楚歌日本!!

日本で放射性物質を完全に避けて暮らすことと、遺伝子組み換え食品を完全に避けて暮らすことは同じくらい困難を極めていると思う、というのが素直な観察的感想。それくらい、遺伝子組み換え食品は加工品として姿を変え食卓にのさばっている。その事実に対してどうアクションするかは人それぞれ。


ヨーロッパではGMO(遺伝子組み換え作物)に対する反対運動や規制が行われています。

遺伝子組み換え作物を拒否するヨーロッパ - patagonia パタゴニア・ウェブサイト
によれば、1996年にモンサント社のラウンドアップ耐性大豆が承認されてから、EUではGMOに対する市民の反対運動が本格化したそうです。その結果、GMOのラベル表示や食品製造工程のすべての段階における追跡調査を可能にすること、さらにGMOの承認時には常に「予防の原則」に基づくことを強制しているそうです。ミツカン酢の欧州と日本における表示の差異には、きちんとした経緯と理由があるのです。

農林水産省のウェブサイトも参考まで。
EUにおける遺伝子組換え食品等の表示制度及び実施状況 ... - 農林水産省

で、そういったヨーロッパの動きに対してGM企業側から下記のような牽制も当然あります。モンサント社ならそういうこともやりかねないとぼくは思っています。
WikiLeaks: モンサントの遺伝子組み換え作物を拒む欧州に米国が報復を検討 - Democracy Now!

さらにはこんなニュースも。
米モンサントの除草剤訴訟、原告勝利で賠償命令 フランス - AFPBB News
遺伝子組み換え作物の承認凍結をEUが決定 - webDICE

これは現在進行形の出来事です。最後の、2013年1月の記事には「欧州委員会は遺伝子組み換え作物の承認手続きを2014年末まで凍結することを決定した」とあります。

GMOをめぐる攻防、つまりぼくたちの食をめぐる環境は、現在も世界中で綱引きが続いている状態なのだと推測できます。日本ではあまりGMOについてのニュースは話題に上りませんが、これはTPPにも大いに関わってくる問題です。TPPに参加すれば、遺伝子組み換え食品は必ず増えます。それも品質表示の規制撤廃という手段を使って。この攻防もまた、資本主義と民主主義のせめぎ合いなのです。

パタゴニアの記事より
GMOに関する闘争は、一方に環境保護および消費者団体を、他方に強力な多国籍企業とGMO支持の政府を、小さなダビデと巨人ゴリアテに例えられながら続いています。


巨人ゴリアテにとっていちばん都合がいいのは、人々が無関心でいてくれること。知らないうちに表示方法を変えて、知らないうちに流通してしまえば、誰も気付かない。誰も傷つかない(傷ついていることにすら気付かないで済む)。

これはGMOに限った話ではなく、巨人ゴリアテの常套手段です。そういう視点で身の回りをよーく見回してみると、いろいろ腑に落ちることがあるはずです(無いかもしれません)。

「巷に売られているお菓子・ジュース何もかもが遺伝子組み換え品でできている」
「避けて暮らすのは至難の技」
「表記義務はない」
などと言われると、「じゃあ何も食えないだろ」「陰謀論」「悪影響の科学的根拠が無い」と拒否反応を示す人がいます。これもGMOに限った話ではありません。

いろいろ書いてますけれども、実際にはぼくも食に対する意識が決して高い方ではありません。カップラーメンも好きですし、全然ストイックではありません。それでも、なるべく安心な食材をと思うと、どうしても値段は高めになります。だから、拒否反応を示したくなる気持ちも分かります。必要以上に攻撃的になるのは、きっと自分自身に対するエクスキューズなんだと思う。

だけど、これって0か100かという問題ではないはずです。あるものは仕方ない。0にすることは無理でも出来るだけ避けたいわけで、そのためにこういうことを認識しておくことは必要だと思います。認識した上で、その先は個々人の選択に委ねられるというだけの話なんですよね。

めんどくさいから嫌になるけど。誰だって好き好んでそんなめんどくさいことしたくないですよ。だから拒否反応を示しちゃうのかもしれない。希望的観測、楽観論にすがりたくなる。たしかにそれは分かるけど、だからといって他人の選択を貶めたりデマ扱いするのはまた違うと思います。体に良いか悪いかなんて誰にも分かっていないんだから。

「それが入っているかどうかが最大の問題なのではなく、それが入っているかどうかを判断するすべが奪われているのが最大の問題」(参考)なんですね。

なにかを判断するための材料が与えられた上で、各自が自分の立場や環境、家族構成や家計、イデオロギー、なんでもいいんですが、とにかく自分のあたまで考えて自分で価値判断すること。これが成熟した民主主義社会における市民のスタンスだと思います。その前段階で情報をコントロールしようとするのは、主体者に対して敬意を欠く態度だと思います。風評被害だとかデマを流すなとかいうのは情報統制でしょう。

だって、いくら機会を与えられたって、けっきょくは届く人には届くし、届かない人には届かないんですよね。人って、自分の見たいものしか見ないし、自分の信じたいものしか信じないものです。ぼくもまさにそうです。だからせめて、こっちの見たいものを勝手に決めないでほしいです。


GM(遺伝子組み換え)作物との付き合い方 まずは存在を知ること

GM(遺伝子組み換え)作物との付き合い方 まずは存在を知ること 2013.04.08 Monday [食・生活] comments(0)
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進んでいるが進んでいない 福島の問題は「わたし」の問題 波江町職員玉川啓さん

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波江町職員の方が、福島第一原発の現場に入って感じたことを書かれています。2012年4月の記事ですが、今朝フェイスブックでまわってきました。転載させていただきます。

玉川 啓さんのFacebookより
今日、第一原発の現場に入りました。

業務上の守秘義務もありますが、書けるだけ書かせて頂きます。

重要免震棟で説明を受け、骨組みだけになっている4号機、3号機を間近に見てきました。
本日の最高値は1,000μsv/h。異次元の世界です。

素直な感想としては、進んでいるが進んでいない。そして進んでもいるということ。
重要免震棟は線量の確保ができていますが、一歩外を出ると高い線量であることは紛れもない事実。

そのような中で前司くんをはじめ、最前線でこの事故を押さえていこうと、尽力している方々がいること、当然のこととして仕事をしている方々がいることが、自身にとって大きな励みになりました。

間違いなく言えることは、現場の支えがなければ、東日本は吹っ飛んでいました。
今でも千本近くの燃料棒がむき出しの燃料プールに残っており、格納容器よりも危険な存在です。
今回の事故は、いい意味では上澄みの爆発。燃料自体の反応で燃料そのものが飛び散っていれば、われらが八王子メンバーでさえも当事者になっていたという甚大さを実感しました。

そして、誤っていけないのは、今回の事故は最悪ではなかったこと。
重要免震棟がギリギリ半年前に完成していなければ、現地での対応は不可能であり、間違いなく今の日本はないということ。幸いなことに最悪を免れることができたという、恐ろしい事実をもっと皆で共有すべきと感じます。

いいですか、本当にぎりぎりの状態でした。今、それぞれの事業をどう展開させていくかといった議論をしていますが、それは奇跡的なラインが守られたから出来る話にすぎません。
隅田であれ、八王子であれ、日立であれ、東京全体であれ、おそらく西日本であれ、紙一重だったのです。そしてしっかり対応しなければ、これからも紙一重であり続けるのです。

ふくしまが当事者というのは明らかな誤解。本当に日本全体が当事者となるべき問題なんです。きっとこれを実感はできないでしょう。キツメのトーンになってしまいますが、共有できる皆さんだからあえて言います。
この重さを心に刻みつけてほしい。

その上で、当事者としてやはり皆さんにはかかわってほしい。
当事者として、外部支援者ではなく、自分自身が自分自身の仕事やライフスタイルをどう見直していくか、この原発に依存するエネルギー消費の仕事やライフスタイルの在り方を、真剣に考えるしかないと感じます。

むき出しの鉄骨を見て、改めて事態の深刻さを痛感しました。テレビとは明らかに違うのです。そして、その現場で体一つで作業している方々がいます。
その中には被災者がいます。
われわれ日本人はそういった方々に今この時も支えられているのです。

改めて福島を支援するということが誤解であることを実感しました。
逆に福島の地で今を支えていること、それによって日本が支えられているのです。

だからこそ、この問題は皆がまさに当事者なのです。
東京にいては分からない。福島市にいては分からない。

ゆえに分からないではなく、想像を働かせる、思いを巡らせるしかないのでしょう。

第一原発の構内でわれらの前司さんの伊達重機のクレーン車と運命的にすれ違いました。逃げない彼らがいる。そういった人がいるから、普通の生活が送れている。それは今も変わらない。

皆さん、原発が収束していないというのは事実。そして福島の問題ではないことを、しっかりと共有しましょう。ふくしまの問題と考えること自体が誤りだと、本当に痛感しています。

それが私の今日の報告です。


この記事から約1年が経とうとしていますが、「進んでいるが進んでいない」という状況は変わっていないように思います。それどころか、原発をめぐる意見の分断は市民レベルでもより溝が広がったように見えるし、まるで事故が収束したかのように、まるで国民的なコンセンサスが得られたかのように、安全性が確保できれば再稼働するという言葉が首相の口から出ている。その一方で、いまも現場で体をはって作業する方々がいるということを、ぼくらはすぐに忘れてしまう。

福島が「進んでいるが進んでいない」のはなぜか。福島第一原発の現場に対しての「想像を働かせる、思いを巡らせる」ことすら忘れてしまうのは、玉川さんの言うように当事者意識が希薄であるからだろうと思います。日本に暮らすひとりひとりが「原発に依存するエネルギー消費の仕事やライフスタイルの在り方」を見直さなければならない、ということは分かる。じゃあ具体的に何か変わったのかと自身の生活を見てみると変わっていない。そこが問題なのだろうなと。

アベノミクスによる財政出動とは、原発事故以前どころか日本が高度経済成長していた時代のような大規模な公共事業が前提にあります。「原発に依存するエネルギー消費の仕事やライフスタイルの在り方」に対する自省はまるでありません。だからこそ原発再稼働が必要になる。結果としての再稼働ではなく、再稼働ありきで立てられたプランなわけです。そのことを分かった上で、マスコミはアベノミクスを持ち上げ、視聴者はそれに追随しているのでしょうか。


福島が収束するまでは何十年というスパンがかかるだろうし、使用済み燃料棒の処理までを考えればそれこそ何万年と続く問題です。そのあいだ、現場で放射能と向き合わなければならない作業員の存在は必須です。その役割は、自分にまわってくるかもしれないし、自分の子供にまわってくるかもしれない。誰だって関わりたくないけれど、それは子供の世代どころか、孫の世代、もっとずっと後の世代まで続いていくわけです。

だからといって、ぼくは自分の子供に福島第一原発の現場で働いてほしいとは思わないし、もちろん被曝は避けたい。政府の言う安全性や安全基準なんて信用していません。瓦礫ビジネスや、それを成り立たせるための詭弁にもうんざりです。原発はやめるべきだと思いますが、それでも核廃棄物とは付き合い続けなければならない。

福島第一原発の現場で逃げない彼らがいる。
そういった人がいるから、普通の生活が送れている。

原発に反対する人も、原発が必要だと考える人も、その事実はいつでも頭の片隅に置いておきたいなと。そうでなければ、原発についていくら議論を重ねても、誤解と対立が深まるだけで「進んでいるが進んでいない」状況はずっと変わらないのじゃないかと。(いちおう補足しておくと、避難区域レベルや空間線量等に関わらず、避難する=逃げる、ではないと思います。)



下記リンクは、玉川さんの話を聞いたという被災地出身の大学生による記事です。
ここでもう一度、被災地について考えてみる:玉川さんのお話を聴いて - 我妻謙樹のブログ

20歳そこそこの若者が、このように真摯に自己と対峙しているということに敬意を払いたい。正直言って、ぼくが彼ぐらいの年齢の時は、こんなこと考えもしなかったというか、何も考えていなかった。ただ漫然と流されるままに高校生から大学生へとだらだらとした時間を過ごしていました。彼のように、引き裂かれるような苦悩を経験することのない環境で。

自分自身と向き合い、相剋することがらを引き受け、矛盾と付き合い続けながら、どうにかこうにか生きているのが人間だと思います。すぱっと簡単に済む問題なんてそうそうない。彼のように、煩悶しながらも「わたし」の問題と向き合ってくこと。そうした過程を経ることで自分自身がなにがしらの決断を出したとするならば、それが例え他人の考えと異なっていたとしても、お互いの決断を尊重しあえるような気持ちの余裕みたいなものが出来るのではないかと夢想しているところです。彼らみたいな若者が、これからの社会をつくっていくのだとしたら、未来は捨てたもんじゃないなと思います。


進んでいるが進んでいない 福島の問題は「わたし」の問題 波江町職員玉川啓さん

進んでいるが進んでいない 福島の問題は「わたし」の問題 波江町職員玉川啓さん 2013.03.01 Friday [食・生活] comments(0)
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長崎佐世保からの便り

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前回の記事「オスプレイの危険性よりも怖いもの」に関連して、長崎に暮らすツイ友からリプライを頂きました。ぼくが生まれ育った東北の地とは、生活環境がだいぶ異なっているようで、そこから見える景色というものもまた違うんだろうなあと思わされるようなツイでした。こういうふうに、自らの生活実感に根ざした言葉っていうのは貴重だと思うので、許可を得て転載します。

山中俊人さんのリプライより
同意です。オスプレイ配備の疑問が安全性に向かうと僕らは落とし穴に嵌まってしまう。原発と全く同様に。実際、学者や専門家じゃない為に語る言葉を失います。対米という意味で捉えなければ本質は見えてこないと思っています。

以前も話したように僕の故郷は佐世保です。佐世保は天然の要塞であった為かつては日本軍の軍港で今では米基地が市街地の真ん中にあり、市内アーケードに米兵(軍服ではなく、夏場ならTシャツでゴツい筋肉質感が透けて分かります)と自衛隊(海兵の白い軍服)が歩く街です。

友人や結婚相手に自衛隊や米人がいて(学校には外国人はいませんでした)、街中を米日カップルが歩き、米ナンバーの車が走り、マックでハンバーガーを食べてる大きな人達。

街裏の細道には若い米兵向けのbarやダンスホールがあって。軍艦等が入った夜ともなれば沢山の米兵がお酒を飲んでいたりします。そんな街で十代の学生の頃からバンド演奏していた僕は、覚えたてのロックンロールで米人と踊り、同じ空気を吸い同じ飯と同じ酒を飲んでました。

湾岸戦争や911の時の機関銃を持った米兵がいた物々しさも覚えてますし、対外関係が悪化というニュースが流れると家族と「戦争時には真っ先にミサイルが飛んでくるだろうね」と話したりしてました。

そんな僕の父もやっぱり基地関係の仕事をしていて。幼い頃は基地内にあるお店に父と一緒に行って、$表記の、豆がゴロゴロと入ったホットドッグを買って食べたりしました。

こどもの頃(冷戦終結時頃)まで真夏にあった『アメリカンフェスティバル』というお祭りの売店で、巨大なソーセージを売っている、まだ若かった頃の父の姿が今も記憶に残ってます。僕の生活自体が基地のなかに組み込まれていました。 米海軍が街にある実感はこんな感じです。

それでも、沖縄のような大部分が米軍基地、だというその当事者性を僕が想像するのは難しいです。(空軍というのも有るのでしょうが。) ただ歴史の中にある『対米追従』は、実感としても僕の思い出の中にも確かに存在しています。色々とややこしいものです。


山形には米軍基地も原子力発電所もありません。特に内陸地方は異国情緒を感じるところも無く、ザ・日本の田舎って感じです。ぼく自身は、寒河江の病院で生まれた後、仙台、釜石、能代、米沢、山形、と子どもの頃は転校をくり返しましたが、どこも似たような、ありふれた日本の中途半端な田舎って感じで、幼な心に格別な印象を残した街はとくにありません。

たとえば横浜へ観光に行ったときに感じるような異国情緒ってありますよね。あの空気っていうのは、明らかに日本のそれとは異なるわけで、ぼくなんかからすればある種のお祭り的な色彩を帯びていて。観光で遊びに行くにはうってつけで楽しいけれども、それが日常にあるっていう景色は、想像できないというか。ほんの少し訪れたぐらいでは分かるはずもないわけで。せいぜいものごとを決めつけてしまう前に、自分がいる場所からでは見えない景色があるんだろうなと、一呼吸置くぐらいが関の山です。

山中さんのツイートを読んでいると、ぼくが横浜で感じたような異国情緒あふれる街並みの風景が目に浮かびます。barやダンスホールにロックンロール、それはやはり部外者から見るとお祭り的な色彩を連想させるものです。『アメリカンフェスティバル』という夏の夜の賑やかさは、きっとアドレナリンの上がるわくわくするイベントだったでしょう。部外者から見れば、それはたぶん期間限定のイベントなんです。たとえば都会に憧れるような、ディズニーランドに行くような。あくまでも特別な時間であり、特別な場所。ぼくはそう感じました。

19歳まで佐世保で暮らしていたという山中さんにとっては、それが日常であり生活そのものであったわけです。ぼくのように期間限定では無いことは確かです。「生活自体が基地のなかに組み込まれて」いたという言葉が何を意味するのか、またそこからどういった生活実感を体感していたのか、ぼくには分かりません。それはあくまでも部外者の立場で想像するしかない。先ほども書いたように、ものごとを決めつけてしまう前に、自分がいる場所からでは見えない景色があるんだろうなと、一呼吸置くぐらいしかできない。


佐世保と沖縄では、置かれた立場や環境が同じではないでしょうけれども、米軍基地といえば真っ先に頭に浮かぶ沖縄。話題に上がることも多いので、沖縄の人の言葉を聞くと、基地とともに暮らすということの意味を考えさせられます。

オスプレイ問題はもはや沖縄だけの問題ではない 瑞慶覧 長敏議員インタビューより
自民党が強かった55年体制では、たくさん利権も絡んでいたでしょう。基地に関する工事や管理で入ってくるものも多いから、沖縄の中でも基地賛成派と反対派に割れてずっと来てしまった。

(中略)

沖縄は仕事が少ない。そんな状況の中でも基地関連の公共事業がまだまだあって、特に復帰後は建設業が増えた。だいぶ淘汰されたとはいえ、今でもそれが生活の糧という人がたくさんいる。辺野古に基地を作るとしたら1兆円というお金が動いて、それを請け負うのは地元の建設会社ですからね。


基地のせいで苦しむ人と、基地のおかげで潤う人。沖縄にはそういう二面性がある。


沖縄タイムス・ロングインタビュー - 内田樹の研究室より
沖縄問題は、政治家や学者から「筋が通った話」を聴いた覚えがありません。
「筋が通っている」のは沖縄現地の人たちの「基地があるせいで、生活者レベルで苦しみが多い」ということと「基地があるせいで、経済的振興策の恩恵を受けている」ということに「引き裂かれている」という現実感覚だけです。
「引き裂かれていて、気持ちが片付かない」という沖縄の人の感覚だけは「筋が通っている」。


沖縄の人たちはそういった二面性と何十年もつきあい続けてこなければならなかった。逃れようにも逃れられない。だからそこから出発するしかない。もしかしたらこれは沖縄という土地が持つ二面性であると同時に、ひとりの沖縄人の中にも存在する二面性なのかもしれません。

自己の二面性と向き合うのは、苦痛を伴います。白黒はっきりしなくて気持ち悪いし、答えの無い不安にも耐えなければなりません。誰だって気持ち悪いのはイヤです。気持ち悪い要素はなるべく排除したいって思う。早くすっきりしたいと思う。でもほんとうにお前はそんなにすっきりとした人間なのかと自分に問いかけてみる。まずは自分自身のことを見つめて、自己の二面性を直視しない限りは、自分の言葉は出てきません。


山中さんがぼくに語ってくれた、佐世保の思い出。飾ってあるわけでないこの文章が、とても素直にすっと入ってきました。たぶん若い頃の思い出、ありのままなんだと思います。山中さんの自分の言葉だと思う。で、若者の感性から見るとやっぱり異国情緒とかお祭り的な色彩に目がいくわけですが、ぼくもおっさんになってしまったので「生活自体が基地のなかに組み込まれていました」という一文がどうしても引っかかって。上に挙げたような沖縄の二面性というものを勝手に想像してしまう。

もちろん山中さんが「引き裂かれている」という現実感覚を抱いていたのかどうかは、この文章からだけでは分からないのですが。あくまでもこちらが勝手に一呼吸置いて、勝手に妄想しているだけなのですが。ただ、やっぱり「戦争時には真っ先にミサイルが飛んでくるだろうね」という感覚は、ぼくには無いものです。それは確かです。

欲を言うと、彼の思い出の中に在るという『対米追従』が、どのような実感であるのか興味がありますけれども、それはまたいつかの機会に。そうですね、いまはネット上だけの付き合いですけれども、いつかリアルに対面して酒を酌み交わす機会が訪れた時には聞いてみたいです。お互い子育てを終えてじじいになった頃にでも。





山中俊人さんのツイートより
日本の対米追従に関して僕はその歴史や中身を知らない。孫崎さんの『戦後史の正体』はそれにたいし多くの言葉をもって語りかけてくれるだろうと思っている。(まだ机の上に積んだままだけど) 自分の身体と頭の中のややこしい何かに対して僕は興味がある。

僕の記憶にある佐世保には、あの映画『69』のような学生の激情や反発なんて無かったことになっていて、、正直そんなの存在したのかって思ったくらい。

学校で授業で米軍基地の存在意義を議論するなんて勿論無かったし、友人と話し合った事なんてほんと全く記憶にない。佐世保空襲の日には毎年集まるのにね。いやおかしいんだけどと思いつつも集まる。 だけど先生も友人も街中のおじさんも、誰も彼もあのど真ん中にある基地に突っ込まない。正常な清浄な世界、、今思えばそんな風に感じる。

冷戦終結まではそうやって均衡を保ってきたのかもしれないけれど。

お祖母ちゃんは戦争で兄弟を亡くし自身も原爆に、死ぬまで永久に戦争を否定、お祖父さんは中国の戦争は語らず広島長崎二度原爆を体験、も一人のお祖父さんは東南アジアの作戦行って死んだことになってたけれど奇跡的に生還経緯は不明右足に銃弾が入ったまま亡くなり、父は米軍基地関連、身内に自衛隊。

おじさんは原因不明の病気で若死に(死後医者からなにやら相談有り…)、故郷は基地の街佐世保、今は長崎。平和を祈ってることになってる。 夢はこどもの前で音楽を演りたい。家族史、色々とややこしいものです。


いま自分が暮らしている「ここ」からしか、自分の言葉は生まれません。自分自身を見つめること、自分の生活を見つめること、自分の家族史を見つめること。そうですね、実は身近なことほど、色々とややこしいものです。出来ればあんまり考えたくなかったりもします。「戦後史」を知ることと、「家族史」を見つめることは、どこかで繋がっているはず。「自分の身体と頭の中のややこしい何か」が。

日本の首相はだらしない。長いものに巻かれすぎている。自己の利益しか考えていない。すぐブレる。部外者から見るとたしかにそうだし、公人に対してそれを指摘することは大事です。と同時に、そういう要素は殆ど、自分の中にもあるものです。

長崎佐世保からの便り

長崎佐世保からの便り 2012.08.01 Wednesday [食・生活] comments(0)
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これからの生活のはなし(1)

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前回の記事「これからの政治のはなし」は、まとまりがなくてなんだかよくわからない記事でしたが、今回はその続きです。今回も論点がうまく絞れるかどうか、うまくまとまるかわかりませんが、いま感じているこの「感じ」をいちどアウトプットしておきたいので書いてみます。


これからの政治の対立軸

民主党執行部の崩壊から思いを強くすることは、これからの政治の対立軸を明確にしようという話でした。内田樹さん曰くところの「福田派」対「田中派」であり、「対米従属」対「対米自立」という対立軸。原発にしろ消費税にしろTPPにしろ、その対立軸の結果として方向性が見えてくるものです。ぼくはこの対立軸を「アメリカ型」と「北欧型」と言い換えましたが、もっと適切に言うならば「グローバル」対「ローカル」という軸だと思います。

「小沢・鳩山派」と「自民党化する民主党執行部」の対立軸っていうのもそこにあるのではないかと。小沢一郎という人の人物像ばかりが強調されますけれども、議員同士の対立とかグループ分けを考慮するなら小沢一郎という個人を軸にするのではなくて、政治的ビジョンを軸に考えるべきでしょう。なぜ民主党はいま分裂しているのか。


グローバリゼーション=アメリカのローカリゼーション

経済において現在の世界を席巻している「グローバリゼーション」っていうのは、世界のアメリカ化、つまりアメリカによるアメリカのローカリゼーションです。だから「対米従属」っていうのは「アメリカのローカリゼーション」という図式に乗っかるという構図です。アメリカ型のグローバル市場主義では、アメリカ式の大量生産によるコスト削減、作業効率の徹底が礼賛されます。そしてアメリカンドリーム的なサクセスモデルが華を添える。有名になるとかお金持ちになるということがつまり成功することだというイメージをマスメディアもずっと提起してきました。冷戦時代にはこの構図は有効でした。日本はまだ経済発展途上にあり、そのようなサクセスモデルが一億総中流という豊かさを獲得する原動力となりました。そしてなにより、実際に世界はアメリカを中心としていた。

ところが冷戦が終わり、世界がフラット化してきて、アメリカの一国支配体制は終焉を迎えています。政治的にも、経済的にも、世界がアメリカを必要とする時代は終わりました。ブッシュのイラク侵攻が欺瞞であったという見方は、世界の少なからぬ人たちの認識となっており、各地で起きているデモも「アメリカのローカリゼーション」に対するアンチテーゼであると考えると、この対立軸が明確になってきます。アメリカ自国で起きているOWS(Occupy Wall Street ウォール街を占拠せよ)だってそうですよね。

世界はもう(必ずしも)アメリカを必要としていない。けれどもアメリカは、市場としての世界を必要としている。

アメリカはすでに自国の産業を食いつぶしてしまったのです。もはや戦争産業くらいしかないけれども、なかなか大っぴらに戦争もできない。手品のような金融マジックも破綻した。だから他国に市場を求める必要があるわけで、TPPとはつまりそういうことでしょう。アメリカ国内の市民はTPPのことなんてほとんど知らないといいます。そりゃそうでしょう、外資系の大企業が日本に市場を広げて利潤を得るっていうだけで、アメリカ自国の産業は少しも潤わないわけですから。アメリカの政府が大切にしているのは「国民経済」ではなく「グローバル経済」なんですね。

そしてそれはアメリカにおんぶに抱っこを続けてきた日本にもそのまま当てはまります。新自由主義っていうのはつまりアメリカンドリーム的なサクセスモデル。実際にはアメリカでは1%の富裕層と99%のそれ以外の層との格差が広がっていますけれども。

日本政府が「国民経済」ではなく「グローバル経済」を大切にしていることは明らかです。野田首相の大飯原発再稼働声明の文章なんか、「国民」の箇所を「経団連」に置き換えて読んでみると実にすっきり筋が通る。「国民の生活が第一。」と言っていた頃の民主党のすがたはそこには無く、官僚が与し易い大企業優遇の姿勢が透けて見えます。だから野田政権、すなわち自民党化した民主党、あるいはこれが自民党でも同じですが「対米従属」派が目指すのは「競争と格付け、勝ち組への資源集中による国際競争の勝利」なわけです。ちなみにみんなの党は明確に新自由主義を標榜しています。ある意味では分かりやすい。

自民党は50年にも渡る与党の立場でずっと新自由主義的な政策を推進してきたかというと、そうでもない。むかしの自民党はその都度、割とうまいことやってきたはず(詳しくは知りませんが)。しかし、ここ10年ほどの自民党は「保守」という言葉の意味をはき違えてしまったようです。とくに野党の立場に落ちてからの劣化は目に余ります。憲法の意味さえ変えて国民を縛り付けようとするかのような改憲案などはひどいものでした。彼らが「対米従属」路線から逃れられないのは、戦後ずっとこれで経済成長がうまくいったんだからという成功体験の図式によるものなんだろうなと思っています。

戦後の日本が経済成長を遂げたのは製造業の躍進によるものでした。アメリカ式の大量生産型工場を整備し、手先が器用でまめな国民性によって作られる精巧なメイドインジャパン製品が世界で(というか主にアメリカで)人気を博した。そうやって日本は、列強諸国に追いついた。でもそれは追いつくまでが有効なタームだったんですね。日本が今度は先進国の立場になった時に、同じように製造業を伸ばそうとしても、なかなか伸びしろが無い。それどころか、日本国内のグローバル企業は、自社工場の拠点をどんどん海外に移しています。むろんそのほうが人件費が安く済むからです。コスト削減、作業効率の徹底が善とされるグローバリゼーションの文脈では当然の帰結です。そしてまたこれはアメリカと同じ道を辿っていると言えます。つまり自国の産業を投げ打って、コストと効率だけを理由に雇用を海外へ求めるというその姿勢は「国民経済」ではなく「グローバル経済」を大切にしているということに他なりません。でもそれは大企業が悪いというよりも、国の政策がそうなんです。


そして原発のこと

さて、そろそろ原発の話に移ります。原発の問題はあまりに考えるべきイシューが広すぎて、何処から取っかかればいいのか分からなくなってしまうのですが、まずは再稼働に関して。再稼働の是非をめぐり国論が二分しているとよく言われます。その対立軸ってどこにあるんでしょうか。

夏場の電力を確保できるかどうか。そこがいちばんの争点でしょうか。再稼働容認派は、必ず電力不足を理由に挙げます。電力不足により経済が停滞して国民生活に影響を与えるという旨。場合によっては、エアコン無しで熱中症が増えたり、病院の停電により死者が出る恐れがあるという指摘もあるようですが、この辺りの信憑性はぼくには判断できません。それに対して、再稼働反対派は原発無しでも電力は足りると言います。どちらの側も明確な根拠や数字的なデータがある訳ではなく、ここにおいて議論は平行線を辿ります。

でもこれ、電力が「足りる」「足りない」っていうそもそもの前提への認識に差があるんじゃないかと思っています。すなわち、再稼働容認派はいまのままの電力や経済を維持したいと考え、反対派は節電はもとよりいまの暮らしからスローダウンすることを前提にしている。だから「足りる」「足りない」の尺度が違っちゃってるわけで。

原発再稼働に反対して先日民主党を離党した平智之議員は、ブログに「文明の転換点」というタイトルを記しています。

そう、まさにこのタイトルの通り、脱原発っていうのは文明の転換なんです。暮らし方を変えないといけない。電気をじゃぶじゃぶ使うような産業構造を見直さないといけない。そこに同意するかしないかで、「電力」への見方は大きく異なってくる。再生可能エネルギーはもちろんこれからの大事な指標になると思いますが、それはエネルギーの自治という観点から議論されるべきであって、それで原発の不足分を賄うとかっていう問題ではないんです。

じゃあ、どういう方向に文明をシフトするのか。前半で長々とグローバリゼーションについて書いたのはこのためです。アメリカ型のグローバル市場主義、競争と格付け、勝ち組への資源集中による国際競争の勝利、それらによる経済成長という戦略が、原子力発電を必要としたと考えるのは唐突でしょうか。ぼくは妥当に思えます。電力消費量が家庭3企業7の割合で、大手企業の電力料金は家庭の3分の1、電力利益の7割が家庭から、というのはやっぱ同じ方向を向いていると思えるわけで。あくまでも経済成長戦略として原子力は推進されてきたわけだし、それは今回の再稼働においても同じだと思います。国民の不安よりも経済成長戦略を首相は選んだわけです。

脱原発とは、この経済成長戦略から身を引くということです。アメリカンドリーム的なサクセスモデルから脱却するということです。経済はそこそこでいい、大きな贅沢はしなくていい、身の回りの人たちが健康で幸せならそれでいい。そんな感じでしょうか。これすなわち、「グローバル」対「ローカル」という対立軸です。
いまさら江戸時代の生活には戻れないと言う人もいますが、どこをどうしたら原発停止でそこまで生活レベルが下がると考えられるのか、ぼくは分かりません。震災〜原発事故という未曾有の出来事、その直後に各地で発生した助け合いの風景、そして節電生活という体験などを通して、いままでの生活を見つめ直し、自分にとってほんとうに大事なものは何なのか、自分の暮らしの中でほんとうに守るべきものは何なのかを考え直した人は多いはずです。それから中央と地方の関係も。

想田和弘さんのツイートより
東日本大震災で大きな中央集権的なシステムが危機的状況に極めて弱く機能しないことは、みんなつくづく身にしみたと思ったんだけどな。原発しかり、日本政府しかり。
本当に目指すべきは、よく機能する程よい規模の組織をなるべくたくさん作って維持することじゃないのかね。維新の会が目の敵にしている「お役所体質」だって、巨大な組織の方が育ち易い。危機管理的にも、ひとつやられてもこっちが生きててよかった、というリスクヘッジをすべきでしょう。

脱原発を唱えるなら、巨大な中央集権的システム全般に疑念の目を向けるべきなわけで。そうでないと、たとえ原発が減ったり廃絶されたりしても、それに代わる何か巨大な中央集権的システムが出て来てしまうだけです。いま、政治の世界では明らかにそういう傾向になりつつある。


原発推進派とはいわないまでも、「脱原発」あるいは「反原発」の運動に対してシニカルな批判を寄せる人がけっこういますね。たぶんそれは「脱原発」あるいは「反原発」を主張しながらも、自身の暮らしを変えるという発想が無いままに「電力は足りる」と言ってしまう人(つまり自身を蚊帳の外に置いた陰謀論)が目立ってしまうからなのかもしれません。それで両者の溝がまた深くなる。
でもほんとうは「脱原発」を願う人の多くは、文明の転換ということを意識している人たちなんじゃないかとぼくは思っています。根拠はありませんし、単なるぼくの願望かもしれないですが。

原発再稼働、これからの原発政策について「信を問う」ということはすなわち、ぼくたちが今後どういった暮らしを望むのかということを自身で選ぶということに他なりません。「グローバル」なのか「ローカル」なのか。大事にしたいのは「経済」なのか「いのち」なのか。そこを抜きにした議論は詭弁争いにしかならないです。そしてその物差しは、基地問題にも社会保障問題にもTPPにもぜんぶ通じる話です。



さて、それじゃあ「グローバル」に対抗する「ローカル」な文明ってどういうものなのか、アメリカンドリーム的なサクセスモデルに対抗する幸せのかたちって何なのか。実はこの記事ではそこについて書きたかったのですが、そこに至るまでの経緯を書きはじめたら長くなってしまったのでまた次回。キーワードは廃県置藩、大政奉還、鎖国です。


これからの生活のはなし(1)

これからの生活のはなし(1) 2012.06.21 Thursday [食・生活] comments(0)
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息子がマダニに刺された

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2,3日前、息子とじゃれ合い後頭部を触った際に、なんかゴミみたいなものが付いてるなあと気づいたのですが、息子が遊びに夢中でちゃんと見せてくれなかったのと、なんかくっついてて取れなかったのでかさぶたか何かだろうと思い、そのまま失念していました。

昨夜、妻からも同様の指摘を受け、ああ、あのかさぶたかと思いながら、息子が寝た後にふたりでよく見てみました。じっくりと観察してみると、なにやら米粒大の白い肉塊のようなものが、皮膚に刺さっているのか皮膚から浮き出ているのかわかりませんが、くっついているようでした。引っ張ってみると頭皮も一緒に引っ張られて取れそうにありません。いちばん気になったのが、頭皮と肉塊の境目あたりから髪の毛のような触手のような黒いものが見えていて、それが動いたような? 気持ち悪い、なにこれ、ムシ? と疑う気持ちと、まさかそんな訳ない、そんなものが2歳の息子の頭に刺さって寄生しているはずがないと思いたい気持ちが交錯して。じゃあ脂肪瘤みたいなもの? だとそのうち取れるのかな、どうなんだろ、あわわわわ、となりつつ、とにかく明日の朝、かかりつけの小児科に行って診てもらおうということで就寝しました。
ちなみにその時撮った写真がこちら(キモいのでリンクにしました。見なくてもいいです。)あ、そうそう、当の息子は自分で見えないせいもあるのでしょうが、ぜんぜん気になっていない様子だし、すこぶる元気です。

翌朝さっそくかかりつけの小児科へ。いちばん乗りで到着するも、なんと奇遇にも昨日からネット予約が始まったとのことですでに10人待ち。セブンイレブンに行きたい(?)と言う息子をなだめつつ、ようやく診察の順番が回ってきて診てもらうも、先生は「なんだこれ?」と。ダニかもしれないねぇと言いつつもよくわからないので、専門の皮膚科で診てもらった方がいいと紹介状を書いてもらい、市立病院へ行くことに。

セブンイレブンに行きたいと言う息子をなんとか誤摩化しつつ市立病院へ。紹介状の患者を優先して診察しますとの表示があったものの、たっぷり待ち時間があり、おとなしく待ってなどいるはずのない息子は小児科の待合室で流れるアンパンマンのビデオに目もくれず走り去ろうとします。仕方がないので院内併設のドトールでソフトクリームを食べたり(隣席のおばちゃんにかわいいねと言われる)、正面玄関の外に出てタクシーを眺めたり(警備員のおじいさんに二コっとされる)、駐車場まで散歩したり、なんとか息子の機嫌が悪くならないように時間を潰しながら付き合う間も、ぼくはあの米粒がムシかもしれないという疑惑が大きくなり、いち早く診てほしいと不安でいっぱいでした。

けっきょくお昼近くになり息子が眠たくなってきた頃にやっと診察の順番が。皮膚科の先生は、米粒を見るやいなや、開口一番「あ、これはマダニだね」。それから図鑑みたいな図版でマダニについて説明してくれました。マダニは、宿主の皮膚を刺した後にギザギザの歯を差し込み、吸血する数日間は簡単には離れないようにするのだそうです。そりゃあ取れないはずです。これを無理に取ろうとすると、一見取れたように見えても皮膚内に口器が残ってしまう場合があるとのこと。マダニに刺されること自体はそれほど危険ではないけれども、そこから派生する感染などの合併症が危険なのだそうです。昨晩、無理に引っ張らなくてよかった。なんかすごい独特のノリでオヤジギャグをちょいちょい挟んでくる変なおじさん風の先生でしたが、さすが専門職は違うなあと感心し、ちょっと安心しました。

ぐぐったらその辺りのことが書いてありましたので紹介しておきます。

吸血されたときの対処(ヒトの場合) - Wikiより
一度口器を差し込んだマダニは、吸血が終わるまで1 - 2週間程度は体から離れない。そこで無理にマダニを引き抜こうとすると、体液の逆流を招いたり、体内にマダニの頭部が残ってしまう可能性がある。細菌感染の恐れがあるため、マダニを発見したら出来るだけ早く皮膚科を受診したほうが良い。場合によっては、切開してマダニを除去するほかないが、それが一番確実である。また、マダニが体から自然に脱離した場合でも、マダニを捨てずに保存し、念のため皮膚科を受診する。皮膚科以外を受診すると、上記感染症の症状をインフルエンザなど風邪の症状と誤診される場合があり、大変危険である。


その後さっそく処置することに。
患部周辺の髪の毛を切り、局部麻酔、マダニ除去、周辺皮膚切除、縫合という流れのようです。髪の毛を切られて何事が始まるのかと訝る息子に「ムシさんをやっつけるんだよ」と教えると、わかってるんだかわかってないんだか、なにやら機嫌はよい様子。息子の頭にムシが刺さってるだの、局部麻酔だのという現実を目にして、親のほうが切ない気持ちになってきちゃって。ママが抱っこして「すぐ終わるからね。先生もパパもママもいるから大丈夫だよ」と言うと、「ケイタ、がんばるね」と息子。その健気な台詞に、ママ涙。パパも涙。

そしていよいよ局部麻酔。パパがしっかりと抱っこして、看護士さん3人と先生が取り囲み、患部である後頭部やや下部へ注射。さすがにその瞬間は大泣きで力が入り暴れようとするので思いきり抱っこで固定。注射が終わってもしばらく泣き続けると思ったけど、ママが抱っこして看護士さんが新幹線とアンパンマンのおもちゃを持ってきてくれるとすぐに泣き止んだ。けろっと遊んでる。あんたすげえな。

その後、しっかりと虫の除去、皮膚の切除、縫合が完了、息子は飴玉をもらった。除去したマダニも見せてもらったが、息子は興味のない様子で、もっと飴玉よこせと言ってる。あんたすげえな。なんだか親のほうがハラハラドキドキしちゃってるようで、今日の息子はとてもたくましく見えたのでした。抱っこしてほっぺすりすりしたいです。

同じ時間を共有したママのツイートも転載しておきます。

今日は大変な一日でした…。

昨夜家族に教えられて気づいたのですが、息子の後頭部に米粒大のニキビ?おでき?脂肪瘤?の様なものがくっついている。

色は白くて、皮膚にめり込んでいる。息子が眠ったあとに夫と2人でひとしきり観察したあと、その部分を引っ張ってみたけれどガッチリくっついていて取れない。息子も痛そうな様子なのでそのままにしてかかりつけの小児科に朝イチで行くことに。

で、今朝朝イチで小児科に見てもらったけれど、先生が判断できないとのことで、総合病院の皮膚科に紹介状を出してもらい、そちらで診てもらうことに。

あっちでもこっちでも長い待ち時間に耐えつつ、専門医にみてもらった結果はなんと…、マダニ。虫が息子の頭にかじりついて寄生していた…。

私はまさかのその診断に鳥肌と恐怖で固まってしまった。医師によるとここ数日で同じような患者が数人続いたと。

そして、何はともあれ虫を切除する処置を行うことに。頭に局所麻酔の注射を打って、患部の虫を引っこ抜き、周辺の皮膚を切除すると。

その局所麻酔の注射は大人でも痛いというシロモノで、先生以下5人の大人で息子を抑えつけて注射することに。30秒の辛抱だとはいえ、あまりに不憫で不覚にも私は涙が出てきた。

私は息子の手を握ってやるしかできない中、処置は始まり、息子はママ〜と泣き叫びながら痛みに耐えた。

その後、虫の除去、皮膚の切除、縫合と続き、時間的には15分程度で全てが終了。

息子は先生方の予想よりもはるかに我慢強かったようで、みんながよく頑張ったとほめてくれた。我が子ながら、ほんとによく耐えたと思う。

あとは抗生剤を飲んで、来週に抜糸すれば治療は終わるようだけど、ほんとに即日に処置してもらえて良かった。迷わず医師に診せて良かった…。



ちなみにマダニで画像検索すると、グロ画像がわんさか出てきます。いやいやいやいや、刺さってるお姿がまるでSF映画のCGかと思うくらい現実離れしていて気持ち悪いです。いろんな種類のマダニがいるんですね。興味のある方は覚悟してご覧ください。これらに比べたら、息子の頭に付いていた米粒はかわいいほうかもしれませんが、あの夜に観察した患部の映像がフラッシュバックのように思い出されて気分悪いです。てめえこの米粒野郎、よくもうちの子に!という気持ちになります。

皮膚科の先生によると、最近マダニに刺された患者が多いんだよねとのこと。うちの子の場合、最近とくに山に行ったわけでもないのですが何処で被害に遭ったことやら。とりあえず、山に行く時には長袖ということと、米粒がくっ付いて取れない時は無理に剥がさないで皮膚科へ行くということを学びました。




追記(5/25)
本日無事に抜糸が完了しました。マダニはもし刺されたとしても、感染症になる確立は低いとのことなので、闇雲に怖がる必要もないかもしれません。ただ、見た目がね…。

息子がマダニに刺された

息子がマダニに刺された 2012.05.18 Friday [食・生活] comments(2)
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太陰太陽暦

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原発の問題を考えるには、150年前まで遡る必要がある。1年ほど前の『SIGHT』に掲載されていた内田樹さんと高橋源一郎さんの対談の中にそんなことが語られていました(中央と地方と原子力行政)。原発の問題は原発の問題だけではなく、近代日本の構造が出来上がっていく中で形成されていったという大きな視座はたいへん説得力があると思います。そういう視点で考えていくと、原発というブラックボックスが何を養分にして育ってきたのかが少しずつわかってくるような気がします。

と同時に、150年前の歴史をぼくはほとんど知らないということに気づきました。というか、もともと歴史が苦手なので年号やら人物名やらもあまり知らないし、日本という国がどういうストーリーを辿ってきたのかもほとんど知らないままに年をとっていました。今にして思うと、ぼくが歴史を覚えられなかったのは、年号の暗記なんていう受験対策に象徴されるように、歴史というものが教科書の中だけの出来事で、それが実生活と線で結ばれていなかったからなのだなと。それが、たとえば原発の問題に端を発して150年前の歴史をひも解いていくと、歴史っていうのは現在と地続きであることがわかってくる。歴史の教科書に出てくるような有名人も、その時代に暮らすその他大勢の庶民たちも、ぼくたちと同じ人間であることがわかってくる。だから歴史を学ぶんですね。

先の対談を読んで、ぼくは明治政府による富国強兵の国づくりというものに興味がわいてきました。日本が近代国家の仲間入りをするために、列強に追いつけ追い越せというスローガンで国民一丸となって右肩上がりの経済成長へのアクセルが入ったのがこの時期だったんですね。そのスローガンが現実に即さなくなった現在も、その幻想をもとにした経済政策を政治家が改めようとしないのは、歴史というものを大きな流れで捉えることができないからでしょう。

日本が近代国家としての体裁を整えた明治維新。西洋の文化、思想、学問を取り入れることのすべてが間違いだったとは思いませんが、あまりにハイスピードで急激な変化の中で、ほんらい日本が持っていたものを見過ごしたり、捨て去ったりしたこともたくさんあったんじゃないかなあと、ちょっと思います。具体的な事例は勉強不足でよくわかっていませんので、これから少しずつ気が向いた時に学んでいくつもりです。


「暦」の歴史

「暦」というのも、そういった明治維新における急激な変化のひとつであると、とある方からコメントをいただいて知りました。明治5年12月3日、日本の暦は世界標準暦(グレゴリオ暦)に変わりました。それは、和暦から西暦へという単純なものではなく、太陰太陽暦から太陽暦へという大きな変化だったんです。…と言うものの、ぼくも太陰太陽暦とかわかっていないので、まずは暦についての基礎をぐぐってみます。

暦について/暦の発見 - 巌松堂webマガジンより
暦には大きく分けて3種類あります。一つが人類最古の暦法といわれる太陰暦。二つ目が太陰暦に太陽の運行を加味した太陰太陽暦、そして三つ目が現在私たちが供している太陽暦です。

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太陰暦とは、人類にとって太陽と共にもっとも身近な月の運行、つまり月の満ち欠け(朔望)をもとにした暦です。身近な存在である月の満ち欠けの周期は、日を数えるには格好の素材であったに違いありません。新月から次の新月までの周期、いわゆる朔望月を通し、1カ月という区切りを編み出したのでしょう。しかし、月の満ち欠けの周期は太陽の動きとは関係がないため、12回朔望月を繰り返しても約354日しかならず、1太陽年に対して約11日足りません。このため、太陰暦では3年で一ヶ月強、十数年たつと春が秋となり、夏が冬になってしまいます。この純粋な太陰暦はイスラム暦など一部の地域で現在でも使用されています。

太陰太陽暦とは、月の運行(太陰暦)と太陽の運行(太陽暦)の周期を組み合わせ季節が大きくズレないように工夫された暦で、古くはもっとも広範囲に使われていた暦です。特に農耕民族にとって、季節は種を蒔いたり収穫する上でも重要で、暑さ寒さの予測、その繰り返し、陽の照射角度の変化、天候の変化などの規則性から、太陽との関連性で1年が365日強という概念に気づきます。太陰暦での季節のズレを修正するため、3年に一度、正確には19年に7度ある月の後に1ヶ月、閏月として加え、その年は13ヵ月とし暦と季節が大きくズレることを防いでいます。古代バビロニアやユダヤ、古代ギリシャ、古代中国でほぼ同じころに生まれたといわれています。しかし、それでも太陰太陽暦の1年は354日から384日と変動し、季節感は毎年11日から30日近く変動します。太陰太陽暦とあるように、月の運行(月の満ち欠け)をもとにしつつ太陽の運行を加味した暦ということができます。

太陽暦は、古代エジプト(紀元前2900年頃)で生まれました。この古代エジプト暦は太陽の1年365日を30日1ヶ月として12ヵ月、余った5日を13月とした変則13ヵ月の太陽暦でした。太陽暦には基本的には一カ月の概念がありませんから一カ月を30日としたのは当然月の満ち欠けから生まれた概念をそのまま太陽暦に応用したのです。この暦はかなり正確に太陽を観察していたようで、すでに一太陽年は365.25日と認識していて、4年に一度閏日を置き、その年の13月目は6日としていました。

この暦法に目をつけたジュリアス・シーザーは、紀元前46年頃、古代エジプト暦をもとにユリウス暦を制定しました。この時、古代エジプト暦にあった余分な13月の5日分を他の月に振り分け、1年を12ヵ月としました。ユリウス暦はキリスト教と一体となりヨーロッパ各地、地中海沿岸の地域に広まり、キリスト教徒の手によって週(7曜)の制度も導入されました。

このユリウス暦は欧米を中心に広く用いられていましたが、16世紀ころには10日ほど狂いが生じてしまいました。このため、欧米諸国でもっとも大切な復活祭(春分の日の後の満月の次の日曜日)を算出するのに不便が生じ、1582年、ローマ法王グレゴリオス13世によって改暦されました。このグレゴリオ暦への改暦は宗教的要因が強かったため、世界標準暦になるにはいささか期間を必要としました。カトリック系では比較的速くグレゴリオ暦に移行しましたが、イギリスやアメリカは18世紀半ばであったし、ロシアやギリシャは20世紀に入ってからのことでした。


大雑把にいうと、月の満ち欠けからはじまり、そこに太陽の運行が加味され、やがて太陽がメインになり、宗教的要因も絡んできたというのが、世界で扱われている暦についての大まかな流れのようです。

さて、日本ではどのような暦が使われていたのか。(参考:日本の暦法の変遷
明治5年に世界標準であるグレゴリオ暦が導入されるまで、ってけっこう最近まで日本独自の暦を使っていたんですね。そしてそれは太陰太陽暦をもとにしたものだったようです。

旧暦っていうと、ぼくはなんだかよくわからない過去のもの、というイメージしかありませんでした。旧暦の何月とか言うけど、なんの意味があるんだろう、いちいち西暦に換算しなきゃなんないからめんどくさいだけじゃん、と。ところが最近、旧暦が見直されているという話を聞きます。とくに農業をしている人にとっては、種を蒔いたり収穫する季節を知るために工夫されてきた太陰太陽暦のほうが相性がいいそうです。

日本古来の太陰太陽暦 - 畑仕事の楽しみより
うちの畑でも、花の咲く時期、虫や鳥の出現は、新暦にはまったくあてはまらず、旧暦の太陰太陽暦の方でぴったり合います。日本で自然と向き合うには絶対旧暦です


ぼくは農業をしていないので旧暦のありがたみが実感としてはさっぱりわかりません。ただ、今までは考えもしなかった暦のなりたちや変遷にも、いろいろな背景があるということに、なるほどと思ったし、古来日本の文化風土と旧暦のマッチングというのも確かにあるかもしれないなあと思うようになったので、記しておきました。


元格闘家で、現在はWORLD ORDERというパフォーマンス・アートで活動している須藤元気さんの著書『風の谷のあの人と結婚する方法』に、こんな文章がありました。
そもそも「時間」というものは単なる幻想…つまり、人間が便宜的に作り出した「基準」でしかないのです。時間やスケジュールうんぬんよりも、まずは「自分の好きなことをやりながら生きているかどうか」を再確認することが大事だと思います。

 (中略)

今、僕らが使っているカレンダー「グレゴリオ暦」も人間が便宜的に作った暦なので、それに束縛されると人工的なサイクルで生かされてしまいます。知らず知らずのうちに、自然のあるべき姿から遠ざかっていきます。
そもそも大昔の人たちは自然のリズムに従って生きていました。動物もそうです。例えば月の満ち欠けにあわせてサンゴが一斉に産卵をしたり…。地球上の生物には自然のリズムというものが体内に存在しています。でも、それを無視して生活していると、いつしか見えない「抵抗」が生じて、何もしていないのに疲れたりするのです。
とはいえ生活するうえで今使われているカレンダーを手放すのは難しいことですので、それと併用しつつ自然のリズムを感じることをおすすめします。毎晩、夜空を見上げて月の満ち欠けを眺めているだけでも、人生は少なからずいい方向へと変わっていきますし、自然界や生き物のリズムに逆らわずに生きると、いろいろな意味で楽になります。


日本に太陽暦が導入されたのは、明治維新で日本が近代国家になるためでした。列強諸国に追いつくためには、世界標準の暦に合わせる必要があったのでしょう。暦に限ったわけではなく、グローバル経済の中では共通のフォーマットが必要になります。世界を相手にビジネスするのに、使っている暦や時計の単位が違っていたら、おちおち待ち合わせもできません。世界のグローバル化とは言い換えると世界の均質化に他なりません。世界中のどこでもマクドナルドのハンバーガーが食べられるということです。世界中のどこでも同じ味を提供するには、決められたマニュアルがなければならない。各国のマクドナルドがてんでバラバラな調理をしていたら、それはマクドナルドである意味がなくなってしまう。

でも、ふと考えます。世界ははたしてグローバル化=均質化する必要があるのでしょうか。もちろん企業の側から見れば、世界にマーケットを広げるためにはグローバル化は欠かせません。企業目線で見ればグローバル化は必然であるし、そのための競争原理や人材育成も必至です。でもそんなにマクドナルド食べたいですか?いや、食べたいってのはいいんです。そういう世界標準のグローバルな商品があってもいい。ただ、往々にして、グローバル化の波が打ち寄せてきた地方のローカルなものは消えていく運命にあります。

全国どこでも同じようなものが安く買えるショッピングモールが定着することで、地元商店街は消えていきます。グローバル市場の競争原理から言うと、それは当然の結果です。ただ、それってなんか寂しくないかい、とも思います。経済って、昔は、おたがいさまの循環で成り立つものでもあったんじゃないかなと。

安心と信頼、おたがいさまの経済

暦と関係ない話になってきたので強引にまとめます。
ローカル、スモールな単位で循環していくこと。ある意味閉じた範囲で循環していくことが持続可能ということかもしれないと最近思っています。そう考えるならば、その土地に即したその土地ならではのやり方があっていいんですよね。暦だって、自然界や生き物のリズムに逆らわずに育まれたきたのが旧暦であるならば、そのことをちょっと知ってみるのも悪くないなと思いました。

太陰太陽暦

太陰太陽暦 2012.05.14 Monday [食・生活] comments(3)
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安心と信頼、おたがいさまの経済

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ワタミのブラック会社ぶりが暴露され、ワタミで食べないという不買運動みたいなのも広がっているような感じの昨今。ワタミのブラックぶりを検証するのは他の人にまかせるとして、社会を変えるには消費活動を伴う市民運動が必要ということについて少し考えたい。いや、活動とか運動っていうと大げさに聞こえるが、要は少しだけ立ち止まって自分の消費行動を省みようということである。

そもそも、ぼくらが消費者としてモノを選ぶときの基準って何なんだろうか。もちろん人によってそれぞれの基準があって然るべきなのだが、ほんとうに自分は自分のものさしを持って選んでいるんだろうか。広告や世間の喧噪に煽られて、自分のものさしがバカになっていないか。いったん手を休めて振り返ってみるのは悪いことじゃない。


消費が先か生産が先か

1年前の3月11日。地震の影響で、山形に暮らすぼくは1日半ほどの停電を経験した。当日は妻の実家に家族で避難し、暗闇の中を皆で身を寄せ合って食べた土鍋で炊いたお米はほんとうに美味しかった。電気のない生活とともに、街の中にも助け合いの空気が自然と形成されていた。電気が復旧した後もしばらくは節電ムードで、かつて見たことのないくらい照明を落とした暗い夜を経験した。もちろんコンビニの店頭も暗い状態で。その脇を通るときに思った。「これでいいじゃん。」って。いままでなんであんなに明るかったんだろう、って。べつに必要ないじゃん、って。ということは、必要のないもののために電力を消費して、必要ないもののために原発を動かしてたってことじゃん、と。

と同時に、それを選択していたのは自分自身なのだということにも気づいた。より明るくて、新しくて、キレイで、ぴかぴかしているもののほうへ自然と足が向かっていたわけで。それを先取りして、お店の側はより明るくするわけで。彼らが際限なく明るくなるのは、ぼくたちの行動様式と、利潤を追求する資本活動がそうさせていたのだ。

価格やスペックという目に見えるものだけを取捨選択の理由にして消費行動をとる消費者のほうが、売る側としてはマーケティングをする上でありがたい。だから広告宣伝には「みんなこうしてますよ」とか「これが正解でしょ」っていうニュアンスが含まれている。それを真に受ける(自分の欲望だと思い込む)ことは、都合のよい消費者になっているということだ。一円でも安く買いたいという消費者と、そういった消費行動を基に販売戦略を立てたい企業側の、双方のニーズが一致した結果、「未成熟な消費者」に向けられた商品が市場を跋扈するようになった。

経済学者のジョン・ガルブレイスは、1958年の著書で以下のように述べている。
ジョン・ガルブレイス『ゆたかな社会』より
現代人は自分が何をしたいのかを自分で意識することができなくなってしまっている。広告やセールスマンの言葉によって組み立てられて初めて自分の欲望がはっきりするのだ。自分が欲しいものが何であるのかを広告屋に教えてもらうというこのような事態は、十九世紀の初めなら思いもよらぬことであったに違いない。


上記のガルブレイスという人のことを、ぼくは國分功一郎氏の著書(こちらに序章が掲載)で知った。國分氏はこう続ける。

國分功一郎『暇と退屈の倫理学』より
経済は消費者の需要によって動いているし動くべきであるとする「消費者主権」という考えが長く経済学を支配していたがために、自分の考えは経済学者たちから強い抵抗にあったとガルブレイスは述べている。
つまり、消費者が何かを必要としているという事実(需要)が最初にあり、それを生産者が感知してモノを生産する(供給)、これこそが経済の基礎であると考えられていたというわけだ。

ガルブレイスによれば、そんなものは経済学者の思い込みに過ぎない。だからこう指摘したのである。高度消費社会――彼の言う「豊かな社会」――においては、供給が需要に先行している。いや、それどころか、供給側が需要を操作している。つまり、生産者が消費者に「あなたが欲しいのはこれなんですよ」と語りかけ、それを買わせるようしている、と。

今となってはガルブレイスの主張は誰の目にも明らかである。消費者の中で欲望が自由に決定されるなどとは誰も信じてはいない。欲望は生産に依存する。生産は生産によって満たされるべき欲望をつくり出す。


さて、このような「豊かな社会」(実際にこのような社会構造になっていることは、ぼくは実感として同意できる)の中で、ぼくたちが「成熟した消費者」になることは可能なんだろうか。


ディーラーが教えてくれたこと

さて、ここからは先日の体験談。

例年にない大雪に見舞われた山形市は、至るところに雪かきで出来た雪山が鎮座している。うちの駐車場も雪の壁でだいぶ狭くなっているのだけれども、ある休日に家族でお出かけしようとした際に雪の壁にぶつけたらしくバンパーがべっこりと凹んでしまった。

実は半年ほど前にもバンパー破損のため全交換しており、うわあ、また数万円の出費かと沈鬱な気分になった。翌日は、偶然にも妻の車の車検の日。いつもお世話になっているディーラーで、車検のついでに凹みのことを相談したら、裏からあたためればもとに戻るかもしれないとのこと。さっそくやってもらったら見事に治った。しかも、無料サービス。ちなみに、凹みと修理後の写真はこんな具合。



手痛い出費に充てる余裕がなく、しばらく凹んだままの運転かと覚悟していたので、ディーラー担当者の対応はとてもありがたかった。なんか、商売ってこういうことかもと思った。いや、単純に無料でやってくれたから嬉しいとかそういうこともあるけれども。

ぼくは、クルマに関してはぜんぜん詳しくない。男とは思えないほど疎い。以前は車検や修理の度に、あちこち安いところを探していたんだけどだんだん面倒くさくなってきて、数年前、金額的に多少高かったとしても車検なり何なりクルマのことはディーラーにお任せしようと決めた。担当の人が営業くさくないのもよかった。それ以来、クルマに何かあるとまず相談しており、今回みたいにいろいろと便宜を図ってくれたりお世話になっている。これって、そのほうが「お得」とか、そういうんじゃなくて、ラクだ。なにかコトがあるたびに、一円でも安い方を探し回るよりもよっぽど気がラクなのだ。

そして、またここにお世話になろうと思うわけで。金額だけじゃない「安心感」だよね。消費者とお店との付き合いっていうのも、金だけで繋がる関係ではなくて(そういうのもあるけど)、文字通り「付き合い」なんだなあと。金の切れ目が縁の切れ目なんていうことばがあるように、単純に消費活動を一円でも安いほうという基準だけで選んだならば、次にそれより安いのが出てきたら簡単に乗り換えられてしまう。単にそれだけの付き合いだったというわけだ。でもそれって、実は消費者のほうも金銭的には得をしているようでも、「安心感」は得られないことが多いんじゃないか。

多少金額が高くても、それは腕に職をもつ人への敬意であり。それぞれが専門職をもっているからこそ、困った時はお互いさまであり。そうやって身の丈の届く程度の範囲でお金をまわしていくこと。これって立派な「経済」なんだよね。っていうか、「経済」ってそもそもがそういうものだったんだよね、たぶん。むかしは、「まちの電気やさん」ってのもそうして機能していたんだろうなと。

@pate_a_chouさんからリプライいただいたツイート
当店のお客様も同じように、パトアシュで買うと言っていらしていただきます。安売り店に似たものはあり、そんなお店を回れは何でも入手可能の時代。代金を支払う先は私自身も安心と信頼で決めます。例えば野菜は決まって近所の八百屋さん。


安心と信頼、おたがいさまの経済モデルなんてものは現代において構築可能なのか。糸井重里さんが監修された『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』に、そのヒントがありそうな気がするのでいずれ読んでみたい。贈与からはじまるビジネスモデルっていうのが、これからのひとつの鍵になるかもしれない。


安心と信頼、おたがいさまの経済

安心と信頼、おたがいさまの経済 2012.02.25 Saturday [食・生活] comments(0)
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世界のパン

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ふと疑問に思ったこと。
うちの近所にヤマザキの工場があるので、散歩なんかしてるとヤマザキパンのトラックをよく見かけます。で、そのトラックの側面に、外人の子どもがパンをかじってるイラストと共に「世界のパン」っていうコピーが入ってるんですね(これ)。そういや昔からヤマザキといえばそんなキャッチコピーのイメージだなあと思いながら、ん、「世界のパン」っていったい何が「世界の」なんだろう、はて。と考えてしまいました。

ぐぐってみると同じようなことを質問している人が。
ヤマザキパンはなぜ「世界のパン」なんでしょうか? - Yahoo知恵袋
回答者は、香港やタイなどアジアへの店舗展開の経緯を説明されています。ふーん、要は日本から世界に進出する大企業なんだよということでしょうか。と思ったらこの文章は山崎製パンの自社サイトからの引用だったようです。

ヤマザキの海外進出は1981年にはじまったとあります。でも考えてみると「世界のパン」というコピーはそれ以前から使われていたような気がします(正確な記憶はありませんが、たとえばこの看板なんか時代を感じるよなあ)。だとすると、「世界のパン」っていうのは実績に基づいたコピーというよりも、むしろ「そうなりたい」という当時の企業目標としてのコピーだったんじゃないかと。

というよりも、実績があるかどうかを抜きにしても、自分で「世界の」なんて冠を付けることが、ぼくはどうもこそばゆく感じるんです。受け手の解釈に委ねられる曖昧なコピーであり、なんか、あざといんじゃねえかと。その違和感がこの記事を書き始めたきっかけですね。ただ勘違いしないでほしいのは、もしぼくの想像するように「世界のパン」というコピーが、実績に基づいた表記ではなく当時の企業目標にすぎなかったとしても、そりゃインチキじゃねえかとdisるつもりはありません。そういう切れ味の鋭い記事は他のブロガーさんにお任せするとして、ぼくはそもそも利益追求を目標とする私企業に公平性や倫理を求めてもしょうがないと思っているので。

山崎製パンのホームページに掲載されている社長のメッセージを読んでみます。
山崎製パン株式会社社長あいさつより
昭和23年3月9日、ヤマザキパンは飯島藤十郎社主によって創業され、戦後の食糧難の中で良品質の提供と顧客本位のフレッシュサービスを実践して大繁盛いたしました。その後ヤマザキパンは積極果敢に技術革新に挑戦し事業の近代化をすすめ、欧米の先進機械設備を導入するとともに世界各国の優れた製品を日本の市場に導入し、日本の食生活、食文化の向上に寄与することを願いとして事業を推進してまいりました。


同社は、食糧難の時代に創業して安価なパンを多くの人に提供していったようです。モノの無い時代にそれはたいへん貴重なことであったのであろうと想像します。「技術革新」「近代化」「欧米の先進機械設備」といった単語から察するに、同社も戦後日本の経済成長を担ってきた典型的な「世界にはばたけ体質」の企業であったという認識でおそらく合っているのではないかと思います。勤勉で実直な日本人が作るメイドインジャパンの製品は海外でも好評を博し、高度経済成長の時代を迎えたのは周知の事実です。あの頃は誰もが「世界のソニー」を目指していたわけで、その時代の空気が「世界の」というコピーに表れているのではないかと。

「世界のパン」になるためには、近代的な先進機械設備を投入した技術革新が必要になります。自動車や家電といった工業製品のような。マクドナルドがそうだったように(参考:『フード・インク』)。だからヤマザキのパンは、手作りの食べものではなく工業製品のように画一的な味がします。

コンビニにはなぜヤマザキのパンしかないのか。コンビニだけじゃなくて、大手のスーパーでも昔ながらの個人商店でもパンといえばヤマザキばかり。これって、同じように添加物食品であるカップ麺ならいろんなメーカーのものが並んでいるのに比べると、ずいぶんと選択肢がないよなあと思っていました。
そりゃあアンタ、「世界の」ヤマザキだからでしょう。
以前ならばそれで納得していたかもしれません。テレビのCMもさかんに流れていますし、なんせ大企業なんだから。

震災後は完全に崩壊してしまった概念ですが、ぼくは以前は「大企業」という冠だけで、なんとなく安心だというイメージを抱いていました。みんなが買っている有名な大企業ならばヘンなものは売れないだろうという根拠のない信頼があった。それはいま考えると信頼というよりも依存だったのですが。

保存食でもあるカップ麺と違って、ほんらい日持ちのしない「パン」を全国に物流させてコンビニに陳列させておくには日持ちするような処理をしないといけません。そりゃ手作りのパンと違ってあたりまえです。パン屋さんが焼いたパン(幸いにもうちの近所には美味しいパン屋さんがあるので)を食べると、ヤマザキパンの不自然さがわかります。もっと単純にいうと、ぜんぜん美味しく感じない。

パンに含まれる添加物の中でも「臭素酸カリウム」というのが問題になっているようです。発癌性の危険があるとのことで、EUをはじめカナダや中国などの国では食品への使用は禁止されています(臭素酸カリウムWiki)。ちなみに飯島社長も自社製品を食べないという噂もあるようです(あくまで噂ですよ)。で、ぼくは知らなかったのですが数年前に『ヤマザキパンはなぜカビないか』という本が出版されて、それで添加物のことが話題になったようですね。

これに対しては以下のような反論もあるようです。
「ヤマザキパンはなぜカビないか」論に見る一般人に対する騙し行為 長村洋一

なんかこれ、放射能をめぐるエンドレスな論争と似てますね。ただちに健康に影響はない…量の問題…この手の科学的な話になると、ぼくの頭では理解の範疇をこえてしまうので正誤の判断がつきません。というか、「カビ」と「臭素酸カリウム」の科学的な関連性とかはどうでもいい話です。ましてやヤマザキという企業が社会的に正しかろうが正しくなかろうが知ったこっちゃない。

つまるところ、「知る」っていうことは「信じる」ってことと同じなんですね。過去記事にもそんなことを書きましたが、原発事故があって以降そのことをさらに強く感じています。収集した情報をもとにして最終的な判断は自分でするしかないし、ソース元となる情報の信頼感っていうのも、自分が尺度になるしかない。よのなかの「正しさ」を測れる定規なんて存在しないということ、その気持ち悪さを受け入れるしかないんですね。


えっと、なんだかんだでけっこうdisったことになってしまったかもしれませんが、ヤマザキパンは添加物だらけだと暴露して憂さを晴らしたいわけではなかったんです。食べるなとも言わない。
ぼくの個人的なスタンスとしては、危険性が指摘されているものが少量でも入っているならば、それを子どもに食べさせたいとは思えないし、もっと単純に美味しくないから食べたいとも思わないってだけです。それは単に好みの問題でもあります。カップ麺は好きでよく食べるし。

じゃあなんでこんな記事を書いたのかというと冒頭にもどって、「世界の」っていうコピーが実は知らず知らずヤマザキ=大企業=なんとなく安心、というイメージづくりに寄与していたとするならば、それは広告宣伝マーケティングとしては成功かもしれませんが、それと同時に、「世界の」なんて意味不明で曖昧なコピーを、なんの疑いもなく受け入れていた(というか無意識のうちに刷り込まれていた)自分があったんだなあと思ったので。それを覚えておこうと思って。TVCMなんかでよく耳にする「モンドセレクション」というのも、審査基準が不明で日本以外の国では認知度がない(平たく言うと金で買える賞)という話もあるようです。

なんか、この手の「世界の」症候群に日本人はずいぶん慣れ親しんでしまったんですね。現在も経団連なんかでは主流で、「世界に追いつけ追い越せ」から「世界にはばたけ」になって、いまや「世界に取り残されるな」(TPP推進派はそういう物言いですね)、なんだかスケールが小さくなってる気もしますが、基本となるマインドは一緒です。世界に出ることが、豊かになることだと思っていたし幸福につながると思っていた。経済は右肩上がりの成長を永遠に続けるものだという、よく考えればおかしな論拠をなんの疑問ももたずに受け入れ、そこに依存していた。その一方で足下を見つめることを随分と怠ってしまったのかもしれません。「世界の」ってことばにはそういう危うさもあるなあと(2012年のいまとなってはもうそんなことばのマジックも喪失してしまったかもしれませんが)。

ことばって、曖昧で抽象的であればあるほど、受け手の想像力や解釈に委ねられる部分があるので受け取る側によって受け止め方が違ってたりするわけで。それって案外「あたりまえ」と思われていることばでも、気づかないうちに行き違いがあるんじゃないかと。ん、そういう話だっけ?まあいいや。

世界のパン

世界のパン 2012.01.26 Thursday [食・生活] comments(0)
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『フード・インク』 安いのに安心安全なんてあるわけない

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安いものには理由があります。必ずあります。その理由はケースによって様々でしょうが、ふつう消費する側はそこまで考えません。ぼくたちは一円でも安い方がお得だぜと思い、多くの場合それが消費行動の基になります。ただ得したいっていう、それだけです。そういった消費行動が消費する側のデフォルトになっているので、供給する側もそういった消費行動を原理として利益の最適化を企業目的の第一に設定します。

その結果どうなったか。それはぼくらの身の回りをみれば明らかです。地方の地元商店街はどんどん消えて行きました。食材はスーパーマーケットにきれいに陳列され、見た目と値段で購買されます。週末には皆、駐車するまで何十分もかかり、目の血走った人たちでごった返すショッピングモールへと出かけます。ここでは消費もまるでビジネスのように行われます。ぼくら夫婦は出かける度にいつもぐったりです(あまり近づかないようにしてますが)。

内田樹さんによれば、一円でも安ければそちらを買う、というのは「未成熟な消費者」なのだそうです。企業にしてみれば、消費者が未成熟であったほうが販売戦略を立てやすい。ここに双方のニーズが一致します。

さよならアメリカ、さよなら中国 - 内田樹の研究室より
一円でも安ければそちらを買う、というのは、私の定義によれば「未成熟な消費者」ということになる。
「成熟した消費者」とは、パーソナルな、あるいはローカルな基準にもとづいて商品を選好するので、消費動向の予測が立たない消費者のことである。
(中略)
TPPというスキームは前にも書いたとおり、ある種のイデオロギーを伏流させている。
それは「すべての人間は一円でも安いものを買おうとする(安いものが買えるなら、自国の産業が滅びても構わないと思っている)」という人間観である。
かっこの中は表だっては言われないけれど、そういうことである。
現に日本では1960年代から地方の商店街は壊滅の坂道を転げ落ちたが、これは「郊外のスーパーで一円でも安いものが買えるなら、自分の隣の商店がつぶれても構わない」と商店街の人たち自身が思ったせいで起きたことである。
ということは「シャッター商店街」になるのを防ぐ方法はあった、ということである。
「わずかな価格の差であれば、多少割高でも隣の店で買う。その代わり、隣の店の人にはうちの店で買ってもらう」という相互扶助的な消費行動を人々が守れば商店街は守られた。
「それでは花見酒経済ではないか」と言う人がいるだろうが、経済というのは、本質的に「花見酒」なのである。


一円でも安く買いたいという消費者と、そういった消費行動を基に販売戦略を立てたい企業側の、双方のニーズが一致した結果、「未成熟な消費者」に向けられた商品が市場を跋扈するようになりました。工業化された、個性の無い、作り手の顔が見えない商品が大量に陳列されるのは、才能のある作り手がいなくなったからではありません。消費者と企業の双方がそれを望んだからそうなったのです。

内田さんは「未成熟な消費者」と言いますが、いまや、一円でも安いほうを「買わざるを得ない」という経済的貧困にあえぐ人たちも多数です。内田さんの言うことは尤もで納得しますが、安いことがデフォルトになり、そのラインをベースに生活設計をしてしまったら、そこから外れることはなかなか困難です。
あるいは単純にそこしかお店がないとか。かつての商店街を潰したのは、未成熟な消費者であり商店街の人たち自身であったかもしれませんが、生まれた時からシャッター商店街しか存在しなかった世代にしてみれば選択の余地はないわけで。
いずれにせよ、「それしか選択肢がない」という状況に置かれているならば、消費行動(自身が選択した結果)が先なのか、企業の販売戦略(宣伝と囲い込み)が先なのか、わからなくなってきます。

経済学者のジョン・ガルブレイスは、1958年の著書で以下のように述べています。
ジョン・ガルブレイス『ゆたかな社会』より
現代人は自分が何をしたいのかを自分で意識することができなくなってしまっている。広告やセールスマンの言葉によって組み立てられて初めて自分の欲望がはっきりするのだ。自分が欲しいものが何であるのかを広告屋に教えてもらうというこのような事態は、十九世紀の初めなら思いもよらぬことであったに違いない。


上記のガルブレイスという人のことを、ぼくは國分功一郎さんの著書(こちらに序章が掲載)で知りました。國分さんはこう続けます。
國分功一郎『暇と退屈の倫理学』より
経済は消費者の需要によって動いているし動くべきであるとする「消費者主権」という考えが長く経済学を支配していたがために、自分の考えは経済学者たちから強い抵抗にあったとガルブレイスは述べている。
つまり、消費者が何かを必要としているという事実(需要)が最初にあり、それを生産者が感知してモノを生産する(供給)、これこそが経済の基礎であると考えられていたというわけだ。

ガルブレイスによれば、そんなものは経済学者の思い込みに過ぎない。だからこう指摘したのである。高度消費社会――彼の言う「豊かな社会」――においては、供給が需要に先行している。いや、それどころか、供給側が需要を操作している。つまり、生産者が消費者に「あなたが欲しいのはこれなんですよ」と語りかけ、それを買わせるようしている、と。

今となってはガルブレイスの主張は誰の目にも明らかである。消費者の中で欲望が自由に決定されるなどとは誰も信じてはいない。欲望は生産に依存する。生産は生産によって満たされるべき欲望をつくり出す。


さて、このような「豊かな社会」(実際にこのような社会構造になってることは、ぼくは実感として同意できます)の中で、ぼくたちが「成熟した消費者」になることは可能なんでしょうか。その実現のためには、ソーシャルメディアが鍵を握ってくるとぼくは思っているのですが、それはまた次回のテーマにすることにして、前置きが長くなってしまいましたがここらで本題に。



ロバート・ケナー
紀伊國屋書店
発売日:2011-07-30



フード・インク』を観ました。
アメリカの食をめぐる環境がここ50年あまりでどのように変化していったかを追ったドキュメンタリー映画です。プロデューサーは『ファーストフードが世界を食い尽くす』の著者であるエリック・シュローサー、監督はロバート・ケナー。

「食の工業化」。作中にしばしば登場するキーワードです。

食はそもそもビジネスではありませんでした。「いただきます」とは、いのちをいだだくという意味であり、すなわち食べるとは、循環するいのちの連鎖の中に身を置くという行為です。食が身体をつくっていきます。日本人が、収穫を祝い、神さまにお供えしてきたのは、食という行為の本質を本能的に知っていたからでしょう。それはビジネスのように効率的なマーケットとは切り離された部分です。「食の工業化」とは、食品が本来いのちであることを忘れさせるものでもあります。

食がビジネスになったときに、アメリカの食をめぐる環境はどうなっていったのか。
「すべての食品はファストフードに」というフレーズで映画は始まります。ことの発端は、マクドナルドがドライブインに店舗を展開し始めた1930年代。作業の効率化のために店舗の調理システムを工業化(分業化)し、単純作業により低賃金で労働者を雇え、また誰でも替えが利くようにした。こうして安くて美味いハンバーガーを提供できるようになった。
これ自体はべつに悪いことじゃないように思えます。まあ実際、アメリカがまだ幸せだった素朴な時代かもしれません。しかし、「安く、早く、大きく」という欲望は、工業化されたフードシステムをどんどん肥大化させていき、その結果として様々な問題を露呈しはじめます。「この50年間に食生活に生じた変化は、過去1万年よりも大きい。」その通りなのかもしれません。

本作が取りあげている食の問題はかなり広範囲なので、その全部をここで紹介するのはめんど…、いや、たいへんです。下記のリンクにだいたいの概要が載っていますので興味のある方はご覧ください。
今週末見るべき映画「フード・インク」 - イズムコンシェルジュ

印象に残ったシーンを備忘録的に。下記(*)関連サイトからの引用を含みます。

タイソン社は、養鶏を根本から変えた巨大企業。ヒナは50年前の半分の日数で育つ。しかも大きさは2倍。
タイソン社と契約している農家は、中の様子を見せてくれない。バーデュー社の契約農家、キャロル・モリソンが取材に応じてくれた。「ここは養鶏場じゃない、工場よ。ほとんどの鶏は自分の体重を支えきれずに数歩歩くと倒れてしまう。」「農家は会社の言いなり。会社に借金しているから。」
契約農家が設備などで抱える借金は平均50万ドル、年収は1万8千ドル。キャロルは会社のすすめる換気式の新鶏舎の導入を拒否し、契約を打ち切られた。


工業食品の原材料にはほとんどコーンが入っている。家畜の飼料にも使われる。種子メーカー、化学肥料と殺虫剤メーカーの功績で大量に生産されるようになったからだ。
牛はコーンを食べるようにはできていない。草を食べる。しかし飼料にはコーンが与えられる。安くて大量にあるからだ。おまけにすぐ太る。コーンを与えられた牛の大腸菌を調べると通常よりも凶暴な菌であることがわかった。コーン飼料によって進化した、いわば突然変異だ。コーンによってO-157という菌が生まれた。

2歳半の息子を出血性の大腸菌感染で亡くした母。健康そのものだった子どもがハンバーガーを食べた16日後に…
「子どもの死は乗り越えられません。喪失が日常になるだけです。」という母親のことばがつらすぎる。


99セントでダブルバーガーは買えるのに、ブロッコリーは買えない。

映画に登場するヒスパニックの家族は、ファストフードが身体によくないと知っていながらそれを食べるしかない。ファストフードは野菜よりも安い。仕事に追われる彼らは、買い物をしたり、料理をする時間がない。父親はすでに糖尿病で、いつ仕事ができなくなるかわからない。糖尿病の薬は50錠130ドルもする。家族は、身体のために薬を買うか野菜を買うかと悩む。まだ幼い少女も糖尿病の予備軍だ。2000年以降に生まれたアメリカ人の3人に1人が、糖尿病の予備軍だといわれる。


それからモンサント社による種子の独占、遺伝子を組み換えて特許を持ち、特許権侵害で昔ながらの農家を潰すという手法。モンサント社についてはこちら(モンサント社は何をしようとしているのか。)に記事を書きましたのでお時間のある方は読んでみてください。強大な支配力に屈してやむなく彼らの言う通りの農法を選択したある農家は、若くして農業を志す友人にこうアドバイスしたそうです。「農業をやりたいならモンサントと寝ることだ。決して歯向かおうなどとは思わないこと。」

劇中には、遺伝子組み換えの表示を義務付ける法案についての議会の様子も出てきます。その中で、要らぬ不安を与えるから遺伝子組み換えの表示はしないほうがいいと主張する人がいました。いまの日本とまったく同じですね。コロラド州には風評被害法なるものまであり、製品を批判すること自体が違法行為となるというから驚きました。
遺伝子組み換え食品がほんとうに、世界の食料危機を救うためのものならば、「これは遺伝子組み換え食品です。さあこれを買って世界の貧困を救いましょう。」と商品に堂々と載せて謳えばいい。なぜそうしないのか。なぜ、遺伝子組み換え食品が含まれているのかどうかを表示しないのか。そうしないと流通できない(売れない)からと考えるのは被害妄想でしょうか。

さて、なんだか気が重くなるような食の話ばかりです。
こんなのは、陰謀論者の被害妄想だという見方もあると思います。しかし本作で伝えられているのは悪の組織による陰謀というストーリーではない(その手の煽りは強くない)ようにぼくは感じました。食の工業化、フードシステムによる寡占化という流れは、あくまでも利益の最適化という企業活動の結果です。そしてそれを維持しているのは、一円でも安ければそちらを買うというぼくら自身の未成熟な消費行動です。このような大きな流れが事実としてある。それを陰謀と捉えるかどうかは言葉遊びの次元でしょう。

それから嫌なら食べなきゃいいと言う人もいるでしょう。まったくその通りです。

フード・インク - 決して悪口というわけではなくより
この映画では最後に、「システムを変えられるチャンスが1日に3回ある」として、次のような消費行動を提起しています。

  1. 労働者や動物に優しい、環境を大事にする企業から買う
  2. スーパーに行ったら旬のものを買う
  3. 有機食品を買う
  4. ラベルを読んで成分を知る
  5. 地産商品を買う
  6. 農家の直販で買う
  7. 家庭菜園を楽しむ(たとえ小さくても)
  8. 家族みんなで料理を作り、家族そろって食べる
  9. 直販店でフードスタンプが使えるか確かめる
  10. 健康な給食を教育委員会に要求する
  11. 食品安全基準の強化とケヴィン法を議会に求める


悲惨な現状を伝えながらも、しばしば登場する監督のコメントが冷静でけして悲観的ではないのは、悲惨な現状の中からも希望を紡ごうとしている(ようにぼくには感じられた)からかもしれません。

「牛は穀物ではなく草を食べるものだ。放牧で草を食べ、草は糞を吸収して大きく育つ。すべて自然に循環している。」と語るジョエル・サラティン氏のポリフェイス農場では、牛をクローバーやハーブなどの草で育てる持続可能な有機農法を実践しています。彼の、力強いことばと生き生きとした表情がほんとうにかっこよかった。「動物を好きなように操作できると思うような文化の中にいる人間は、どこに行っても、豚を見るのと同じような、侮蔑的で傲慢な目で他の人間を見るだろう。」これは、食をいのちではなく商品としてしか扱わない大企業への痛烈な皮肉ですね。とっても的を得ていると思います。
サラティン氏の農場では、手作業で鶏を捌きます。屋外であることから不衛生であると、農務省から農場の閉鎖命令が出ました。サラティン氏は地元で検査を依頼し、その結果、流通している鶏肉よりもはるかに細菌が少なかったと誇らしげに語ります。太陽の光が注ぐ青空の下で。

また、モンサントから押し付けられた農法でトウモロコシを栽培する農夫は「農家が多国籍企業から、どうやって身を守れる?」としながらも、「(消費者が)望むのならオーガニックな作物を届けるよ。約束する。」とも言っていました。

ウォルマートにオーガニックの食品を並べるヨーグルト農家も紹介されます。ウォルマートは評判に非常に敏感である(でも彼ら自身がいちばん悪評が高い)とした上で、「彼らが今さらモラルに目覚めたなんて思わない。彼らが有機食品を取り扱うのは、それが儲かると判断したからだ。」と語ります。ウォルマートと取引きすることをこころよく思わない人もいるだろうが、彼らの販売戦略を変えることができるのは消費者の選択しだいだ、と。


この映画を観て、「アメリカのファーストフードは怖い」という感想で終わる人はもういないでしょう。震災後の日本の食をめぐる状況、政府の対応、ぼくたちが安全だと思っていたものの実態、そういったものが可視化されてしまったいま、「フード・インク」を他人事だと捉えるのはあまりにも無知だと言わざるをえない。小さな子を持つ母親たちが、目に見えない放射能の恐怖に怯え続ける中で、子どもたちが口にする食べものや飲みものについてさえ、政府や企業の対応は無頓着でした。福島の農家に未来はあるのかという声もあります。
「食べて応援」は幻想だ - 農家の婿のブログ
農家が買いたたかれ、食べて応援というスローガンが利用されているという。大企業が食の流通を支配するという構造は、本作が示すアメリカのそれと酷似しています。TPPという問題もあります。言うまでもなく、TPPとは企業活動優先の政策です。

津田大介氏のメールマガジン11月16日号に掲載されたインタビューで、農産物流通コンサルタントの山本謙治さんは、日本の食品は安すぎると指摘しています。
津田大介の「メディアの現場」vol.11より
山本:価格は文化です。一度安値に慣れた消費者は、正常な価格に戻れません。いま、安値になっているもののほとんどが「無理して安くしている」のであって、まともな価格に戻す努力をすべきです。そうじゃないと、本当に食べ物を作る人がいなくなっていく。(中略)本当は、ミドルグレード以下の農産物を作っている人たちが普通に暮らしていける世界を作っていかないと、農業はうまく立ちゆきません。企業が参入しようが何だろうが同じです。

津田:確かに旧態依然とした部分も多く持つ農協は変わるべきだし、農家も今のままでは立ちゆかないだろう。しかし、単純な6次産業化が答えではない……。農業をめぐる問題は簡単には解決できない複雑な問題なんですね。

山本:僕はね、さっきも言ったとおり、それを変えるのは農業側ではないと考えているわけです。消費側が態度を改めなければならない。日本は食べ物の金額を、少なくとも今の2倍くらいにしなきゃダメだよね、と本気で思ってる。

津田:日本の食は確かに安すぎると思いますよ。だって海外ではもっと高いですもんね。これだけの円高でも、レストランに行くと日本の2倍から3倍はかかる。

山本:家計に占める食費の割合はともかく、購入する食材の金額はほとんど下がってきてるんですよ。これって恐ろしいことでしょう? 物価はこんなに上がっているのに、食べ物の値段は上がってません、ってことだから。今、家計調査を細か〜く見ると、昔から比べると割合が上がっているものもあるんだよ。それは何かというと、遊興費――遊びのお金と通信費。これを見ると、日本人は結局、自分の遊びとケータイにはお金をかけるけど、食べ物は10円でも安いほうがいい、という価値観の人たちだってことですね。たとえば小麦価格の暴騰で食パン1斤の価格が10円上がりますとかいう時に、よくニュース番組で街頭インタビューをやってるでしょ。お母さんたちがみんな鎮痛な面持ちをして「明日からどうすればいいのか、困ります」と言ったりしてる。ああいうのを観てると「嘘でしょ」と言いたくなりますよ、本当に。だって食パン1斤の値段が10円上がるでしょ、仮に毎日買うとするでしょ、10円×31日で310円の値上げ。それを年間で計算したとしても、3万円以下ですよ。飲み代を何回か節約すれば解決するでしょう。

津田:あとは何となく契約してる、月額310円の使ってもいないケータイコンテンツの辞書サービスとかああいうのを解約すりゃすぐそのぶんを節約できるじゃん、とか思いますよね(笑)。

山本:本当にそうなの。結局、食べ物というのはみんな毎日スーパーで購入するから、槍玉に上がりやすいだけの話なんです。


いままで安さを求め続けた消費者が、急に安心安全までも求めるのは無理があります。安心安全を担保するにはそれなりにお金がかかります。安いのに安心安全なんてあるわけがないという、ちょっと考えると当たり前のことがわかっていなかったんです。でも逆に考えると、たったそれだけのことなの?とも思います。

たったそれだけのことが流通網を大きく変える可能性は、大いにあるでしょう。わが家の食卓に並ぶ食べものを選ぶのは自分自身に他なりません。安全な食べものを作ったほうが儲かるという流通経路ができるならば、おのずと安全な食べものが食卓に並んでいくはずです。

安全な食べものは値段が高い。であるならば、それを買うことのできない貧しい人たちもいるでしょう。それはいったい誰の責任でしょうか。稼ぎが少ないからろくなものを食えないのは当たり前だというのがいままで主流の考え(いわゆる自己責任)でした。でも、その子どもは?子どもに責任はありません。これはとても難しい問題です。政策レベルの話になりますし、あまりにも幅広い観点が必要です。でも、ほんとうは、政策を選ぶのもぼくたち自身であるはずです。よね。




追記(12/9):
愚樵さんによる本記事へのアンサーソング。
食べものの安全安心は商品価値ではない - 愚樵空論
とても大事なことを示唆されています。ぼくはまだ全部を咀嚼できていませんが、コメント欄も含めてぜひ。


『フード・インク』 安いのに安心安全なんてあるわけない

『フード・インク』 安いのに安心安全なんてあるわけない 2011.12.08 Thursday [食・生活] comments(1)
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